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十八話:ベアくん、最初で最後の登場です

「ぎぃぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああああぁああぁあああああああああああああ」



私はつい持ち上げていたブラインドから手を離して、後ずさって、危うくベッドから落っこちそうになる。あ、あぶなっ、落ちたら大怪我どころじゃ済まないよ......!



え~~っと......今のは流石に幻覚かな? 一旦幻覚かな? 


窓からでっかい目玉がこっちを覗き込んでた気がするんだけど、気のせいかなぁ??



私は深呼吸をして、閉じたブラインドの中にそっと指を入れる。そのままピロピロを掴んで、おそるおそる上げて......。




目 が 合 う 。




ま、間違いない。目だ。でっっっっかい目が一つ。少なくとも私の顔の十倍はあって......ちょうど、この部屋の窓と同じくらいの大きさ。


思わずフリーズしてると、また壁がドンドンドンドンって鳴って、若干部屋中が揺れて......この目の正体が叩いてきてるんだってわかる。


私が動くと、ちゃんと赤色の瞳孔が追ってきて、ひ、ひぇ......っ



「あ、あのぉ......こんにちは......??」



試しに話しかけてみるけど、返事はない。というよりこっちの声が聞こえてないのかもしれない。ほら、窓閉まってるし。


大きい目はしばらく瞬きを繰り返した後、そっと窓から離れる。そしたら、今度はでっっかい足が見えて、なんとなーく相手の姿が想像できるようになる。

多分相手はすごく体が大きくて、さっきはしゃがみながら部屋を覗いてきて......。


今まで気づかなかったけど、肌が夜によく馴染む青色で、足の爪の色も真っ黒だ。うん、明らかに人外だね。そしてここの生徒だね。あんなにビッグサイズな制服もあるんだ!



「えっとぉ、何か用だったりしま......す?」



って聞いてみるけど、やっぱり反応がない。これは窓開けた方が良さそうだな......でもこれどうやって開ければ......こ、これかな? 真ん中の枠の上にある小っちゃいレバー?みたいなのを動かせばいいの?


私は邪魔すぎるブラインドを手で避けて、なんだかんだ試行錯誤しながら、重すぎた窓を開ける。すると、冷たい風が私の髪を揺らして、ヘアバンドも付けてないから前髪がぶわわ~ってなっちゃって......外からは、濡れた枯れ葉の匂いがした。



「あっ、やっと窓開けてくれた!! ちょっと待ってねーーーーー!!!!」



頭上から元気いっぱいな声が降ってきて、何故か体中がビリビリビリってする。耳が痛くなるほどじゃないけど、なんか、重圧感が内側から響いてくるような——



————って、あれ?



「こんばんわーーー! 君がウィローお姉ちゃんだよね?」

「はいっ、私がお姉ちゃんです! じゃなくてっっ」



瞬きしただけなのに、この子の体はいつの間にか小さくなっていた。



いや、小さくはないんだけどね? まだ大きいっちゃ大きいんだけど......さっきまでは窓から足しか見えないくらい大きかったのに、今は身長2メートルの青色マッチョボーイって感じ。


あれかな? やっぱり魔法かポーションかな? 確かに校舎内で見かける巨人族とかゴーレム族とかって、みんな小さめだし......わざわざ体のサイズ変えないと建物に入れないって、色々不便そうだなぁ~......。



「ねーねー! 窓から中に入ってもいいー?」

「えっっっ、べ、別にいい、けど......大丈夫? 入れる??」



私は一応ベッドから降りて、ちょっと離れたところから様子を眺める。

そしたら、一つ目巨人(人間サイズ)の子は、本当に窓から中に入ってきて......あ、ブラインドが顔にぶつかっちゃって痛そうにしてる......。


ベッドを何度もギシギシ言わせた後、やがて彼は私の目の前に着地して、ニコッと笑いかけてくれた。



「えへへ~、中に入れてくれてありがとー! 外寒かったんだ!!」

「ど、どういたしまして??」



え、えっと、流れのまま普通に中に入れちゃったけど......入れてよかったの......? そもそもなんでこの子、窓から入って来たの? 体のサイズ変えられるんだったら、普通にドアから入ってくることもできたよね??


全部、考えるのも今更な気がするけど......。



「僕はベアハトルト! サイクロプス()の四年生だよ!!」

「べ、べあ......さい......え?」



出たーーーーっ!! 五文字以上の名前ーーっ! そしてサイなんちゃらって何ーーっ!? 


ひ、一つ目巨人の正式名称的な......?



「お姉ちゃんの方が年上みたいだけど、僕の方がずっとずっと先輩だからねっ! たくさん(うやま)う?ってしてね! えっへん!!」



彼は流星群が起こりそうなくらいキラキラしたドヤ顔を浮かべて、胸を拳で叩く。どうやら制服の一部であるテールコートは着てないみたいで、着てるのはパツパツのシャツと焦げ茶色のズボンだけ。


なるほど、黄緑色のネクタイが四年生か......。



「うん......あ、はい!! それで、なんで先輩は私に会いに来てくれたの? ですか?」



ものすごく先輩なのはわかるんだけど......中身は純粋で可愛い男の子みたいだから、ついタメ口で話しかけそうになっちゃう。



「えへへーー! なんでだったっけ?」

「え??」

「あっ、思い出した!! 僕が君の今年のガイドだからだよ!」

「.....え??」



思い出してくれたところで、私の返答が『え??』になるのは変わらなかった。


が、ガイド? ガイド?? なんの? 急に?? 



「あれー? 知らないのー? 新入生にはね、四年生のガイドが一人ついてるんだよ! ガイドはねっ、校舎の案内してあげたりねっ、相手が困ってたら助けてあげたりするのーっ!」

「えっ、初耳......」

「あははっっ! 一年生ってやっぱり何も知らないんだ!!」



ベア.....ハ......ベアくんはお腹を抱えながら笑った。ちょっとだけ馬鹿にされてる気がするけど、不思議と殺意は湧いてこない。やっぱりなんか可愛いんだよなぁこの子。


っていうか、私にガイドなんていたの? 一年生にはみんないるってホント?? ミルルンたち、そんな話一回もしてなかったけど......?



「四年生はみんな『新入生(しんにゅうせい)生活指導(せいかつしどう)』っていうクラスを受けなくちゃいけなくてねっ、新入生のガイドになって、導いてあげなきゃいけないんだ!!」



ベアくんは両腰に手を当てて、得意げな表情を浮かべながら目をキラキラキラ~ってさせる。全体的にムキムキな彼だけど、ほっぺただけは柔らかそうだなぁ......もちもちしてそう......。



「最近やっと僕の相手が決まったから、こうして会いに来たんだよ!! お姉ちゃんが『ウィロー・ガーディナー』さんで間違いないよね?」

「う、うん! 合ってます!」



私は差し出された手をそっと取って、握手する。そしたらすごい勢いで繋いだ手を振ってきて、わ、わぁっ......魔法で小さくなってるとはいえ、手も勢いもやっぱりLサイズだぁ。


私のガイド?ってことは、今後も何回か会うってことだろうし......。



「これからよろしくね、ベ......ベアくん!」



ガイドがいるんだったら、もうちょっと早く現れてほしかったというか......せめてここの生活に慣れる前に来てほしかったな......。『最近やっと相手が決まった』って言ってたから、ベアくんは何も悪くないけどね。



「えへへへっ、よろしくね!! ウィローお姉ちゃん!!!!」



ま、いっか! お姉ちゃんって呼ばれるのなんか新鮮だし! ふふっ、お姉ちゃんだって......ウィローお姉ちゃんだって......!


べ、別に『お姉ちゃん』って呼ばれるのが嬉しくてっ、全部なんでもよくなったとかじゃないんだからねっっっ!



「それじゃあお姉ちゃん、早速だけど......」

「はい! 私がお姉ちゃんですっ!」



ベアくんはズボンのポケットから携帯を取り出して、大きい爪が生えた手で器用に操作する。目が一つしかなくても、見えづらいとか疲れるとかそういうのはないみたい。



「え~~っと、ウィローお姉ちゃんには......二回怒らなくちゃいけないみたい!」

「へ??」



お、お、怒?? 『怒らなくちゃいけない』?? 早速???? わ、私、最近なんかやらかしたっけ......?


ルームメイトくんのクローゼットを勝手に覗いたこと? ローリエにめちゃくちゃ宿題手伝ってもらってること?? キャベツくんの保管ハットの中にカエル入れちゃったこと??


ま、まさか、食堂のご飯普通に分け合いっこしてることがバレて——



「ウィローお姉ちゃん、『ストレスメーター』の結果提出するの忘れてるでしょー! あれ校則で毎週出さなきゃいけないって決まってるから、出さなきゃダメなんだよ! めっ!!」

「あ」



し......シンプルに忘れてた......。



ネルソービュー学園の掟:毎週金曜日に、『ストレスメーター』の結果を寮の管理係に提出すること。結果はメールで送ること。



『ストレスメーター』は体温計とほぼ同じ見た目で、先端を手で握ると数値が出るんだよね。0から150の間の数字が出て、高ければ高いほどストレスが高いって意味で......。



「す、すみません......後で提出します......」



最後に提出したのっていつだったっけ?? やばいなぁ、めちゃくちゃ忘れてたなぁ~......そりゃあ怒られるわ......。



「あとは......ウィローお姉ちゃん、『ポーション学①』の成績が低すぎるけど大丈夫ー??」

「ゔっっっそ、それはっっ」



流石のベアくんもドン引きレベルの成績なんだあれ......。


私はグーにした手で口元を隠しながら、さりげな~~く彼から目をそらした。ルームメイトくんの机、今日もほとんど空だなぁ。



「あ、あははっ......なんかねぇ......レシピ通りに作ってるのに、何故か毎回兵器ができちゃうんですよねぇ......」

「なんで??」

「わかんないよ!! こっちが知りたいよ!!!!」

「あはははっ!! 才能ないんだね!」

「ぐぇっっ」



ベアくんの悪気ない言葉が、槍みたいにお腹に突き刺さってくる。あ、危ない、思わず吐血するところだった......っ


ま、まぁ......確かにここまで来ると『才能がない』としか言いようがないよね。キャベツくんですら簡単な魔法薬は作れるみたいだし......。



「ウィローお姉ちゃんへの注意喚起?はこれで終わりみたい! えっと、次やらなきゃいけないことは~~......」



彼は口を尖らせながら、スマホの画面を真剣に眺めてる。もしかしてそこに私の情報が書かれてたりするのかな?



「ネルソービューに入学してから結構経ったけど、ここの生活にはもう慣れた? 何か僕に質問とかあったりする~~?」

「うん、慣れ——」



——————待てよ?


『何か質問ある?』だとぉ......? 



ある。うん、めちゃくちゃある。もうありまくり。だってこの学校って、なんやかんや謎だらけなんだもん。


こ、これって、ずっとわからなかったことを知れるチャンスだったりするんじゃ?


ここの四年生ってことは色々知ってるだろうし、先生は教えてくれないようなことも教えてくれるかもだし!



「? ウィローお姉ちゃん?」

「あっっ、ちょっと待って、ちょっと質問考えさせて!!」



え~~っと、質問、疑問、愚問......なんだかんだ先生には怖くて聞けなかったやつとか、今までスルーしてきたこととか、


ルームメイトくんのこと、とか......

......は、流石にベアくんも知らないかな。ベアくんからしたらただの赤の他人だろうし......。



それなら......。



「その......なんで......なんで私たち生徒って、......」

「ん~?」



思ってたよりも緊張して、何回か声が詰まる。


ベアくんは首をかしげながら、純粋な顔で私を見てきた。尖った耳がピクッて動いて、何度もその大きな目をパチパチさせて。


私は......一旦小さく息を吸って、吐いた。




「き、記憶......なんでここの生徒はみんな、記憶を失ってるの......?」




みんなきっと不思議に思ってるけど、誰も聞こうとしない質問。

聞いていいのかわからないから。聞いたところで、怖い答えが返ってくるかもしれないから。


ベアくんの赤い瞳孔が、少しずつ縮んでいった。



「......」

「え、えっと......」



や、やっぱり聞いちゃまずかった? どうしようやばいまずい消される消されちゃうかもしれないどうしようえっとえっとえっとえっ——



「僕もわかんなーーーい!!」



ズッコケそうになった。



ベアくんは満面の笑みを浮かべながら、頭の上の角を掴む。

目は一つでも、角は二つあるみたい。



「あんまり深く考えたことないなー! なんでだろうね? 不思議だよねぇ!!」

「あ、そ......そっすか......」



......なんだ。四年生になってもわからないままなんだ。

というより、そもそも気にしてない? ベアくんが気にしてないだけ? それとも、ここで過ごしてるとどんどんどうでもよくなっていくの?


な、なんて............それじゃあまるで、ネルソービュー学園が生徒を洗脳しようとしてるみたいじゃん。確かにここって不思議な場所だけど、流石にそこまでは......多分......。


だ、大丈夫だよね! ここの先生って結構優しいし! ここの学校生活も楽しいし!


平気......で......



「他は? 他に質問あるー?? なんでも答えるよ!! わかるやつだったらねっ」

「そ、それじゃあ......」



一応......一応、ね? 一応聞いても安全そうな質問に留めておこう......。



「ここって人外に『成る』学校でしょ? それってどういうことなの? どういう仕組み? この学校にいたら勝手に人外になるってこと......?」

「へーーっ! 一年生ってほんとに何も知らないんだ!」



彼は口を『ほぇ~』って感じで開けて、興味深々な顔をする。その後、コホンって咳払いをして、片方の人差し指の爪を天井に向けた。



「一年生が終わった後、なんの人外に成りたいかを決めるんだよ! だから、二年生になる前に何科(なにか)に入りたいかを決めるんだっ!」

何科(なにか)......?」

「そう! 僕はサイクロプスに成りたかったから、サイクロプス()に入ったの!」



あ、そういえば......バニラ先輩も自己紹介するとき......


『一応サキュバス()でーす。よろしくねー』


......って、言ってたような。



時々先輩たちが、人外の名前の後に『()』って言ってたのはそういうことだったんだ......。

なるほど? つまりエルフに成りたかったらエルフ科に入ればよくて、妖精に成りたければ妖精科で、魔法使いなら魔法使い科で......



「何科に入るか決めてね、二年生になってからしばらくするとね、体が変わり始めるの! 腕が大きくなったり、目が一つだけになったり!!」

「え!? あっ......じゃあ何科か決めたら、もう勝手に体が変わっていくの?」

「うん!! 二年生の途中で成長が終わって、体が完全に人外になるよ!!」



ベアくんは『このとおり!』とでも言いたげに、ニコニコ笑いながら一回転してみせた。その衝撃で部屋がちょっと揺れて、棚に置いてある教科書が落っこちそうになる。


どうやら私は瞬きするのを忘れてたみたいで、ちょっとだけ目が痛くなる。生理的な涙がこぼれない程度に瞼をパチパチさせて、彼と目を合わせて......。



「へ、変なポーション飲まされるとかじゃなくて?」

「ううん! 飲まないよ!」

「魔法かけられるとかでもなくて?」

「そんな魔法ないよぉ~」

「か、勝手に? 何もしなくても変わるの? 人外に......『成る』の?」

「うん!!!!」



......わからない。なんでかわからないけど、なんか体の力が抜けて、私はほんの少しだけ後ずさった。


そ......そういう感じなんだ。もう勝手に変わるんだ。何科かさえ決めれば、もう二年生から人外に成れちゃうんだ。



「あ、あはは......なるほど......」



ネルソービュー学園って、本当に、人外に『成る』ための学校なんだ。

最初からそう言われて来たはずなのに......今、初めて実感したかも。


ここは普通の魔法学校なんかじゃない。


私たちは、『選ばれし人間』。


過去の記憶は戻らない。

人間のままじゃ、いられない。




「......」




べ、別に悪いことじゃないよね。むしろ良いことだよね! だって人外に『成る』のは結構楽ってことになるもん!


良いこと、だよ。絶対。この学校にいる以上、人外に『成る』ことが良いことなんだから。

ワクワクすること、なんだから。



「......あは......」



暑くなんてないのに。むしろ、開いた窓から風が入って寒いはずなのに。

首筋に、汗が伝ったような気がした。




——————その時だった。




「————!!」



ルームメイトくんが帰ってきたの。


扉を開けて、中に入った瞬間......彼はその場に固まって。

ベアくんとルームメイトくんの目が合う。


二人の間に立つ私は、ワタワタしながら視線を右へ左へと行き来させることしかできなくて。



「あ!! お兄ちゃんはもしかして、ウィローお姉ちゃんのルームメイトさん?」

「......」



ベアくんの笑顔が深まるほど、ルームメイトくんの瞳孔が縮んでいく。


ルームメイトくんの手が丸まって、指先がどんどん白くなっていって、


瞳がどんどん黒ずんで、少しだけ開いてた口が塞がって、肩が上がって、


額に、筋が、立って、っ



「はじめましてーーー! 僕はウィローお姉ちゃんのガイドだよっ!」

「......」



まずいまずいまずいまずいやばいやばいやばいやばいやばいやばい



「べ、べ、ベアくん!! そのっっ、ルームメイトくんはちょ~~っと人見知りだから——」

「何故」



ルームメイトくんの声は、欠けた氷柱(つらら)のようだった。




「何故、人外がここにいるのですか」




一瞬で部屋が冷たく、息苦しくなる。

冷たくて、寒くて、なのに......肌が火傷しそうな、そんな感覚。


睨まれてるのは私じゃないのに、足が震える。ルームメイトくんが怖い顔してるのは、今に限った話じゃないけど......。


......過去イチ......かも、しれない......っ......。



「わっ、ぁ......え? お、お兄ちゃん、なんか怒ってる......??」



流石にベアくんも、歓迎されてないのを感じ取ったみたいで、大きな目をうるっとさせながら首をかしげた。



「か、勝手に部屋に入ったのがダメだったの? ご、ごめっ、ごめん、ね、僕——」

「出ていけ」



気が付けば、ルームメイトくんはベアくんの目の前に立っていた。

ベアくんのネクタイを掴んで、無理やり顔を下げさせて、

鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くで、



「出ていけ......っ......!!」



ルームメイトくんの瞳が、燃え盛る。

青い炎が広がるように、包み込むように、



「地獄に送られたくなければ!! っ今すぐここから出ていけっっ!!!!」



一人残らず焼き払うように。

彼は、声を荒げた。




「————~~~っうっっっうわぁぁぁああ~~~~ん!!!!」



ベアくんは壊れるんじゃないかってくらいの勢いでベッドをよじ登って、そのまま窓から外へ飛び降りた。

遅れて着地音が聞こえて、遠くなっていく足音が鳴って。


足音が去って、静寂が訪れるかと思いきや......次聞こえたのは、荒い呼吸。



ルームメイトくんの、呻き声。



彼は片手で顔を覆いながら、よろけて。ベッドの端に体を預けて、ゆっくりと腰を曲げる。



「っ......っ......!!」



ひゅー、ひゅー、と喉が鳴っていて。


指の隙間から見える目は暴れていて、頬から、首から汗が滴り落ちて。




『なんでそんなに怒ってるの?』

『なんでベアくんにあんなこと言ったの?』

『え!? なにごと!? どゆこと!?!?』


......三つのうち、どれを口に出せばいいのかわからなかったから、私は全部飲み込んだ。



「ね......ねぇ......」

「っ......っう......っ」



私は彼に手を伸ばす。

背中をさする勇気はなくて、肩に手を置くことすらもできなくて、だから、


テールコートの裾を......掴んで......。



「だ、......大丈夫......?」

「......!」



彼は私から離れる。振り払われることはなかったけど、私の手は届かなくなってしまった。



「......、......。......」



ルームメイトくんはズレたメガネを直しながら、深呼吸をした。

そして、汗が浮かんだままの顔をそらして、私に背を向けて......。



「ね、ねぇっ、また去るつもり? の......残りなよ、休みなよっ、私邪魔しないから——」

「すみません。少々取り乱しました」



『少々??』って言いかけた自分の口を、私は必死に両手で塞いだ。



「お気になさらないでください」



無理無理無理無理無理無理無理無——



「人外を前にすると......時々ああなってしまうだけですので」

「————え、」




ルームメイトくんはそれだけ言い残した後、部屋の外に出て、いつもより激しく扉を閉めた。



「ちょっっっで、でもここって——」



閉じた扉に向かって手を伸ばすけど、届くわけがない。わかってたのに、私は口を閉じられなかった。



「————人外に『成る』学校ですけ......ど......」




......そこまで呟いて、私はようやく手を下ろした。

そのまま頭を抱えて、床にしゃがみ込んで、



あぁぁあああぁぁぁああああもう!! また謎が増えた!! なんで増えんの!? またわけわかんないことが増え~~~うぅぅぅううううっっっ



でも。色々思うところはあるけど。


それよりも......彼を見て、ふと浮かんだ記憶が頭から離れなくて。

彼と重なるように浮かんだあの情景が、あの声が、



『許さナイ!! 人外を!!!! 絶対に!!!!!!!!』



私の首を絞めてきた、黒い穴だらけの幽霊さん。


一度思い出すと、脳から離れてくれなくて、

何故か、勝手に、ルームメイトくんと重なろうとして、



『何故、人外がここにいるのですか』

『人外を前にすると......時々ああなってしまうだけですので』



......。



「あ、あははっ......まさか......ね......」






次話:今気づいたけど、これデートかもしれない

です、ちょっと恋愛します

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