148話:翼と光
「正直に答えてほしい」
「あーしらの記憶を取り戻したの......お前やんな?」
「..................キャベツ」
意図しなくても、勝手に喉が凍りつく。
糸が首に絡みついて、息をしたいとも思わなくなる。
ローリエは。確かにいつも、キャベツくんの扱いが雑だけど。
だからって、こんな嘘ついたりしない。
こんな悲しそうな表情で、みんなを騙そうとしない......よね?
ねぇ。
キャベツくんも、そうだよね?
いつもあんな楽しそうに笑って、色んな種類の温もりをくれて、
友達思いで、嘘なんてつかなくて、
でも。
ローリエとキャベツくん。どっちも嘘をついてないなんて、ありえない。
から、
つまり、
それ、って
「......ローリエ............?」
キャベツくんは笑っていいのかわからないって顔しながら、珍しく彼女の名を呼ぶ。
みんなの視線を一気に浴びて、流石にちょっと足を震わせて、
「何......言ってんだよ......? お、オレ? オレが?? オレが犯人?? で、でも、もうブレイズが真犯人って結論出たはずじゃ——」
「ちゃうねん! ブレイズが犯人じゃないって言ってるわけじゃなくて......!!」
ローリエは片手で胸を押さえながら、唇を噛みしめる。
本当は、喉の底に沈めておきたかった言葉を、掘り起こすように。
無理やり吐き出す準備をするように。
そして彼女は、ゆっくりと息を吸いながら顔を上げた。
誰かの『記憶の瓶』を抱えたまま。
キャベツくんだけじゃなくて、私たち全員に......呼びかけるみたいに。
「......なぁ。みんな」
「あーしらは、一体いつから......犯人が一人だけやって、思い込んどったんや......?」
「「「「——————!!」」」」
い......言われてみれば......。
犯人が、何人もいる可能性なんて......考えたことなかった、け、ど、けどっ、
「ブレイズの他にも、共犯者がいたかもしれん。で、その共犯者は......多分............」
でもだからって、そんな急にっ、
「な、なんでそれでキャベツくんを疑うの!? それならあのオッドアイのヒトの方がよっぽど怪しいじゃん!! なのにっ——」
「そう、だよ......! ぼ、ぼくも、キャベツさんじゃ絶対ないと思う......!!」
オリーブくんは私の隣に立って、拳を下に向けたまま握りしめる。
コウモリのような翼をピンと広げて、ハートの矢先のような尻尾をローリエに向けて、
「ぼくずっと、きゃ、キャベツさんと一緒にいたもん......! 怪しいところなんてなかったもんっ......!」
「......オリーブくん............」
私の味方でいたいから、言ってるわけじゃない。
心の底から、キャベツくんを信じようとしてくれてる。
キャベツくんのこと、大切な友達だと思ってくれてる。
それなら、私も......!
「あ、あのねローリエ! ローリエを責めてるわけじゃないの! ただ、私も......っ......ずっとキャベツくんの近くにいたから............」
『落ち着くっつーか......楽しいっつーか............もちろん、他のやつらといるのも楽しいけどよ。やっぱお前が一番安心感あるんだよな~、っつーか............、』
『オレはよォ!! お前が「自分じゃ駄目なのか」って言ってきたとき!! すげぇ嬉しかったんだぞ!?』
『オレ......本当はずっと............ガーディナーの味方でいたかった......』
「と、とにかく! キャベツくんが犯人だっていう証拠なんて、今まで一つも——」
「オリーブ、ウィロー。あんたら二人とも、これを持ってみてくれへん?」
ローリエは私たちの元へ歩み寄って、何故か一つずつ『記憶の瓶』を手渡してくる。
目を合わせても、彼女の瞳は一切揺るがない。
雷模様と、泡沫が......私たちを確かに捉えるの。
「な......なんで......」
「ぼ、ぼくたち、こ、これ、勝手にさわってもいいの......っ?」
「二人とも。それぞれ、瓶を手のひらに置いてくれへん? あとお互いもっと離れて」
手のひらに......? こう、でいいのかな......?
しかも離れるって、な、なんで、
なんで私たち、こんなこと——
「ぅわぁっ!? な、なななな、中の液体が、う、動いてっっっ」
あ。瓶の中の記憶、オリーブくんに反応してるみたい。
暴れ回って、彼の手のひらからできるだけ遠ざかろうと......
............あれ............、
「な、なななんでぼ、ぼくだけに反応、して、っ」
「え......? あ............!」
私が持ってる方の瓶は、反応してない。
ちょっとだけ動いてるけど......これは多分、まだ近くにいるオリーブくんを嫌がってるだけ。
そうだ。そういえば......『記憶の瓶』も、前は私に反応してた。
だけど、いつからか............一切反応を示さなくなって。
ここに戻ってきても、動いてくれなくなって。
でも、オリーブくんにはまだ..................
「......この瓶な。あーしにも、ミルフォイルにも反応せぇへんくなってるねん」
ローリエは近くの棚から、もう一つ瓶を取り出す。
やっぱり、動いてない......。
「これはただの憶測でしかないんやけど......最初はネルソービューの生徒を嫌がる瓶も、しばらくすれば慣れてくる、というか」
「多分、あーしとミルフォイルとウィローは、前ここで長居したから......瓶の中の記憶も、もうあーしらに反応しなくなったんや」
「わからんけど」
「まぁとにかくっ、」
ローリエはキャベツくんの方を向いて、
「『記憶の瓶』は、初めて倉庫に入ったヤツにしか反応せん」
「ってことは......キャベツにも、本来は反応するはずやんな?」
「ここに来るの、初めてやって言ってたし」
キャベツくんは口を開く。
だけど、何も出てこない。無意識なのかわざとなのか、オリーブくんの方へ寄る。
瓶の中の液体は、変わらずオリーブくんから離れようとしている。
キャベツくんにも、反応してるのかどうかは......わからない。
「キャベツ。オリーブから離れろ」
「————っ」
「あーしらから離れたところで、一人でこの瓶持ってみてよ」
ロー......リエ、待って、
私、まだ、理解が、
「もし本当に、ここに来るのが初めてなんやったら......躊躇せんと持てるよな?」
「......」
「それとも......嫌、なんか?」
「... .. . . .. . ..」
違うよね。
ねぇ。違うって言ってよ。
なんでキャベツくん、そ、そんな青ざめて、
震えて、
「、て、待てよ!! 『記憶の瓶』の性質がなんだか知らねぇけどよっ、それだけでオレが共犯者だって断定すんのは違くねェか!?」
弱々しく、鋭く笑う。
誰かを突き放すように、彼は笑みを吐き捨てる。
「確かに、ほ、ほんとはオレっ、ここ来たことあんだよ! さっきは普通に嘘ついた!! わりぃ!! でもよ、ほ、他に、オレが犯人だっつう証拠があるわけでもねぇしっっ」
目が。合うの。
自分が今、どんな表情してたのかわかんないけど......キャベツくんは私を見て、心臓を握り潰されたみたいな顔をして。
太陽に怯えるフクロウのように、瞳孔を一瞬で縮める。
「ろ、ローリエ!! オレ、最近お前を怒らせるようなことしたか......? 正直心当たりしかねェからさ、ま、マジで謝るから——」
「アンタの言う通り......キャベツが共犯者やって断定できる証拠は、すぐには思いつかんよ」
赤に染まってしまいそうな月と、対照的に。
小さく、白く輝き続ける星々のような。
「あーしも............あんたが『ここに初めて来た』って言うまで、一度も疑ったことなかったもん」
「オ......レ、」
「せやから............あーしからのお願いや」
ローリエは瓶を棚に戻して、自身の両手を組み合わせる。
祈るように。信じるように、瞳を光らせる。
埃が舞っているであろう空気を、少しでも吸いやすくするように。
彼女は......微笑んだ。
「もしホンマに違ったら、謝るよ。土下座だってかましたる」
「でも......もしあんたが、あーしらを騙すことに......後ろめたさを感じとるんやとしたら......」
「正直に、言ってほしい。打ち明けてほしい」
「あーしらに......託してほしい」
「あんたの秘密も、苦しみも............全部」
「. . . . . . . . . . . .」
キャベツくんの足が、ガクッて震える。
座り込みそうになったのか、そのまま何度も浅い息を零す。
そんな彼に、とどめを刺すように————
「あーしはずっと、あんたの友達でいたいから............!!」
『こ......わい、こわい、か......変わっちまうのが、オレ、』
『オレがオレじゃなくなっちまうのがっ』
『ぜんぶこわい』
『オマエは、オレが変わっちまっても......っ......好きでいて......くれるか............?』
「————俺が。代わりに全てを説明いたします」
空白になった脳を埋めたのは、ブレイズくんの声だった。
さっきまで気を失ってたはずの彼は、そっとミルルンの背から降りて......まだ若干ふらついてて、棚にもたれかからないと立てないくらいで。
「ブレイズくん? もう平気なの~......?」
「平気です。心配には及びま、せん............」
それでも、瞳の中の炎は............脂汗を蒸発させてしまうくらい、眩しかった。
「............お前たちの言う通り......この事件に関与していたのは、俺とキャベツの二人です」
「動機は......まだ言えません、が............事の発端は、キャベツがあの倉庫に入っていくのを見かけたときでした」
結局ミルルンは、強制的にブレイズくんを自分に寄りかからせて。
ブレイズくんは特に抵抗したりせずに、まだ半分しか開いてない目を、キャベツくんに......。
..... ... .. . . . .. . . .. . . . .ま
って
「あれは、二年生の真ん中辺りでしたね。キャベツと......彼のルームメイトは、二人で『生憶の蔵』に入っていったのです」
「そして彼は、その中から、自分の名前が書かれていた瓶を勝手に持ち出した」
「こうして............キャベツは他の誰よりも先に、生前の記憶を取り戻した」
......二年生の......とき、から............?
ねぇ待ってわかんない、わかんないよっ、
ホントにキャベツくん、なの......? 犯人が......?
じゃあつまり、あの時から、
私がポエナから帰って来たときから、
飛行訓練で一緒になったときから、
『笑顔拡散委員会』に入ったときから、
ホリデーダンスパーティーに行ったときから、
一緒にカブトムシ探しに行ったときから、
『わがまま言ってるオマエも、可愛い、と......思う............ぞ』
ずっと、
『オレらが、ふ、二人だけの時間が減る、つーか』
ずっと、
『ち、チケット無駄にすんのもあれだし............オレが行ってやる、よ............』
ずっと、
『今日は一日、お前を好きにしていいってことだよな?』
ずっと、
『屋台の一つにな、マジモンの釣りできるとこあるらしいぞ! 行ってみようぜっ!』
ずっと、
『オレ......ずっと............後悔、してるんだよ』
ずっ、......と、っっっ
「............きっとキャベツは、自分だけが記憶を思い出すのは不公平だと思ったのでしょう」
ブレイズくんはゆっくりと、目を伏せた。
「なので彼は手始めに、友人の記憶を——お前たち四人の記憶を蘇らせたのです」
ミルルン。
オリーブくん。
ローリエ。
......私。
みんな、喉に氷を詰めたみたいな顔してるのに。
それなのに、キャベツくんは何も言わないの。
何も、言ってくれないの。
「そして......自分だけが全てを思い出している状況が、相当堪えたのも理由の一つでしょう。違いますか? キャベツ」
「. . .」
『約束します、ガーディナー』
『お前の記憶を取り戻したのは、俺ではありません』
『俺は......わざわざ苦しい思いをさせてまで、お前の記憶を蘇らせたいとは思わない』
............ブレイズくん。
嘘、ついてなかったんだ。
「そんな彼を見て、俺は......協力することにしたのです」
「生徒たちの記憶を取り戻すことは、俺の目的を遂行する手助けになるかもしれないので」
「こうして、俺も、キャベツも............晴れて共犯者となった」
ブレイズくんの言葉が、脳から抜け落ちそうになる。
脳が勝手に、声を追い出そうとする。
信じられないからって。
信じたくないからって。
だけど。
模型みたいに動かなくなっちゃったキャベツくんを見ると。
これが。
現実、なんだって。
答えなんだって。
「......あの赤髪の彼は、今回の事件とは無関係です」
「紛らわしいと思いますが」
「俺も、彼が何者なのかは......よ、く............」
彼は額に手を当てて、重い呼吸をゆっくり吐いて、
数十分前まで、血が流れていた箇所に手を当てる。中途半端な影だけじゃ、誤魔化しきれないくらい顔色が悪い。
それは。特に怪我とかはしてない私も、多分......同じ。
考え。られない。
何も。
え。
え............?
「しかし......これは、俺の気のせいだといいの、......ですが」
「俺が............お前と比べて、証拠を隠すのが下手なだけかもしれないのですが......」
キャベツくん。
ブレイズくん。
「キャベツ。お前は途中から、俺に罪をなすりつけようとしておりませんでしたか?」
二人とも。
感情は深いくせに。今は意地でも、無表情を崩そうとしないんだね。
「わざと、魔法で溶かした瓶を隠したり。自分だけは無罪なフリを徹底して」
「俺を、たった一人の犯人として仕立て上げようと............」
「............それは......ただの気のせい、なのですか?」
泣いちゃだめ。
泣いてる場合じゃない。
裏切られたような気持ちにすら、私にはなる資格がない。
でしょ。
でしょ?
私は————
「......気のせいじゃねぇよ、ブレイズ」
「オマエの言う通りだ。ネルソービューが、お前だけを疑ったのも......全部計画通りだった」
キャベツくん。
は。
ただ。
静かに。
頷いた。
追い詰められた犯人みたいに、笑うこともやめて。
目からも表情からも光を消して、光を捨てて、光を憎んでしまうように。
ずっと背中にしまっていた、真っ黒な翼を露わにするように。
......嘘だよ。
こんなの、だって、こんなこと、
駄目だよ、ヤダっ、そんなのやだっっ、
やめて、
お願い、
もう
「でもな、ブレイズ。お前は一番大事なところを間違えてる」
こんなのキャベツくんじゃない。
なんて、思っちゃって。
でももしかしたら、これが本当のキャベツくん。なのかも。
私がずっと見てきたのは。私が一緒に過ごしてきたのは。
私のこと、好きになってくれたのは............っ
「別に、みんなの記憶を取り戻したかったわけじゃない」
「そんなことに興味はねぇ」
「オレがこんなことしたのも、全部......」
..................あ......ぁ。
私......キャベツくんのこと、何も知らなかったんだ。
「お前に、復讐するためだ。ブレイズ」
「オレから家族を............全てを奪った、お前にな」
私がずっと探してた、『真犯人』さんは。
ずーーーっと、近くにいたんだね。
次話:ひまり
です。名前です




