149話:ひまり
なんで。
こんなことになっちゃったんだろ。
キャベツくんじゃない、
こんなのキャベツくんじゃ、私の知ってるキャベツくんじゃっ、
何が嘘で、何がホントだったの?
私を愛してくれたのは。
一体、誰だったの......?
「お前に、復讐するためだ。ブレイズ」
「オレから家族を............全てを奪った、お前にな」
キャベツくんはただ、見開いた目をブレイズくんに向ける。
その表情は。
全てを諦めたようにも、何かを切望するようにも見えて。
彼が何を思っているのか、何を想ってきたのか、
落ちた息の意味すらも、わからなくなる。
私たちを囲う『記憶の瓶』は......バラバラに割れた月光のように、ただ、照らした。
「......お前がここに来た目的はわかっている」
キャベツくんの声は、とっくに燃え尽きたはずの命火のようだった。
この世でもっとも炎を嫌う、真っ白な、真っ黒な炎。
「お前がネルソービューに来た理由も、何を企んでるのかも、オレは全部わかってる」
「だから......オレが、生徒共の記憶を取り戻せば......きっとお前は、放ってはおかない」
「協力してくれるだろうって............わかっていた」
そんな、己を燃やし続ける彼を見て。
ブレイズくんはただ、心の緒を引きちぎるだけだった。
呪いの奥へ、自ら沈んでいくようだった。
「なるほど。ならお前は計画通り、俺を巻き込むことに成功したようですね」
「............」
「最初からお前は......俺だけに、罪を背負わせるつもりだったのか。事件を起こすことで、ネルソービューの気を引いて............俺だけを、罰させようとしたのか」
「.. .」
「復讐のために......自分は罪から逃げて、俺だけを............」
挑発......? ううん。それにしては、淡々と述べてるだけっていうか、
なん、で?
なんでブレイズくんは、そんなにすんなり受け入れられるの?
最初からキャベツくんのこと疑ってたの? 裏切られるってわかってたの?
キャベツくんに協力しても、罪も罰も押し付けられるだけだって。
全部、わかったうえで............?
「......お前も、落ちぶれてしまったのですね」
「、」
「人の心を呑まれ、目的のためなら、愛する者すらも欺く............人外に」
......ブレイズくんの『目的』、って。
詳しいことはわからないけど。
『人外のいない世界を作らなくちゃいけない』みたいなことを。言っていたような気がする。
それ以外は、知らない。
私。
本当に、何も知らないんだ。
生きてた頃から、ずっとずっと、無知のまま......。
「そこまで、お前に恨まれるようなことをした覚えはありませんが」
「そうか。ここまで言っても、まだお前は気づかねぇんだな」
冷たい。
貝の中に閉じこもった真珠に、月光が届くはずないから。
「『ブレイズ・ガントレット』。いや————藤極ヒカル」
「——!......何故............」
ブレイズくんの本名が、彼自身の口から聞けなかったのも。
私が受けなくちゃいけない、罰、だったのかなぁ。
「お前は、『水森ツバサ』を覚えているか」
「............」
「『水森ひまり』を、覚えているか」
「......」
「ヒカル。お前の目の前にいるのは............ひまりの、実の弟だ」
こんな形で、ひまりさんの話を聞かなくちゃいけないのも。
過去が暴かれちゃうのも。
「お前はオレの——......オレたちの、母親を殺した」
「殺した後、ひまりを連れ去った挙句」
「最終的に......死なせた............」
全部。
私のせい、なのかなぁ。
「......オレが......『水森ツバサ』としての人生を思い出したのは......お前への復讐を果たすためだって思ってる」
「母ちゃんの仇を果たすためだけに、ひまりの無念を晴らすためだけに、オレは——」
「————っっっキャベツさん!!!!!!」
オリーブくんはキャベツくんに掴みかかる。
ネクタイに、胸ぐらに縋るように......引っ張る。
太陽と同じ色なはずの瞳も、闇の中だと光らない。
縮んでいくオレンジは、抱えきれなかった感情を振り落とす。
隈が滲み出て、赤が浮き彫りになって、
「なんで言わない、っっ、!? なんで何も言ってくれなかったの!?!?」
「............オリーブ」
吠えるような、噛みつくような勢いで、
こんな怒ってるオリーブくん、初めて、で、
「ぼく、ずっと友達だと思って......!!!!」
「......」
「全部嘘だったの!? 全部っ、今までの全部、ずっと、ずっとキャベツさんは、」
「、」
「何考えてぼくたちといたの!?!? こっち見てよ、ねぇっっ」
「 」
「ぼくを庇ってくれたときもっ、初めて一緒に空飛べるようになったときも、水筒買ってくれたときも新しい髪型を褒めてくれたときもっ、ウィローさんの——」
「『なんで何も言ってくれなかったの』、......か............」
キャベツくんは、オリーブくんを突き飛ばした。
オリーブくんはよろけて、親友が目の前で殺されたみたいな顔をして、見上げて、
「オリーブにだけは、言われたくなかったな」
「~~——っ」
「お前だって......本当のこと、何一つ言えねぇくせによ」
キャベツくんの目は、どんな白紙よりも空っぽだった。
そのまま。
オリーブくんはへたり込む。
怒りで赤くなっていた額から、色を抜いて。
涙すらも流さずに、影に落ちていく。
羽も尻尾も、ピタリと動かなくなって。
............そっか。
目の前にいるのは、キャベツくんじゃない。
ツバサくん、なんだ。
復讐心に囚われて、ブレイズくんを追い詰めることだけを考え続けて。
私とは、今まで出会ったことすらない、
ただの他人なんだ。
「......それで。キャベツの————ツバサの、俺を陥れるという計画は、今この瞬間まで成功していたようですが」
ブレイズくんも、今まで見たことない表情をしてる。
敵を見ている瞳でも......熱気も、鋭さも感じられない。
憎まれても、仕方ないって思ってるんだ。
......ねぇ。
ひまりさんを連れ去った、って。
お母さんを殺したって。本当、なの?
「ツバサはこれから、どうなさるつもりですか?」
「. . . . . .」
「このことを、ここにいる全員が内密にしてくださることを祈るか......それとも、復讐を諦めるか——」
「諦めるわけねェだろ」
キャベツくんの手にはいつの間にか、刃物が握られていた。
キャベツくん、じゃなくても。死んでしまっていても。
双剣を好むのは、変わらないみたい。
「ちょうど......コソコソすんのは、飽きてきてた頃だったんだ」
「計画が上手くいかねぇんなら、もうオレ自身の手で......!!」
ブレイズくんは、まだ額に付いていた血を拭い取る。
赤く染まった指先で、銃を抜く。
........................やめて。
もう、
「————藤極ヒカル」
「もうオマエは」
「オレと一緒に、ここで消えろ」
刃が、空を切る音がした。
止めたい
止めたい
止めたい
動けない
私は
弱い。
......キャベツくん。
君が、もうとっくにいなくなってたこと。
気づくことすらできなくて......ごめんなさい............
「————待ちなさい、二人とも」
............ミルルンは躊躇せず、二人の間に立っていた。
剣先が、彼女の髪を貫いても。銃弾が、白百合の花冠をかすっても。
ただ両手を、前で組んで。
死も、死のその先すらも恐れていないかのように。
霜のような表情を、二人にそれぞれ与えたの。
「————!? バッ、おまっ、危ねぇだろ!! 離れ——」
「ツバサくん。ヒカルくん。......ほんとはね」
「復讐なんて......わたくしは、一度も望んだことないの」
彼女の声は......今にも、泣きそうで。
それでも。笑顔になることのない光でも......眩しすぎるくらいだった。
「は......? ば、バターフィールド、何言って——」
「お願い。もう諦めて頂戴」
ミルルンは左手を、キャベツくんの肩に添える。
そして。生前に失ったはずの右手を、ブレイズくんの頬に。
両手で、触れる。
繋ぐように、願うように。
......そして。
「あなたたちの切望の先に、幸せはないの」
「だからもう、わたくしのために......苦しまないで」
彼女は私たちに背を向けたまま、ブレイズくんとキャベツくんを抱き寄せた。
両腕でぎゅっと、きっと優しく抱きしめて。
それでも、二人が逃げられないように強く。武器を振るえないように、それぞれの腰に腕を回して。
もう二度と、大切な人たちを失わないように。
「わたくしのせいで............全部を殺しちゃうのは、もうやめて......っ」
静かに落ちた涙は、蜘蛛の巣に囚われた雨粒のようだった。
花びらに閉じ込められた、水溜まりのような。
それでも、光はあるような。
ひだまりのような。
......ひだまり。
ミルルンの、この口ぶり。
まるで............
「————————ひまり?」
口を開いたのは、ツバサくんが先だった。
剣が、落ちる。倉庫中に鈍く、重い音が響き渡る。
揺らぐ真珠色の瞳は......ミルルンの髪色に、よく似ている。
「ひまり......姉ちゃん、なの......か......? ほんとに............?」
「......」
「バターフィールドが......『ミルフォイル・バターフィールド』、が......水森ひまり......?」
ミルルンは何も言わずに、ただ、二人の温もりに挟まるだけ。
こんなに弱々しいミルルンを見るのは、久しぶり。
このミルルンが現れるのはいつだって、ブレイズくんがそばにいるとき。
......ブレイズくんは。
目元を赤くする代わりに、口元を緩めていた。
笑って、いた。
ほんの少しだけ口角を上げて、目を細めて、
いつもの......普段通りの、笑い方。
「............こんな奇跡、俺に起きていいはずがないと思っていました」
「でも......」
『昔......こうして、よく俺の手を握っていてくれた人物がいるんです』
『大切で、自慢の幼馴染です』
「また、会えて嬉しいです。......ひまり」
『もう駄目だ~~ってなったそのとき............幼馴染が来てくれたの。同じスラムに暮らしてた、大切な幼馴染』
『彼はわたくしを助けてくれて......そのままわたくしの、まだ無事だった方の手を引いて......』
『あのときの彼は、まるでヒーローみたいだった』
「————~~~っはなせ、離せよっっ、ひまり!!!!」
キャベツくんだけが、抵抗する。
だけど、動揺が拭いきれないみたいで、泣きたい気持ちと噴火する怒りでいっぱいいっぱいになってるみたいで、
伸びた手は、痺れたかのように震えるだけで。
そりゃあそう、だよ。
だって......お姉ちゃんと、再会したんだよ?
ひまりさんが、こんなに近くにいたんだよ?
私ですら、まだ吸収しきれてないのに......キャベツくんはきっと、もっと、
「ヒカルは母ちゃんを殺したんだぞ!? お前が死んじまったのだって、全部ヒカルのせいなんだぞ!?!? なのになんでコイツを——」
「お母さんを殺したのは、ヒカルくんじゃなくてわたくしよ」
————————、
「空腹でおかしくなったお母さんに、食べられそうになって......わたくし、怖くなっちゃったのよ」
「それで、無我夢中で生きようとしたら............お母さんが死んじゃってて」
「わたくしが殺しちゃって」
「そこで、ヒカルくんが来てくれたの」
「一緒に、逃げて......くれたの............」
ひまりさん、は......ツバサくんの頭を撫でた。
「ヒカルくんは悪くないの。だから......復讐なんてやめて............」
「————は、......... . . .. .. . . . .」
..................くらくら、して......きた............。
だ、め。ちゃんと聞いてないと。
キャベツくん、じゃなくて、ツバサくんのこと知らないと、
知ってあげないと、受け入れてあげないと、
キャベツくんは今......絶望、してるはずだもん。
動かなくなっちゃって、信じたくないって顔して、
ひまりさんのこともヒカルくんのことも、
だって、今すっごく大事な話、
して、て、
わ、たし............——————っ
「————おい、ウィロー」
脇腹を肘でつつかれて、つい変な息の呑み方をしちゃう。
咳き込むのを我慢しながら、振り向くと......ローリエが私を見上げていて。
い、いつの間に私の背後に、
「ウィロー。......あーしらはもう帰ろ?」
「————え、」
「ほら、オリーブも立って。あの三人のことは......そっとしといてあげようや」
ローリエは、未だ座りこんじゃってるオリーブくんを手招きする。
それでも、彼は両手を床についたまま、唇を震わせたまま、
「で、ででででも、ぼ、ぼく——」
「あーしらがここにおったところで、何もできへんやろ? 今は三人だけにしてあげようよ」
「「......っ、............!!」」
ローリエ、余裕ぶってるけど......指が震えてる。
そう、だよね。
こんな、もう、ずっとわけわかんなくて、
私たちだけずっと置いてけぼりで、
「オリーブもウィローも、もうこれ以上ここにおらん方がええ。気づいとるかわからんけど、あんたらめちゃくちゃ顔色悪いで?」
「「............」」
ローリエに、背中押されちゃって。
オリーブくんも、強制的に立たされてて。
私は、倉庫から出る前に一度......もう一度だけ、三人の方を振り返ろうと思ったの。
三人の様子を見ようと。
真実を告げられたツバサくんが、大丈夫かどうか見ようと、思って、
でもなんか、顔上がんなくて、
頭どんどん真っ白になって、上手に歩けなくて、
誰かに捨てられたような感覚で、
もうあの三人は知らない人たちで、
他人で、
私の知ってるヒトたちは、友達、は————
............
......もう。
前みたいには、戻れないのかな。
もう二度と、いつもの六人ではしゃいだり。
笑ったり、できないのかなぁ。
次話:死者
です。結局は、ぜんぶ過ぎたことです




