150話:死者
「......、............」
ローリエの部屋の中は、普段より賑やかになってるはずなのに。
ミルルンがいないとはいえ。
私も、ローリエも、オリーブくんもいる、のに。
三人なのに、一人に感じた。
全てが遠く、暗く、空っぽに見えた。
「......」
「. . .」
「............ははっ」
ローリエは、今にも砕けそうなガラスのように笑う。
右腕に手を添えて。撫でて。
誰かの指先を恐れてしまう彼女にとって、それが、それだけが......自分自身を抱きしめてあげられる、唯一の術なんだ。
「......あれから、何日か経ったはずなんやけどな」
「「............」」
「未だに......数分前のことのように、思えてしまうなぁ」
あれから。あの日から。
キャベツくんが、事件の共犯者だったって知って。
むしろ......キャベツくんから始まってて。
復讐、とか。
ツバサくんとか、ヒカルくんとか、ひまりさん、......とか。
誰がお母さんを殺したのか、とか。
色々。
頭が真っ白だったせいで、鮮明には思い出せない。
霧がかかってて。まるで、脳が勝手に私を守ろうとしてるみたい。
ただ、重い。
何が痛みで、何が苦味なのかわからなくなるほど。
胃の中に、真っ白な絵の具を詰め込まれたかのような。そんな感覚。
そんな冷たさ。
「にしても......情報量が多い、どころじゃないっちゅーか」
「もはや、次元が............」
すぐに言葉が詰まっても、ローリエは何度も静寂を破ってくれる。
私のため、かな。オリーブくんのためかな。
私たちのために、気を使ってくれてるのかな。
......ローリエだって、辛いはずなのに。
「————~~っ」
ダメ、泣いちゃダメ、
泣いたら変われない、変われない、変われない、変われない、変われない、
終われない。
オリーブくん、だって。泣いてないのに。
誰も泣いてないのに。
私だけが我慢しないのは、おかしいよね。
「......っ......————....... . . ..」
............あれ?
泣きたくなくなった。なんでだろ?
まぁ。いいか。
我慢するの、やっと慣れてきたのかな。
良いことだね。
「あの三人、さぁ。ブレイズは知らんけど......ミルフォイルもキャベツも、元々は何も覚えとらんかったんやろ?」
ローリエは、自分のベッドの柱に背を預ける。
ぼんやりとした視線が捉えるのは、きっと......生活の跡が残ってる、ミルルンのベッド。
あのオオカミのぬいぐるみって......最近マーケットで買ってたやつだよね。
買ってたところ、見たもん。一緒に行ったもん。マーケット。
「............すごい偶然よなぁ。まだ何も思い出してなかった頃から、仲良くしとったなんて」
「やっぱり、心は繋がっとるんかなぁ......なんて。漫画みたいな話やな」
「「......」」
いつもの六人。
ローリエ。ミルルン。ブレイズくん。キャベツくん。オリーブくん。......私。
そのうち、ミルルンとブレイズくんとキャベツくんの三人は、生前から関係があって。
確かに、すごい偶然だなって思う、けど。
もし。
......もし。あの三人が、そもそも、ネルソービューで出会っていなければ。
三人が再会することも。
こんなことになることも。
結局全部壊れちゃうことも。
全部全部、なかったのかな......なんて。思ってしまう。
こんな思い......することも。
「って、いうか!! あんたら二人も記憶思い出しとったんやろ? 言ってよ~~! ミルフォイルとあーしだけかと思ったやん!」
......私の視線が少し変わったことに、ローリエはすぐ気づいちゃったみたい。
そのまま苦笑いして、指先で頬を掻いて、
「ま、まぁ......あーしも言ってなかったし、ヒトのこと言えへんけど......」
「......」
ブレイズくんは言っていた。
キャベツくんが、私たち四人の記憶を取り戻した、って。
ミルルンと、ローリエと、オリーブくんと、私の過去......全部、彼が蘇らせたんだって。
..................ねぇ。ローリエ。
もし。もしも、だよ?
「あーしも、倉庫でお泊まり会したとき......ミルフォイルみたいに、過去の話すればよかったかもなぁ......」
君のこと、『あんなちゃん』って呼んだら。
ローリエは、なんて応えてくれるの?
............
もし本当に、あんなちゃんだったら。
再会しちゃったら。
私たちも、生前から友達だったんだって知ったら。
キャベツくんたちみたいに......何かが、壊れたりしちゃうのかな。
戻らなくなっちゃうのかな。
もっともっと取り返しのつかないことになって、もっともっと苦しくて、
もう、私、
「でもあーし、あんたらに無理やり過去を話させるつもりはないで? その......あーしもあんまり話したないし............」
「、............」
............あんなちゃん。
ごめん、ね。
もう。あんなちゃんには、会えそうにないよ。
「......」
「......」
「......ね......ねぇ、ローリエさん............」
初めてオリーブくんが口を開く。
しんどそうでも、重そうでも......ゆっくりと、確かに唇を動かすの。
「ローリエさんは、その......あれからミルフォイルさんとは、何回か話せてるんだよね?」
「あぁ......それはまぁ、うん......一応ルームメイトやし......」
「何か、い、言って、た......? 他にも過去のこと、とか......そ、の............」
隈が染みた下瞼を震わせて、肩を落として。
よく見たら......オリーブくんの角が片方、少し、ほんの少しだけ欠けていた。
「......きゃ......キャベツさんが今、どうしてるのか、とか......ミルフォイルさんから聞いたりした......っ......?」
............あれから、キャベツくんに会えてないの......私だけじゃなかったんだ。
「ぼ......ぼく、やっぱりキャベツさんとちゃんと話、し、たくて、へ、部屋に行ってもいつもいなくてっ、キャベツさんってルームメイトもいないから——」
「ごめんなぁ......あーしも、キャベツのことは全然教えてもらえてなくて......」
「っ......そ......う、なんだ............」
ローリエはオリーブくんに触れる代わりに、撫でるような視線を向ける。
そして。
自分自身の空っぽを、埋めようとするような顔......。
「で、でも、な! ミルフォイルは、『わたくしたちの関係や詳しい話は、また今度ちゃんと説明するわ』って言うてくれたで?............まぁ......『今はそっとしておいてほしい』とも言われたんやけど......」
「......ウィローさんは? その......ブレイズさんと話せてる......?」
あ。
わ、たし、か。私か。
喋らなきゃ。えっと......、っ
「ブレイズくん、も......ミルルンと同じようなこと言ってたよ。いつか全部、改めて説明してくれるって......」
「そっかぁ......まぁあーしら、断片的な話しか聞いとらんもんな。頭パンクしすぎて、あんま内容入ってこんかったし」
「............っ」
すると、オリーブくんはビシッと翼を上げる。
歯を食いしばって、薔薇の棘を飲み込むような顔をして、
「——————っごめん! ぼく、やっぱりキャベツさんのこと探してくる!!」
それだけ言い残して、
「————ちょっ」
私たちに有無を言わさず、部屋の外へ勢いよく出て行っちゃった。
「おい!! オリーブ!?............大丈夫かいな......」
ローリエはため息を零すけど。
一切呆れは混ざっていなくて。むしろ、ちょっとだけ安心したような。
............すごいな。オリーブくん。
探しに行く勇気があるなんて。ちゃんと話したいって、心の底から思えるなんて。
ローリエも、すごいな。
ちゃんと、大丈夫なフリできて。
私は。
私、は............、
『だってお前、ネルソービューでできた最初の友達だしっ』
『初対面のはずなのに、なんか、お前相手だとスラスラ話せたというか......記憶失う前は友達だったんじゃねぇかってくらい、なんつーか......』
『だ、だからよ! やっぱお前は特別なんだよ!!』
「......ろー............りえ。私も、ちょっと、外の空気......吸ってくるね?」
「え? 別にええけど......」
ふらついちゃダメ、だ。
そしたらローリエに心配されちゃう、
頭のぐるぐる、
痛いの、甘いの、
記憶も思い出も、
早く
捨て
なく
ちゃ
「——ウィローっ、」
掴まれ、た。
袖、とかでもなく。裾を引っ張られたわけでもなく。
手首を、強く。優しく。その小さくて、少し冷たい手で。
ヒトに触るのは嫌なはずなのに。
『普段なら、ちょっと嫌なんやけど......』
『............不思議やなぁ』
『あんた相手やと......そんなに嫌じゃないみたい』
「ウィロー、その......一人で大丈夫か......?」
世界で一番優しい上目遣いで、私を見る、
............あんなちゃん。
って、呼んじゃダメ。絶対にダメ。
だってもし、ローリエまで失ったら、
私のせいでまた、っ
「あーしも一緒に行こか......? 最近だいぶあったかくなってきたから、外に出るのも悪くないなぁ」
「 」
「だい」
「だい、じょ」
「大丈夫」
「......ご......めん」
優しさに甘えて、また何かを失うのが怖くて。
結局その手を振り払って、冷たいドアノブを捻って、
ね。
ローリエ。
私、君のこと絶対、『あんなちゃん』って呼んだりしないから。
君も。
私のこと、『なのか』って......絶対呼んだりしないでね。
***
「あ............そっか。週末だから............」
踏みしめた芝生をいちいち弔っていると、いつの間にかたどり着いていた。
学生寮から少し離れた、広すぎるとも言える校庭。
何も知らない生徒たちは、今日もマーケットを楽しんでいる。
いつも通り。
小さなサーカスのテントみたいなのが、たくさん並んでいて。
スピーカーから流れる重低音は、心臓を絞めてきて。
空の暗闇を許さないサーチライトは、私にまで届いてしまいそうで。
強すぎるコーンドッグの匂いで、ちょっと気持ち悪くなっちゃって、
舞い散る白の紙吹雪も、雪のように綺麗だとは思えなくて、
「——————うっッ、」
ゾディさん。
ゾディさんも、こんな気持ちだったの?
楽しいはずのマーケットで、一人ぼっちになっちゃって。
オートミールが死んじゃって。
一人、ってだけで。
こんなに。
全部が、灰色に見えちゃうんだね。
「............」
両手で口を押さえたまま、息を吸う。
溜まった唾を飲み込む。飲み込む。飲み込む。
飲み込め。
ここにいるみんなが楽しそうなのは、世界のせいじゃない......っ......!
「......、............」
そういえば。
昔。一年生のとき。
野外授業を受けてたとき、キャベツくんに一緒にサボろうって言われて。
先々歩くもんだから、もっとゆっくり歩いてって伝えたら、
『オレが引っ張ってやるよ! 手ぇ出せ!』
..................結局、私。勇気が出なくて、キャベツくんの手を取れなかったんだよね。
その代わりに、袖を掴んだんだったっけ。
『が、ガーディナー? 思ってたんと違うんだけど......??』
「............そっかぁ。私、もう、あのときから......っ」
『おいおい、あんま無理すんなって......ホントにほっとけねぇやつだなオマエ......』
『お前と引っ付いてたら、高ぇとこも余裕だったぜ!!』
『......オマエの手、冷てぇな』
や、だ
思い出したって、辛くなるだけなんだからっ、
悲しくなるだけなんだから、っっ、っ!! だって、あれはぜん、ぶ、ぜんぶっ
『オレ......ずっと............後悔、してるんだよ』
『だってよっ、友達ンこと応援したいって思うのは当たり前のことだろ?』
キャベツくんのあれは本心じゃなくて、ずっと本音を隠しててっっ、っ苦しんで......、
本当はきっと誰のこともっ、私のことも、
もう私たちに会ってくれなくなったのも————!!
『っ、......オレ......本当はずっと............ガーディナーの味方でいたかった......』
............本当、に?
本当に?
全部、嘘、だったの?
ぎゅってし返してくれたのも、特別だって言ってくれたのも、
好きになってくれた、のも。
本当に、全部嘘だった?
キャベツくんの愛も、優しさも、本当に......
復讐心が燃やし尽くしてしまうほど......弱く、儚いものだったの?
だってキャベツくんは、友達になった後も、
全部思い出した後も、
初めて出会ったときも、
『女ぁぁぁあああああああ!! そのボタンを押すなぁぁぁあああああぁぁああ!!!!』
————やっと、顔を上げられたそのとき。
一年生のときに出会った、キャベツくんの面影が消えると共に。
見えたの。
いた、の。キャベツくんが。
遠くの方で、フクロウの翼を閉じたまま。
黄緑色の髪に埋もれた、羽角を少し下げたまま。
本校舎に入っていく姿が、見えたの。
..................現実。
現実、だ。幻覚じゃない。
本当に、キャベツくんが、今......本校舎の中に、
「————————っっ待っ」
あのね。
キャベツくんは最初から、私のこと好きじゃなかったのかもしれない。
私の知ってるキャベツくんは、キャベツくんじゃなかったのかもしれない。
追いかけることが、本当に正しいことなのか......わからないのに。
ちゃんと話す勇気なんて、まだ全然ないくせに。
それなのに。
あの日からずっと会えなかった、キャベツくんの姿が見えた瞬間。
世界が一気に色づいたのは......やっぱり、おかしいのかな。
***
普通に追いかけたら、逃げられちゃうような気がしたから......私は息を潜めて、こっそり彼についていく。
本校舎はいつも入ってる場所なのに、なんだか、全然違う世界に忍び込んだような気分で。
廊下を流れる生徒たちの影に隠れて、できるだけ天使の翼を折り畳んで、
やがて......私の存在を誤魔化してくれる影が減ると、その辺の壁とかに隠れてやりすごす。
でもね。キャベツくんが私の方を振り返ることは、一度もなかったの。
それどころか、立ち止まることすらもなくて。
最初から目的地は決まってたみたいで、歩みに一切迷いがなくて、
ずっとついていってるとね、私も......彼がどこに向かってるのか、途中で気づいたの。
それで、やっぱり合ってたの。
「......代理医務室......兼、生徒指導室............? なんで............」
そう一人で呟いても、キャベツくんは振り向かなかった。
ノックすらもせずに、そのまま扉を開いて......生徒指導室の中へ消えていく。
音も立てずに、ドアが閉まる。
なお、私は辺りをキョロキョロ見渡した後、代理医務室のドアに耳を当てたのでした。
冷たい、けど......我慢しなきゃ。
で、でも、盗み聞きして大丈夫なの? 素直に中に入った方がいいんじゃ......?
だって、部屋の中に追い詰めればもう逃げられないし、きっとトモル先生も捕まえてくれるだろう、
け、ど............捕まえたところで、なんて言えば......?
「............生徒指導室、か............」
そういえば。
一年生のとき、キャベツくんと出会って......最初に二人で行ったのが、ここだったな。
ステージ爆破の犯人だって勘違いされちゃって。あれは結局、レベッカ先輩たちのせいで......
あのときの私は............本当に、何も知らなくて............。
幸せ......だったの、かなぁ。
「————くん。——は、——~のかい?」
......トモル先生の声だ。でも、扉越しだとやっぱり聞き取りづらい......。
こういうときは、地獄耳になれる魔法を掛ければ............よし。
「——あぁ。本当だよ、トモル先生」
聞こえた! キャベツくんも喋ってる。
って言っても、ぬ、盗み聞きはしすぎないようにしよう......。
ちょっとだけ、中がどんな様子なのか覗くみたいな感じで、
タイミングが良さそうなときに、急いで入れば————
「オレが、全部一人でやったんだ。一人で......ネルソービューのやつらの、記憶を蘇らせた」
「自首......しに来たんだよ。オレ............」
次話:この後、ロッカーに閉じ込められます
です。空気を読んでないわけじゃないですよ




