142話:味方
『オヤスミ。————僕の姫様』
「————っ、......!..................」
......天井。
真っ白で。寒色のライトが埋め込まれていて。
まるで、手術室のような。研究室の、ような。
知っている天井が増えていくたびに、心が重くなっていくのは......どうしてなんだろう。
「い゛、......ってて............」
起き上がる。広がっていく視界は、ちゃんと瞼の形をしていた。
医務室。......代理医務室じゃない方。
アポネ先生は、今はいないみたいだけど......きっと私を助けてくれて......——
「そ、そうだ! キャベツく——」
「ン......ぁあ......? うわっ、アッタマいてぇ~~~......!」
振り向くと、キャベツくんも額を押さえながら起き上がってて。
私の隣のベッドに座ってて、顔色は......そんなに悪くはないみたいで。
目が。開いてる。
まだ満月とは程遠いけど、あくびで出た涙で霞んじゃってるけど、
あの時、
私を、
庇った、っっっ
「~~~~っキャベツくーーーーん!!!!」
「どぅわっ!?!? 急に怪我人に抱きついてくんな!!......って、あ、あれ?? オマエも怪我......、」
肌がヒリヒリしても、お腹が重くても、腕をぎゅ~~~~ってする。
キャベツくんも痛いかもしれない。でも止められなくて、止まらなくて、
あったかい。ちゃんと体温がある。
震えも。心臓も。呼吸もちゃんと、感じ、て、
「が、ガーディナー? オレ実は、何が起こったのかあんまり覚えてなくてよォ......」
「っ、ぅ......~~~、ばかぁっ」
「確か......ヘラクレスオオカブトを探してて......そしたら急に、青い炎に襲われて......」
「なんで庇うのっ、なんで私のこと庇ったの!? 炎属性に弱いくせにっ、い、一発で気絶してたくせにぃっっっ」
「......え? ガーディナー? ま、まさか、泣......!?」
「な゛い゛て゛な゛い゛っ゛っ゛っ゛」
「........................ごめんて............」
ふわっとした重みが、私の翼と——背中と、重なった。
医務室の中は、むしろ落ち着かないくらい静か。
背中をポンポン叩かれる音も、私が鼻をすする音も、全部拾われちゃう。
「............なぁ、ガーディナー......」
「......」
「襲われたんだよな、オレら......? あの森の中で......急に............」
......あれが。数時間前の記憶なのか、数日前に起こったことなのかわからない。
鮮明なようで、ぼんやりとしていて。抽象画のように、色だけはハッキリしているの。
「ご......ごめんな、ガーディナー......? オレがヘラクレスオオカブト探そうなんて言ったせいで、こんなことに——」
「ちがうっ! 私がキャベツくんのこと守れなかったからっ」
片方は紫で、もう片方は青色の目。
多分......オッドアイ、ってやつ。
それ以外の特徴は......思い出せないけど......。
「ハ?? ま、守る? いやいやいやっ、どっちかっつーと守るの失敗したのはオレの方じゃね?? ガーディナーの方がなんていうか、守られるべき側っつうか、」
「ちが、............っ......私............は............」
私たちに急に襲いかかって来た、オッドアイのヒト。
青い炎の魔法を使えて、ブレイズくんと同じくらい——もしかしたらそれ以上、強くて。
もしかしたら。
まさ、か。
あのヒトが......全ての元凶なんじゃ............?
「......」
「......」
もし。あのヒトが、真犯人なのだとしたら。
あのヒトならきっと、簡単にあの倉庫に侵入したり、『記憶の瓶』を盗んだりできる。
それに普通に怪しすぎるし、私たち生徒に襲いかかって来たりするしっ
そう、だ、そうじゃん、
マーキュリー先輩の瓶が、溶けた状態で見つかったのも......そのヒトのせい、かもしれない。
監視カメラを壊したこととか、瓶にブレイズくんの指紋がついてた理由とかは、まだ謎のままだけ、ど............でも......!
「......キャベツくん、」
「ガーディナー」
私たちは同時に顔を上げて、
目を合わせて、
お互い手を握り合って————
「やっぱりブレイズくんは犯人じゃない!!」
「やっぱりブレイズが犯人だ!!」
「............え、」
同時に出した声も、すぐにタイミングがズレてしまう。
当たり前だね。だって最初から、歯車は噛み合ってなかったから。
最初から、目を輝かせてるのは私だけで。
希望を抱いたのは私だけで。
それでも。キャベツくんはきっと、私と同じ気持ちだって......思い込んじゃってたから。
砕かれた瞬間の声も、顔も。隠せなかった。
「............」
キャベツくんは目を逸らす。私から離れて、息を深く吸い込む。天井を仰ぐ。
罪悪感を飲み込むように。ただじっと、一人で、痛みに耐えるように。
それでも。彼の真珠のような瞳が、色移りすることはなかった。
「だ、だってよ、あの青い炎......っどう見てもブレイズのだろ!! あの炎魔法が使えるやつなんてオレっっ、ブレイズ以外見たことねぇぞ!?」
「ま......って、待って、違う、違うのキャベツくん」
「ブレイズって、じ、地獄から来たらしいし、ぶっちゃけ何考えてるのかわかんねぇとこあるしっ」
「キャベツくんは気を失ってたでしょ? だから見てないんだよあのヒトのことっ、あのヒトは絶対ブレイズくんなんかじゃ——」
「悪い。......ガーディナー............」
遮って、きた。キャベツくんが。私の口を塞ぐみたいに。
喉に詰まった刃を飲み込むような。胃に入り込んだ針を無視するような。
すごく......苦しそうな顔をしながら。
「っ、......オレ......本当はずっと............ガーディナーの味方でいたかった......」
彼は下を向く。
私の話を聞くつもりは、もうないみたい。
......もう。聞き飽きちゃったのかな。
「お前の味方でいたいから......きっと、ガーディナーの言う通りなんだって......! お前のルームメイトが......友達が......こんなことするわけねぇって............」
「......キャベツ、くん」
「でもオレ、この間............レベッカ パイセンに言われちまったんだ」
彼は片方の口角を上げる。
だけど。嘲笑うのは、自分自身。
「『本当は、全部ブレイズのせいだって思ってるんじゃない?』って......レベッカ先輩に言われて......そんときは、そんなわけねぇだろって......答えたんだけど............」
「あ............」
あの時だ。
帰ってきたまつ毛先輩を、みんなで囲ってるとき。キャベツくんとレベッカ先輩だけ、後ろの方で何か話してて......。
「オレ、ほんとは............オリーブのルームメイトの、瓶に、ぶ、ブレイズの指紋がついてるってわかったとき......から............わかんなくなってたみたいでよ............」
「......鳥ちゃんの............」
「レベッカ先輩に言われて......あ~、図星だったんだな......って......」
違うよ、って。言っても。
きっとキャベツくんには、もう届かない。
私があのとき見た、オッドアイのヒトの話をしても。キャベツくんは信じてくれないかも。
ただ私が、ブレイズくんを庇うために嘘をついてるって。思われちゃうかも。
むしろ......そうにしか見えない、よね。
「ほ、本当は、ブレイズが犯人だって思ってんのに......お前の隣でずっと『真犯人』とやらを追うのも、なんつーか......騙してるみたいっつーか............」
「......」
「オレはもう......これ以上......ッ——」
「キャベツくん」
名前を呼んだだけでも、彼はビクッと肩を震わせる。
翼を隠すように......自分を無意識に庇うように。
だから。
安心してもらえるように。
私は、目の力を抜いた。
「............だいじょうぶだよ」
「......え、」
「だいじょうぶ。キャベツくんが味方でいてくれなくても、だいじょうぶだよ」
おかしいな。
舌が動きづらいせいで......頑張って喋ろうとすると、ロボットみたいになっちゃう。
本心。なのにな。
嘘なんてついてないのに、強がってるみたいになっちゃって......ヤダな。
「ブレイズくんを犯人だって思っても、いいよ。怒らないよ。だって......仕方ないもん」
「............ガーディナー......、」
「お互い、目的が変わっちゃっても。別のヒトの味方になっちゃっても............好きなのは、絶対変わらないからね」
「————っ、っ............」
手を伸ばす。
触れてみる。
彼の翼は。
高いところを怖がってるときと同じくらい、震えちゃってた。
「キャベツくんは......何があっても。私の大切な友達で————好きなヒト、だから」
「、」
「だいじょうぶ......ほ、ほんとにだいじょうぶだからねっ!! 無理してるとかじゃないからね!? びっくりはしちゃったけど、言うほどショックは受けてな——」
「やめろ」
彼の声は、貫くようで。突き放すようで。
とても大きくて、悲痛で。
それでも。『!』を付けていいのかわからないくらい、今にも崩れてしまいそうだった。
「や......めろ」
「やめろっ」
「それ以上は............っっ~~~っ————、」
キャベツくんは右腕を上げて、翼で顔を隠す。
まるでキャベツくんじゃないみたいに、何も言わなくなる。
普通の沈黙じゃなくて......鼓膜を潰されたときの沈黙、みたいな。無理やり全てを噛み殺してるみたいで、なんか、
......え............??
「きゃ......キャベツくん? 私、ほんとに平気だよ......? むしろねっ、言ってくれてちょっと嬉しいっていうかっ、」
「. . .」
「その......ここまで付き合わせちゃって申し訳ないっていうかぁ......。ごめんね......?」
「. . .」
「............あ......あの......キャベツさ——」
「な゛い゛て゛ね゛ぇ゛っ゛っ゛っ゛」
「まだ何も言ってないけど!?」
あ......あれ?
なんていうか。その。
そ......そんな落ち込む......????
そんなに......泣くほど......私の味方でいたかったってこと......?
「ごめん......ごめんな......ガーディナー............」
「いやいやいやいや!! 大丈夫!! ほんとに大丈夫!!!! むしろあのっ、わ、私も時々ホントにブレイズくんが犯人なんじゃないかって思ってたときあったしっっっ」
「............オレ......最低............で......」
「違う違う違う違う!!!! え!? キャベツくん!? 急にっ......どしたの......?」
深刻な空気を守るべきか、吹き飛ばしてあげるべきかわかんなくて。中途半端な感じになっちゃって。
とにかく、羽を撫でる。いくら撫でても、彼は翼の中から出てきてくれない。
なんか......なんかのサナギみたい......。
「そ、その......ほらっ! 『笑顔拡散委員会』のみんなもそれぞれ別の意見持ってる感じだけどさっ、まだ仲良しじゃん!! 嫌いになったりしてないじゃん!」
「~~~っ、ぅ......く............」
「もーーーー大丈夫だってぇっ、す、好き! 好き!! 大好き!!!!」
もはやヤケクソ感出ちゃったけど、私はそのまま彼を抱きしめる。
医務室が静かすぎるせいか、それとも、彼を肌に感じるせいか......嗚咽が苦しそうになっていくのも、すぐにわかっちゃうの。
「もしかして......ずっと、不安だったの? ずっと前から言いたくて、でも言えなくて......」
「っ、っ、......うぅううぅう~~~~~っっっ」
「今回、青い炎に襲われて......それを機にやっと言えて............」
「や、めろ゛っ、や゛め゛ろ分析す゛ん゛なぁっっ~~~~」
「ずっと、私に嫌われるのが怖かった......とか............?」
......沈黙。
重くて、時々鋭くて、それでも温かい。
感情が......言葉にされなかった意味がたくさん詰まっている、三点リーダーの集合体......。
「........................」
どう............しよう。
キャベツくんは、私の味方じゃなくなった。
私と一緒に、真犯人を追ってくれるヒトが......いなくなっちゃった。
また一人になっちゃった、のに。
それなのに。
悲しい、のに。ブレイズくんが疑われちゃって、悲しくないわけじゃないのに。
「......へ............」
「わ゛ら゛う゛な゛っ゛っ゛っ゛」
「あ、バレた......」
むず痒い、なんて。
可愛いなぁ......なんて。思っちゃうのは。
相手が、キャベツくんだからなんだろうなぁ。
***
「......なんか......別れ話でもしたような気分............」
二人とも医務室から解放されて、キャベツくんを部屋まで送ってあげた後。
廊下で一人、ウィローさんは呟かずにはいられなかったのでした。
「私たち元々付き合っては......いや......付き合ってる? もしかして私たち付き合ってる??」
「両想い、では......多分あって......でも正式に付き合ったわけじゃ......」
「いやいやいやいやっ、そんなことは今どうでもよく、て、今はっっ」
私は両頬をベチンッッッと叩いて、ふんっっ!と意気込んでみた、けど............。
「......とはいえ......この後どーしよ~......?」
悪いことばかりじゃない、よ。
だって、ブレイズくんは犯人じゃないってわかったもん! 真犯人説が濃厚なヒトが現れたんだもん!!
で......でも、このままウィローさんが一人で森にカチコミに行っても、返り討ちに遭うだけだろうし......また医務室ルートか、最悪もっとヤバいことに......?
『ブレイズはここにいないヨ』
『オヤスミ。————僕の姫様』
「............」
......あの、オッドアイのヒトの声......ちょっとしか思い出せないけど............。
「真犯人、さんは..................私のことを知って————?」
「おーーーーーいっ、ウィローーーー!!」
別に悪いことしてたわけじゃないのに、私は声にならない悲鳴を上げながら背筋をピンと伸ばす。
すると、背後からズドドドドドドって足音が近づいてきて、振り返ってみると、
......あ......あの、全速力で向かってくるハムスターみたいな子は......ッ......!?
「やっっっっと見つけたでぇ!!!! ったく手間かけさせよって......あーし何回もLIFE送ったやんなぁ!? 電話も掛けたよなぁ!?」
「ぎゃーーーー!? ろ、ローリエ~~~~!?」
「『ぎゃー』とはなんやっっ、『ぎゃー』とはっ!?!?」
ど、どどどどどどうしようっっ、
普段ならもちろんローリエに会えたら嬉しいんだけど、なんせ今のウィローさんは退院(?)したばかりで......。
もしキャベツくんと一緒に立ち入り禁止の森に入った挙句、変なヒトに襲われて医務室送りにされたこと知られてたら絶対っ、
①怒られる
②呆れられる
③説教される
④怒られる
のどれかのルート確定だよーーーーっ!!!!
「あ......ろ、ローリエさん......その......っ......」
ローリエの顔色は見た感じ......キリっとしてる。眉をひそめて、散々走ったせいか息を切らしてて、眼光がギラギラしてるのはいつものことかもしれないけど、
よしっ。逃げよう。
「ローリエ私ちょっと外せない用事あるからバイバーーー——」
「どこ行くんじゃワレェ」
つ か ま っ た 。
「ろろろろ、ろろろ、ろ、ろっっろっっっっ」
とりあえず目をキョロキョロさせる。ノベルゲームの画面みたいに、言い訳の選択肢を視界から探すの。
だけど、何かを選ぼうとするたびに、ローリエの視線に撃ち抜かれるような気がしてっ
「ウィロ~~~~~?? キャベツから話は聞いたでぇ~~~~????」
「ひぃっっっっっっ」
ゲームオーバーだあぁあぁあああああぁぁああぁぁぁああぁあぁぁぁああぁあ——
「————あんた、また変な事件に巻き込まれとるんやってな!! そんで一人で犯人探そうとしとるとか!!!!」
「..................え............?」
ローリエは拳をぎゅっとさせて、ジト~~~~っとした目で私を見上げてくる。
でも......ブチギレてるわけじゃなさそう......??
「な、なんでローリエが、事件のこと知って......?」
「いやだからっ、キャベツから色々聞いたんやって! あいつぜ~~んぶ教えてくれたで? 多分隠さなアカンっぽいことまで!」
「......それはまぁ、確かに......キャベツくんなら言っちゃいそう............」
「とにかくあんたは、ブレイズは犯人じゃないと思っとるんやろ?? でもあいつが疑われてしもうとるから、真犯人を見つけ出して、濡れ衣を晴らそうとしとるとか!」
あ......れ......?
もしかして......医務室送りになったこと、バレてない......?
私が変なヒトに襲われたこと......知らないの............?
「ら......ラッキーーー! 怒られ回避っ! やったーー!!」
「は? あんたまたなんかやらかし——」
「なんでもないですっ!!!!」
ローリエは怪訝そうに首をかしげたけど、やがてデフォルメ化されたオオカミの顔に戻る。
そのまま両腕を組んで、ちょっとだけ口を尖らせて、
「なんかようわからんけど......キャベツにさぁ、『ガーディナーの味方になってくれ』って何回もしつこく言われて......んなこと言われんでも、あーしはあんたの味方するのに......」
「......!」
キャベツくん......この話、いつローリエにしたんだろ? 多分、あのオッドアイのヒトに襲われる前だよね......?
そのときからキャベツくん、ローリエが私の味方になるように、って......
私が......一人にならないように、って............、
「えっ......好き......」
「急に何?? こわっ」
「ちがっ、あ、そうじゃなくてアッッッも、もちろんローリエのことも好きだけどっっ」
自分の周りに現れた、ほわほわキラランフィルターを手で振り払いながら、私は大きく咳払いした。
ローリエが助けてくれるってことは......流石に、今すぐ犯人にカチコミに行くとまではいかなくても............!
「あ、あのねローリエ!! 実は私、最近やっと真犯人っぽいヒトを見つけてね——」
「あーーうん、あーしも見つけたで! そのことをあんたに報告しよう思って!」
————————ゑ?
「み......見たの? ローリエも真犯人さんに会ったの!?!?」
「うん! それで......」
ローリエはものすごく褒めてほしそうなドヤ顔を浮かべながら、片方の親指を自分に向けた。
「その例の真犯人なぁ、あーしがさっき捕まえてん!......見る?」
次話:『生憶の蔵』でお泊まり会!?
です。女子会です(?)




