146話:落ちた太陽
「はぁ、はぁっ、~~~はあっっ」
脱いだローファーを右手で握りしめながら、校舎中を走る。
誰かとぶつかっちゃったときに舞った天使の羽も、天を飾るシャンデリアも......今は一切輝いて見えなくて。
知ってる講義室も、知らない教室も、代理医務室も医務室も食堂も体育館もオーディトリアムも図書館も、全部見渡す。それでも、知ってる影は見つからない。
「.. .. . .. . . .. . . . . . .」
立ち止まったら、それこそ本当に息を切らしちゃうような気がして。
瞼まで染みてくる汗を無視して、靴下のまま外へ飛び出した。
「電話......やっぱり、繋がらない............」
変わらないロック画面を見て、心を沈ませるのは何回目だろう。
何回目。
何回目......?
「さ......がさなきゃ、見つけなきゃっ、ぜったい、っっ」
空を泳ぐときは、翼で波を切って。
芝生に着地したときは、翼の代わりに足を汚した。
指が折れちゃうんじゃないかってくらい、何度も地面を蹴る。
私、一年生のときに比べたら、体力ついたなぁ......なんて、考えてる場合じゃなくて。
『妖精の花園』も......去年の夏みんなで花火した、あの湖の近くも探した。
『地獄ダンジョン』の中にだって......流石に、40階くらいまでしか降りられなかったけど、たくさん探したし。『地獄ダンジョン探検隊』ってヒトたちにも、ブレイズくんを探してほしいってちゃんと伝えて。
『星落としの塔』も、頂上まで登って。
立ち入り禁止の森の中にだって、入っちゃって。もしかしたらブレイズくん、ゾディさんのお墓参りに行ってるんじゃないかって............でも......違って。
もちろん、『生憶の蔵』にも行ったよ。
「っ、......鍵が掛かって............」
「こじ開ける? でもどうやって......そもそも、ブレイズくんがここにいるかどうかすら......」
......ドアノブが壊された跡とかもないし、ブレイズくんも解錠魔法苦手だったはずだから、ここにはいないだろうなって......。
結局、その場を後にしちゃって。
他にも、思いつく場所を全部探した。
できることは、全部やったよ。
やったけど。
できることが少なすぎた。
もう。何もかも、遅かったんだ。
「.. .. . .. ... . . . .あ」
もしかしたら、寮に帰ってるんじゃないかって。
縋った最後の希望が、打ち砕かれたとき......私はそのまま、へたり込んだ。
静寂の一秒一秒が、針一本一本のように刺してくる。
「............まさか」
「ブレイズくん」
「ネルソービューに、捕まっちゃったんじゃ」
だって、ブレイズくんが真犯人なんだもん。
ネルソービューも、教授たちも、みんなブレイズくんを疑ってたもん。
痺れを切らして、ようやく動いた、とか。
被害が減ったとか、そういうの......あのヒトたちには、関係なかったんだ。
「それ、か......マーキュリー先輩が捕まえた、とか?」
「だって私たち一応、しょ、勝負、してたし、」
「ブレイズくんを捕まえるのが先か、真犯人を見つけるのが先か、」
私は実質、負けたようなもので。
動けなくなっちゃって。
マーキュリー先輩たちも、もう全然事件の話、しない、から、
飽きたんじゃないかって、勝手に安心、して、
ブレイズくんは捕まらないって、どこかで思い込んで——
「私は......ブレイズくんを............見捨て............っ」
嘘をつかれたから、約束を破られたから、って、勝手に怒って、
本当は守らなくちゃいけなかったのに、何言われても受け入れなきゃいけなかったのにっ、
私............また............
「や、だ、やだっ、やだっやだやだやだっっやだぁっ」
......こんなことになっちゃったのも。
ブレイズくんがいなくなっちゃったのも、みんないなくなっちゃうのも、
「私のせい、だ、ぜんぶぜんぶ私のせいだっっ」
何回目だろう。
何回目だろ、こうなるのは何回目なんだろ、
結局私はいつも中途半端なんだっ、だから誰も救えないんだ、
守りたいとか願っておいて、結局自分のことばっかり守ろうとするからっっ、
「だ、から誰も、私のこと......信じてくれないんだ... . . . . .!!!!!!」
何も言ってくれないんだ
『せやからあんたは、あんたのまま......何も知らないまま......』
『あーしが、もうあんたに会えんくなったとしても......幸せに......生きてな?』
『ふぉっふぉっ。なのかちゃん、最近笑顔が増えたねぇ』
『出会ったばかりだけど、アタシにはわかるよ。なのかちゃんは本当に良い子だって』
『ぼくと友達になろうとしてくれて、ありがとう』
『ぼくの存在がッッ、みんなを不幸にするんだ!!!!』
『......ガーディナー。俺を信用しないでください』
『俺を......許さないでください』
「..................ガーディナー?」
「————————っ!?!?」
振り返る。
だけど、ちょっとでも心臓がギュッて痛くなったのが嫌で、嫌で嫌で嫌いで大嫌いで、
私のこと、『ガーディナー』って呼ぶのは。
ブレイズくんと......キャベツくん、くらい。
「が、ガーディナー? 部屋からすげぇ音してたけど、大丈夫か......?」
キャベツくんの羽角が、ウサギの耳みたいにへにゃって下がる。
部屋の扉にもたれかかりながら、組んでいた両腕をそっとほどく。
月が映る水面のように揺らぐ、心配そうな......優しすぎる瞳。
「そ、それになんかこの部屋、いつにも増して散らかってねぇか......?」
「あとオマエ、なんで地面に座り込んで......」
「け......怪我とかしてないか? その......、」
『散らかってる』......?
ほんとだ。確かに、言われてみれば......いつも以上に教科書もプリントも散乱してるし、何故かクローゼットのドアも開いてるし、なんか鏡倒れてるし......。
椅子もいつの間にかひっくり返ってて。棚に置いてたはずの『眠りココア』も、最近点けるの忘れがちな『ゆめもりくん』まで落ちちゃってる。
あと、オリーブくんが昔、バレンタインにくれた......太陽のブレスレットも。
「あ、はは......あれぇ......? いつの間に......」
「お前、マジで大丈夫かよ......」
なんで、ピアスの穴が痛いんだろう。無意識に引っ張っちゃってたのかな。
っていうか、ヘアバンドどこ行った?? 外した記憶ないのに......、
髪も、なんかぐちゃぐちゃで......? や、やだ、恥ずかしいな、ははっ、
「ガーディナー」
キャベツくんはそっと、背後の扉を閉める。
翼を、両腕を......少しだけ広げながら、私に近づいてくる。
じっと。真珠よりも温かい瞳で、私を捕まえてくれるの。
まだ日は沈んでいないのに、それこそ......夜行性のフクロウのように。
「......ぁ......あ............」
あの翼に包まれる感覚も、体温も、匂いも......私はよく知っている。
キャベツくんを見ていると......さっきまで力が抜けてた足が疼いて、あそこまで駆け寄りたくなっちゃって、
抱きしめて欲しい。
ぎゅ~~~って、体を絞めちゃうような勢いで、強く抱き寄せてほしい。
あの温もりで、あの柔らかさで、全部を忘れさせてほしい。
慰めてほしい。許してほしい。
彼の胸の中で、泣いてしまいたい。
「............」
そんなのダメだよ。
ダメ。だって。私にそんな資格はない。
ここで泣いちゃったら、私はいつまでも変わらないまま。
いつまでも守られる側で、よしよしされて甘える側で、
どこまでもわがままで、弱くてどうしようもない子供のまま。
いつも、ここで甘えちゃうから。
みんなの優しさを信じちゃうから、私は誰も救えないんだ。
いい加減。繰り返すのはやめよう。
......決めた。私はもう——
「 だいじょうぶ だよ」
「————......がー、ディナー」
「私は 平気、だから」
笑う。
言葉の後に生まれる、変な隙間を嚙み殺すために......呼吸するのを諦めるの。
大丈夫だよ。
だって。酸素が足りなくなったとしても。
二度死ぬなんて、ありえないから。
「............オレ......っ——」
「それよりキャベツくんはなんでここに来たの?」
ごめん、ね。キャベツくん。
わがままな私も可愛いって、言ってくれたのに。私が何か打ち明けたら、いつも嬉しそうにしてくれるのに。
でも。
大丈夫なフリが上手になれば。気づくことも、傷つくこともないよね?
もっと......上手にさえなれば............。
「私に用があって来たの?それともただ会いに来てくれただけ?」
「そ......そうそう! オマエに用があって......で、でも......」
「私は大丈夫だよ」
キャベツくんはまだ、私の心配してくれるんだ。
このまま用を言っていいのか。私に言って大丈夫なのかわからないって、顔してる。
「言ってみて?私は平気だから」
「で、でも顔色が——」
「ね!ほらこの通り!!ね!!」
「............」
あ。諦めてくれた。
よかった。
「そ......その、だな? 実は......」
私は『ウィロー・ガーディナー』。
明るくて、優しくてポジティブで、太陽みたいな子で......キャベツくんが、好きになってくれた女の子。
「いま、あの例の『記憶の瓶』を保管する倉庫が、大変なことになっててよォ......」
「『生憶の蔵』が?」
「そうなんだよ!! それでっっ、」
ちょうど、太陽が落ちたのか。
窓から差し込むオレンジが、私たちを容赦なく染めた。
「————多分、その倉庫の中に、ブレイズが閉じ込められてんだ!!!!」
***
ついさっき、ここに来たはずなのに。
数十分前とは打って変わった姿を見て、私は思わず呆然としちゃった。
............青。
日が暮れ始めているからか、一層眩しく見える炎。
倉庫全体が、青く燃え上がっている......というよりは......炎に囲まれてる感じ、というか。
まるで、炎のバリアが貼られているような。青い炎で守られているような。
苦い何かが焼けた匂いが、ゆっくりと舌まで染みてきた。
「な......何がどうなって......!?」
「わかんねぇ! ただ、あの炎のせいで、いま誰も中に入れねぇ状態で......」
すると、キャベツくんは優しく私の手を引いてくれる。
ここに集まってきてるのは、もちろん私たちだけじゃない。色んな学科の生徒たちも、教授たちも、みんな呆然と結界を見つめてる。
なん、だか......オートミールが、ネルソービューを襲った時のこと思い出す、なぁ。
なんて。考えてる場合じゃないよね。
「おーーーいっ、お前らーーー! ガーディナー連れて来たぞーーー!」
何度も人混みを掻き分けた末、ようやく私たちは、青い炎のすぐそばへ——倉庫の入口の近くへ、たどり着く。
キャベツくんが手を振っても、誰も振り返してあげてなかった。
でもそれはきっと、彼にいじわるしたいわけじゃなくて......みんな......余裕がないだけ。
ミルルンはずっと、水魔法で炎を消そうとしてて。
ローリエも彼女を手伝っていて。
オリーブくんは......あ、空にいる。
上から入れないか試してるみたいだけど......駄目みたい。炎の結界は見た感じ、まだ浮かび上がってない月まで届いてそうだもんね。
「っ、へ!? ウィロー!? あんたも来たんか!」
私の存在に気づいてくれたのは、ローリエが一番最初だった。
彼女は杖を振るのをやめて、とてて~~ってこっちまで走ってくる。
「なぁウィロー! あんたもこの炎の結界、ブレイズの仕業やと思うか?? いっくら水かけてもぜんっっっぜん消えへんし、あいつともず~~っと連絡つかへんしっ」
「......この結界............」
炎に近づくついでに、ミルルンの隣まで歩いてみるけど......彼女は私の方なんて見向きもせずに、ただひたすら水魔法を唱えている。
珍しく険しくなった表情には、汗が浮かんでいて。
エメラルド調の瞳も......輝きの代わりに、濁った泡沫に満ちていた。
無理しないでって、言ってあげたいけど......きっと届かないよね............。
「......。............青い......火......」
すぐそばに立ってるだけで、髪が焼けちゃうんじゃないかってくらい熱い。
確かに、ブレイズくんの炎に似てる。似てる、けど......
この。一切迷いのない、もはや清々しい復讐心のような。
ドロドロとした感情も、愛すらもない......なんというか......淡白な忠誠心のような。
『オヤスミ。————僕の姫様』
............この青い炎............ブレイズくんの、より......あのオッドアイのヒトの魔法に、似てるような——?
「————はぁ!? 待機命令ですって!? あのクソ校長、どんだけ私たちを待たせれば気が済むわけ!?」
後ろから聞こえるのは......シェリー先輩の声、かな。
先輩の隣にいるヒトは......誰なのかわからない、けど。
「中にブレイズがいるかもしれないのよ!? 生徒たちの記憶に何をするかわからな——」
「しぇ、シェリーさん、声が大きいですって、」
彼女は相変わらず、頭の上のヘビを暴れさせちゃって............今にも周りのヒトたちに噛みついちゃいそう。
「うるさい!! 下っ端の分際で、私に口答えしないで!!」
「え、えぇえぇえ......シェリーさんこそ、校長に文句——」
「しかもっ、ブレイズだけじゃなくて、倉庫の中にもう一人いるかもしれないんでしょ!?」
............え?
もう、一人......?
「もしブレイズとやらが、うちの生徒を人質に取ってたりしたら......!」
「違うんですシェリーさん!! ぎゃ......逆、かもしれないんです......」
「——————!」
逆。
逆、って............どういう............、
「ブレイズが、誰かを人質に取ってるんじゃなく......ブレイズ自身が、人質にされてるかもしれない、といいますか......」
「............どういうこと?」
「つまり、ブレイズの他にいるもう一人は、うちの生徒じゃない可能性が高いってことです」
私は息を飲みすぎないようにしながら、みんなの方を振り返る。
誰も......今の話、聞いてなかったみたい。だけど。
「..................」
目を凝らして、炎の先を見てみると......さっきは閉じてたはずの扉が、開いていて。
ってことは、倉庫の中に誰か入ったのは、ごく最近で......私がちょっと前に来たときには、多分まだ誰もいなくて......。
........................わからない。
私には、わからない。頭あんまりよくないし。
考えすぎてもわからないし、本当にブレイズくんがここにいるのかわからないし、なんでブレイズくんが帰ってこなくなったのかも、なんで連絡してくれないのかもわかんないしっ、
例のオッドアイのヒトもいるのかもしれない、し、よくわかんないけど、
ただ、わかったのは。
ネルソービューは、ブレイズくんを捨てる選択をしたってこと。
それなら、やっぱり私は............。
「————!? が、ガーディナー、お前何して——」
炎に、指先を伸ばす。
......私は。炎属性に、耐性があったはず。
大丈夫。別に死んだりはしない。
ちょっとくらい火傷しても、平気だよね。
「ガーディナー!!!! やめ————」
目を閉じて。
息を止めて。
炎の結界に向かって、駆け出 し
————...——...——.——..
——.——————......
..................、
「......あ............れ......?」
熱く......いや......痛く、ない............?
私。今、火の中を通ったんだよ、ね......?
それなのに。まるで、真っ黒な水の中を泳いだような。
太陽を失った世界を、一瞬だけ彷徨ったような。
「............」
後ろを振り返る。
今も炎は、滝のような音を立てながら燃えている。
熱風が、髪もピアスも、先だけ焦げた翼も撫でてくる。
わからない。耐性があるっていっても、全く痛くないわけじゃないはずなのに。
何かに守られた? それとも、元々この炎は............。
「い......いかなきゃ、」
無意識に着いていた膝を上げて、立って、青が移った芝生を踏みしめる。
炎に............みんなに、背を向ける。
崩れたレンガを飛び越えて、開きっぱなしの出入口と向き合う。
この先に、ブレイズくんがいるかもしれない。
オッドアイのヒトがいるかもしれない。
これが本当に、最後のチャンスなのかもしれない。
「————~~、......今......いくからね」
次話:本当に進みますか?




