145話:結局、
「————————!?」
銃声で飛び起きる。
夢を見てたわけじゃないのに、何がなんだかわからなくて、
暗くて、
寒気が、熱気が、
「っっっアンタら、今すぐ起きて!! 多分真犯人とやらが来たで!!!!」
ローリエは誰よりも先に立ち上がって、すでに杖を握りしめてて、
パジャマ姿で、髪も下ろしてて、
そう、だ。
そうだ......私たち......『生憶の蔵』に来てたんだ。
『記憶の瓶』が保管された倉庫に、寝泊まりしてて。
ネルソービューの生徒たちの記憶を蘇らせてる、真犯人と会うために。
「......んぅ~......? あら~? 真犯人さん、もう来ちゃったの~?」
「な、なんだぜぃなんだぜぃなんだぜぃっ!? ほんとに来ちまったのかだぜぃ!?」
ミルルンは両目をこすりながら起き上がって、一角先輩は布団が角に引っかかっちゃってるみたいで、
「~~~~~~~っ!?!?」
「あぁぁああぁクソッ!! 暗いし音響くしで、どっから撃たれとるんかわからんっ!!」
銃は嫌い。
だって。簡単に命を奪えちゃうんだもん。
ゾディさんが。
オートミールを抱きしめたまま、動かなくなった姿が。
こびりついて。離れなく——
「——————ッッッグ」
一角先輩はうずくまる。
片方の腕を押さえながら、赤いはずの目を見開く。
灯りが薄すぎるせいか。
袖に広がっていく染みが、濃い灰色にしか見えなかった。
..................え?
「ライケル!!!! 大丈夫やっ、あーしがいま治したるからっ」
ローリエは一角先輩の前にしゃがみ込んで、杖を黄緑に光らせて、
え、
う、......撃たれ......たの?
先輩死んじゃ
違う
ううん大丈夫違う違うよ
だって先輩はもう死んでる
私たちはもう死んでる
二度死ぬなんてありえない
ネルソービューがなんとかしてくれる
大丈夫
だいじょうぶ
おちつい て
「~~~っは、ぁ、~~っ————っ」
誰も。ゾディさんみたいになったりしない。
いなくならせたり、しない。
私が許さないよ。
私が守るよ。
「~~——......——............——」
口を両手で押さえたまま......両目をぎゅ~~って瞑ったまま、立ち上がる。
だいじょうぶ。
あのときみたいに、息ができないわけじゃない。
「ウィロー!? 危ないから伏せ————ふぁっ!?」
熱気がブワッと広がる。
それなのに、導火線に火が付いたときみたいに、脳が冷たくなる。
刺すような鳥肌が立つと同時に、青が辺りを囲った。
瓶に入った記憶のように、霧のように輝く火の粉。
チョコレート色の棚に、炎が燃え移ることはない。
それでも確かに、逃げ道を塞いでくる。
あのときと同じ。辺り一面を覆う、青黒い炎の花。
あのときと同じ。
あのときと同じ。
あのときと......同じ............?
「お、っ......オッドアイのヒト!!!! そこにいるんでしょ!? 生徒たちの記憶を盗みに来たんでしょ!?!?」
喉が焼けるように熱いのは、きっと、見えない灰が入ってきているせい。
......だよね?
あ......れ。
「私っ、今日は前みたいにやられないから!! ミルルンもローリエもいるしっ、みんな強いしっっ」
「ウィローってば!! お願いやからもう下がって——」
「それに私も、今回は、お、奥の手用意してるから!! 私だって、何も考えずに君に会いに来たわけじゃないんだからね!?」
この前と同じ。
な、はず......なのに。
なんだろう。
炎が、この前よりも......弱々しく見える。
青よりも、黒が強いような気がする。
熱いよ? 冷たいよ?
それなのに。
同時に、懐かしいような。
馴染み深いような気がして。
それが。
どうしようもなく、怖くて。。、
「わ......私はもう......あのときみたいに、何もできないわけじゃないんだからね......?」
「ちょっとは強く、なったんだから......っ......もう......人間じゃないんだから......」
ぐちゃぐちゃ考えてる場合じゃない。
また炎魔法が飛んでくるかも。
ううん。銃、だっけ? あれ ?
もう最初から奥の手使っちゃおう、必殺技使っちゃおうっ、
みんなを守るためには————っっ
「もう私は、ただの『なのか』じゃなくて......『ウィロー・ガーディナー』なんだから!!」
「....................................ガーディナー?」
............その声に。
パジャマのポケットまで伸びた手を、止めさせられる。
その声に。
よく知る声に。
足音に。
青黒い炎に。
止まる銃声に。
その目、に。
「......何故......お前たちが、ここにいらっしゃるのです?」
嘘。
嘘。嘘、だよ。嘘。
嘘。
嘘 嘘、嘘嘘嘘嘘、
嘘 嘘 嘘 嘘嘘 嘘 嘘
嘘 嘘 嘘 嘘 嘘 嘘 嘘
嘘
嘘 嘘 嘘 嘘 嘘
嘘
嘘 嘘 嘘 嘘 嘘 嘘
「どうして......ミルフォイルまで......?」
「だって。ウィローちゃんが言ったんだもの」
ミルルン
ねぇ
ミルルンは最初から全部
知って、
「ウィローちゃんが、この事件の真犯人さんに会いたいって言うから......」
「............」
「ごめんなさい。でもやっぱり、わたくしは............」
ミルルンは前に出て、
全てを知ったような、受け入れるような微笑みで、
でも。きっと。そう見える、だけで......
「ブレイズくん。こんなことはもうやめましょう? あなたの切望の先に、幸せはないわ」
「......」
ブレイズくんは目を伏せるだけ。
今にも、暗い炎に溶け込んでしまいそう。
本当に。
本当に、ブレイズ......くん、で
「あなたと約束したこと、覚えてる? わたくしが、あなたを必ず幸せにするって」
「......約束............」
「あなたを愛す、って」
「. . .」
「だから、わたくし——」
炎が止む。
記憶の灯りすら、彼には届かない。
ただ。彼が、私たちに背を向けたことしか、わからない。
......ねぇ、
嘘、だよ、嘘だよね、
私、まだ、
だって、
「これ以上、お前たちに危害を加えたくはありません」
小さな青い炎が、一角先輩を捉える。
ローリエの回復魔法のおかげで、少しずつ落ち着いてて、でもまだ息は浅くて、
「今日は......帰らせていただきます」
「記憶はまた、後ほど回収しに来ますので」
ブレイズくんが遠ざかる。
ううん。最初から遠かった。
でももう、届かないところまで行ってしまいそうで、
ブレイズくんは、ブレイズくんはブレイズくんがブレイズくんがブレイズくんが
真犯人がっっ、
「~~~~っっ待って!! ブレイズくん!!!!」
私はローリエを置いて、
ミルルンを置いて、一角先輩を置いて、
走って、
ねぇ、
結局。
みんな......嘘つき、だったの............?
***
追いかけた。
追いかけて、追いかけて追いかけて追いかけて、息が切れても地面を蹴って、翼も一緒に動かして。
ようやく追いつけたのか、ブレイズくんがわざと捕まってくれただけなのかわからないけど、
私はブレイズくんに飛びかかって。
そのまま、草むらに押し倒しちゃって。
月光も、星々も。彼に降りかかる影すらも。
今は......全部、消えてほしい。
「........................どういう......こと」
「......」
「結局......ブレイズくんが......犯人、だったの?」
「......」
「最初から。最後まで」
「......」
自分の髪が風に揺れるせいで、彼の顔がよく見えない。
いつも付けてるO字型のピアスですら、今日は私の邪魔をする。
くすぐったくて。痒くて。
痒い。痒い、痒い痒い痒い痒い、
「ほんとに......全部......ブレイズくんのせいだったの?」
「結局、ブレイズくんなの?」
「キャベツくんたちが......合ってたの......?」
わかってる。
今まで拾ってきた伏線を、全部無視してきたのは私だって。
私はずっと、認めたくなかっただけなんだ、って。
......でも。
でもさぁ。
「私......言ったよね? ブレイズくんが犯人なら、それでも良いって。犯人なら教えてほしいって。正直に言ってほしい、って............」
「. . 、」
「でもブレイズくん、自分じゃないって言うから......だから私、君を信じて............」
ずっと。ずっと信じてたんだよ?
ブレイズくんを庇おうと、今まで頑張ってきたんだよ?
ブレイズくんにとって良くない証拠が見つかったら、隠そうとして。
逆に、別のヒトが犯人だっていう根拠が見つかったら、それに必死に縋って。
ずっと。ずっと、何日も何ヶ月も、毎秒毎秒、
「ねぇ............結局......全部無駄だったの......?」
ブレイズくんは今まで、何考えて私と話してたの?
苦しかったの? 本当は後ろめたかったの? それとも、何も感じてなかったの?
ミルルンはいつから知ってたの? どうして今になって、ブレイズくんが犯人だって教えてくれたの? 他には何を隠してるの?
結局、あのオッドアイのヒトはなんだったの? なんで私とキャベツくんを襲ったの? なんでブレイズくんと同じ青い炎を使えるの? 事件と関係ないの?
「ブレイズくん。あの約束はなんだったの?」
「『わざわざ苦しい思いをさせてまで、お前の記憶を蘇らせたいとは思わない』って。あれは結局嘘だったの?」
「ブレイズくんは嘘つかないんじゃなかったの?」
「私の記憶を取り戻したのは自分じゃないって言ってたよね、言ってくれたよね、」
「真犯人をこの目で見たみたいな口ぶりだったしさぁ、まるで他に犯人がいるかのような」
「あれも結局嘘だったの?」
「もうわからないよぉ」
「ねぇ、私がしてきたことはなんだったの、」
「なんか言ってよ」
「ブレイズくん、」
「ねぇってば!!!!」
なんで誰も、何も教えてくれないの!?
いっつもいっつも私だけっ、私にだけ何も言わないでっっ、
ママとパパがどこにいるのかも、あんなちゃんがどうなっちゃったのかもっ、
なんでアマンダおばあちゃんは倒れてたのかも、
なんでユウトは私を殺したのかもっ、
なんでいっつも、私ばっかり——————っ
「ガーディナー」
ブレイズくんは。
......私が。押し倒しちゃってる、ブレイズくんは。
横を向いて。青ざめていて。息が浅くなっていて。
唇を、ほんの少しだけ震わせた。
瞳の炎が消えかかって、闇に飲まれそうな目。
「......ガーディナー......少し......怖い、です」
「——————え、」
「す、みません......俺に......こんなことを言う資格は............」
「こ......怖いって、何が? 犯人だってバレちゃうのが怖かった、とか——」
「怒らせてしまいました......よね」
ブレイズくんは私から目を逸らしたまま、ゆっくりと息を吸った。
未だ銃を持つ指先は、小刻みに震えていた。
「お前に恨まれる、のは......仕方がないと思って............」
「............っっ、」
「......なぜ俺は......被害者ぶっているのでしょうね............?」
ブレイズくんは、弱々しく口角を上げながら。
両腕で、そっと自分の目元を覆った。
「............そう、か............俺は............」
「ずっと......お前とミルフォイルの優しさに......甘えていたんだな............」
——————え。
あ。
『怖い』、って。
私のことか。
私が怖がらせちゃったんだ。
「............」
「............」
「............」
「....................................」
起き上がる。
降りる。ずっと、ブレイズくんの上に乗っちゃってたから。重い、だろうから。
寝そべったままのブレイズくんの隣で、正座する。
「......ご......めん」
わがまま、だな。
自己中だなぁ、私。
一度は、何も知りたくないとか......知らないままでいたいとか、願ったくせに。
結局、全部知りたくなっちゃって。
勝手に怒っちゃって。
怖がらせて。
傷つけて。
「わ、たし......っ......、ぶれいず、くんの......こと——」
「ガーディナー。お前は本当に、純粋なのですね」
手が、伸びてくる。
いつの間にか彼は起き上がっていて、私の前であぐらをかいて、
傷つけたのは私の方なのに。
彼の指先が近づいてくると、結局私はビクッてなっちゃう。
だけど、毛先に触れられたとき......頬に手を添えられたとき。
特にびっくりはしなくて。
やっぱりブレイズくんは、私に酷いことなんてしないよね......なんて。
なんで、
「俺はですね、ガーディナー。お前が思うより、ずっとずっと冷酷なのです」
なんで。笑うの。
なんで笑うのっ、
作り笑顔下手なくせに、歪んでるくせにっっ、
「ポエナの裁判官たちを肯定するつもりはありませんが......俺が地獄に落とされたのは、それなりに理由があるのです」
「俺は、本来ネルソービューに......天国に、いてはいけない存在」
やめて、よ、
そんな悲しそうに笑うんだったら、最初から笑わないでよ......!!!!
「目的を達成するためならば、手段を選ばない悪霊」
「幸せになる資格のない、人でなし——」
「————人外。なのです」
炎がまた、少しだけ大きくなる。
彼の瞳の黒色を、誤魔化すように。塗りつぶすように。
「......ガーディナー。俺を信用しないでください」
薄い灰色の肌を——死神の肌を、ブレイズくんはただ見つめた。
人間と、ほぼ変わらないはずの肌を............睨みつけた。
「俺を......許さないでください」
***
......あれから。ブレイズくんに避けられるとか、そういうことはなかった。
学生寮に戻って、顔を合わせると......いつも通り、小さく頷いてくれたり。
「おかえりなさい。『魂導実習』はいかがでした?」
「............つまんなかった」
「そうですか」
普通に、話しかけてくれたりして。
「そういえば、『裁判倫理学』の宿題は終わらせましたか?」
「......ブレイズくんは?」
「始めていません」
「私もー。............」
記憶がどうこう、とか。事件がどうこうとか、そういう話は一切なくて。
いつも通り。
何事もなかったかのように、日常が続いていく。
きっと私は、それを望んでいて。
ブレイズくんは、気づいてくれて。
「ちょうど今から、食堂に寄るつもりだったのですが......良ければ、ご一緒にどうですか?」
「............」
......でも............。
「、い......いーかな。あんまりお腹空いてないし、今帰ってきたばっかだし......」
「わかりました」
むしろ、私の方から避けてる感じになっちゃってても......今までみたいに拗ねたりせずに、ただ受け流してくるの。
私が目を逸らしちゃっても、ブレイズくんは何も言わない。
机から動こうとしなくても、無理やり引っ張ろうとしてきたりしない。
「それでは、いってきます」
「............うん」
扉を閉める音も、優しかった。
「~~、うぅううぅう~~~............」
私は机に突っ伏して、プリントを枕代わりにしちゃって。
..................『裁判倫理学』の宿題。
ちゃんと、問題を読んですらないのに。
つい無意識に、『公平じゃない』に丸を付けちゃったの。
......ブレイズくんが真犯人だってわかったところで、時間が止まるわけじゃなかった。
多分、何日も......少なくとも、一ヶ月くらいは過ぎちゃったかもしれない。
ブレイズくんは毎晩帰ってきて、毎日私と過ごしてくれて。
最近みんな飽きてきたのと......被害が減ってきた、からなのかな。
事件の話......だんだん、しなくなってきたんだよね。
『笑顔拡散委員会』も、ミルルンたちも。
最初はあんなに犯人を許さないって言ってたマーキュリー先輩も......まつ毛先輩が戻ってきてくれてからは、だいぶ落ち着いたみたいで。
鳥ちゃんも——......マーキュリー先輩の妹ちゃんも、ここ最近ずっとご機嫌みたいで。オリーブくんによると、なんだけど。
ネルソービュー側も、全然動かないし。
教授たちも、レベッカ先輩も何も言ってこないし。
なんか。拍子抜けっていうか。
なにそれ、って感じ......というか。
割り切れてないのは、いつだって私だけでさ。
どうしたらいいのかわからないまま、いつの間にか......三年生も、終わりそうで。
やっと......少しずつ、安心し始めてた頃だったの。
このまま、事件はなあなあになるかもしれないって。
誰が真犯人だとか、捕まえなくちゃとか、過去がどうとか......もう嫌なこと、考えないで過ごしてもいいのかもしれないって、ようやく思えるようになってきた、
その時。
ブレイズくんは、寮に帰ってこなくなった。
「............な......んで............」
それどころか。
ネルソービュー中を探しても、見つからなくなっちゃった。
次話:落ちた太陽




