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140話:かけがえのない日常を

「————............っ」



マーキュリー先輩は、まつ毛先輩を抱きしめる。


空飛ぶディスクの上に座ったまま。前のめりになりながら。

二股に分かれた尻尾を揺らして、軽く、優しく......まつ毛先輩を蹴りながら。



「ま......マーキュリー......? 何を......、」

「もし」



彼はそっと、まつ毛先輩の肩に顔をうずめる。

そのまま両腕を回すと、彼女の金色の髪がふわっと上がる。



「............もし......このまま帰ってこなかったらどうしよう、って」

「マーキュ、リー」

「もう............会えないのかもって............」




マーキュリー先輩は顔を上げながら、ただ彼女の瞳を見つめた。


ずっと静かで、淡々とした声を出していたけど......彼の唇は、誤魔化しきれないほど震えていた。




「............クソ長つけまつ毛はどうしたの? キューティーのアイデンティティーなのに」

「まー、きゅりー、わ、わかっています、の? 私はあなたに許されないことをっ」

「僕の背中刺したときのこと? 別に怒ってないけど」



きょとんとする彼に対して、まつ毛先輩はさらにきょとんとした顔を返す。


だけど少しずつ眉が、下唇が歪んでいく。瞳に水が注がれたかのように、水面のようにどんどん揺らいで、


白い光を。反射、させて......。



「っ、あ......ぁ............で......も、でもっ」

「刺されたことには怒ってない。でも、急に部室に来なくなったことには怒ってるよ。代理医務室から急に姿を消したりして、LIFEでもネルコードでも返信しなくなって......」

「なんで許せるんですの!? 刺したん、ですのよっ、? この手で私はあなたを、」

「それはもう治ったから良いんだってば」



マーキュリー先輩は目を落とす。

まつ毛先輩の手を掴んで、彼女の指先をつねる。


......微笑もうとして、失敗したのかな。


唇をキュッてして、顔を少しずつ下へ逸らして。

瞼の下が青く染まっていくのは......多分、照れてるとか、そういうのじゃない。



「キュー......ティー、......。..................」



詰まって出てこなかった言葉を、彼はそのまま飲み込んだ。


せっかく装った平静が崩れていく中、まつ毛先輩に触れた手を丸めて、




「....................................おかえり」




湖に、水滴を落とすように。


ただ......ぽつりと呟いた。





「... .. .. . .」





そしたらね。


まつ毛先輩は、私の方を見てきたの。




まるで。このまま空を晴れさせていいのか、確認しようとしてるみたいで。

許可を欲しがってるみたいで。



子供みたいに、私を見てきたの。


......だから。





私は両目を閉じながら、精一杯明るい笑顔を返した。








「——~~~~っっ、っ」



すると、まつ毛先輩は嗚咽を合図に、ダムのように崩れ落ちる。

もし普段のようにメイクをしていたら、全部流れ落ちちゃってたかもしれない。


そのまま地面に座り込んで。

片手で口を押さえて。



「..............................こ、え、が......っ、きこえるんです、の」




......マーキュリー先輩は、ディスクからそっと降りる。


降りて、何も言わずに彼女のそばに座る。




「こえ、が、きこえ、て、き、記憶をおもいだしてか、ら、っ」

「............」

「『人外を殺せ』、って......ずっと......ずっと、っ......家族の声が............、」

「......うん」




足音が近づいてくる。


後ろから様子を見てたみんなも、まつ毛先輩を囲むの。



プニ先輩はその大きな腕で、マーキュリー先輩とまつ毛先輩を一緒に抱き寄せる。


一角先輩は微笑みながら、二人にティッシュの箱を渡す。



すると、キラ目先輩はドンッと自分の胸を叩いて、




「大丈夫だゑっ、キューティー!!!! その声とやらがうるさくて怖いんなら、もう何も聞こえなくなるくらい、俺らがうるさくしてやるゑ!!!! 声には声で対抗するゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑ」

「あと80デシベルくらい下げてもいいと思うぜぃ」




............やっとだ。

やっと、日常が戻って来たような気がする。


『笑顔拡散委員会』はやっぱり、まつ毛先輩がいないと寂しいよ。


記憶を思い出してしまっても。許されないことをしてしまっても。

かけがえのない日常は、誰にだって送る権利がある。



そうだよね。

......だよね?



ねぇ。私。




これで......一人くらいは、救えたかな。



こんなんじゃ、まだ全然足りないかな。





「......、はいはーーーい! 私もうるさくできまーーーっす! みんなのアイドル:ウィローちゃんがっ、笑顔をお届けしちゃうぜっっ!」

「ほらマーキュリー、お前も大人しくティッシュ使えだに」

「べ......つに僕は泣いてないけど?」

「..................あれ? ウィローさんガン無視されてる??」




私もみんなに混ざろうと、プニ先輩と一角先輩の間に入る。


混ざって、私も二人を抱きしめようと思って、翼を広げ————





「————......?」




でも。



何か。

誰かが、足りない気がして。


翼を下ろしながら、私は振り返る。



キャベツくんとレベッカ先輩が、何か話してる。


まだ二人だけ後ろにいて、まつ毛先輩たちの方を見てすらもいなくて。





「............キャベツくん?」




ここからじゃ何も聞こえない。


ただ。ちょっとだけ、言い合いになってるようにも見えて。



何か言い返そうとしてるみたいに、キャベツくんは足を踏み出して。

だけど、結局下を向いちゃって。背中を丸くしちゃって。



口角を上げていたレベッカ先輩も、最後は彼から目を逸らしていた。





***


バレンタイン当日。

私はキャベツくんの部屋に侵入し、ベッドの上に勝手に座り。



正座になりながら、体にも翼にも、桃色のリボンを巻き付けて。



彼が帰ってきた瞬間——




「とっととととと、トリックオアトリートーーー!!!!」

「. . . . . . . . . . . .」

「......の、逆バ~~ジョン~~~......」

「. . . . . . . . . . . .」

「..................」



私は手に持っていた、台本代わりの紙をチラ見した。



「ぷ......『プレゼントは、わ・た・し』......」

「. . . . . . . . . . . .」


「「..................」」




とりあえず私は、一角先輩に渡されたクラッカーを鳴らしてみた。


すると、折り紙で出来た小っちゃい星と、花柄の紙テープと、



............バーステーソングが流れ出した。『クローバー』って子の誕生日らしい。おめでとう!





「「....................................」」


「あ、はい......以上です、ハイ............」



沈黙。


沈黙。


沈黙。


沈黙。



..................沈黙。



室内でこんなに汗をかいたのは、生まれて初めてかもしれない。





「................................................」



キャベツくんは口をパクパクさせると、そ~~~っと人差し指を上げた。



「..............................色々混ざりすぎじゃね?」

「~~~゛~~゛゛~~~!!!!」



ブチギレたかったのに、言葉が出なかったせいでただ奇声あげる変なヒトになっちゃった。



「違うの!! 違うのーーーー!!!! 私もほんとはここまでするつもりなかったの!!」

「おぅ」


『おぅ』って何!?


「元気になったまつ毛先輩と『笑顔拡散委員会』のみんながさっ、普通に渡すだけじゃつまんないって言ってきてさぁ!! それでこの変なクラッカー渡されてさ!!」

「......ほぉ?」

「『プレゼントは私~~のやつやれ』とか!! 『ここはあえてトリックオアトリートって言え』とか!!!! 色々言われすぎてもうわけわかんなくて迷走しちゃってっっ」

「なるほど」

「だからもうヤケクソになっちゃってもう~~~うぅぅぅううぅううぅうう」

「ブフッッッ」

「わらうなーーーーーっ!!!!!!」



キャベツ野郎はお腹を抱えながら笑って、もう顔真っ赤にしながらしゃがみ込んじゃってさっ



「いいぃいぃぃいっひっひッヒッヒヒっっ~~~~ぃいぃいいいぃいいい」

「馬なの!? キャベツくんはフクロウじゃなくて馬だったのーー!?」

「ヘッッッハッッッッヒッッッッッ」

「あーーーーあっ、もう知らないキャベツくんなんて知らないもんねっ、悪いキャベツにはマカロンあげないもんねウィローさんが食べちゃうもんn——」


「それはダメだ」




目の前、


に......いて。いつの間にか。

ベッドに飛び乗って、私の隣に座ってきて。



私が手に持ってた......薄い赤色、の箱を、勝手に奪い取って。

白のリボンを指先でつついて。



フクロウの羽が、私の膝の上に落ちて来た。




「......これ、オレに渡すつもりだったんだろ? んじゃこれはもうオレのもんだっ! オメェには渡さねーーーよーーーーっだ」

「ちょっっっ、元々ウィローさんのなんですけど!? 所有権は私にあるんですけど!?」

「うるせーうるせー」



心にシートベルトする暇も与えずに、キャベツくんは箱のリボンをほどいちゃって。

口を『お』の形にしながら、箱の中に並ぶマカロンを眺めて......。



「うぉおぉおぉおおすげぇっ!! ほんとにマカロンだ!? これも手作りなのか!?!?」

「............いっぱい......手伝ってもらった、けど——」

「うめーー! うめーーーー!!」

「食べるの早!?」



少しヒビが入っちゃってるマカロンを、キャベツくんは気にせずパクパク食べていく。

時々ハッとすると、手を止めてゆっくりモグモグして......だけど結局ニッコニコで次を口に入れて......味わいたいのか早食いしたいのかわからない。



「ま......マカロンショコラって言うんだって、それ。チョコレート味って意味だと思う」

「へぇーーー!」

「去年は......その......私、ポエナにいたせいで渡せなかったでしょ? だから今年は......一年生のときより、き............気合い......? 入れたかったって、いうか、」

「ほぇーーー!」

「............話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる! 成長したなオマエ!」



撫、、、、、、で、


..................顔熱いの......ちょっと慣れてきちゃった............。



「せ、......成長? お、お菓子作り上手になったってこと?」

「かもな~。一年のときのティラミスも超うまかったけど! あとは......」



彼は唇についたガナッシュを舐める。

常に口を動かしながら、マカロンにそっと手をかざす。まるで、お菓子で暖を取ろうとしてるかのように。



「お前、去年はだいぶコソコソしてたっつーか、中々渡そうとしてくれなかったっつーか......今年は随分堂々としてんなァーーって」

「そ......それは、だって............ウィローさんもあれから、色んな修羅場を駆け抜けて来たわけですし......?」

「へははっ! 少なくとも、バレンタインでヒトん部屋侵入して『トリックオアトリートの逆バージョン』とか言う度胸はできたみたいだなァ!」



枕でキャベツくんをいっぱいいっぱいぶん殴った。



「からかうなーーーっ!! ブチギレレベル上がっちゃうよ!?」

「いでっ、いてっっおい、んな怒んなって~~~! 褒めてやってんだから喜べよ~~」

「怒ったウィローさん怖いんだからねっ、ネルソービュー滅ぼせちゃうんだからねっっ」

「へいへい、こわいこわーーーい」

「その気になれば五千メートルのドラゴン召喚できちゃうんだからね!?!?」

「それはホントに怖ぇ」



私は枕にぎゅ~~~って八つ当たりしながら、キャベツくんに背を向ける。

......ペチペチペチって、背中の翼でキャベツくんを叩く。ついでに腰もくっつけて、体重で攻撃してやる(?)


この匂い。温かいような、涼しいような。

あんまり言葉で表したくない。へ......変態っぽい、から。


..................そ~~~っと。そ~~~~~~~っと、またキャベツくんの顔を見てみると。



「うめーー! うめーーー! うめーーー!」

「......ふへっ............ここに羊さんがいるー」

「羊?? えっ、オレ????」



普段なら、常に笑っていたいって思ってるのに。


今は、なんか......笑ってるのが癪だから。

上がりそうになる口角をむぎゅってして、両手で頬を押さえるの。




「ガーディナーも、マカロンショコラ食うかーー? うめぇぞーーー?」

「............いらない」



今の私にはきっと、ガナッシュは甘すぎる。


コーヒーとか欲しい、な。あの香りを嗅ぐだけで、少しは心臓が落ち着くかも。

それとも。余計甘味に酔っちゃうだけ、かな。



「......ねーねー、キャベツくーーん」

「ぅえ?」

「マカロンを、バレンタインに渡す意味って............知ってるー?」



......体育座りしながら、返事を待ってみる。





「......」


「......」


「......」


「......」


「............」





何も返ってこなくても、不安になったりしなかった。


だって。



沈黙こそが答えだって。私にはちゃんとわかってたから。





「............キャベツくーーん」

「こ......今度はなんだ?」

「やっぱり私もマカロン欲しいー」

「ったく、わがままなやつめ......」



キャベツくんに餌付けしてもらった。


......そうだよ。ただの餌付けだよ。

ウサギさんの口元に、にんじんを持っていくやつと一緒......。




「ガーディナー」

「......ん......?」



部屋がオーブンみたいに暑いのは、暖房のせいじゃない。



「お前さ、さっき『プレゼントはわ・た・し』ってやつやってただろ?」

「仏の顔も三度までってことわざ知ってる?? これ以上からかうんなら——」


「つーことはよ。今日は一日、お前を好きにしていいってことだよな?」




「......え、」





振り返ると、すぐに目が合う。


翼と翼が交差して、くすぐりあって。

どこに汗をかいちゃってるのか、わかりやすくなるの。



キャベツくんが近づいてくる。


正座を崩して後ずさっても、私の両足を挟むように手をついて、



シーツの音が、いつも以上にうるさくなる。





「............きゃ......べつ、く」



甘い。


匂いが。



する。



どこが熱いのかわからなくなる。




「あ、れは......は......半分ふざけてたっていう、か」

「逃がさねぇぞ?」




ネクタイ。


を。


掴まれて、引っ張られて。顔が近づいて、




う..............................そ。


う、そ、うそうそうそうそうそうそうそうそっ



だってまだ


そんな



私






「今更撤回なんてさせねぇからな」




キャベツくんは。


私の肩に手を置きながら、ニヤッ......って............笑った。





「今日はとことん、付き合ってもらうぜェ......?」




や



待っ




「っっっっっっっっっひ゜」





次話:ヘラクレスオオカブト

です。カブトムシの種類です

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