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二十五話:それは呪いか、祝福か

私とルームメイトくんがいる部屋のドアは、無事破壊されました。


小さな拳が扉を貫通したと思ったら、その手はゆっくりと内側のドアノブの方へ伸びる。ドアノブをなぞった後、手を上げて、最終的に鍵のつまみを縦向きにした。



「開いた! 今度こそ邪魔するで!」



ローリエは穴から手を引っ込めて、半壊した扉を開ける。口を栗のような形にして、両腰に手を当てて、辺りをキョロキョロ見渡して、


あ、あぁ......あぁぁぁあぁぁ......メンテナンス係に怒られるやつだこれぇ......。



「えへ~、お邪魔します~」



ミルルンはスキップするように、ローリエの後を続いて部屋に入ってくる。そこら中に飛び散った木の欠片を見ても、ニコニコほわほわ笑うだけだった。


壊された扉のことは一旦忘れて......ローリエとミルルンのことも一旦置いといて、私はおそるおそるルームメイトくんの方を見た。



「......。......。......」



ド ン 引 き 。


ですよね!! そりゃ引きますよね!! 急に私の友達がドアぶっ壊してきたんだもんね!!

ごめんねルームメイトくん! 私の友達、ちょっと癖が強いんだ! ちょっとね!!


とりあえず、私が責任を持って二人を怒るとしましょう。ウィローさんは二人の保護者みたいなものだからね。



「こらーーーーっ! 人の部屋のドアを勝手に壊すなーーーーっ!!」

「んふふ~、ぷんぷんしてるウィローちゃん可愛いわ~」

「そこの兄ちゃん!! あんたが噂の『ルームメイトくん』やな!?」



ローリエは私の横を素通りして、ルームメイトくんの前で仁王立ちした。

彼女の方がだいぶ小さいのは変わらないけど......どうやらルームメイトくん、キャベツくんよりは背が低いみたい。キャベツくんとローリエの身長差はよく見てるからわかる。


ルームメイトくんの冷たく燃え上がるような目を前にしても、ローリエは全く臆さない。さらに口をキュッと尖らせて、眉を下げて、



「あんた、随分あーしの友達を振り回してくれてるみたいやなぁ?」

「......」

「ちょっとサシで話そや?」

「......」



す、す、すごい......あのルームメイトくんに圧かけちゃってるよこの子......。


じゃなくて!! 感心してる場合じゃなくて!!



「お、おおおお落ち着いてローリエ!! 喧嘩ノー! NG!」

「なんで?」

「『なんで』!?!? だ、だって!!......だ......だって......」



そ......そう言われると、なんて言えばいいのかわかんないよぉ......!


『喧嘩は駄目だから』? そんなこと言ったって絶対響かないだろうし......そもそも、ローリエは私のために怒ってくれてるわけだし? 私を庇って?くれてるみたいだし......ここはありがたみを感じるべき......なの?



「あーしはローリエ! ローリエ・ビューリュー! あんたは?」



彼女はポニーテールをなびかせて、胸に手を当てながら声を轟かせた。



ルームメイトくんは目を半分閉じて、顔をしかめて......うわぁ......寝起きで不機嫌なのはわかるけどさぁ......。


いや待てよ? 案外いつもこんな感じかもしれない。普段から不機嫌かもしれない。なら無問題だね!(?)




「......どうしてお前に名乗らなければならないのですか」

「はぁ!? あんた礼儀って何か知ってる!?」

「......」

「なに黙っとんじゃワレ」

「......」

「なんか言えやっ!!!!」



そうなのよローリエ......ルームメイトくんね、ぜ~~んぜん名乗ってくれないの。聞いても無視されるか、『俺に名乗らせるな』フェイスされるかのどっちかなの! だからいつまで経ってもルームメイトくんが『ルームメイトくん』のままで......。


名乗らない理由はね、変な名前だからなんだろうなって勝手に思うことにしてる。ほら、キャベツくんも初対面の子相手には名乗りたがらないし。

ルームメイトくんの名前......ナスビくんとか? トマトくん? オニオンスープくん?



「あぁぁあああぁぁぁあああもう腹立つ!! おい! 次無視したらブレーンバスターお見舞いしてやるからな!?」



『ブレーンバスター』? よくわかんないけどやばそう......。



「......本気で言っているのですか?」

「あ!! 今『その体で?』って思ったやろ!? 見くびんなよ!? 見た目で判断したら痛い目遭うで!?」

「それは承知の上です」

「嘘つけ!! ならその見下すような目やめて!!」

「では、俺はここで失礼させていただきます」

「おいおいおい失礼しますちゃうねん待てやゴラ」



ルームメイトくんはメガネを上げながら、壊れた扉の方へ向かう。


飛んできたローリエの足を避けて、そのせいか少しだけよろけて、



「あら~? 大丈夫~?」



ミルルンがルームメイトくんを受け止めた。


......正確には、受け止めたっていうよりは、自分から抱きついただけかもしれない。ミルルンが受け止めてあげなくても、ルームメイトくんなら転ばずに済んでただろうから。



「——っっ」



意外とピュアらしいルームメイトくんは、ミルルンの腕の中でフリーズした後、急いで後ずさる。彼女を突き飛ばしたその手は、一瞬だけ、行き場を失ったようにも見えた。


そのまま腕を組んで、彼はミルルンから目をそらす。



「......またお前か」

「ふふ~、先週の『戦闘技術』の授業ぶりね~」



ルームメイトくんは何も答えずに、再び扉の方へ歩こうとする。


すると、ミルルンは満開の桜みたいな笑みを浮かべながら、両手を広げた。そのままドアの前で通せんぼして、避けようとするルームメイトくんに応じてカニ歩きする。



「どいてください」

「やだ~」

「......そこをどいてくださいませんか?」

「やだ~」

「最後の忠告です。そこをどけ」

「やだ~」

「......っ」



睨んでも全く屈しないミルルンを前に、ルームメイトくんは眉を歪める。面倒そうに唸って、小さく息をつきながら、彼は私とローリエの方を振り返った。


ローリエは「ふん」と鼻を鳴らした後、『ミルルンになんかしたら承知せんぞ』とでも言いたげに、思いっきり彼を睨みつける。


わ、私は......ニヤニヤしそうなのがバレないように、そ~~っと目をそらした。


普段はあんなに怖くてミステリアスなルームメイトくんなのに、ローリエとミルルンがいるだけで怖くなくなるバグ。友達の存在って偉大なんだなぁ......。



「ウィローちゃんのルームメイトさ~ん、こっち向いて~」

「なんです——」



ミルルンは軽やかに歩いて、あっという間にルームメイトくんとの距離を縮める。

そして、彼が振り返ると共に、その指先を彼の口につんと当てた。


ルームメイトくんは再び固まる。


ミルルンは彼に触れた指を、そっと自分の唇に当てて、



「うふふ~......あなた、案外隙だらけなのね?」



今度は、藤の花のように微笑んだ。



「——~~っ!」



流石に耐えられなかったのか、ルームメイトくんは口を右手で覆いながら、俯く。

一歩、もう一歩後ずさる。


後ろ姿でもわかるくらい、彼の耳はどんどん赤く染まっていった。



「やっぱりあなた、可愛いわ~」

「それ以上近づかないでください」

「撫でていい~?」

「近づくなと言ったはずです!!」



わ、わおっ......ルームメイトくんがこんなに声張り上げてるとこ見るの、一つ目巨人のガイドくん事件(?)以来かも。


大丈夫かな? ルームメイトくん、色々キャパオーバーになって銃抜いたりしないかな??



「頭が駄目なら、どこなら撫でていいの~?」

「まず『撫でる』という選択肢を捨てていただけませんか」

「わかったわ~。それなら」

接吻(せっぷん)など(もっ)ての(ほか)です」

「せ......。......んふっ......んふふ~」

「何がおかしいんですか?」



な、なんか......二人見てるとこっちまで恥ずかしくなるというか、私まで耳が熱くなるんだけどえっと、わ、私だけ? 


ローリエは呆れと感心が両方混ざってるような笑みを浮かべて......照れが伝染したりはしてないな......。



「......毎度毎度、なんなんですかお前は」

「毎度じゃないよ~。先生厳しいから、授業中はあんまり撫でてあげられないもの~」

「そういう話ではありません」

「『自然浴』のときだって、わたくしが話しかけようとすると毎回逃げちゃうじゃん~」

「だからそういう話ではないと言って——」



ルームメイトくんは伸びてくる手を避けて、ドアノブに掴みかかろうとして、でもまた通せんぼされちゃって、


こみ上げてくる怒りとか照れとか色んな感情を飲み込んで、彼は深く息をついた。



「......お前のそれはわざとやっているのですか?」

「『それ』って?」

「俺をからかっているのですか? それとも、本気で撫でたいと思っているのですか?」



あ、それ私も気になるやつだ......。


ミルルンは出会ったときからそう。キスしようとしてきたり、実際にキスしてきたり、撫でてきたり抱きついてきたり......とにかく距離が近い。

天然でやってるのか、それともほぼセクハラだってわかっててやってるのか、今になってもわからないまま。


ローリエの方に目をやると、彼女もよく耳を傾けてるみたいで......やっぱり、ローリエも気になるんだな。



「......ん~......」



ミルルンは鼻歌を口ずさむように、考えごとをしてるときの声を漏らす。

目を少し落としながら、髪先を指に絡める。褐色の肌とクリーム色の髪が、それぞれ渦を描いていた。



「......撫でたいのは、本心だよ~?」

「なら、親しくもない人物に触れるのは、非常識だとお分かりで?」

「......」



あれ? ミルルン、黙っちゃった。

こ、この沈黙って......もしかして『YES』ってこと? 実はわかってたの? でも『はい』って言ったら怒られるってわかってるから、黙ってる、とか......??


でも待てよ? ミルルンのことだし、非常識だって知ってショック受けてるのかもしれない!

だって目が見開き気味だし、口も『お』の形になってるし。心なしか唖然としてるような気がしなくもないし......。



「......もういいです」



ルームメイトくんは沈黙をどう捉えたのかわからないけど、今度こそ彼女の横を通り過ぎようとする。


ミルルンは動かなくて、もう通せんぼは止めて、



でも、




「わからない」




彼がドアノブに触れたその時、ミルルンは口を開いた。


両手で自身の制服のリボンを掴んで、フリルが少しだけくしゃっとなって、



「......わからないの」




————あ......。


また。まただ。あのときと同じ。



『戦いたくないって、思ったの。もう武器を持ちたくないって』

『もう......あなたに武器を振るいたくない、って......』



あのときと、同じような顔。

寂しそうな、苦しそうな......。




「『わからない』? わからないということはないでしょう。知っているのか、知らないのかの二択なのですから」

「でも、わからないの」

「......?」



ミルルンはゆっくりと、ルームメイトくんの方に顔を向けた。


扉の穴から吹いた隙間風のせいかもしれない。それとも、彼女が首を横に振ったせいかもしれない。


ミルルンの髪が......髪だけが、揺れる。なびく毛先は、天の川と比べたくなるほど綺麗。

花かんむりの影が、いつもよりも深く落ちていた。



「わたくしは......いつも、わたくしがわからないから......」



彼女はそう小さく呟きながら、ゆっくりと下ろした手の指先から力を抜く。

頭に咲く白百合は、多分造花なんだろうな。枯れたところを見たことがないから。



「......ミルフォイル、あんた......」



ローリエは彼女の後ろ姿へ一歩近づく。

だけど、途中で言葉が枯れてしまったのか、そのまま口をつぐんで、自分の足元を眺めて......。



「————でもね。わたくしは、愛を伝えないといけないんだよ」



ミルルンはルームメイトくんの方へ歩み寄りながら、両手を伸ばす。

彼は怯んだけど、そのまま部屋から飛び出すようなことはしなくて、ただ半壊した扉に背をくっつけて......。



「わからないけれど......愛って、触れれば伝えられるらしいから......」



伸ばした両手は、彼の頬を包み込む。彼女の親指は、メガネのフチに触れて、下瞼を撫でる。


今度は、ルームメイトくんの頬が赤く染まることはなかった。でも、温かそうだった。



「好きな人には、好きだって伝えないといけない。ずっと......誰かにそう言われてるような気がするの......」


「......」



ルームメイトくんは、言葉を失ってるというよりは......ただ、彼女の言葉を自分に染み込ませるのに、時間がかかってるような。


目は見開かずに......でも、目の光は揺らして。

瞬きは最小限にして。

口を、少しだけ固く閉じる。



そして......ルームメイトくんは、最終的に目を伏せた。

温もりに身を委ねそうになる自分を、咎めてるようにも見えた。




......ミルルンは......

ミルルンにも、何か、残ってるの......?


記憶はなくても、『武器を振るいたくない』とか。『愛を伝えないといけない』とか。そういう意志は、願いは、残ってるってこと?

さわられるのを極端に怖がるローリエと同じで、心に何か刻まれてるの?


私たちの記憶を奪った何かには、どうにもできないくらい強い何かが。


ネルソービューには......消せなかった、何かが......——




「お前には、その声に従う義務はありません」



ルームメイトくんは、ミルルンの片方の手首を掴みながら、静かにそう言い放った。



「自分のものなのかどうかもわからない声に、耳を貸す必要なんてない」


彼はミルルンの右手を、自分の頬から剥がす。でも、左手は......。


「その声は、お前を惑わす呪いなのかもしれないのですから」

「......呪い......」



ミルルンは肩を下げながら視線を落として、剥がされた手で自分の頬に触れる。

だけど、少しすると顔を上げて、彼の両肩にそっと手を置いて、



「でも......もし、その声に従いたいって思ってしまったら......どうすればいいの......?」

「......。......。......でしたら、」



ルームメイトくんの瞳の炎が、まるで息を吹きかけられたかのように揺らいだ。



「お前は、自分がわからないなんてこと、ないんじゃないですか?」

「......!!」



ここからだと、ミルルンの顔は見えづらい。ずっと私たちに背を向けてるから。

だけど.....彼女の雰囲気が、蝋燭のようにぱぁっと明るくなったことはわかる。


多分、目を丸くして......その後は、開花するように笑って、



「んふ......んふふ~......えへへへへ~......」



彼女は彼の首に巻き付くようにして、抱きついた。

そのまま頬をすりすり~ってして、子猫のように鳴く。


ルームメイトくんは、今度は普通に赤面しながら、彼女から目をそらした。



「は......離れてください......」

「ねぇねぇ~、あなたのお名前、教えてほしいわ~」

「俺の名前を知ってどうするんです?」

「おねがい~」

「......」

「ね~?」

「......」



彼は目を半分閉じて、鼻で深呼吸をする。そのあと、口元を彼女の耳に近づけて、


私とローリエには聞こえないくらいの声で、何かを......多分、名前を囁いた。

だって、それを聞いたミルルン、周りに花の幻覚が見えるくらい笑ってたもん。



「ふふ~......とても、温かい名前ね~」

「......そんなこと、初めて言われましたが」

「そうなの~?」

「......。......」



彼は優しくミルルンを押し返して、今度こそドアノブを回した。

だけど、私は見逃さなかったよ。


ルームメイトくん、ほんのちょっとだけ、笑ってた。



「それでは、俺は用事があるので」

「わかったわ~。またね~」



ミルルンが両手を振ると、ルームメイトくんはただ頷いて、そっと扉を閉めた。

空いた穴から、彼が去っていくのが見えた。


......。


......。



「おいっっっ!!!!!! まだあーしとの話終わっとらんぞ!?!?!?」



ローリエは頬を膨らませながらミルルンを押しのけて、乱暴にドアを開けて、そのままルームメイトくんの後を追って行った。

間隔の狭い足音が廊下で響き渡って、でもすぐに消えて......。


ミルルンと二人っきりになった途端、びっくりするくらい静かになったような気がした。



「あら~。んふふ~......ローリエちゃんは元気だね~」



あ......あぁ......っ......!!



助けて!!!! 助けてぇ!!!! 今一体何が起こったの!? なんかすごいことが起こったような気がするけどなんもわかんなかったよぉ!!

ウィローさん難しい話わかんないって何回も言ってんじゃん!!!!



「ウィローちゃんも元気だね~。頭抱えちゃってどうしたの~?」



聞きたいことが多すぎるうぅぅうぅぅうう!! 多すぎる!! けど!!!!


まずは、やっぱりあれ、かなぁ......?? 例のアレかなぁ????



「ミルルン!! あぁミルルン様!! ミルルンお嬢様っっ!!」

「なぁに~?」


「ルームメイトくんの名前なんだった!?!?!?」



やっぱこれっしょ!!!!


だって、もうずっと気になってたもん。いつから気になり始めたのか覚えてないくらい前から気になってたもん。


小説とかでいうと、この真実が明かされるまで何話かかったんだろ? 何文字かかったの? 何万文字??


やっと、この瞬間が......っ......!!



「ん~......んふっ......えっとね~......」



ミルルンは丸めた両手で口を隠す。そのまま目を細めて、クスクスって笑って、


その瞳は、まるで日を浴びた水面(みなも)のように輝いていた。







次話:ごめんなさい、まだお預けです、許して

です、ルームメイトくんの名前がわかるのはまだ少し先です


代わりに他の何かが明かされます

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