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138話:セイレーンたちのバラード

「ぅわぉぉぉおおあぁぁあぁぁあぎっっウギギ~~~ッッッ」



勢いで空へ飛び出したはいいものの、天使の翼がうまく風を捕まえてくれない。


急降下したり急に上がったり、体がひっくり返りそうになっちゃったり。

そうだよそりゃそうだよっ、だって私まだ飛行訓練でそんな自由に飛べたことないもんっっ



「あぁぁあああぁあ落ちるっっっ、か、風っ、向かい風っっっ、ぁ」



流石に寮の窓からいきなり飛び降りるのは馬鹿すぎたかもしれないけどだだだだ大丈夫!! ここそんな高くないし!! 一階から飛び降りたし! 落ちたとしてもまだ死なな——



「~~~って、鳥ちゃんもうあんな高いところまで!?」




鳥ちゃんはあの瑠璃色の翼を大きく広げて、曇り空を自由に舞っている。


短い飛行機雲を描いたり、その場で山なりに飛んだり。

まるで、海の中を泳ぐイルカさんみたい。




「ま、って、待って鳥ちゃん行かないでっっわ、私を置いてっっうぅぅぅうう」



多分聞こえてない。彼女はきっと、私に追われてることすら気づかないほど遠くにいる。


なんで鳥ちゃんそんなに飛ぶの上手なの!? 私と同じ学年だよね!? 飛行訓練だって私と同じタイミングで受け始めたはずでっ、


で、でも思い返せば二年生の頃からあの子飛んでたようなっ、


わかんない、わかんないけど、っ




「お、い......つかなきゃ............!!」




追いつかなきゃ。


取り返さなきゃ。


だってあの子の口には、今もあのトイカメラがくわえられてる。



もしあのトイカメラが、他の誰かの手に渡っちゃったら。


ブレイズくんが犯人だって、思われちゃう。

だってあれはどう見ても......その証拠、で..............っ




「~~~~っっ待ってぇーーーーー!!!!」




とにかく私は歯を食いしばって、翼をバッタバタさせながら彼女を後を飛んだ。

絶対こんなに翼動かす必要ないんだろうけどっ、む、無駄な体力使ってるんだろうけどさぁっ


飛べたらいいの!! 上に上がれるならいいの!!




「ふぬぅぅうううううぅうううぅううぅううううう!!!!」




風が頬を切る。致死量の酸素が舞ってくるせいで、少しずつしか吸えないの。


寒い。でも暑い。自分の声はろくに聞こえないのに、何故か心拍数は脳に響いてる。




「とっっっ鳥ちゃん!! おねがい!! そのカメラ返して!!!!」




ほとんど目が開けられなくても、地面が足から遠ざかっていくのはわかった。

今落ちたら、絶対大怪我する。


死んじゃう、かもしれない。

もう死んでるけど......この偽物の体は、生きてるのと同じようなものだから。




「あ、謝る!! 謝るから!! 勝手に鳥ちゃんの『記憶の瓶』撮っちゃってごめんね!? それで怒ったの!? 怒ったからカメラ奪って、に、逃げ、」




ようやく、鳥ちゃんと同じ高さに来れた、けど。


だ、めだ、も、もう翼の感覚無いっ、

痛い、よ




「まっておねが、い、あ、のね、」




手を伸ばしても、掴まれるものなんてない。

なんで遠のく、の? なんで鳥ちゃんはあんな遠くに、




「な......にかの間違い、なの、ぶ、ブレイズくんは犯人、じゃ......っ」




私、に......体力がない、から? 翼の筋力がないから?

何もかも、足りないから?




「............他に......絶対、犯人......が——」





『お、オレは............、............』






....................................ねぇ。


なんでキャベツくんまで、そんな目で見るの......?









「——————っ」




酸素が足りなくなったのか、視界が黒くなっちゃった。



あ。





落



ち



、







「————。。。。——。。————。。。。。。」




真っ暗闇へ落ちる中。



歌が聞こえたの。









............目を開ける。




私はまだ空を飛んでいた。



なんでなのかわからない。翼に力が入らなくなったはずなのに。


世界もね、信じられないくらい静かなの。

風の音が聞こえなくなったの。


聞こえる、のは......——




「。。。——。。————。。。。。」




まただ。また、歌。



この歌を聞くと、勝手に翼が動く。


頭の中に霧がかかって、優しい波に導かれるような、そんな感覚。




歌が聞こえる方向へ、私の体は飛ぼうとする。


鳥ちゃんも、声の方へ翼を広げる。




「——————。。。——。。——————。」




もしかして......この歌声は、鳥ちゃんの......?



違う。鳥ちゃんにしては低すぎるし、鳥ちゃんは口にカメラをくわえてて歌えないはずだし、




............でも。




「——。。————。————。。。。。。。。——。——~」






私は。


この歌を、どこかで聞いたことが————?









「。。。————。。————............」










......気がつけば、私たちは雲を抜けていた。


『星落としの塔』へ、ゆっくりと落ちていた。




展望台に座っているのは、セイレーン。



雪のように白い髪に、淡い水色の肌。


泡に映る太陽のように儚くても、温もりも芯も持っている声が、私たちを包み込む。




「————。。。。——。。————。。。。。。」




私たちを誘(いざな)って、まるで深海へ引きずり込むように。




「。。。——。。————。。。。。」


「——————。。。——。。——————。」


「——。。————。————。。。。。。。。——。——~」





すると。


先に塔にたどり着いた鳥ちゃんは、マーキュリー先輩の隣に着地した。





「。。。————。。————..................」



先輩は彼女が来るのをわかっていたかのように、口を閉じる。


二股に分かれた魚の尻尾を畳み直して、鳥ちゃんが座れる場所を作る。




私もようやく追いついて、塔の頂上に倒れ込んで。

脳を覆っていた霧も、翼を操っていた音もすっかり消えて......。





「~~~~~ハァッッッ、はぁーーーーっぅげほっっ、し、死っ」


「......? ビーナス、口にくわえてるそれ何?」

「わが衣手(ころもで)は 露(つゆ)にぬれつつ!」

「ふーん。くれるの?」




隣で私が死にかけてるっていうのに、鳥ちゃんもマーキュリー先輩も無視して会話を続ける。


すると、鳥ちゃんは茶髪を揺らしながら、頭を先輩の肩にこすりつけて......海色の翼で抱きしめて、




「にーちん、にーちんにーちんっ、天(あま)の香具山(かぐやま)、にーちん!」



............まただ。


また鳥ちゃんが、百人一首以外の言葉を発してる......。




「~~~げほっ、いでっっ、いででででで......ぅう......」



とりあえず私は、肩とか背中とか翼を撫でながら起き上がって、二人の元へ膝で歩く。


マーキュリー先輩はいつもの浮くディスクに座ってなくて、床に直接尻尾を休めてる。鳥ちゃんも先輩の尻尾に寝転んで、ずっと猫みたいにゴロゴロ鳴いていた。




目が合っても、先輩は何も言わない。目を逸らしてくることもない。

ただじっと私を眺めながら、時々鳥ちゃんの背中を撫でてる。


私は私で言いたいことが多すぎて、言葉が詰まっちゃって。

しばらく無言でメンチ切ってるヒトみたいになっちゃって、え、えっと、えっとぉっ、




「う......歌! 今のってマーキュリー先輩だよね!? 先輩って歌えたの!?」

「そりゃ歌うでしょ。僕はセイレーンなんだし」



うわぁーーー、塩ーーーーー......。海だけにー......。



「セイレーンは歌でヒトを操る魚人——または、海鳥。歌えなかったら、僕もビーナスもセイレーン科になんて入ってない」

「そ、うなんだろうけどぉ............先輩はレベッカ先輩以外にも優しく——」


「にーちん!! に~~ちん~~~!」



鳥ちゃんは構ってほしそうに目を輝かせて、先輩の尻尾に頬ずりする。鋭い爪の鳥足をバタバタさせて、危うく私たちの頬を引っ掻きそうになる。


だけど先輩は嫌な顔一つせずに......あ......あれ......? レベッカ先輩以外にも優しい......??



「と......鳥ちゃん......随分マーキュリー先輩に懐いてるね......? 先輩のこと『にーちん』って呼んでるし......」

「............」



あえて無視したのか、言葉に詰まっただけなのかわからない。


マーキュリー先輩はしばらく黙り込む。

その後、鳥ちゃんを膝(尻尾)枕したまま、私の方を振り向いた。


そんな彼が、手に持っているのは............——



「ねぇ。このトイカメラ、レベッカがくれたんでしょ」

「——————!!!!」



『取り返さなきゃ』でまた頭がいっぱいになって、つい無理やり手で奪い返そうとしちゃう。


だけど、そんな私の手も先輩は軽々と避けて、ちょっと楽しそうに、わ、笑っ、



「でもビーナスに取られちゃったんだ」

「返してっ」

「だから追いかけて、こんなところまで来たんだね」

「い、いつの間に先輩が持ってっ、か、」

「このカメラ、何か知ってるよ。指紋が採れるやつでしょ?」



先輩は私の顔を片手でガシッて覆って押し返して、持ってるカメラを上に掲げて、


カメラの画面を、



見、て............っ




「......ふーん。ビーナスの瓶を撮ったんだ」

「返してってばっっ!」

「それで、瓶から浮かび上がった指紋は——」

「違うの!!!! ホントにこれは、何かの間違い、で、っ......!!」




強く顔を後ろに押し返されて、そのまま尻もちをついちゃう。


何か、何か言わなきゃっ、



このままじゃただっ、先輩にさらなる証拠をあげただけ、で、




「真犯人を見つけるために、カメラを使ったはずなのに......って顔してるね」

「う、っ......っ............!!」

「結局、おまえの友達が犯人なんじゃん」




マーキュリー先輩は薄っすらと笑みを浮かべながら、自分の顎にトイカメラを当てた。

光を失くした瞳は、明確に私を嘲笑っている。


面白。がってる。




......こうなる、


から。誰にもカメラを渡したくなかったのに。




何か......言わなきゃ。


ブレイズくんを庇ってあげなきゃ。

そうしなきゃ、私は......っ......ブレイズくんを裏切ったことになる、よね。




結局。



さらに。




追い詰、め






「............返してよぉ............っ」

「......」




絶対にありえないのに、塔が揺れてるような気がする。


真っ直ぐ。座れなくなる。




あ......れ?


さっき、ほぼ無理やり空飛んじゃったせい、かな?



なんか



目が



   回っ

     て............?









「——————返すよ」

「みぎゃっっっ!?」



何かがおでこに飛んできて、膝に落ちて、あ、

......カメラ............。



「別に僕は最初から、ブレイズが犯人だと思ってたし。今更これを見たところで、なんとも思わない」

「......」

「これを他の誰かに見せびらかしたりするつもりもない。......まぁ、」



マーキュリー先輩は、彼の尻尾の上でウトウトしてる鳥ちゃんをつついた。

頬を、おでこを、鼻先を指でつついて......クスッと、口角を上げずに笑った。



「せっかくビーナスが持ってきてくれたものを、こんなにすぐ返しちゃうのはもったいない気もするけど」

「............」




......水の中にいるみたいに、声が出ない。


それでも不思議と息ができて......そ......っか。ここは、夢の中の水なんだ。



夢じゃない、夢。

もうすでに死んでいるのに、積み重なっていく記憶。




「. . . . . .」




私はただ、返してもらったカメラを、両手で包み込んで胸に当てることしかできなかった。




「あ......りがとう............」

「何が?」

「か、返してくれて......」

「............。あのさ、ウィロー」




歌い出しの前のように、マーキュリー先輩は息を吸い込んだ。




「ビーナスは、僕の妹なんだ」











............................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................そ、





「もちろん、生前の話だよ。言ったでしょ? 僕は記憶を取り戻したって」

「......い......言ってた、けど............」



『生前』って、言ってる。


そりゃあ......そう、か。だよね。

だって、全てを思い出したんだったら、当然............。



「『ビーナス・モンスーン』は、『マーキュリー・ルース』の双子の妹だった。お互い随分と姿が変わっちゃったから、もう双子って感じはしないけど......」


先輩は少しだけ目を伏せる。

黄緑色のネクタイが、鳥ちゃんの赤色のネクタイに触れた。


「......意外と......気づけるものなんだね」

「、......」

「もしお互い記憶を取り戻さなかったら、一生気づかないままだったのかな。......でも」



マーキュリー先輩の頬に、青い鱗が少しだけ浮かび上がる。

目元をそっと覆う。まるで涙のように、小さく。


そのまま彼は、鳥ちゃんの——ビーナスちゃんの頬に触れて。尻尾のヒレで床を叩いて。



「それでも、僕はブレイズを許さない。ビーナスに辛いことを思い出させたあいつを」

「............」

「ビーナスだけじゃない。キューティーも......ブレイズのせいで............」



先輩は自分の胸に手を当てる。

あのとき肌を貫いた、ナイフを思い浮かべるように。


でも......刺されたのは、背中だったはず。


それでも。一番痛かったのは、あの青い血が流れた場所じゃなかったのかもしれない。



彼がいま触れている場所こそが。一番............。





「————。。。。——。。————。。。。。。」



......あの歌を口ずさんだのは、マーキュリー先輩じゃなかった。



「............ビーナス? 寝てたんじゃ......」

「。。。——。。————。。。。。」




ビーナスちゃんは歌う。

泣かないで、って言うように。そよ風で涙を流すように。



潰れた膿も受け入れて、遠い海に返すように歌う。




「——————。。。——。。——————。」

「......」



マーキュリー先輩は、水に溺れた絵画のように......目を閉じた。




「「——。。————。————。。。。。。。。——。——~」」


「「。。。————。。————......」」





何を詠っているのかも、この物語の名前すらも。私には知る由もない。



それでも。冷えた空気を飾る、セイレーンたちのバラードは。





「「——。。————。——。............」」




月と一緒に水面に映る、双子星のようだった。







***


結局。あれから、指紋の話はしなかった。


『笑顔拡散委員会』のみんなにも。ブレイズくん本人にも。

オリーブくんにも、キャベツくんにすら。まるで......全部なかったことにするみたいに。



トイカメラはそのまま、私が預かることになっちゃって。

キャベツくんには、返せ、とも言われなくて。


......なんて。

多分、気を使われちゃってるだけなんだろうな。



私がどうしても、ブレイズくんが犯人だって......信じようとしないから。





「............」





あれから......特に進展もないまま、何日も経っちゃった。


ブレイズくんはまだ無事だった。





日常に閉じ込められているような、救われているような気もしながら......私は授業に向かっていた。

学生寮から出ようとしていた。



......たまたまだった。


本当に、たまたま鉢合わせたの。




「————————!?」

「......あ............」




30センチのつけまつ毛がなかったから、一瞬誰なのかわからなかった。



晴れのち曇りの空みたいな瞳と、今は下ろされているウェーブの金髪。

生気を失っているからか、捨てられたお人形さんにも見えた。




ここ最近、ずっと『笑顔拡散委員会』に来てなくて。


一月以上前の、あの事件から......一度も会えてなくて、





「......まつ毛せんぱ」


次話:キューピッドは悪くない

です。本当にそうでしょうか

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