151話:この後、ロッカーに閉じ込められます
「オレが、全部一人でやったんだ。一人で......ネルソービューのやつらの、記憶を蘇らせた」
「自首......しに来たんだよ。オレ............」
————生徒指導室の扉の奥、から。
キャベツくんの声が聞こえてきて。
背中が冷たくなって、脳が破裂するんじゃないかってくらい熱くなって、
......わからないの。
何が正しいとか、どうするべきなのかとか、私はずっとわからなくて、
なのにそのときは、勝手に体が動いちゃって、
私、
「——~~~っ待たんかーーーーーーい!!!!!!」
............ドアをバァンッッて開けて、生徒指導室の中に飛び込んじゃった。
すぐに、ポカンとしたキャベツくんと目が合う。
トモル先生も、反射的に杖を握りながら、キャベツくんを庇うように前に立って......。
「ウィ......ウィローくん? どうしたんだい、そんなに慌てて......」
「ぁえ、っと、その、」
だ、めだっ、先生と話してる場合じゃ、
ご......ごめんなさい、トモル先生!!
「とりゃーーーーー!!!!!!」
私は先生を押しのけて、後ろの方にいたキャベツくんに向かって突進して、
「ぅグェッッッッ!?!? がっ、ガーディナー、オマッッェ」
彼の両頬をベチンッッッて挟んで、無理やりトモル先生の方を振り向かせて、
「う......嘘! 嘘だよねっ、キャベツくん! エイプリルだよね!! も~~~キャベツくんったらぁ、ついていい嘘とついちゃダメな嘘の区別も付かないんだから~~」
「......はぁ......? そ......それは無理があるだろ! もうエイプリルフール過ぎて——」
「う・そ・だ・よ・ね!?!?」
肩をぺちぺち叩いても、思いっきり頬をつねってみても......彼はあんまり表情を変えてくれない。
行き場を失った手をわきわきさせたり、瞳孔を縮ませたりはしてる、けど。
それでも......影が、目元に落ちたまま。視線を泳がせて、浅く息をついて。
やっぱり、もう............今までみたいに怒ってくれたり、やり返してくれたり、は、
————————っっっ、
「ばっっ......バカなの!? バカキャベツなの!?」
......それでも、諦めきれなくて。
空気の冷たさに背いて、いつも通り彼をけなして、
キャベツくんの耳を下に引っ張って。
「い゛でっ、いでででででっっっ゛」
「自首したら、た、大変な目に遭うかもしれないんだよ!? もうここにはいられなくなるだろうしっ、地獄に送られるとか、た、魂ごと消されちゃうとかっっ、っわかんないけど!!」
耳元でヒソヒソ叫ぶけど、きっとどうせ、トモル先生にも聞こえちゃってる。
言葉で揺さぶろうとするけど、きっとどうせ、キャベツくんはもうわかってる。
それでも彼は......罰されることを選んだんだ。
「し、しかも......百歩譲って、共犯者だったって言うのだったらわかるけど、ぜ、『全部一人でやった』ってどういうこと!? なんでそんな嘘つくの!? 消されたいの!?!?」
「............オレは......」
「なんでなの!? ねぇ!!!! ブ——......ヒカルくんのこと嫌いなんじゃなかったの!? 復讐はどうしたの......っ......!?」
ち、がう、違うっ、こんな言葉じゃ届かないっ、
わかってる、ホントはわかってるのにっっキャベツくんが急に自分を捨てようとしたのもっ、ブレイズくんを庇い始めたのもっ、
キャベツくんは————~~~~~
「~~~っそこまでして、私の目の前からいなくなりたいの!?!?」
「————!?、っ、......。............」
「そんなに私と一緒にいるのが嫌なの!? なんで誰も私の、そば、に、......っ......」
............違う......違うよ............。
こんなことが......言いたかったんじゃないのに............、
こんな、自分勝手なこと叫び散らしたって、私がスッキリするだけなのにっ、
傷つけるだけなのにっ、
誰も......救えない............のに
「..................ガーディナー............」
顔を上げる。
視界が滲んでいないから、よく見える。
全てを諦めたがっている瞳。
もう海にいた頃みたいには輝けない、誰かの指紋に汚された真珠。
キャベツくんの。
ツバサくん、の............成れの果て。
「............わりぃ」
「——————っ、」
「オレにはもう......お前と一緒にいる資格がねぇんだよ......」
「......わかるだろ............?」
............な......んで。
今すぐにでも、消えちゃいたいって思ってるくせに。
なんでそんなに、優しい顔で笑うの。
そのくせ、どうして触れてくれないの。なんで手を握り返してくれないの。
『資格』って何?
誰と誰は一緒にいて良いとか、誰と誰は一緒にいちゃダメとか、そんなの誰が決めるの?
そんなのどうでもいい!! 私が傷つくかもとか苦しむかもとか、そんなのどうだって良いのにっ、私のことなんて、
で、も。
それも......ただの、私のわがまま。なんだろうな。
だって、もし私が、彼と同じ立場だったとしたら......——
「————二人とも。話の邪魔をしてしまって、本当に申し訳ないのだけれど......」
トモル先生は、溶け込むように。
驚かせないように、そっと近づいてきてくれる。
天使の翼を下げて、できるだけ小さくなって......ひそひそ声で、私たちを撫でてくれるの。
「......もし。もしも、だよ? 仮にキャベツくんが共犯者の一人だとして......その動機を、僕に聞かせてもらうことはできるかな?」
「............」
「何故きみは......『キャベツ・グッドネス』くんは、ネルソービューの生徒の記憶を蘇らせたんだい?」
先生は何故か、私の肩に手を添えてくる。
液体カプセルのような瞳で、大丈夫だよ、って。言ってくるみたいに。
それって......キャベツくんよりも、私の方が弱々しく見えた......ってこと......?
「もちろん、話せる内容だけで構わないよ。これは調査というより......純粋に、僕が気になってしまっているだけだから」
「............『気になる』......か............」
キャベツくんは、私が握ってしまっていた手を上げて......届かなく......なって。
後頭部を掻きながら、彼は視線も天井に向ける。
まるで、絶対に私とは目を合わせないようにしてるみたい、で、
「......聞いてて楽しい話じゃねぇっすよ?」
「大丈夫だよ、面白さはそこまで期待はしていないからね」
「はっ............」
彼は肩をすくめながら、近くのベッドに腰掛ける。
そして、翼から落ちたフクロウの羽を拾って、ただそれを一心に見つめる。
どこか......息が詰まったような顔だった。
「..................オレには......生きてた頃、姉ちゃんがいたんです。つっても、血が繋がってたわけじゃねぇけど......」
ひまりさんのことだ。
これ、もしかして......私も知らない話かな。
私も。聞いてて、いいのかなぁ......?
「......んでさ。母ちゃんもいて、母ちゃんとも血は繋がってはなくて......要するに、寄せ集めの家族だったんすよ」
「でも、物心着いたときからあいつらと一緒だったから、もう本当の家族みたいなもんで」
トモル先生は、キャベツくんの右隣にゆっくりと座る。
少しすると、微笑みながら私に手招きしてくる。
『ウィローくんもおいで』って。唇の動きだけだったのに、テレパシーと同じくらいわかりやすくて。
良かったのかわからないけど......私も、キャベツくんの隣に座った。
「まぁそんな感じで、オレら三人は仲良く暮らしてたんだよ。治安の悪いスラムだったし、飯も金もねぇし、いつ死んでもおかしくなかったけど......なんだかんだ幸せだった」
............スラム。
ミルルンの話と、一致してる。
じゃあ......ミルルンは......本当にひまりさん、で............。
「特に母ちゃんは、いっつも苦労してるみたいでさ。オレらの世話もしなきゃなんねぇし、スラムにいる人間には煙たがられるしで」
「『煙たがられる』......? それはまたどうしてだい?」
「......グールだったからだよ」
「——————!!」
その一言だけで、トモル先生は全てを理解したみたいだった。
深く、ゆっくりと......頷いて。
眉を寄せて、下唇を軽く嚙みながら、うつむく。
まるで。このあと起こる不幸の形も、悟ってしまったかのように。
「..................それは............」
「ある朝、起きたらさぁ............母ちゃんが死んでたんだ」
キャベツくんは、どんな顔して話せばいいのかわからないって顔してて。
少しでも大丈夫なフリをするべきか、真剣に言葉を零すべきか、感情を捨てるべきなのか......私たちの顔色ばっかり伺ってさ。
「オレが見たのは、動かなくなった母ちゃんと......血まみれになったひまり姉ちゃんが、ヒカルに連れていかれるところで」
「それで......オレ......勝手に、ヒカルが母ちゃんを殺したんだって思ったんだ。母ちゃんを殺して、ひまりを連れて逃げたんだ、って............」
ヒカルくんと、ひまりさん。
......ブレイズくんと、ミルルン。
二人はお互いのこと、大切な幼馴染って言ってた。
ミルルンは、ヒカルくんに救われた、って。
でも......そんなこと、キャベツくんには知る由もなくて。
二人の本当の想いも、お母さんが死んじゃった理由も、
お母さんを殺したのが誰なのかも、何も、
「一人で勘違いしてよォ............は、ハハッ、馬鹿だよなぁ......」
「ち、っ......違う!! 違うよキャベツくんっ、キャベツくんは、わる、く、」
何か言わなきゃ、って。
聞いてるだけじゃ駄目な気がして。何も言えない一秒が経つたびに、爪が剥がされるような感覚がして、
「だって......、だってさ!! キャベツくん、お母さんもお姉ちゃんもいなくなっちゃってから、ずっと一人だったんでしょ!? 誰も本当のこと教えてくれなくて、一人ぼっちで、」
「......」
「そんな、の......ブ......ヒカルくんのこと恨んじゃっても、......仕方ない......と思う、し、」
でも。
キャベツくんのこと肯定しすぎても、ブレイズくんを裏切ってるような気がしちゃって、喉が絞まっちゃって、
歯切れが......悪くなっちゃってたのかな。
キャベツくんにも、私の考えてることが伝わっちゃってるみたいでね。
微笑んではくれたけど......私の言葉は、彼の瞳の奥に沈んでいくだけだった。
涙として漏れ出すことすらも、なくて。
沈んで、溶けて、消え失せて......何の役にも立たないまま。
「............ガーディナー。あのな。オレ......十数年後に、あいつらと再会したんだよ」
「えっ」
「家族を失ってからしばらくして、オレはあのスラムを出たんだ。近くの村に引っ越して、普通に一人で暮らしてて、でも、」
彼はベッドから立ち上がる。
私たちに挟まれるのは、落ち着かなかったみたい。
こっちに背を向けたまま、天井を見上げたまま深呼吸して、
拾った羽を握り潰して。
「ヒカルと姉ちゃんが村に来て......なんで来たのか、今になってもわかんねぇんだけど、」
「とにかく、オレが暮らしてた村にあいつらが来て。話そうって、思って、オレのこと覚えてねぇかもしれねぇけど............もう一度、姉ちゃんに会いたいって、っ」
彼の声が割れる。そのあと続いた呼吸も、静寂に紛れきれていなかった。
顔を見せてくれない理由が、嫌でもわかってしまう。
翼の上下がよく見える。
近づけない、触れられない、
届かない、
......ツバサくん。
高いところを嫌う彼の名が、『ツバサ』なのは。皮肉になるのかな。
「————でも。オレが会いに行ったときにはもう、ひまりは死んでた」
「. .. . . .. . . .、」
「ひまりが......死んでて。全然知らねぇ人間が、ヒカルのこと地面に押さえつけて、」
だ......めだ。
言葉が......出ない......。
あのときと違って、ちゃんと丁寧に説明してくれてるのに、苦しくても辛くても痛くても話してくれてるのにっ
脳には入ってくるのに、心が勝手に逃げようとしちゃって、
「そんで......ヒカルに銃突きつけてた人間が言ったんだ。『こんなことになったのも全部お前のせいだ』『お前がひまりを殺したんだ』って......」
「結局、そいつはヒカルを撃った」
「............その後は......」
キャベツくんは、バッと振り返る。
首の後ろに手を置いて、乱れた翼も正さずに、
歯を見せて......笑う。
本当は食いしばっている歯を、誤魔化すように。
深海に沈んでも、息ができるフリを続けたの。
「..................オレ......全然知らねぇ人間のこと、信じちまったんだ」
「全部ヒカルのせいなんだって」
「でも......違った」
「何もかも違った」
「母ちゃんを殺したのは姉ちゃんで............ブレイズは......——」
「————本当にごめん二人とも!!!! 少しの間黙ってて!!!!」
............数十秒の間に起こったことを、ありのまま話すんだけど。
まずね。
キャベツくんに上げられる言葉を必死に絞り出そうとしてたらね。
トモル先生が急に立って、ものすごく慌てた様子で杖を取り出してね。
魔法で、私とキャベツくんを宙に浮かせたの。
「「え」」
それで、魔法で動けなくなった私たちを、磁石みたいにくっつけちゃったの。
「「ゑっっっっ」」
そこでね。
生徒指導室にはなかったはずのロッカーが、どこからもなく生えてきてね。
「「はェっっっっっ」」
「ごめん!!!! ほんっっっとうにごめん!!!!!!」
そのまま魔法で拘束されていた私たちは、ロッカーの中にぶち込まれ。
「んぎゃぁぁぁあぁぁぁあぁ!?!?」
「はぁぁあぁあぁぁぁあぁぁ!?!?」
扉をぴしゃりと閉められ。
狭いロッカーの中に、二人。
何日ぶりかの密着。
先生の声は聞こえなくなって、キャベツくんの荒い息遣いだけが響いて、
熱も、心音も感じてしまって。
一瞬でも身を委ねそうになってしまった自分が、許せなくて、
早く離れなきゃって、でも翼に冷たい壁が当たって、ぐにゅって、
キャベツくんも同じみたいだった。
「——————————っ、」
すぐに青ざめた彼は、水面から上がったときみたいに息を呑んで——
「——トモル? とても大きな音がしたような気がしましたが、何かありましたの?」
「「~~~~~~っ!?」」
聞き覚えのある凛とした声に、私たちはお互いの口を塞ぎ合った。
......トモル先生が、急に私たちをロッカーに閉じ込めたのって......。
「や......やあ、アポネ。どうしたの? なんか、久しぶりのような気がするね......」
やっぱり。アポネ先生だ。
校長先生と私たちを会わせるのが、そんなにまずかったのかな?
確かにさっきまで、周りに聞かれない方が良い話......してた、けど............だからといって、急に私たちをロッカーの中に放り込まなくても良くない......?
「例の一件について話をしに来ただけです。それより、先程の音は......」
「う、ううん、なんでもないよ。ね......猫じゃないかなぁ......?」
「......そうですか」
「なっ、......ほ......本当だよ............?」
通気性が良いロッカーなのか、中にいても先生たちの声が聞こえやすい。
「とにかく! 僕に用があるんでしょ? 僕にできることなら——」
「あのロッカー、最初からこの部屋にありましたっけ? 随分不自然な位置にあるように見えますわ」
「ささささ最近買ったんだ!! まだ配置決められてなくて......!」
「......」
トモル先生、嘘つくの下手なんだ......。
「は、話したいことがあるなら、ちょっと外に出ない? ここはその......他の生徒が来る可能性もあるから......」
「............私は構いませんが......良いのですか? 少し待った方がよろしければ......」
「ううん、全然大丈夫! ほらっ、早く一緒に行こっ!」
先生たちの声が、どんどん遠ざかっていく。
軽い足取りと、少し戸惑ったような足取り。
まるで、今から遊びに行く女子高生二人のような......なんて、表現するのは変かな。二人とも教授だし、トモル先生は女子ですらないし......。
とにかく......しばらくすると、何も聞こえなくなったの。
鳴り響くのは、ロッカーに入り込む隙間風だけ。
中に入ってきて、私たちの足元を冷やす。
自分自身の心音も。どう頑張っても、無理やり止めようとしても......耳の奥で響いてしまう。
「............もしかして......二人とも、行っちゃった......?」
「..... .」
もうロッカーから出ても大丈夫......だよね?
話の続き、しないと。
「あ......相変わらずトモル先生、アポネ先生の前だとヒトが変わるなぁ......喋り方全然いつもと違ったし......」
「でも昔は確か、校長の前だと『あばばば』って固まってなかったっけ? それなら、普通に喋れてるだけでまだ成長してる......のかな?」
キャベツくんが昔の話、全部してくれたんだもん。
何か。言わなきゃ。正しいこと。
ただ慰めるだけじゃ駄目。
『大丈夫だよ』って言うだけじゃ、多分......逆効果。
大丈夫じゃなくちゃいけないのは、私だけだから。
「そ......そろそろ出よっか! ロッカーの中暑いし、狭いし......」
キャベツくんはきっと、私に引っ付いてるの嫌だよね。
本当は私のこと、好きじゃないかもしれないんだから。
そうだとしたら、今までもずっと嫌で、嫌なのに笑ってくれて、我慢してくれて、
こんな私を、受け入れて、
っ
「......ごめん、ね......? すぐ離れるから......、」
えっと......あれ? このロッカー、結構固く閉じてある......?
強く押しても、ビクともしない。ロッカー全体が揺れちゃうだけ。
早くしないとなのに、早く、じゃ、じゃないと、
もし私が少しでもドキドキしちゃってるってバレたら、きっとキャベツくんは罪悪感でっ、
優しい、から、
優しすぎるから......!!
「ごめんキャベツくん、ちょっとドア開けるの手伝っ——————」
掴まれる。
両方の手首を掴んで、上げて。
後ろの壁に押し付けるみたいに。
「——————っひゃ」
振り払えるわけがないって思うほど、力強くて。
薄暗闇の中で見た彼の目は......満月よりもずっと、痛いほど眩しくて。
彼はフクロウの獣人、なのに。
両手首に込められた力も。
近づいてくる顔も、開いた口も、一瞬光った八重歯も。
狼のように、見え
次話:許されないこと
です。狼じゃなくてフクロウです




