十五話:ミルルンの様子がおかしい(いつもより)
「では、決勝戦~~~っ、始め!!!!」
先生は叫ぶように言い放つと、過去一の勢いでホイッスルを鳴らした。
ルームメイトくんは手斧を構えながら走って、ミルルンは微笑んだままゆっくりと歩いて、
瞬きすると、もうすでに斧と槍がぶつかり合っていた。もしゴム製じゃなかったら、火花が散ってたかもしれない。
ちょ、ちょちょちょっと待って?? まだ私っ、あのミルルンがルームメイトくんと戦ってる現実が受け入れられてないんだけどちょっと待ってちょ、え、えっっっ
「槍のお姉さ~~ん!! 頑張れーーーっ!」
「斧野郎~~! 僕お前に100ペタル賭けたんだから絶対勝てよ~~!!」
周りのクラスメイトたちも二人の戦いに夢中で、敗者とは思えないくらい盛り上がってて。
私の隣に座ってるオリーブくんも、ずっとハラハラした表情で観戦してた。
少し遠いけど、戦いの様子と二人の表情はよく見える。
ルームメイトくんは無表情のまま、ミルルンに向かって斧を振るい続ける。
常に距離を詰めようとして、踏み出す一歩一歩に無駄がない。風のように彼女に迫って、同時に周りの芝生を燃やそうとしてるみたいな、逃げ場を失くそうとしてるみたいな......戦いに詳しくなくても、見るだけで強いんだなってわかる。
対してミルルンはほわほわ笑顔で、ずっと楽しそう。斧が長い髪をといても、花かんむりをかすっても、彼女は動じることなく踊り子のように避け続けてる。
でも時々予測できないタイミングで槍を突き出して、反撃して......例えるとそう、触手みたい。とにかく攻撃が速いの。相手のメガネを突き刺せるような勢い。
「ぁ......わ、ぁ......彼女、やっぱりすごいなぁ......」
オリーブくんは祈るように両手を組みながら、少しだけ目を輝かせた。実際に戦ってる二人以上に緊張してるみたいだけど、その笑顔は純粋で、ヒーローものを見てる子供みたいで......
「『やっぱり』? オリーブくん、ミルルンが強いこともう知ってたの?」
びっくりさせちゃったのか、彼はちょっとだけ体をビクッと震わせた後、私の方に顔を向けながら何回も頷いた。
「う、う、うん! 第一ラウンドでぼく、彼女に負けちゃって......ぼ、ぼくが弱すぎたからだと思ってたんだけど、他のラウンドでも絶好調みたいで......」
あ......オリーブくんはちゃんと他のラウンドも見てたんだ。私も拗ねてないでちゃんと見ておけばよかったなぁ......。
ここで、ルームメイトくんは初めて彼女から距離を取って、背筋を伸ばしながらミルルンを見る。息を吸って、吐いて......あ、『こいつ思ってたよりやるな』って顔してる!
ミルルンは首をかしげながら、槍を片手でくるくる回した。
すごい簡単そうにやってるけど、私がそれやろうとしたら間違いなく失敗するし、ついでにすっ転んで情けないことになると思う。
「み、ミルル~~ン!! かっこいい~~~!!」
堪えきれず黄色い声を上げたら、ミルルンは私に向かって微笑みながら手を振ってくれた。ひゃ~~! ファンサだ~~~!! 推す!!
ミルルンは再びルームメイトくんの方を見ると、左手を頬に当てながら口を開けて、なんか言ってるっぽくて......——
————あれ?
ミルルンって、左利きじゃなかったっけ?
あれ?? そうだよね? でも槍は右で持って......ん......?? もしかして幻覚? また観覧車見えたときと同じで——あ、でも観覧車は結局幻覚じゃないんだった......。
わかんないけど、とにかくミルルンはルームメイトくんに何か言った後、右手で槍を持ったまま彼に近づいた。
すると、今まで一度も口を開いてこなかったルームメイトくんが、一言だけ何か呟く。
と思ったら、歩み寄って来たミルルンに冷たい目を向けて、斧を振り上げ——
違う。
......斧を、
上へ、
放り投げた。
「!?!?」
私とオリーブくんを含む全員が息を呑む。
ミルルンも驚いた表情で、宙に浮いた斧を見上げる。
......ルームメイトくんは、初めからそれが狙いだったんだろうな。
彼女が気を取られてるうちにルームメイトくんは距離を詰めて、ミルルンの槍を掴む。そのまま自分の方に引っ張って、よろけたミルルンの足をつまずかせて——
ゆ、床ドンだ~~!! ミルルンも片手で口を覆って『はわ~~!』ってなって......。
ルームメイトくんはミルルンの上に覆いかぶさったまま手を上げて、タイミングよく空から落ちてきた斧をキャッチした。
きっと、全部計算通り。彼は一度武器から手を離したけど、地面に落としてはいないからセーフ。あの位置に落ちてくるってわかって、わかってたからミルルンをそこに押し倒して、
あ。
これ、ルームメイトくんが勝つやつだ。
「——っ」
彼はミルルンに向かって斧を振り下ろす。その瞬間、私はつい目を閉じてしまった。
だけど、結局気になってすぐに目を開けちゃって。
......でも。
目に入った光景は、私が想像してたものとは違った。
「......え、」
斧は......ミルルンの首に当たる直前のところで止まってて。
ルームメイトくんは口をつぐんだまま、目を見開いてて。完全に固まっちゃってて。
ミルルンは、ルームメイトくんの頭を優しく撫でていた。
「ぇ......あ、わっ、わぁっ」
びっくりしてるのはオリーブくんだけじゃない。クラスメイトも、先生まで目を前に飛び出させて、あんぐりと口を開けてる。
『あ、キスじゃないんだ......』って思ったのは私だけなのかもしれない。もしかして私毒されてる......?
まぁでも、戦闘中に敵をよしよししちゃうのはミルルンらしいなぁ......。
「~~っは、!?」
初めてここからルームメイトくんの声が聞こえたような気がした。
我に返った彼はすぐさまミルルンから離れて、結構後ずさって、自分の頭に手を添えて、
顔が......ここから見てもわかるくらい、赤く......。
あれ? ガチ照れ?
......へぇ? ルームメイトくん、こういうの結構弱いんだ~? 案外ピュアなのかな~?? へ~~!!
ミルルンは地面から起き上がって、スカートについた芝生を振り払いながら、目を細めながら彼に笑いかけた。
やっぱりなんて言ってるのかはよくわかんなかったけど、ルームメイトくんは動揺を精一杯抑えながら悪態をついてるっぽくて、ミルルンは通常運転。
唯一ちゃんと聞こえたのは、ミルルンの「んふふ~!」と、ルームメイトくんの「もういいです」だった。
すると、ルームメイトくんは頬の赤みを拭い去るように一度斧を振って、構えて、またミルルンの方へ勢いよく踏み出す。
観客が湧いて、先生は大笑いして、まだ熱い戦いは続くんだって誰もが目を輝かせた。
だけど、その時。
誰かが攻撃を食らったわけじゃない。戦場が、校庭が急に爆発したわけでもない。
でも、その瞬間......
ミルルンの手から、槍が滑り落ちた。
***
「す......すごいよ! あの、こ、怖い人にあそこまで対抗できたなんて......!」
オリーブくんはミルルンに尊敬の眼差しを向けながらも、私の背後から出てこようとしない。まだミルルンに対する警戒心が残っちゃってるみたい。
「えへ~。それほどでも~」
ミルルンは槍を両手で握りながら、花のように笑う。
「わたくしもびっくりしてるの~。自分がこんなに戦えるとは思わなかったよ~」
「めちゃくちゃかっこよかったよミルルン!! ルームメイトくんの攻撃もあんな簡単に避けちゃって、槍もシュババババ~~って!」
語彙力が終わってるのはともかく、私もミルルン褒めちぎり大会に参加する。
ミルルンって戦えるし、絵も上手だし......記憶を失う前のミルルンって、もしかして結構ハイスペックだったんじゃ......?
「それにしても、惜しかったね! もうちょっとで私のルームメイトくんに勝ててたかもしれないのに!」
ミルルンは口を『お』の形にしながら、少しだけ目を見開く。その後、左手をそっと口元に添えながら、くすくすって笑った。ちょっとだけレアな笑い方かもしれない。
「そうかな~? 負けてたと思うよ~?」
「いやいやいや、普通に勝算あったって! あのままミルルンがミルルンしてたら絶対勝ててたもんっ、ルームメイトくんって案外ピュアっぽいし!」
「んふふ~。『ミルルンがミルルンする』ってなぁに~? 不思議なこと言うのね~」
「もしあそこでミルルンが槍落としてなければ——」
って、これだともしかして責めてるように聞こえちゃうかな?
と思ったけど、ミルルンは一ミリも気にしてなさそうな笑みを浮かべたまま、フッと目を細める。ルームメイトくんに負けて悔しいって気持ちは少しもなさそう、だけど......。
「えへへ~。槍を長い間持っていたせいかしら~? ちょっと疲れちゃって、力が入らなくなっちゃって~」
すると、やっと私の背後から出てきたオリーブくんは、少し心配そうな表情を浮かべながらミルルンの槍を見つめた。
「そ、そうだよ、ね......。大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃ......?」
「んふふ~、もう平気だから大丈夫だよ~。優しいのね...」
「ひっっっ」
ミルルンが一歩オリーブくんに近づくと、彼は転びそうになりながら後ずさって、また私の後ろに隠れちゃった。えっへへ......なんか、可愛い弟ができたような気分だな~。オリーブくんの方が年上の可能性あるけど......。
「ふっふっふ......オリーブくん、私のこと『ウィローお姉さん』って呼んでもいいんだよ?」
「え、えぁっ、え......?」
「よぉ~~~~っし!! 生徒共!!!! 武器を回収するからここに集まれ!!」
先生は頭のアンテナをたくさん動かして、高らかに笑いながら、私たちに呼びかけて来た。先生の声って、ずっと聞いてると耳が痛くなりそうだな......『戦闘技術』の先生って、声が大きくないとなれないのかな?
「今日の授業はここまでだ!! 来週からは本格的な訓練が始まるから覚悟しろ!!!!」
「ウィローちゃん、オリーブくん。一緒に武器を返しに行きましょ~」
ミルルンは私の手を握って、微笑みながら前へ歩き始める。オリーブくんの方を振り返ってみると、彼は弓矢をぎゅっと握りながら頷いて、私の後をついてきた。
「ねぇウィローちゃん、この後って予定あるかしら~? もしなければデートしましょ~」
「そ、......その『デート』って、ローリエもいるよね?」
「もちろんよ~」
「おっけー、特に予定もないしいいよ! あっ、オリーブくんも一緒にデートする?」
「っ!?!?!?!?」
オリーブくんは話は聞いてたんだろうけど、それでも火山みたいに顔を赤くしちゃって、弓矢を地面に落としちゃってた。身内ネタ(?)はまだちょっと刺激強かったか......。
「じょ、冗談冗談! 一緒に遊ぼって意味だから!!」
「......っ......ぼく......は......」
「あっっい、嫌ならもちろん断っても......」
「そうだわ~、今日はウィローちゃんのお部屋に行ってもいいかしら~? まだ行ったことなかったもの~」
「え......いいけど、もしルームメイトくん帰ってきたら——」
「ミルフォイル・バターフィールド」
言霊っていうのはほんとに存在するのかもしれない。
いや......こういうときはあれかな、『噂をすればなんとやら』って言うのかな?
突然ミルルンのフルネームが聞こえてきたと思ったら、私たちの前にルームメイトくんが立ちはだかっていて。
険しい表情を、ミルルンに向けて。
「あら......?」
「出たーーーーーっ!!」
「ひっっぁっっ」
ミルルンの後ろに私が隠れて、私の後ろにオリーブくんが隠れる。
電車ごっこ状態の再来だった。
「......バターフィールド」
ルームメイトくんは再びミルルンの苗字を口にしながら、彼女の方へ一歩踏み出す。彼が近づくだけで空気がピリピリして、熱くなって......辺りが荒野になっていくような、灰になっていくような、
「ウィローちゃんのルームメイトさん、こんにちは~。さっきは戦えて楽しかったわ~」
流石ミルルンと言うべきか、彼女は一切動じずに彼に笑顔を向ける。
「......」
も、もしかして......急になでなでしてきたことで怒ってるのかな? 恥かかせやがって、的な? さっきは戦闘中であんまり怒れなかったから、こうして改めて......みたいな?
「あなた、とっても強いのね~。投げた斧をキャッチしたときはびっくりしたわ~、すごくかっこよか——」
「お前、さっきはわざと武器を落としましたね」
............
「「......え、」」
私とオリーブくんは同時にミルルンの顔を覗き込む。彼女は、
......目を、見開いて......私から手を離して、槍を持ってる手も降ろして......。
縮んでいく瞳孔を、ルームメイトくんに向けていた。
「何故です? あえて負ける必要なんてなかったはずですが」
「......」
「理由もなしに、負けを選んだと言うのですか?」
「............」
ミルルンは口を開いたけど、何も言わない。
そ、そうなの? ほんとにわざと負けたの......?
手に力が入らなくなったからじゃなくて? 疲れちゃったからじゃなくて? わざと、武器を落とし......??
「ミ......ルルン......」
「わからないわ」
ミルルンは横向きにした槍を両手で持ちながら、首を横に振る。
そのまま俯いて、目を伏せて。
「......わからない......」
眉をひそめながら、口をつぐんだ。
ミルルンがこんなに弱々しい声で喋るのも、こんなに苦しそうなのも全部初めて、で、
え......えっ......? な、なんで、
「わからない......けど......この手で、あなたを撫でたあと......」
ミルルンは顔をしかめたまま、ルームメイトくんと目を合わせる。
槍を握る手が、少し、ほんの少しだけ、震えて......。
「戦いたくないって、思ったの。もう武器を持ちたくないって」
「......!」
「もう......あなたに武器を振るいたくない、って......」
ルームメイトくんは、ゆっくりと目を見開いていく。ミルルンは肩を落としていく。
私とオリーブくんは、ただ目を合わせた。心配と不安で暗くなった彼の瞳を見ても、なんの答えも返ってこない。仄暗いはてなマークが増えるだけ。
その後、私は無意識に自分が握ったナイフを見下ろした。『持ちたくない』、とはならない。確かに『戦いたくない』とは思ったけど、あれはルームメイトくんが怖かったからで——
「それは気のせいでしょう」
ルームメイトくんはミルルンの方へさらに一歩近づいた後、吐き捨てるようにそう言う。
だけど......その表情は、少しだけ柔らかくなっていた。
「お前も......俺も、記憶を奪われている。だからそれは気のせいです。ただの思い込みです」
「......そ......」
ミルルンの目が、少しだけうるっとなった。
「そんな......こと......」
「俺とお前は初対面です。お前が武器を持ったのも今回が初めてです。きっとお前の脳が、存在しない記憶を呼び起こそうとしているだけなのでしょう」
「わ......わたくしは——」
「ですから、」
ルームメイトくんはミルルンの目の前に立って、彼女に向かって手を伸ばして、
指先で、そっと彼女の花かんむりに触れて、
————!!
「そんな顔......しないで、ください」
わ....................................笑った。
初めて見た。ルームメイトくんが笑ってるところ。
でも......悲しそう......。
「......。......」
ミルルンは触れられた花かんむりに手を添えながら、彼をぼんやりと見つめる。その後、そっと片手を胸に当てて、ゆっくりと瞬きをして......。
「......わかったわ」
普段通りの、優しい微笑みを咲かせた。
「あなたがそう言うのなら......気のせいだったってことにするね~」
「......」
ルームメイトくんは軽く息をつくと共に、素早く己の笑みを消し去る。
そのまま背を向けて、いつもの如く、そそくさと私たちの元から離れていこうとした。
「待ってよ~。ねぇねぇ、もう少しお話しない?」
「結構です。お前たちと馴れ合うつもりはありませんので」
「それじゃあ、連絡先交換しましょ~」
「お断りします」
「ならデートしま」
「やめてください」
ミルルンがミルルンしてる。......いつものミルルンだ。
二人ともいつもと様子が違ったけど、今は普通に戻って、いつも、の......っ
『戦いたくないって、思ったの。もう武器を持ちたくないって』
『もう......あなたに武器を振るいたくない、って......』
......私は......
『お前も......俺も、記憶を奪われている。だからそれは気のせいです。ただの思い込みです』
『ですから、......そんな顔......しないで、ください』
普段と違う二人を前にして......ただ、目を丸くすることしかできなかった。
次話:私を殴るハンマーは、何属性なのでしょう(?)
です、バイオレンスです




