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二十七話:しぬかも

冷たい風が吹き荒れて、前髪禿げちゃう!って思ったけど、もうすでにヘアバンドで前髪上げてるんでした。ウィローさんは無敵です。


そんな感じで、しばらく先生についていくと、鉄格子のゲートがある場所へたどり着いた。



ただ芝生の上にゲートがポツンと立ってるだけかと思いきや、どういうわけかゲートの先に別の景色が続いている。壁にかかった松明(たいまつ)に照らされたトンネルが、暗闇の先まで伸びている。


試しに鉄格子の後ろに回り込んでみても、その空間は見えない。もしかしたらこのゲートは、異空間か何かに私たちを飛ばしてくれるのかもしれない。



っていうか......このゲートって、一年生は掟で近づくのが禁じられてるやつじゃ? なるほど、これの正体が、



「着いたぞ!!!! ここが『地獄ダンジョン』への入口だ!!!!」



戦闘技術の先生はニカッと笑いながら、私たちの方を勢いよく振り返った。



「お前たち一年生は、本来立ち入りを禁止されているこの場所。だがしかし!! 今回は特別に俺が許可してやる!! 授業の一環だからな!!」



クラスメイトたちは、盛り上がる勢と引き気味勢で綺麗に分かれる。私はどっちかっていうと引き気味勢に入るのかなぁ。いかんせん戦闘能力に自信がないもんで......。


少し離れた場所に立ってるミルルンは、やっぱりワクワクしてるっぽい。

両手で槍を持ちながら、ルームメイトくんにすり寄って。彼に顔を背けられたら、ほっぺをつんつんってして......あっ。怒られてる。


ここからじゃ何も聞こえないけど......ミルルン、ルームメイトくんのこと名前で呼んでたりするのかな。




『わたくしは......いつも、わたくしがわからないから......』



......。



『——でもね。わたくしは、愛を伝えないといけないんだよ』


『わからないけれど......愛って、触れれば伝えられるらしいから......』

『好きな人には、好きだって伝えないといけない。ずっと......誰かにそう言われてるような気がするの......』




あのとき、ミルルンが言ってた言葉の意味は、わからないままだけど......。


寂しそうにそう呟いてた彼女を、笑顔にしてあげたのは......紛れもなく、ルームメイトくんなんだよね。

詳しいことはわからないけど。二人は何か、繋がる部分があったりするのかな。




「——~~層まで続いているのか未だわかっていない! そんな未知数に溢れているのが、この『地獄ダンジョン』だ!!」



や、やばい全然先生の話聞いてなかった! なんか大事なこと聞き逃してないかな? 大丈夫かな??


まぁ、最悪あとでミルルンかオリーブくんに聞けば——




..................あ......。


オリーブくん......さっきよりも、青ざめちゃってる......。




「......、......っ」



強く握りしめてるせいか、彼の弓から軋むような音が聞こえてくる。オリーブくんの下唇が震えちゃってて、目元に落ちた影が一層濃くなってて、



「オリーブくん......?」

「ひっっっっぁ」



オリーブくんは弓矢と一緒に自分を抱きしめながら、後ずさる。

だけど、私だとわかった途端、そっと肩から力を抜いた。



「ご......ごめん、ガーディナーさん......」

「ううん! えっと、だいじょ——うぶ、じゃないよね、も、もし具合悪いなら、」

「あっ、そ、っの、っ」



彼がこんなに震えてるのは、具合が悪いからじゃないってわかってる。多分、外が寒すぎるせいでもない。


怯えてるんだ。


そりゃあ『地獄ダンジョン』とか言われたら、誰だって怖気づく。私だってちょっと怖い。

でもオリーブくんはこういうとき、人一倍怖がっちゃうから......ワクワクが一切来ないタイプだから......。



「ご、......めん、ごめん、ぼ、ぼくのことは、気にしない、でっ」



オリーブくんは弓矢と一緒にお腹を抱えながら、俯いて息をつく。吐き気を我慢してるときとかに出る、本気で調子悪そうな吐息。



「ぼ、く......ぼく、迷惑、かけたく......ない、から......」

「そんなっ、迷惑なんて——」


「では、早速中に入るぞ!! 今回は俺が先頭を歩いてやる!!」



先生はオリーブくんの様子にまったく気づいてないのか、お構いなく鉄格子のゲートを両手で掴む。


すると、錆びついた鉄が悲鳴を上げると共に、ゲートはこちら側へ引き開かれた。



異空間と現実の境界線がぐにゃりと曲がって、お互いを溶かすように混ざる。

トンネルのように続く別世界が、さらにくっきりと見えるようになる。


先生は頭のアンテナをピンと立たせた後、どこからもなく取り出した剣を振り上げた。



「お前たち、はぐれないようについてこい!!!!」




***


ダンジョンの中は、冬の寒さとは別の冷気が漂っていた。


松明の数は結構多いはずなのに、薄暗いのは変わらない。

どこから漏れてるのかわからない水滴が、端の方にいくつか水溜まりを作っている。

雨上がりの土の香りと、かすかな鉄の匂いが鼻をくすぐって。

外と違って、風は一切ない。


聞こえるのは、私たち自身の足音だけ。



「ハハハッ!! 今回は特別貸し切らせてもらっているから誰もいないが、普段は生徒や教授で溢れかえっているんだ!!」



......前言撤回。

先生の声、ここだとめちゃくちゃ響くなぁ。こだまって言うんだっけ? 私も一緒に『お~~い!』って叫んでみたくなるけど、変な人になっちゃうからやめようね。



「ここも一応ダンジョン内ではあるんだが、他の階と比べて化け物の数が少ない! だからここで長い冒険の準備をしたり、作戦を練ってるやつらが大勢いるんだ! ここで店を開いてるやつもいるんだぞ?」



『化け物』?? あのすみません初耳なんですけど、えっと、もしかして私が聞いてなかっただけ? このダンジョン『化け物』出るの??


ゲームとかで言うと、『魔物』ってやつかな。そりゃダンジョンだしね......出るよね......。



「ちなみに、ここは一階だ!! いくつか階層を飛ばせるエレベーターも存在するんだが、今回は使わないぞ!」



先生は前へ歩きながら、楽しそうに剣で空を斬る。いつ『化け物』が出てきてもいいように準備してるのかもしれない。


奥へ進んでいくと、今まで一本道だったトンネルが割れて、分かれ道が現れ始めた。

最初は左と右に分かれてたのが、だんだん三つに分かれたり、四つになったり......先生が案内してくれてなかったら、確実に迷子になってただろうな。



私は一応、ナイフを握ってた手の汗を拭った後、他のクラスメイトたちの様子を伺ってみた。



ずっと辺りをキョロキョロしてる子。選ばれなかった分かれ道を見つめてる子。周りとひそひそ声で話してる子。


ミルルンとルームメイトくんは、列の一番前の方を歩いている。お互いに話してるかと思いきや、ミルルンは興味深そうに先生の顔を覗き込んでいて、ルームメイトくんは自分の手斧を眺めてて......それぞれ別のことをしてる。


でも、隣同士で歩いてる。ルームメイトくん、とうとうミルルンの存在を許したんだな。



......二人のところに行きたい気持ちを抑えて、私は隣にいるオリーブくんを横目で見た。


冷や汗が、彼の頬を伝っている。

押し殺された浅い呼吸が、時々耳に入ってくる。


オリーブくんはキュッと口を閉じて、瞬きもせずに、ただトボトボと足を動かしていた。



『ぼ、ぼくのことは、気にしない、でっ』

『迷惑、かけたく......ない、から......』



せめて......手とか、繋いであげた方がいいのかな。そうすれば、少しは安心してくれるかな。

でもなぁ......下手に触れたら怖がられる可能性もあるし......。


結局私は何もできずに、ただ彼の隣を歩いた。

集団の一番後ろを歩いてるからか、背中がちょっと寒い。



「ハハッ!! 化け物が現れないと、やはり暇だな! 早くお前たちに化け物を見せたいんだがな!!」



先生の元気いっぱいな声を聞くだけで、ちょっとだけ肩の力が抜ける。言ってることは結構物騒だけど。



「よし!! じゃあ化け物が現れるまで、『地獄ダンジョン探検隊』の話でもするか!!」



よし、じゃあ先生が次に何を言うのか当ててみよう。

『地獄ダンジョン探検隊』とは、『地獄ダンジョン』を探検する人たちのことである!



「『地獄ダンジョン探検隊』とは、その名の通り、『地獄ダンジョン』へ日々潜り込んでいる連中のことだ!!」



惜しい!



「昔、とあるネルソービューの生徒が立ち上げた団体でな!! 『地獄ダンジョン』が何階まで続いているのかを確かめるために、現在も活動を続けている!!」



先生はまるで自分のことを話しているかのように、自慢げに笑う。もしかして、先生も昔は探検隊のメンバーだったりして?



「ちなみに『地獄ダンジョン探検隊』は、二年生から四年生のメンバーを常時募集中とのことだ! 興味があるやつは、二年生になってから——」




珍しく、先生の話をちゃんと聞いてた、


その時だった。




「~~~っ」




弱々しい呻き声が聞こえたと思ったら、左側が寒くなる。


足音のリズムが崩れる。



本能のまま振り向いたら、オリーブくんの姿はこつぜんと消えていて。


......ううん、消えてはない。遠くの方に姿が見える。



彼はふらつきながら、走って、走って、走り去って。


そして、今度こそ暗闇の中へ消える。



私たちが通らなかった、分かれ道の方へ。



「——っえ」



一番後ろを歩いてたせいか、誰も気づいてないみたいだった。私が立ち止まっても、誰も振り返ってくれない。

先生は今も、『地獄ダンジョン探検隊』の話を続けてる。



————認めるよ。私は馬鹿です。


迷わず先生に言えばよかったのに。

せめてクラスメイトとか、ミルルンとかに言えばよかったのに。



なのに、なんか............早く追いかけないと、オリーブくんが化け物に食べられちゃうって思ったのか。


勝手に体が動いちゃったのか。



「待ってーーっ!! オリーブくーーーーん!!!!」




私は、オリーブくんが消えていった分かれ道の方へ、走ってしまったのです。




***


がむしゃらに走ってたら、奇跡的にオリーブくんを見つけた。


オリーブくんは吐いてた。



「えぇぇぇえぇぇぇ!?!? だっだだだだだっっ大丈夫!?!?!?」



私は壁沿いにうずくまってるオリーブくんに駆け寄って、とりあえず、彼の背中をさすった。


返事をする余裕がないのか、彼は俯いたまま咳き込んだり、口を手で押さえたり、



「......、......っ......!」

「もっ、ももももしかしてっ、ほんとに体調悪かったの!? ずっと気持ち悪かったの!? なんで言わな——」



オリーブくんは目をギュッと閉じながら、何度も首を横に振る。

肩は激しく上がったり下がったりを繰り返して、前髪が汗で額にくっついて......。



「っっっげほっ、っぁ、が——~~」

「うわぁあぁぁああぁ死なないで!! 死なないでオリーブくんし、ししっ、死なな——」



慌ててもどうにもならないし、むしろ不安にさせちゃうだろうから、私は無理やり自分の口を閉じた。


ひとまず、自分のナイフを保管ハットの中に入れて......両手を空けて......。


ただ、背中を撫でる。確か、相手の呼吸に合わせればいいんだっけ? でもそうしたら猛スピードで撫でることになっちゃうから、えっと......とりあえずゆっくり......。


相手を落ち着かせるように......なだめるように......こ、こういうとき、ミルルンならなんて言うのかな?



「......だ......大丈夫だよ~......」

「っ......ぅ......」



私は後ろから彼の肩に手を置いて、撫で下ろす。


首から前へ落ちてしまってる後ろ髪をかき上げて、そっと背中に落とす。


一つに結んである後ろ髪は長くて、なのに先まで滑らかで......

綺麗だな、なんて。考えてる場合じゃないよね。



「私が......私が、そばにいるから......」

「、......」

「......ね......?」

「......」



ダンジョン内の冷たい空気から守るように、彼のすぐ近くに座った。


水溜まりがあったのか、ニーハイが冷たく滲む感触がするけど......そんなこと、今はどうだっていい。


私なりに、できることをしなくちゃ。


吐いてしまうほど、怯えている彼を......少しでも安心させてあげるために。



「......」

「......」



少し呼吸が落ち着いた彼は、そっと顔を上げる。辺りを小さく見渡す。


周りには、私たち以外誰もいない。完全にみんなとはぐれちゃった。

ど、どうしよう、このままだと、



「あ、ぁ......ぁぁ......っ......!」

「お、オリーブくん! 大丈夫!! オリーブくんのせいじゃないから!!」

「......ぁ......がー、でぃなっ......さ......、ごっご、めんな、さっ」

「うぉぉおおおぉおおおい!! 君のせいじゃないって言ってるでしょうがーーっ!」



私は高速でオリーブくんの背中を撫でた。摩擦で少しでも温まるように。私の声が、手が届くように、



「怖かったんだよね! わけわかんないくらい怖くなっちゃったんだよね! それで吐きそうになっちゃったんだよね! でもみんなの前で吐くわけにもいかないから逃げ出しちゃったんだよねっ! わかる!! わかるよ~~!!!!」



つい早口でそう言いながら、彼と目を合わせようとする。

お、憶測でしかないけど! 合ってるかわかんないけど!

なんでもいいからとりあえずなんかっ



「だ、大丈夫だよ! なんとかなる! 絶対なんとかなる! 多分! 絶対!!」

「......」

「モーマンタイ! オールグッド!! ケチャップソースハピネスッッ!!」


絶対適当言ってると思われてるだろうな......。


「、っ......がーでぃなー、さん......」

「お、落ち着いたら、とりあえず先生たち探そっ! 多分そんなに遠くにはいないはずだから! 向こうも私たちのこと探してくれてるはずだし!」



根拠のないポジティブさが、少しでも響くことを願いながら、私はひたすら口を動かす。


すると、オリーブくんは口元を袖で拭った後、私の方を振り向いた。

息を吸って。吐いて。

少しだけ、顔色が良くなって......



「あ......り、が......とう......で、も......」



『ありがとう』とは言ってくれたけど、心は全然落ちつけてないみたいだった。

暗い表情のまま、地面のレンガを指で撫でて......そのまま手を丸めて......。



「なん、で......ぼくの、こ......と......追いかけ......」

「だ、だって、オリーブくん一人にするわけにはいかないもん! だからそのっ、体が勝手に動いちゃったというかっ」

「——~~っ、でも」



オリーブくんは眉をきゅっと寄せながら、顔を上げた。


私としっかり目を合わせて、何か言いたかったのかもしれない。

怒りたかったのかもしれない。あまりにも無謀すぎるって。

自分のことなんてほっとけばよかったのにって。......オリーブくんなら言いそうだもん。



でもオリーブくんは、口を開いたまま固まってしまう。


視線が少しずつ上がって、私の頭上辺りで止まる。



目が震える。縮む。



青ざめる。

青ざめる。青ざめる、青ざめる、青ざめる、




「ひっっ......!!!!」




......私は、おそるおそる後ろを振り返った。



オリーブくんが目にしていたものの正体は、案の定、人の形を保っていない。


きっとこれが、先生の言ってた『化け物』なんだろうな。




「————。、。。、————。、。———— —————— ——」




目も、口も、真っ黒。まん丸。私を見てるのかオリーブくんを見てるのかわからない。


コウモリのような、歪んだ翼が痙攣していて。

真っ黒な角が、頭からも肩からも腕からも腰からも生えていて。



淡く光ってる肌には、無数の黒い穴が——


————って......あれ?



「あぁぁぁああ、あぁぁぁっ、ガーディナーさんっ、は、はな、れ、に、にげ」




これ、『化け物』っていうか......暴走した幽霊、じゃない?


しかも......これって、




「————。、、、————、————、、————、——、 、——、 、」





サキュバスの、悪霊......!?









次話:『光と闇どっちもある子はさ、大体光の方が強いとかあるんだけどー......キミの場合は完全に半々みたいなんだよね』

です、オリーブくんとの関係が変わります


台詞タイトル自体は何時ぞやのバニラ先輩から来ています、おそらく17話です

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