141話:ヘラクレスオオカブト
「............」
「おーーーい、ガーディナー! こっちだこっちーーー!」
拝啓。何か特別な展開を期待していた皆様方。
わたくしは今、立ち入り禁止の森にいます。
虫取り網を手にしながら、呆然としております。
「............」
「ガーディナーーー! おい聞いてるかーーー?」
キャベツくんは両腕(翼)を子供みたいに振りながら、私の方まで駆け寄って来た。
片手には、私に貸してくれたやつより良さげな虫取り網。もう片方には、緑色の虫かご。
彼の笑顔もオーラも、もはや小学生のごとし。
「次はあっち行ってみようぜーーー! あっちの方に行けば今度こそ——」
「ちょ待てぇーーーーーーい!!!!」
虫取り網を握りながら絶叫したのは初めてかもしれない。こうしてウィローさんは、どんどん実績を解除していくのでした。ぶいっ!
「あ......あの......な......なにゆえ......我々は......立ち入り禁止の森の中に............?」
「? お前だってしょっちゅうこの森には入ってんだろーー。いいか? 校則ってのはなァ、気にしたやつの負けで——」
「そーーじゃなくて!! なんで! 私たちは! バレンタインに!! 虫取り網を持って森の中にいるのかって聞いてんの!!!!」
すると、キャベツくんは口を尖らせながら眉をひそめて、ま、まるで私がおかしいみたいにっ
「おいおいっ、今更文句言うなよ~~~~! 『プレゼントはわ・た・し!』とか言ってきたのはそっちだろォ?」
「そ、うだけど......そうだけどぉ......~~~゛~~~!!!!」
「今日はアイツを捕まえるまでぜっっっったい帰らねぇからなっ!? 最後までとことん付き合ってもらうぜ!!!!」
「......アイツって......あれだっけ? へらららカブト仮面ってやつだっけ?」
「ヘラクレスオオカブトだっっ!!」
「わかるかーーーーっ!!!!」
流石にヒトに借りた虫取り網を投げるのはあれかなって思ったけど、キャベツくんのだから別にいいやって思ったから、普通にぶん投げた。
「オイッッ!! ヒトの借りもん地面に投げつけんな!!!!」
「だ、だって!! ここここここういうときは普通っっっっっ」
『今日は一日、お前を好きにしていいってことだよな』......とか。
『逃がさねぇぞ』とか。そっちが言うから。
私。
てっきり............、
「ち......ちゅ~、とか......されるの......かと............っ」
「わりぃ、声小さすぎてなんも聞こえねぇ! もっかい言ってくんね?」
「あ゛ーーーーっ!!!! バカぁーーーーーっ!!!!」
腹パン。
膝蹴り。
足踏み。
そして最後は、ふて寝でフィニッシュ。
「ばかばかばかばかばーーーかばかっ、どうせそっちは私がバカとか言うんだっ、勝手に勘違いした側が悪者にされるんだ、あ~~~~あっ」
「いででっ............室外で地面に突っ伏して拗ねるやつ、初めて見たぞ......」
「勝手に勘違いして怖くなってちょっと期待して、と思ったら急に外に連れ出されて森に連れていかれてもう『??』って感じでっ、あーーそうですよどうせウィローさんが」
「あ。頭にダンゴムシついてるぞ」
「ぎゃーーー!?!? ヤダヤダヤダヤダ取って取って取って取っ————」
飛び起きてバタバタ暴れてたら、目が合う。
キャベツくんは私の隣に膝をついて、顔を覗き込んできて、
すぐに、ニッて笑って............っ
「へははっ! うっそーーーーーーーー。びっくりしただろ~~~~? お前もしかして虫苦手なのか~~~~~?」
「......つ......ついてないの? ダンゴムシついてないの......?」
「ついてねぇついてねぇ! わりぃっ、お前の反応おもろすぎるからつい......へへっ」
こっちの気も知らないで。
キャベツくんは心の底から楽しそうに、嬉しそうに笑っちゃって。
私の頭、とか......撫でちゃってさ。ぐしゃぐしゃの髪をさっ、さらにぐしゃぐしゃにしちゃってさぁ。
............いや。それとも。
もしかして、わざとなのかな。
私がいちいち、ぐわーーーーってなっちゃうのを知ったうえで。こういうこと。
だって私、『すき』って言ったし。
ちゃんと伝えたし。
それであのとき、キャベツくんも............。
「おいおい、もしかして怒ったか? ブチギレたか?? 五千メートルのドラゴン召喚しちまうか~~~??」
「............」
「あっ、ここでヘラクレスオオカブト召喚して『さぁ帰ろう』は無しだからな!? それはずりぃから!! そもそも召喚術で生み出したやつって偽物なんだろ!? オレはなっ、絶対本物を捕まえてなっ、ペットにしてやるんだ!! もう名前も考え——」
「ん」
両手を。広げて。
差し出してみた。
地面に座ったまま。翼を下ろしたまま。
「......ガーディナー?」
「起き上がらせて」
「え」
「起き上がらせて」
「............ど......どうや——」
「起き上がらせて!!!!」
「あーーーーわかったわかったっ!」
キャベツくんは、一旦私をぎゅってする。
ぎゅってしたまま、両脇の間に腕を入れてきて......そのまま持ち上げてくる。
「こ......これでいいか?」
「............」
「そ..............そろそろ離れても——」
「ヤ」
「あっハイ......」
心臓。うるさいね、キャベツくん。
うるさいのに、安心するの。不思議だね。
「..........................................ガーディ」
「キャベツくんは............私とぎゅ〜するの、嫌......?」
「ッッッッッヤ、じゃねぇけど......!!」
顎を彼の胸にうずめたまま、顔を上げてみる。
キャベツくんはキョロキョロして、腕も翼もワタワタさせちゃって、
耳まで......紅葉しちゃって。
死んだフリをした木々に囲まれてると......少しだけ、季節外れにも感じる。
「へ......え、っへへ......ご満悦~~~~」
「そ............そーかよ、それは何より............」
「しかたねぇーなー。今回だけは許してやる」
「アリガタキ幸せ」
もっとかっこよく離れてやりたかったのに、ちょっとだけよろけちゃう。
一瞬パキッとなった音の正体は、枯れた枝かもしれないし、霜降り落ち葉かもしれない。
「「............」」
あ。やばい恥ずかしくなってきた死ぬ。
す......隙あらばイチャつこうとするのって気持ち悪いかな?? 私だけ脳内ピンクすぎ??
キャベツくん引いてる?? 引かれちゃってる!?
やややややややややややばばばばばいやばいやばいやばいやばいあばばぁぁぁぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「っっへ、へらら仮面!!!! 探しに行こ!? それ見つけに来たんでしょ? それ見つけるまで帰れないんでしょ!?!?」
「へ......ヘラクレスオオカブトのことか? そ、そうだな!! 探しに行くか!!!!」
私たちはそれぞれ、いつの間に落としてた虫取り網とかを拾う。
そのまま何事もなかったかのように......は、いかなくて。お互いロボットみたいにカックカクになっちゃってさ。
自業自得。なんだけど。......お互い。
「そ、ソンジャーー、アッチノ方行クカーーー」
「ウンソウダネー、へらら仮面探ソウネーー」
「ヘラクレスオオカブトなーーー」
手を繋ぐとか繋がないとか、そういうこと考えなくていいように......両手で虫取り網を握る。
キャベツくんの手も塞がってるし。虫取り網だけじゃなくて、虫かごも持ってるし。
私たちはそのまま、隣に並んで。
クルミ割り人形みたいに、森を巡回したのでした。
***
「なぁなぁオマエら! ヘラクレスオオカブトがどこにいるか知ってるかーー?」
その辺にいた蝶を追いかけてたら、キャベツくんが草むらに向かって話しかけてるのを見かけちゃいました。
「......見てない? そっかー......やっぱりいねぇのかなァ......」
うんうん、わかるわかるー! 時々虚無に向かって話しかけたくなる時あるよねー。ウィローさんは否定したりツッコんだりしないよぉ、寛容な天使さんだからね!
というわけで、ウィローさんも真似することにしました。
「ねーねー、君はへらら仮面がどこにいるか知ってる~? なんかでっっっっっかくてねっ、角......?があってね!」
「ガーディナー? お前なに落ち葉に向かって話しかけてんだよ?」
頭突きした。
「い゛っってぇ!? 牛かテメェは!?!?」
「キャベツくんだってタンポポに話しかけてたくせにーーーー!! なんなの!? キャベツくんはキャベツだから植物と話せるの!?」
「ちげぇよっ、オレはちげぇから!! オレはこいつらに話しかけてたんだよっっ!!」
すると、キャベツくんは芝生とかタンポポの葉っぱとかを掻き分けて......
............てんとう虫?
「オレはこいつにヘラクレスオオカブトを見てねぇか聞いてたんだよ!」
「この子......もしかして、使い魔科の生徒だったり?」
「んぃや? 普通にガチのてんとう虫だぞ?」
「じゃあタンポポに話しかけるのとほぼ同じじゃんっ」
「ちげぇよ!!!! 半獣人は虫の言葉がわかるんだよ!!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「~~~~~~~~~!?!?」
「知らなかったのかよ......」
え!? え!? え!? え!? え!?!? えーーーーーーーー!?!?!?
虫の言葉が......わかる......!? で、でもっ、それって半虫人だけなんじゃっっ、
「な、なんでフクロウなのにっ、てんとう虫の言葉がわかるの!? 虫じゃん!! 虫と鳥はだいぶ違うじゃん!!」
「まぁ、わかるっつってもボヤ~~~っとしかわかんねぇぞ? 一番わかりやすいのはフクロウで、そん次が鳥類全般で、その次がサル、次が犬、猫、ウサギ......」
キャベツくんは何かを数えてるときみたいに、親指から順番に左手の指を、右手の人差し指でつんつんしていった。
手首に掛けてる虫かごの中には、ちょうちょが二匹......いや......これもしかして蛾......?
「とにかく! オレら半獣人と半虫人は、自然にいる動物と話せたりするんだよ! すげぇだろーー!」
「す......すげぇ......」
じゃ、じゃあ私、この間ウサギさんになっちゃったとき、キャベツくんの元に向かってればよかったってこと......??
「そんでよぉ! ここにいるてんとう虫によると......」
キャベツくんは、てんとう虫にそっと手の甲を近づける。
すると、てんとう虫は逃げようとせずに、そのまま彼の上に止まる。
............キャベツくんのてんとう虫語(?)が聞けると思って期待したのに、何も聞こえてこなかった。もしかしたら、脳内で交信する感じなのかもしれない。
「な......なんて言ってるの......?」
「............」
彼はてんとう虫に軽く手を振った後、私に死んだ魚の目を向けて......。
「『ヘラクレスオオカブトは夏に出てくる』『バレンタインにいるわけねぇだろアホか』って怒られた......」
「いないんかーーーい!! ってかてんとう虫さん口悪くない!?!?」
私はキャベツくんの肩を揺さぶったけど、彼はヘラヘラ笑うだけで、
「ま、まぁまぁまぁ!! もしかしたらいるかもしれねぇだろ!? 間違えて冬に出てきたヘラクレスオオカブトが!!」
「絶対いないやつじゃん!! ねぇどうすんの!? 見つけるまで帰れないんでしょ私!?」
「まーまー、なんとかなるって......」
「おのれぇっ、散々ヒトを振り回しておいてテキトー抜かしやがって......!」
「だーーーーー!! うるっせぇ!! オマエは今日一日オレの物なんだから、黙ってオレについてこい!!!!」
「————っ」
手を引っ張られる。
乱暴で、私がつまずきそうになっても止まってくれなくて。
不意にドキッとしちゃったのが悔しすぎて、引きずられてる間べーーーって舌出しちゃって、
でも、キャベツくんが振り返ってくれることはなくて......。
「......」
風が頬をかすめる。
視界が揺らいで、空気が線状に見える気がして。
いつも以上に、酸素が軽い。
......多分。
キャベツくん。しばらく、こっち見ないだろうから。
バレない、だろうから。
「............っへへ............」
こっそり微笑んだ。
手のひらに伝わる温もりを、素直に喜んだ。
それでね。
聞こえないように、一人で呟いたの。
「......あんなちゃん」
「私」
「友達と」
「家族と」
「好きなヒトと、一緒にいれて」
『もうあんたに会えんくなったとしても......幸せに......生きてな?』
「............もう、死んじゃったけど......」
「ちゃんと......幸せ、だよ......————」
炎。
......炎。
青い、炎。
内側が白く、明るい水色に光っていて。
黒が混じっているのは、端の方だけで。
青い炎が、私たちを囲っても。
私たちの方に飛んできても。
触れても大丈夫なんじゃないかって、一瞬でも思ってしまったの。
「————~ ~ ~ ~ ぁ 」
現実から離れかけた意識が戻ったとき、キャベツくんが目の前にいた。
目の前で、倒れた。
彼の体は青く、黒く燃えていて。
羽が焦げた匂いがして。
炎はすぐに消えたけど。
消えたけど。
キャベツくんの瞳からも、光が消える。
時々ピクッと、翼を震わせながら。
首を絞められた小鳥みたいに、静かになるの。
キャベツくんが。
私を庇ったキャベツくんが。
炎属性に弱いはずなのに。
私の方が、炎魔法に耐性あるのに。
「. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . え」
足音が近づいてくる。
再び燃え盛った青が、私も逃がさないように囲う。
飛び散る火の粉は、消えかかった蛍の様だった。
「......ブレイズ、く」
違う。
ブレイズくんじゃない。だってブレイズくんはこんなことしない。
キャベツくんを傷つけたり、私に炎魔法を使って来たり。
そんなこと絶対しないもん。するわけないもん。
「~~~~~っ、こないで!!!!」
杖を出す。
それなのに人影は近づいてくる。
炎が濃くなっていくのに、影までも黒くなっていくの。
「きゃ......べつくん、キャベツくんしっかり、し、っ」
そうだ、召喚術、召喚術使えばなんとかっ
でも、ま、魔法陣描いてる暇なんて————
「——————————ぅ」
青くなった。
............おなか、あつ、い
刺された?
違う。大丈夫、だいじょう、ぶ、
私は火に強い は ず
「......っ......——......————...っ——...」
息。できる。
だいじょうぶ。
杖......を............キャベツ......く.... . .. . . . . . . . .
「. . . . . .」
あれ......? 森の中って、こんなに暗かったっけ。
霧。が。黒い。
落ち葉が痛い。頬を刺してくるのは、炎のせい?
「......ブレイズ......くん............たす......け............————」
「ブレイズはここにいないヨ」
また、守れなかった。
手足も、翼も動かない。
熱いのに汗が出てこない。
足音。
炎。
影。
青。
紫。
......紫?
「............き......み、............は......っ」
紫と、青の瞳。
知ってる。絶対、どこかで見たことある。
あるよね?
この間、ゾディさんにお墓参りにしに来た時も。
本校舎にいたときだって。
「......————、————っっ」
手を伸ばしても届かない。
近づこうとしても、遠のくだけ。
意識も。家族も。好きなヒトも。
いつだって、私の指先から離れていく。
「............、......っ......~~............」
「オヤスミ。————僕の姫様」
「...」
手を伸ばされたのに、結局何も見えなくなるの。
......私は。
ありふれた、日常の1ページに留まることも......許されないみたい。
次話:味方
です。たい焼きが食べたいです




