十九話:今気づいたけど、これデートかもしれない
『自然浴』の授業は、何もしなくていいから好き。
いや、厳密には何かしなくちゃいけないんだよ? 先生も最初の10分は自然の奥深さとかありがたみについて講じるから、ちゃんと聞かないとだし......。
講義の後は、『自然との繋がりを深める』とか、『精神を統一させて魔力を開花させる』とか、まぁ要するに瞑想?しなくちゃいけないんだけど......。
真面目に瞑想する生徒なんてほとんどいないわけですよ。
つまり、最初の10分授業の後はほぼ自由時間みたいなものなんだよ。みんな友達と話すわけよ。野外授業だからさ、瞑想時間がピクニックする時間みたいになっちゃうのよ。『自然浴』イコール友達と話す時間みたいになっちゃってるんよ。
半人半鹿の先生は、自分の瞑想に夢中で、全然私たち生徒に注意してこないし。
怒る人も監視する人も実質いないようなものだから、『自然浴』のクラスは基本的に無法地帯になっちゃって。
一番やばいのが、『自然浴』って全一年生合同クラスで......ミルルンも、ローリエも、キャベツくんも、オリーブくんもいるんですよ。全員同じクラスなの。
そんなの話しちゃうじゃーーん!! 話すに決まってるじゃーーん!! 瞑想よりも友達と話す方が楽しいもーーん!!
と、いうわけで......『自然浴』のときは、優等生ウィローちゃんの面影は儚く散ってしまっているのでした。
前置きはここまでで......今週も金曜日の朝がやってきて、またまた『自然浴』の時間がやってきたわけですが。
先生は今日も神妙な顔で、自然界の法則?について語っていた。頭の角についた装飾が風に揺れて、銀髪が太陽光を優しく反射させていて......先生本人の吸引力はすごいんだけど、授業はいまいち......よくわかんない、というか、......ごめん、面白くない。
私は草むらの上で体育座りしながら、ぼ~~っと水色の空を眺めた。今日の雲は、息を吹きかけたらすぐに消えちゃいそうなくらい薄い。ここ最近、空気も徐々に冷たくなってきてる気がする。......冬の片鱗かな。
早く最初の10分授業終わんないかなー、みんなと話したいな~。今日は保管ハットの中にお菓子入れて持ってきたから、みんなで食べたい! もう堂々とピクニックしてやるぜ!!
今日こそ、オリーブくんを輪に入れてあげたいんだけど......声かけるたびにちょっと逃げられちゃうというか、表情で断られちゃうというか......多分おそらくミルルンのせい。未だにミルルンの近くにいるのは落ち着かないみたい。
食堂で『一緒にご飯食べよ』って誘うと毎回嫌がられるのも、同じ理由なんだろな......。
「おいっ、ガーディナー。ガーディナー!」
低音が混ざった囁き声が聞こえたと思ったら、超高速で腕をつつかれる。ま~~たちょっかいかけにきよったなこやつ。
「なに? 人が真面目に授業聞いてるっていうのに......」
「嘘つけよお前っ、アホ面で空眺めてたくせによ」
「『アホ面』!? 前代未聞の美少女になんてこと言うのよっ!」
キャベツくんは口を尖らせながら、ふんっと軽く鼻を鳴らす。
だけど、切り替えが鬼早い彼はすぐに口角を上げて、両端の八重歯を光らせた。
「なーなー、授業クソつまんねぇからよぉ、今から二人で抜け出さねぇ?」
「またキャベツくんが馬鹿なこと——って、二人で? ミルルンとローリエは?」
「アイツらいたらバレるリスク上がるだろうが!」
「私たち二人でも十分バレると思うけど~?」
キャベツくんは「ちっちっち、甘いなガーディナー」って言いながら人差し指を左右に動かす。と思ったら、ズボンのポケットの中から保管ハットを引っ張り出して、その中に手を突っ込んで......。
ぽ......ポーション? 灰色の液体のポーションが二つ。不味そうな色してるけど、私が作るやつと比べたら全然飲めそう。
「じゃ~~ん! 『体が一時的に透明になるポーション』! これさえ飲めば、授業抜け出すなんて楽勝だぜっ!」
「わー。すごーい」
「反応薄っっ」
「だってうまく行く気がしないんだもん」
「少なくともテメェが作るポーションよりは効果あるだろ!」
「うるせぇばーかばーかばーか」
「ちょっ、あんたら今度は何企んどるん?」
私たちの後ろに座ってたローリエは、前のめりになりながら眉をくしゃっとさせる。や、やばいっ、ローリエママにバレ......。
ローリエにバレたから、ミルルンにもバレただろうなって思ったけど......ミルルン、これ座ったまま寝ちゃってるなぁ......初対面のときを思い出す......。
「言っとくけどあーしを巻き込むんだけはやめてよ?? またあんたのせいで声奪われるのは勘弁やで??」
「ケッッッッ、最初っからチビロリはお呼びじゃねーよ。巻き込むのはガーディナーだけだっつーの!」
さりげなく『巻き込む』って言ってやがるぞこやつ......。
「っしゃ!! いざ!!!!」
キャベツくんはコルクを開けて、ぐいっと瓶の中身を飲み干す。その度胸だけは認めてやらんこともない。
今のうちに黙とうしておこうかなって思った瞬間、キャベツくんの左腕が神々しく光り出す。あーもうこれはダメだ、さようならキャベツくん——って思ってたら、今度は彼の右腕が光って、足が光って、体が光っ、ま、眩しい......!!!!
ま、まさか、成功して————!?
「......」
「......」
「......」
......咄嗟に閉じた目を開けると、そこにあるのは、宙に浮いてるキャベツくんの頭だった。
そう。頭。生首、って言えるほど怖いものではないけど、とりあえず頭。
体は全部消えてるんだけど、頭だけ透明になり損ねていて。
キャベツくんは『スン......』ってした表情で、消えた自分の体を見下ろす。
これぞ......尻隠して、頭隠さず......。
「「っっっっっぶっっっっふっっっ」」
私とローリエは同時に吹き出して、芝生の上に倒れ込む。
拳で土を叩いても叩いても叩いても叩いてもお腹は痛くならなくて、い、息が、息っ、息がでででででででできなっっ、
「あっっっっは、ひっっっっ~~~~~~~死」
「......」
「やめてこっち見んといてやめっ、ふふっっ、こっち見んなや!!!!」
もちろん、生徒たちも先生もこっちを見ていた。
先生はものすごく困惑した顔をしていて、何度も瞬きしながらキャベツくんの方を見て、
「ぐ、グッドネスさん......? なぜ頭だけになっているの......?」
「げっっっ、あ、そのっっっちちちち違うんですこれはっっっ」
キャベツくんの頭は慌てて目を泳がせた後、さらに高く宙へ浮かんで——あ、立ち上がったのか。待っっっっって本格的にツボりそうっっ、死ぬっっっ、死んでしまうっっっ
「お、おい!! 逃げるぞガーディナー!!!!」
「ひぃ~~~~ッッ、あっははははh——え?」
キャベツくんの頭は私の方に目配せした後、そのまま校舎がある方向へ飛んで行っちゃって、
え、あ、え、え? え? 私も? 私も一緒に逃げるの??
私まだ何もしてないのに??
「グッドネスさん!? どこに行くんですか!?」
先生の声も無視して、キャベツくんの頭はどんどん遠くへ行っちゃって、あっという間に見えなくなっちゃいそうで。
お......追いかけるべき? それとも裏切るべき?
ど、どどどどどどうしよう、ど、どうしっ
「きゃ、キャベツ、く、」
追いかけない方がいい。追いかけたら共犯者にされちゃうもん。また巻き込まれちゃうもん、私何も悪くないのに。
わかってるのに、何故か私は立ち上がっちゃって。
もうすでにいくつか視線が私に集まって、先生の目線もこっちに来そうで、
もう、遅かった。
「~~~~っっっ待たんかーーーーい!!!!」
***
校舎の横を通り過ぎた頃には、キャベツくんの手足は戻っていた。
人魚たちが泳ぐ湖の横で、私とキャベツくんは膝に手をつきながら呼吸を整えようとする。ローファーにはちぎれた芝生がへばりついていて、薄汚れていて......ちょっと前に洗ったばっかなのに、また洗わなきゃいけないじゃん......。
「はぁ~~っ......ふぃ~~......セーーーッフ!」
キャベツくんは額の汗を手で拭った後、改めて透明じゃなくなった自分の体を見つめる。
「てか、もうポーションの効果切れてんじゃねぇか! はぁ......上手く作れたと思ってたんだけどな......」
私は深く息を吸って、キャベツくんにもよ~~~く聞こえるように大きく息を吐いた後、改めて辺りを見渡した。
ここは水辺だからか、風がいつもよりも冷たい気がする。湖の中で過ごす人外たちから跳ねた水が、時々頬をくすぐってくる。
揺れる水面は真っ白な太陽を映し出していて、木の葉も優しく運んでいて......。
『クリスタルアイス・レイク』だったっけ? 校舎と寮を繋ぐ道の横に広がる、それこそクリスタルのように輝く湖。一回だけ水面に触れたことがあるけど、すごく冷たかったような気がする。
う~ん......随分遠くまで逃げて来ちゃったなぁ......こりゃ怒られ不可避だぁ......。
「それにしてもガーディナー、なんでお前も一緒に来たんだよ?」
「......は????」
は??????
「来たらお前も共犯者になんじゃん。馬鹿かぁ? そんなにサボり魔になりたかったのか?」
一旦殴ってもいいかな????
「いやいやいや何ほざいとんじゃ貴様ぁっっ!? 『おい! 逃げるぞガーディナー!』って言ってきたのはどこのキャベツでしたっけ~~??」
「確かにそう言ったけどよ、普通追いかけないじゃん! そこは裏切る流れじゃねぇか!!」
「知らんわーーーっ!! 何!? そっちが正解だったの!? 裏切ってほしかったの!? キャベツくんってマゾだったの!?」
「誰がマゾじゃコラ」
「ふ~ん? いつもローリエにいじわる言ってるのって殴られたかったからだったんだ~! キャベツくんの変態~~!」
「んなわけあるか!!!!」
キャベツくんは口を『いー』ってしながら私を見下ろしてくる。だから私は背伸びして、同じく『いー!』ってしながら彼を睨み返した。
しばらくするとキャベツくんはため息をついて、って、なんで私がため息つかれなきゃいけないの!?
「はぁ~あっ......で? これからどーすんだよ?」
「なんで私に聞くの?? 巻き込んだ人が責任持って考えてくださいよー!」
「ま、巻き込んでねぇし!? お前が勝手についてきたんだろうが!!」
「ちーーがーーうーーーっ!! てかそもそもっ、最初に授業抜け出そうって言ってきたのはそっちだよね!? 抜け出した後のことなんも考えてなかったってことぉ~?」
「うっ......うるせぇな、オレは今を生きる男なんだよ!!」
とはいえ、流石に少しは責任を感じてくれたのか、彼は顎に手を当てながら唸る。
しばらくすると、彼はわかりやすく豆電球が点いたときの顔をして、湖の反対方向をバッて指差した。レンガの道が続いてない方向だ。
「ならさ、ちょっとあっちの方探検しねぇ? ちょうど行ってみてぇとこあったんだよ!」
「探検かぁ......」
ネルソービューの校舎内はもうすでに散々探検したけど、確かに外はまだあんまり制覇できてないな。ここって、校舎以外にも色んな建物とかあったはずだし......。
「へへっ、しっかたないなぁ~! 今日だけ付き合ってあげる!」
「んなこと言って、結構ノリノリなくせによぉ......」
「黙らっしゃい!」
こうして、『自然浴』を堂々とサボった私たちは、ネルソービュー学園の敷地内を探検することになったのでした!
キャベツくんは私より前を歩く。腕を大きく振って、一歩一歩はギリスキップじゃないって感じで......へへっ。キャベツくんだって、全然ワクワク隠しきれてないじゃん。
私は無意識に、キャベツくんが芝生に作った薄い足跡の上を歩きながら、後をついていった。足跡と自分の足が重なるたびに、やっぱり男の人の足って大きいんだなぁって。
歩くことがあまり想定されてない芝生を横切った後、私たちは『妖精の花園』の中へ足を踏み入れる。名前の通り、たくさんの妖精たちが集まっていて、色とりどりの花のお世話をしてたり、花の蜜を吸ってたり......よく見たら、妖精じゃなくて半人半蝶も紛れ込んでる。
花にはあんまり詳しくないけど、綺麗だとは思うよ。ここの花って妖精の粉が降りかかってるから、夜は特にキラキラして可愛いんだよね! 砂糖がかかってるみたいで、ちょっと美味しそうかも......。
私は結構キョロキョロしてたけど、対して花に興味ないらしいキャベツくんは、そのまま先々前を歩いた。
普通のスピードで歩いてたらどんどん距離が空いちゃうから、私は若干早歩きになる。
「ねぇねぇ、『行ってみたいところ』ってどこなの? 校舎のすぐ横にあるタワー? それともスタジアム? あっ、わかった! 一年生は近寄るなって言われてる謎のゲートでしょ!」
「違いま~~す! んなフツーなとこじゃねぇでーーす!」
キャベツくんはわざわざ振り返って、眉を上げながらニマニマ笑う。私がムって顔をしてやると、彼は楽しそうに舌を出した。子供かっ!
「まぁまぁ、着いてからのお楽しみってな!」
「あーーっ! はぐらかしたーーっ!」
「どうせ着いたらわかんだからいいだろ別に!」
「......へへっ......」
......。
......楽しいな......。
楽しい、けど......。
「ねぇキャベツく~ん、もうちょっとゆっくり歩いてくれない? 君と私じゃ全然歩幅違うんですよー」
もう疲れてきた......。
もしかして私って、あんまり体力ない......?? 弱点属性も物理だし......それは関係ないかもしれないけど。
「へ? あそっか、お前もチビだもんな~」
「ローリエほどじゃないでーす」
「よーし、お前がそう言ってたってローリエにチクってやろ!」
「それだけはやめてください」
「でもなぁ~。歩くスピード遅くすんのめんどくせぇんだよなぁ~」
うわっ、気の使えない男だ! 『そんなんだからモテないんだよー?』って言ったらブチギレるかな? どーだろ?
キャベツくんは立ち止まって、少しだけ考えた後、私のところまで戻ってくる。
すると、私に、
......手を、差し出して......?
「オレが引っ張ってやるよ! 手ぇ出せ!」
「え~~? 無理やり引きずるってこと??」
「へははっ、引きずられたくなかったらさっさと歩くんだな!!」
彼はニッて笑いながら、差し出してきた手の指先をパタパタってさせた。
えっと......キャベツくんの手の上に、自分の手を重ねればいいってこと? 構図だけ見るとお姫様と王子様みたいだけど、なんか、あまりにも私たちに似合わなさすぎるな......。
友達とは今まで何回も手を繋いできた。事故でルームメイトくんの手を取っちゃったときもあった。だから別に、彼の手に手を重ねるのも、大したことじゃない。
大した、ことじゃ......
......
......?
「? どうした?」
「あ、......えっと......」
「引きずんのは冗談だって! もし転んだりしたら流石に止まってやるから!」
「え、え~? ほんとにぃ~?」
なんでだろ。なんで私、こんなに躊躇してるの?
その手に手を重ねようとするだけで、何故か静電気が流れるような気がするというか、なんというか、
あ......あれ......?? なんか......熱い......????
は、早く手取らないと。だ、だって、これじゃあまるでキャベツくんにさわりたくないみたいじゃん。そんなことない、のに、
私......。
「......。......」
「えっ」
私は。
キャベツくんの手を取る代わりに。
「......」
「が、ガーディナー? 思ってたんと違うんだけど......??」
彼の袖を、両手で掴んだ。
伸びてしまいそうなくらい、強く。
「こ......こうがいい」
「な、なんで??」
「この方が落ち着く」
「そうか......???? べ、別にいいけどよぉ......」
私......今......すっごい変だな。めっちゃ変なやつじゃん。
え? 何?? どうしちゃったの私??
よくわかんない空気に、自然さえも耐えかねたのか、冷たい風が一瞬だけ強く吹く。ぐちゃぐちゃになった髪を、頭の揺れだけで直した後、つい、顔を上げてしまって。
キャベツくんと目が合う。
だけど、先に逸らされる。
彼の頬は、ほんの少しだけ......
......、
さ、寒さのせいだよね。寒いからだよね。寒いと火照るときってあるもん、ね。
ねっ!!!!!!
「は、早く行こ!!!! 早く!! キャベツくんが行きたい場所に!!」
「お、おう!! 行くか!!!!」
私たちはお互いめちゃくちゃ大きい声を出した後、とりあえず足を動かした。
キャベツくんの歩くスピードは、遅くなるどころかむしろ早くなってて、ちょっと躓きそうになっちゃって、
袖、引っ張っちゃって、
両手で掴んでると歩きづらいから、私は片方の手だけ離して......その離した手を、そっと自分の胸に当てた。
......もし。
もし、今後、人外に成って、心臓が増えたりすることがあれば......。
この振動も......倍になったり、するのかな......?
「......」
掴んでるのは袖なはずなのに、何故か温かい気がする。
時々、彼の丸まった手が当たってきて......そのせい、かな?
「......っ」
なにぃぃいいいいいいい!? なにこの空気!??! 無理無理無理無理私耐えられない!!
私のせいだね!! 私が始めた物語だね!!!! すみませんねーーーっ!!!!
できるだけ遠くを見ようと、とにかく落ち着こうと、森の方を見る。森の紅葉は進んでいて、少しずつ地も染める代わりに、木の隙間が増えていて。
森の奥を覗こうとしても、霞んだ暗闇が続いてるだけ。あの中に入ったら確実に迷子になるってわかる。掟であそこが立ち入り禁止なのも納得で——
..................ん?
空いてる方の手で目をこする。
だけど、その姿は消えてくれない。
幻覚じゃ、ない。みたい。で。
木々の間に突っ立って、ただこっちを見てる小さな男の子。
ボロボロの服で。きっとここの生徒ではなくて。
その目は、滲むように真っ黒で。
遠くからでもわかるくらい、体中に、穴、が、
「——ぇっ!?」
ゆ......幽、霊......!?
次話:『壊さなきゃ』
です、甘いだけで終わるはずがないのです




