132話:私の死因②
「ん~~~!! おいひいーーーー!!!!」
アマンダおばあちゃんのアップルパイを口にするなり、ウィローさん——
......じゃなくて、なのかさんは落ちそうな両頬を押さえたのでした。
「すごい美味しい! サクサク! もちもち~~~!!」
「ふぉっふぉっ! それはよかったよ! バニラアイスもあるけど、一緒に食べるかい?」
「たべるーーーー!!!!」
アップルパイとアイスはね、もうね、奇跡のマリアージュなの。
焼き立てだからか、パイの生地は結構熱くて、中に入ってるトロッとした林檎で火傷しそうになっちゃうんだよね。
そこでアイスを口に投入!! するとねっ、林檎の酸味とシナモンの風味を、冷たいバニラがほわ~~~って包み込んでねっ
「うまーーーーい!! こんなに美味しいアップルパイ初めて食べたぁっ!」
「ふぉふぉ! なのかちゃんはお世辞が上手いねぇ」
「お世辞じゃないもん! すごいなぁ......うちの孤児院にもゴブリンの子がいるんだけど、その子もすっごく器用なの! ゴブリンってみんなお菓子作り上手なの?」
私の質問に答える前に、アマンダおばあちゃんは紅茶をズズ...っと啜った。
透明感のある深い赤茶色で、ザ・紅茶って感じの色合いで......茶葉の名前まではわからなかった。なのかさん詳しくないから......。
「......アタシの旦那は武器しか作れんかったよ。お菓子作りもやらせたことあったけど、てんで駄目でねぇ! ふぉっふぉっふぉ!」
「はぇぇ、旦那さん............」
『旦那』。それが、家族を意味することは、私もよくわかってた。
私のママにもきっと、『旦那』って人がいた。だから私は生まれてきた。
「............」
旦那さんは今、どこにいるの?
......なんて。聞けるわけなくて。
代わりに私は、お家の中を見渡した。
リビングとダイニングは、繋がってて。全体的に白い家具が多くて、柔らかい空気が漂っていて。
白い扉がいくつかあるってことは、多分ここ以外にも色んな部屋があるってことで......。
私たちが座る、二人用の小さな丸テーブルの近くには......暖炉、って言うんだっけ。これ。
煙突と繋がってて、レンガで作られてて、薪が炎を優しく燃やしてて。
でも、よく見るとその炎は偽物なの。
温かいけど、偽物。ただの映像。それでも............綺麗。
他にもね。フェイク暖炉の上には、旦那さんらしきゴブリンさんの写真とか。
若い頃のアマンダおばあちゃんとか、息子さんっぽいヒトが映った写真が飾られてたの。
「......誰かと一緒にアップルパイを食べるのは、本当に久しぶりだねぇ」
無意識にまじまじと見つめちゃってた写真から、私はバッと目を離す。
なんか悪いことしちゃったような気分で、でも、
おばあちゃんは......どこかの惑星を照らす、どこかの星のように微笑んでた。
近くて、遠い光。みたいで。
「アタシは本当に嬉しいんだよ? またこうして、他愛もない話をしながら、誰かと食卓を囲むことができて」
「............おばあちゃん......」
すると。
アマンダおばあちゃんはその小さな手を、私の手の甲に重ねてくれた。
少しだけ震えていて、ほんのり冷たくて。
だけど。どんなお菓子よりも、心をほかほかにしてくれる。
「来てくれてありがとうねぇ、なのかちゃん」
「————————、」
「出会ったばかりだけど、アタシにはわかるよ。なのかちゃんは本当に良い子だって」
口に含んでたアップルパイを、一瞬飲み込めなくなった。
下の奥が酸っぱくなったのは、きっと、林檎のスライスのせい。
......来てよかった。勇気を出して、おばあちゃんについて行ってよかった。
私。来てよかったんだ。
ここにいて............いいんだ。
「............ぅ......へ......」
下がりそうになる眉を堪えて、
痺れる口角を無視して、
「えへ............えへへ......」
私はちゃんと笑えたよ。
............それで......その後は確か、普通に帰ることになったんだっけ?
もう空も暗くなってきちゃったし、雨も降りそうだったし。
「早く帰って、孤児院のヒトたちを安心させてあげようねぇ」
って、アマンダおばあちゃんにも言われたから。流石に帰らなきゃなって。
アップルパイをもう二切れくらい分けてもらって、ラップに包んでもらって。
落とさないようにしっかり抱えたまま、湿った空気へ飛び出して。
私はおばあちゃんに向かって、元気よく手を振って、
「じゃあねっ、アマンダおばあちゃん! 絶対また来るから——」
「あぁそうだ、なのかちゃん! 一つだけいいかい?」
......おばあちゃんに呼び止められて、私はロボットみたいにピタッとその場で止まった。
彼女は両手で杖をつきながら、足で玄関の扉を閉める。
優しい笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと私に近づいてくる。
芝生でつまずかないように。スリッパのまま、落ち葉を踏んで。
「? どしたのおばあちゃん? 私、なんか忘れ物でもしちゃった?」
「いや? ただ......そういや初めて会ったときのなのかちゃん、この窓に向かって話しかけてたなぁと思ってねぇ」
そう。
おばあちゃんがこの家から出てくる前、私は今もカーテンが閉じたままの窓に語りかけてた。
そこから、誰かがこっちを見てたから。
そもそも私は、そのヒトと会って話したいって思ったから。
でも結局、その正体は......アマンダおばあちゃんだったんじゃ......?
「ねぇ、なのかちゃん? もしよければこれからも......この窓に向かって、話しかけてくれるかい?」
「............え?」
「実はね。アタシは一人で暮らしてるわけじゃないんだよ」
アマンダおばあちゃんは、何故か申し訳なさそうに......悲しそうに笑った。
笑いながら、私の隣に立って。遠くを眺めて。
夜空に浮かぶのは、雲が隠しきれなかった月。
......知ってるよ。ああいうの、おぼろづき、って言うんでしょ?
「この窓の奥には......この部屋には......アタシの孫がいるんだ」
「ま......まご......?」
『孫』。
お父さんとお母さんの子供が、産んだ子供。それも、もちろん知ってるよ。
「あの子は、とても体が弱くてね。よっぽど元気じゃないと、アップルパイすら食べられないくらいで」
「え!? か、可哀想......」
「人生のほとんどをベッドで過ごしてきて......アタシもできる限り、そばにいてあげようとはしているんだけどねぇ............」
おばあちゃんは、月が軽く反射する窓を眺めた。
変わった花柄のカーテンを選んだのも、もしかしたらおばあちゃんなのかもしれない。
「きっとあの子は......毎日、寂しい思いをしてると思うんだ」
「......あ............」
「だから、もしなのかちゃんが良ければ......あの子の友達になってやってほしい」
手を、握られる。
杖から片手を離してまで、私の手を強く握ってくる。
おばあちゃんの、綺麗な琥珀色の瞳に浮かぶのは............。
「..................、」
......きっと。これが本物の愛なんだ。
家族愛、なんだ。
「あの子はちょうど、なのかちゃんと同い年くらいでねぇ。きっと話も合うと思うよ? 少なくとも、アタシみたいな老いぼれよりはね! ふぉっふぉっふぉ!」
「そ......そうかなぁ? でも私、アマンダおばあちゃんと話すのも楽しいよ?」
今。
おばあちゃんが、私に向けてくれてる眼差しにも。愛があったりするのかな。
だから、こんなに温かいのかな。
「あの子は、かなり人見知りでもあってねぇ。最初の方は、いくら話しかけても返事が返ってこないと思うんだ。姿もなかなか見せてくれないと思う」
「なるほど......! だから......」
「でもね、ちゃんと聞こえているよ。届いているよ。だから、根気よく話しかけりゃあ、きっといつかは......」
すると、おばあちゃんはまた口を開けながら笑った。
私からそっと手を離して、杖を叩きながら笑った。
「ごめんねぇ、ほぼ初対面なのにこんなこと頼んじゃって! アタシったらただの不審者じゃないか、ふぉっふぉっ!」
「そ、そんなことないよ! 私、アマンダおばあちゃんの孫さんと——」
自分の口から、『孫』って言葉が出てくるのが新鮮で。
なんだか変な感触がして、一瞬だけ唇をもにょもにょしちゃって。
「......友達になりたい」
私は。
おばあちゃんが安心できるような、とびきりの笑顔を浮かべた。
「孫さんと、友達になりたい! だから毎日窓に話しかけるねっ! おばあちゃんにも会いに行く!」
多分。明るさだけが、私の唯一の取り柄だから。
今度こそ、誰かの太陽になりたかったから。
......それから。
アマンダおばあちゃんたちのお家に遊びに行っては、あの窓に話しかける生活が始まったの。
「おばあちゃんの孫さーーーん! 今日も来たよーーーー!」
おばあちゃんが言ってた通り、全然返事は返ってこなかった。
それでもいるのはわかってたから、私はしつこく話しかけ続けた。
「ねーねー、君ってお名前なんて言うのー?」
「アマンダおばあちゃんに聞いてもいいんだけど......せっかくなら、君の口から直接聞きたいなーって思って!」
次の日も。
「私はねー、なのかっていうの! 宇佐川なのか! お菓子と本とお昼寝が好き!」
次の日も。
「普段はね、孤児院で暮らしてるんだー。ライチビレッジ・ひだまり学園って知ってる?」
次の日も。
「君が食べられるお菓子ってある? アップルパイは無理なんだよね?」
「うーん、お砂糖が駄目なのかなぁ......? それなら私、砂糖が入ってないお菓子とか探してみるね!」
その次の日も。まるで、学校に通うみたいに。
窓の先にいるであろう、孫さんの前で。一人で喋り続けるの。
何も返ってこないし、カーテンは動かないままだけど。
でもね。窓の隙間はいつも、ちょっとだけ開いててね。
聞いてくれてるってわかるだけで、心がふわって軽くなった。
もちろん、アマンダおばあちゃんとも一緒に話したり遊んだりしたよ!
アップルパイだけじゃなくて、色んなお菓子を焼いてくれてね! クッキーとかシフォンケーキとか、他にもたくさん!
「ふぉっふぉっふぉ! なのかちゃんはよく食べるねぇ!」
「えへ、ぇへへっ! だっておばあちゃんが作るお菓子、全部美味しいんだもん!」
「おやおや、そうかい! 可愛い子だねぇ」
何回も、おばあちゃん家に通い続けるとね。頭を撫でてくれることが増えたんだ。
おばあちゃんは背が小さいからね。撫でてくれようとしてるってわかったら私、さりげなくかがんじゃったりして......。
「へへ............」
なんだか......懐かしい感覚、だった。
なでなでされてる間、私はふと、ずっと扉が閉じたままの部屋を見た。
多分あそこが、おばあちゃんの孫さんがいる部屋。ってことは......私たちの会話も、孫さんには聞こえてるのかもしれない。
「ねぇねぇっ、アマンダおばあちゃん! おばあちゃんは、孫さんの頭も撫でてあげたりするの?」
「あ~、そうだねぇ............時々撫でてあげるときもあるけど、恥ずかしがっちゃうんだよねぇあの子。『もう子供じゃないんだから~』とか言って......」
「そ、そーなの? つまり私は子供ってコト......??」
「ふぉっふぉっふぉ! いいじゃないか、おっきい子供がいたって!」
......もっと。孫さんのこと、撫でてあげてもいいと思うよ......って。
なでなでされたら、寂しい気持ちもどっか行っちゃうから。なんて。
勝手に言っちゃっていいのかわからなくて。結局何も言えなくて。
おばあちゃんを独り占めしちゃってるような気がして、ちょっと申し訳なくなった。
それで。
その次の日も、私は孫さんに話しかけに行って。
この日はね、砂糖が入ってないお菓子をたくさん持ってきたの。健康に良いらしいビスケットとか、ドライフルーツとか!
「ねーねー、どれか欲しいものあるー? 私さっきつまみ食いしちゃったんだけどね、このドライマンゴーすっごく美味しいの!」
私は個包装されたドライマンゴーをいくつか両手で抱えて、小さく開いてる窓の隙間に近づけてみる。
......だけど。いくら待ってみても、孫さんの手が外に出てくることはなかった。
カーテンを揺らすのは、隙間から入るそよ風だけ。
「う~ん、駄目かぁ......あとでアマンダおばあちゃんに預けとくから、もし食べられるんだったら食べていいよ!」
私はそう言いながらも、またドライマンゴーをつまみ食いしちゃって。
もぐもぐしながら、窓の隙間の下に座る。家の壁にもたれかかって、落ち葉をシート代わりにする。
ビスケットは......流石に我慢することにした。
「ねぇねぇ孫さん、覚えてる? 孫さんさ、昔から私のこと......っていうか、私たちのこと見ててくれたよね?」
私は少しだけ目を閉じる。太陽光が、瞼の裏側を淡いオレンジに染める。
「あのときは......私の隣に、もう一人いたでしょ? あの子ね、あんなちゃんって言うんだけどねっ、」
勝手に、窓の向こうにいる相手を思い浮かべる。
アマンダおばあちゃんの孫だから、多分ゴブリンで......きっと、優しい目をしてて......
ベッドの上に座って、布団を膝まで掛けてて......窓の隙間から、私の声を聞いてくれてて。
「あんなちゃんはね、すっごく面白い子なの! ボケたら容赦なくツッコんでくれるし、本人も結構ボケるし、あぁ見えて腕相撲よわよわだしっ!」
窓の奥にいる君が。
少しでも......微笑んでくれてたら。いいな。
「......覚えてる?? 一回さぁ、あんなちゃんったら君に喧嘩売りに行っちゃって。君のこと『ストーカー』呼ばわりしちゃってさ、多分怖がらせちゃって............あのときはごめんね?」
ドライマンゴーを飲み込んだ後、私はなんとなく体育座りになった。
膝の上に、両腕を畳んで。その上に顎を乗せるの。
「あんなちゃんってだいぶ気性荒くてさぁ。そのせいで誤解されやすくて............本当は誰よりも優しいのに............」
............そういえば。
あの日のあんなちゃんも、泣いてたな。
ナイフ持って。公園のベンチに。一人で。
あの時から......あんなちゃんは............。
「あんなちゃん、は......私の親友だったんだ。家族だったんだ。小さい頃からずっと一緒で、一番仲が良くて、」
「最初は孤児院で一緒に暮らしてたんだけど、あんなちゃんに新しいお父さん......えっと、里親さんができてね、」
「それで..................」
時の流れは。いつだって残酷なの。
一緒にいた時間の方が長いはずなのに。
会えなくなった時間の方が、永遠に感じる。
「............私......一人ぼっちになっちゃって............」
「......——————!? な、なんで私、急にこんな話っ」
思わず両手で口を押さえた。
心臓がバクバクしてて、すぐにお腹が冷たくなって、
駄目、
......だよ。
あれかな。
孫さん、何も言わずに聞いててくれるから。途中から、独り言の気分になっちゃったのかな。
何言っても良いって、思っちゃったのかな。
油断しちゃったのかなぁ。
「ごめんねっ、な、なんか、ちょっと暗い話になっちゃって、あははっ」
「た、楽しい話! しよっか!! えっとえっとぉ、そ、そういえばこの前ね、」
私は自分を奮い立たせるために、立ち上がった。
目を思いっきり開いて、太陽に向かって笑った。
太陽光が目に染みても。
私は瞼を閉じちゃ駄目。
「孤児院でね、せんせーたちのお手伝いしようとしたんだけどね! なのかさん一応最年長だからさ、晩ご飯作るの手伝ってって言われて、」
「それで、私不器用すぎてさーーーっ! にんじん切ろうとしたら、ナイフ」
「......ナイフ、が」
「ぴょーーんって飛んじゃってーーー! あはははっ」
救わなきゃ。
私が。救う側にならなきゃ。
いつまでも被害者ぶってたら。誰も笑わせてあげられない。
みんなに嫌われちゃう。でしょ?
「——————————は、」
ふと、振り返ってみると。
窓のカーテンが、動いてたの。影の位置がズレるくらい、大きく。
初めてのことだった。
風のせいじゃない。確実に、ヒトの手によって動いてる。
孫さんが。窓を、開けようと......?
「......え、えぇぇえぇえっ!? ま、孫さっっ」
両目を掻いて、頬をぐにぐにってして、ちゃんと笑ってるようにして、
「............................................................ぁ、」
すると。
カーテン、から————
次話:私の死因③




