二十話:『壊さなきゃ』
「出——」
「どぅわぁぁあああぁぁああああなんじゃありゃあぁぁぁああああ!?!?!?」
『出たーーっ!』って叫ぼうとしたのに、キャベツくんが私の5倍くらいの声量で叫んだせいで、びっくりして逆に口閉じちゃった。
キャベツくんは森の方向を見ながら、震える指で男の子の方を差して、口を何度もパクパクさせる。少しすると、彼は私と男の子を交互に見て、瞳孔をどんどん縮めて、
「ああああああれっ、あいつっ、あ、あいつな、何!? なんだあいつ!? なぁ見えてるよなお前にも見えてるよなあれっっ、え、やばくね!? やばくね!? やばくね!?!?」
「う、うん。見えてる見えてる......」
隣に自分より騒いでる人がいると、逆にスン...ってなるって聞いたことあるけど、ほんとなんだなぁ。
ふっふっふ。ここは幽霊マスター(?)として、先輩風吹かせてやろうじゃないの!
「ふっ......落ち着きたまえ、キャベツくん。あれはただの幽霊だよ......」
「幽霊!? お前の保管ハットの中に入ってたっていうあの!? お前の首絞めたっていうあの悪霊のことか!?!?」
「う~ん、私の首を絞めてきた女の人とは違うみたいだけど......」
それに、あの悪霊のお姉さんはもう始末されたはずだし......。
私は改めて、遠くの木々の間に立っている男の子を眺める。
彼は私たちから顔をそらすことも、その場から動こうともしない。
墨のように滲んでいる瞳......なのかもしれないし、実は大きな穴が二つ空いてるだけなのかもしれない。黒ずんだ涙の跡のようなものが頬を伝っていて、本人はどこか苦しそうな表情を浮かべていて。
腕にも、首にも、肌のいたるところに小さな黒い穴がぽつぽつ空いていて、つい目を背けたくなる。
ボロ雑巾のような服装——って言ったら失礼なのかもしれないけど——を身にまとっていて、靴も靴下も履いてない。
一切血の気のない顔。真っ黒な、鳥の巣のような髪。
あの女の幽霊さんとは別人だけど......同じような特徴がいくつもある。
ってことは、やっぱり......。
「ひゃ......100%幽霊だねぇ」
「マジかよ!! やっべぇ~~、初めて見た!!」
最初は怖がってたキャベツくんだけど、だんだん目が生き生きしてきていて、好奇心とワクワクで顔が輝いて......まぁ、ちょっと気持ちはわかる。ので、ウィローさんには彼を責めることはできません。
「にしてもあいつ、なんでずっとオレらの方見てんだ? 用でもあんのかな?」
「さぁ? こっちに来る気配はないし、私たちから近づかない限り多分——」
『大丈夫』って言おうとしたのに。
「おーーーーい!! そこの悪霊~~~! オレたちになんか用か~~~?」
キャベツくんは満面の笑みを浮かべながら、幽霊の男の子の方へ突っ走っていく。私が彼の袖を掴んでたことを忘れてたのか、容赦なく両腕を振って、私が転びそうになってもお構いなく前へ進んで、
「ちょちょちょちょちょいちょいちょいちょーーーーい!! 急に走らないでよっ!! っていうか絶対行かない方がっっ」
ならキャベツくんから手離せば?って思うかもしれないけど、キャベツくんを一人で行かせるわけにもいかないし......。
さりげなくキャベツくんを後ろへ引っ張ろうとしてみるけど駄目で、力じゃ敵わなくて、
「おーーーい!! お~~~~い!! なんとか言えよ悪霊ーーー!!」
男の子は近づいてくる私たちに気づく素振りを見せると、サッと背を向けて、森の奥へ駆け出していく。
だけど、その姿が見えなくなることはなくて、逃げながら時々こっちを振り返ってるみたいで......まるで、私たちを誘導してる、みたいな。
「おい待て!! なんで逃げんだよ!?!?」
「キャベツくんちょっっ、絶対罠だってこれついてかない方が——」
「でもここまで来たら気になるじゃねぇか!!」
「それはそう!!!!」
という感じで、止めてくれる人もいなくて。
私たちはそのまま立ち入り禁止の森へ入ってしまったのでした。
森の奥へ入れば入るほど、スカートに引っかかりそうになる枝が増えて、霧のようなものも濃くなる。全体的に青白い雰囲気になって、宙に蛍が現れ始めて、空気が刺すような冷たさになってきて......私とキャベツくんの息も、白く染まっていた。
ここには入っちゃいけない、引き返せって、ずっと言われてるような気がして。
だけど男の子は奥へ進み続けるから、キャベツくんも追いかけ続けるから、今更引き返すなんて無理で、もう遅くて、
すると、男の子はやっと足を止めた。
私たちに背を向けたまま、砕け始めた枯れ葉の上に立ち尽くして。彼の元へたどり着いても、しばらくの間振り返ってはくれなかった。
「はぁっ、はぁ......やっと追いついたぜ......」
「はぁーーーっ、はーーーーーーーっ、ふ、二人とも......走るの......速すぎ......っ」
三人の中で明らかに一番息が切れてる私は、一旦キャベツくんの袖から手を離して、胸に両手を当てながら深呼吸をした。
走るのをやめたからか、一層空気が冷たく、重くなったような、気がする。
心なしか酸素も薄いような......?
「......。」
男の子はゆっくりと振り返って、や、っ......やっぱり、すごい数の穴......まるで何度も針で肌をぶっ刺されたような......血は出てないけど......。
見てるだけで背筋が凍る。森の中が寒いせいかもしれないし、この前悪霊に首絞められたことがトラウマになってるのかもしれないし、実は軽い集合体恐怖症だからなのかもしれない。
わかんない、わかんないけど、......あんまり、直視したくない、なぁ......。
「......で? なんでオレらをこんなとこまで連れてきたんだよ?」
キャベツくんは両腕を組みながら、やけに好戦的な声で幽霊くんに話しかけた。最初見たときはあんなにデカい悲鳴上げてたくせに、今は全然怖くないみたい。
「......。」
「言っとくけどな、オレらは暇じゃねェんだぜ? これからどっか行く予定だったんだよ!」
「......。」
「用があんならさっさと言えよ!! なんでオレらのことそんな見つめ——」
「さが——して、る......。」
男の子は自分の腕を掴みながら、そっと口を開く。その口の中も、よく見たら真っ黒で、ずっと見てたら吸い込まれちゃいそうで。
「ずっと——さがしてる......の——......。」
白目部分も真っ黒なその目が、ぺしょ.........と、潰れるように横長になった。
「みどりの、おにいちゃん——と......みずいろの、おねえちゃん......——どこにあるか、しってる? ぼくの——さがしも——の——......。」
私とキャベツくんは、首をかしげながら顔を見合わせた。
この幽霊......見た目はだいぶ怖いけど、あの女幽霊さんよりは話が通じそう。というより、正気を失ってなさそう。今度こそフラグじゃありませんように......!!
「えっと......何を探してるの?」
私は男の子の前でしゃがんで、目線を合わせながら微笑んだ。声もなるべく優しく......。
「大事なもの? 手伝ってあげたいところだけど......」
もしこの森の中で探せって言われたら、見つけられる気がしない......。
「ん......あの——あの......——ね......、だいじなもの、ちがう......。」
男の子は首を横に振った後、穴だらけの指と指をちょんちょんってつついた。仕草はちゃんと子供なんだな。
「おねえちゃん——たち、なら——たぶんしってる、おもった。」
「私たちが知ってるもの?」
「ん~。あのね————かんらんしゃ......。」
私は息を飲んで、わかりやすく目を見開いちゃって、
か、かっ、
観覧車......ってまさか、あの......!?
「観覧車ァ? それならガーディナーの方が詳しいんじゃね?」
キャベツくんは私のすぐ隣でヤンキー座りをして、私の顔を覗き込んでくる。
「授業中に『見た』つってたじゃん、砂時計付きのクソデカ観覧車がどーたらこうたらって」
「う、うん見たよ、見たけど......」
でも、あれ以来は全然見てないんだよなぁ......結構前のことだから、ちょっと記憶が......。
「みずいろのおねえちゃん——しってる——の......?」
幽霊の男の子は期待に満ちた表情でこっちを見てきて、や、やばいっ、実はあんまり覚えてないとか言えないよこれ......!!
「えっとえ~~っとちょっと待って思い出させて、えっと、えーーーーー」
私は人差し指でこめかみのツボを押しながら、あのときの記憶を呼び起こそうとする。
えっと確か『総合音楽・基礎』の授業中で、ふと窓の外を見るとクソデカ観覧車が......。
「も......森の中!! 森の中にあったよ!!!!」
「......。」
「森の中にドーーーーンって!! 森のどっかに!!!!」
「......。」
「おいガーディナー、こいつ『もうちょい具体的に言え』って顔してるぞ」
「だってーーー!! 覚えてないんだもん!」
私はそっと両手を枯れ葉の上に置いて、男の子に向かって頭を下げた。
人生ってね、時には潔く諦めることも大切なんだよ。
「すみません......覚えてないです......わかんないですぅ.....!.」
「ごめんよ悪霊、こいつ役立たずで」
「もっぺん言ってみろやゴラァァア」
「そう——なんだ。ネルソービューの——せいとに、きけば、わかる......おもってた。」
「——!!」
この子、私たちがネルソービューの生徒だって知ってるんだ!
まぁ、確かにわかりやすいよね~。制服着てるし。
幽霊さんたちから見たら、私たちってどんな存在なんだろう。普通に生きた人間として見られてる? それとも......。
「お前がその例の観覧車探してんのはわかったけどよぉ、それ見つけてどーすんだよ?」
キャベツくんは男の子と目を合わせながら、そっと首をかしげた。
ちょっとだけ目線が柔らかくなってて......なんだ。ちゃんと優しくできるんじゃん。
「観覧車で遊びてぇのか? 確かにデケェ観覧車って楽しそうだよな! すっげぇ高いとこまで行きそうだし!」
「ん-ん。あそぶ——ちがう。やらなきゃ——いけないこと......、ある。」
「そうなのか? でも観覧車って、乗って遊ぶ以外することなくね??」
「......。......。......。」
男の子は黙り込むと、足元の枯れ葉に突き刺さってる枝を見つめる。
枝を蹴って。踏んで。折って。潰して。
何度も、何度も、だんだん強く踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで、
「——ぁ」
彼の目の穴から、真っ黒な涙がこぼれて、落ちた。
葉っぱは何色にも染まらなかった。
「こわさなきゃ。」
————え?
「こわさな、きゃ。そうだ、こわさなきゃ。」
『壊さなきゃこぁ——さ——なきゃっ壊さなキャ壊サナきゃ』
『コワさナキゃ』
......あの幽霊の女の人と、同じこと言ってる......?
「こわさな——きゃ、こわさなきゃ......こわさなきゃ......っ......!!」
男の子は独り言を呟きながら頭を抱えて、まるでバグってるかのように指が、体中がチカチカし始めて、穴が、増え、
あ。
こ、これ......まずいやつなんじゃ......?
「こ、わさな——きゃ、こ————わさ、なきゃ。」
彼の足が震える。一つ一つの穴が広がって、体中を蝕むように、
目代わりの穴がぐちゃぐちゃの形になって、縦長になったり横長になったりを繰り返してっ
し、
知ってたーーーーーっ!! 知ってたーーーーーっ!!!! やっぱり駄目なやつだったぁぁああああ!!!!
「きゃ、キャベツくん、逃げ——」
「おい!! 大丈夫かよお前!?」
キャベツくんは男の子に手を伸ばそうとするから、私は必死に止めようと彼の袖を、腕を引っ張って、
「ちょっっな、何すんだよガーディナーっ」
「逃げるよ!! これ駄目なやつだから!!!! 危ないからっっっ」
「でも——」
「ぁ、あっ、ぁ......ぁあぁぁあ......こわさなきゃ......? こわさなきゃ、こわ、さ、な、っ」
幽霊くんは両手で顔を覆いながら、地面に膝をつく。生気のない肌が、空いた無数の穴が沸騰してるようで、ぶくぶくってなって、
まるで、溶けてしまっているようで......、
「————あっ」
キャベツくんは腕をバッて上げて、私の手を振り払った。
そのまま男の子の前に座って、彼の肩にそっと手を置いて、
「キャベツくん!! 離れてってば!! く、首絞められちゃうかもよ!? 私そうなったら助けられな——」
「で、でもっ、でもよガーディナー、こいつ」
キャベツくんは男の子の肩を掴んだまま、私に青ざめた顔を向けてくる。
「こいつ、こんな、苦しそう、で、」
「——っ」
男の子の呼吸が激しくなる。
なのに、彼の吐いた息が白く染まってないのは、彼自身に熱がないから。
「マ——マ——っ、ママ......こ、わい、こわいよ......。」
ただ、光も熱も全て吸収して消してしまう涙を、黒を、落として、落として。
肌に空く穴は、痛いかもしれなくて。
「マ......マ......ぼ、く......ぼく...——......————」
「ま、ママか? ママに会いたいのか?」
キャベツくんは必死に優しい声を出しながら、男の子の頭を撫でようと、手を上げた。
だけど、その指先が彼に触れる前に。
「——ママ————ぼく」
幽霊の顔に、亀裂が走った。
そのまま、潰れるような音を立てながら、男の子の顔が四つに開く。
断面は真っ黒で。割れた顔は変形して、触手のように動いて、
観覧車のように、回った。
「じんがいに——なっちゃった————ょ」
牙が生えた触手が伸びる。
キャベツくんの頭を包み込もうと。丸呑みしようと。
ころ、そう、と、
『許さナイ!! 人外を!!!! 絶対に!!!!!!!!』
————どうしよう。
助けなきゃ。また幽霊が誰か襲って、
わ、私が動かなきゃ、私が、
私が止められなかったせいで、
私がっ
『壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャぁっぁああぁぁああああ許さない許さない返して返シテよ』
駄目だ
足が
動かな
次話:怪我の理由
です、いつも読んでくださりありがとうございます
この作品が少しでも、眠りたくない夜のお供になれているなら嬉しいです




