131話:私の死因①
「え~~~~っとぉ......どこに置いてたっけ......??」
ベッドの下の、段ボールの森に、自ら身を投じてから早5分。
寮のベッドはすごく背が高いから、その下でも普通に身動きは取れるんだけど......
それでもしゃがまないといけないし、埃っぽくてすぐ咳が出ちゃうし、
「え、これ懐かしい~~! 一年生のときもらったキャラメルの箱だ! 捨てたと思ってたんだけど......あれぇ......?」
「あっっ、こっちは『総合音楽』で吹こうとしてた曲の楽器! ってことは、この辺にフルートも置いてるかも!」
「あったーー! 久しぶりに吹いてみよ!..................う~~ん、音スッカスカ!」
ってな感じでさ。探し物してるのに、すぐ気を取られちゃって。
「ハッッッ!? こんなことしてる場合じゃないよっ、さ、探さないとっっ」
って一人呟くこと、おそらく3回目。
『今度こそ』って心の中で唱えながら、細いドーナツのような感触を探して、
「もぉぉおぉおおっっ、なんでこんなに見つからないの!? 天使の輪っかは今後も授業で使うかもしれないのにーーー!!」
そう!
ウィローさんが血眼になって探しているのは、三年生になったときに郵送されてきた、天使の輪っかである!
新しい制服と一緒に、段ボールの中に詰め込まれてて。
一回だけ付けてみたんだけどさ。あんまり......似合わなくてさ。
授業でもしばらく使いそうになかったから、ベッドの下のその辺に置いた——のが、ウィローさんの過ちだったというわけだ~~! あはっ! は............
『ベッドの下散らかりすぎじゃね?? もはやゴミ置き場と化してるじゃねぇかっ』
「ええいっ、黙りなさい過去のキャベツめ!! どうせ貴様の部屋だって散らかっ——」
と、キレながら急に立ち上がったせいで、天井(ベッドの下)に思いっきり頭をぶつけちゃったのでした。
悶絶したのでした。
「っっ~~~っ......うぅぅ............!! 助けて先輩ぃ............!!」
目に浮かぶ生理的な涙を拭いながら、私はレベッカ先輩の言葉を脳内再生した。
先輩によると。
『天使の輪は、犯人を捕まえるのに絶対役に立つよ! ガーディナーちゃんも一度は見たことあるでしょっ? トモルとかが輪っかを投げて、生徒を拘束してるところ!』
『ちなみに天使の輪については、今後の「魂導実習」でも習うから! 予習しといて損はないよっ!』
......とのことで。
生徒たちの記憶を蘇らせてる、例の犯人と対峙したとき......必要になるかもしれなくて。
我々『笑顔拡散委員会』に課せられたミッションをこなす、助けになるかも、......で......
『今のところ、犯人の最有力候補は————裏切り者の生徒なの』
「..................」
今日は......ブレイズくん、まだ帰ってきてない。
きっと彼は、自分が疑われてることなんて知らない。
このまま放っておけば。ブレイズくんが捕まっちゃったら。
もし犯人じゃなかったとしても。彼はここにいちゃいけない存在、らしいから。
どっちにしろ..................、
「だ、だめ......そんなの駄目......絶対だめ......っっ!!」
私がなんとかしないと。
こ、今度こそ......なんとかしないと。
「........................もし、犯人が本当に......ブレイズくんだったとしても............」
「..................」
と......とりあえず、天使の輪っか......探してから考えよう。
それで......『笑顔拡散委員会』のみんなには、ちゃんと言おう。
ブレイズくんは犯人じゃないかもしれない、って。違うヒトかもしれないって。
だからまずは、みんなで真犯人を探してみようって。
レベッカ先輩を説得するのは大変かもだけど............。
「......私がなんとかするからね」
大丈夫だからね。
ブレイズくん。
***
................................................それで。
天使の輪っかを探すこと、43分。
「............な............な......っ............!?」
結局、輪っかは見つからなくて。
その代わり。
「なん、で............これが............ここに............?」
瓶が、見つかったの。
中で、星空が泳いでいるガラスの瓶。
青と水色のマーブル模様だったり。溶けた紫と桃色のランデブーだったり。
透明の金平糖みたいなのが混ざってたり。
同じ宇宙かと思いきや、よく見たら全部微妙に違う色。
......私の手に反応するように......スライムのように動いていて。
必死に。私に触れようとしていて。
瓶が震えていて。
内側から、ガラスを蹴破ってしまうんじゃないかってくらいの勢いで。
「............宇宙ジャム......だ。これ......」
二年生の頃。
テオくんと一緒に入った、あの謎の倉庫にたくさん置いてあったやつ。
通称『宇宙ジャム』。
それが何故か、ここにある。私のベッドの下で光ってる。
瓶の側面には、白いテープが貼ってあって。
細くて綺麗な黒で、アルファベットが書かれていて。
私でも、すぐに読めてしまった。
「............『Willow Gardiner』......」
そうだ。
あのときも。宇宙ジャムには、誰かの名前が書かれてるって。気づいて。
私の名前が書いてるやつもあるのかなって。不思議に思って。
『倉庫の中に、生徒の記憶を改ざんする装置?キカイ?みたいなのがあるはず!』
テオくんはそう言ってた。
ヒナタくんのためなら。友達と一緒にネルソービューに通うためなら、『全生徒共の記憶だって変えてやる』って。言ってた。
もし。あの倉庫にあるもの、全てが。
生徒たちの記憶に、関係するものだとしたら。
「..................」
私の名前が書かれた宇宙ジャムは、小刻みに震えている。
私に触れたがっている。
まるで。最初から、私の一部だったかのように。
「............これは......ジャムなんかじゃない............」
「ま、さか............」
黄金色の蓋は、そこまで固く閉じられてないみたいだった。
知りたくない。
思い出したくない。
わかってるのに。
指先で、触れてしまって。
ひねったつもりはなかったのに。それだけで、蓋は緩んでしまって。
「————————!?」
瓶から飛び出した宇宙は、私めがけて——
*
*
*
宇佐川なのかは、あんなちゃんを失った。
笑えなかったから。救えなかったから。
『約束するよ。あーしはもう、二度とあんたを傷つけへん。』
『あーしが、もうあんたに会えんくなったとしても......幸せに......生きてな?』
「..................」
あれからずっと、家から出てきてくれなくて。
近所のヒトたちに色々聞いても、何も教えてくれなくて。
親友だった彼女が、生きてるのかすらも......わからなくなっちゃって。
14歳になった私は、あの公園の近くを歩いてた。
ただ一人。幽霊みたいに、彷徨ってた。
「..................」
雨が降りそうな雰囲気だけ漂ってて。
空は真っ白で、太陽は見当たらなくて。
何もかも中途半端で。
私が一番、嫌いな天気。
「............」
ふと、掲示板の前で止まった。
郊外住宅地の掲示板、だから。めちゃくちゃ面白いポスターが貼られてるわけでもない。
〈 ライチ村へようこそ! ここは人間も人外もなかよく暮らすまち 〉
〈 人間に優しくしよう! 人間差別ダメ! ゼッタイ! 〉
〈 ライチビレッジ・ひだまり学園。人間も人外も、家庭を必要としています 〉
......うちの孤児院のポスターも、ここに貼ってあった。
ライチ村のモットーは、人間も人外も共存できる街を作ること。
人間差別が蔓延する世の中で、居場所を作ってあげようって。そういう思いで出来た場所らしい。
ポジティブで。素敵で。......いいね。
「..................」
私は掲示板からも、公園からも背を向けた。
そろそろ帰らないと。孤児院のみんなが心配しちゃう。
今日の晩ご飯はなんだろう。
オムライスかな。カレーかな。キノコとにんじんのソテーだったら嫌だなぁ。
チョコは何粒までなら許されるんだろう。どれくらいならつまみ食いしてもバレないんだろ。
誰と一緒に食べよっかな。
「............?」
足を動かそうとしたそのとき、だった。
目が合うの。
知らないヒトの家の窓。充血した瞳。
すぐに、カーテンがシャッと閉じる。花の刺繍が揺れて、今のが幻覚じゃないって証明してくるの。
そういえば。この公園で、あんなちゃんと一緒に遊んでるときも。
あの家のヒトに、じっと見られてて。目が合うとすぐに逃げられちゃって。
一回だけあんなちゃんと一緒に、あの家に近づいたことがあったけど......あのときは確か、窓からお金が落ちて来たんだっけ? 何故か。
『ギャーーーーーッ!? 現ナマやーーー!! こっっっわぁーーーーー!?!?!?』
『もうしばらくここで遊ぶのはやめよ!! 今日はスーパー行ってとっとと帰ろ!! 孤児院まで送ったるから!!!!』
......あのときは。強制送還されちゃって。
そういえば、久しぶりだな。あの窓のヒトと目が合ったのも。
私のこと覚えててくれたのかな。
あんなちゃんはあのヒトのこと、『ストーカー野郎』って言ってたけど。
怪しいヒトだって。悪いヒトだって。
近づいちゃだめだって、言ってたけど。
「............ちょっとだけ」
ちょっとだけ、なら。
「いいよね。まだ。晩ご飯まで、時間あるし」
ちょっとくらいなら、怒られてもいいし。
むしろ、怒られたいくらいだし。
だって。
「あのヒトも......寂しい、のかな」
最近、誰も私のこと叱ってくれないの。
あんなちゃんみたいに、容赦なく怒鳴ってくれないの。
駄目なことは駄目って言ってくれないの。ペシッて叩いてくれないの。
孤児院にいるみんなは、私のこと腫れ物扱いしてくるの。
まるで私が可哀想かのように。
私は可哀想じゃないのに。
「あのヒトも......友達が欲しいだけ、なのかもしれない」
家族がいない。
家族がいないの。どこにもいない。
ママもパパもあんなちゃんもいない。
私は空っぽ。一人ぼっち。
私だけ何も知らないの。
誰も本当のこと言ってくれないの。
私の家族はどこにいるのか。教えてくれないの。
「私と、遊びたいから......ずっと......見てきてるのかもしれない」
知りたい。
私はただ、本当のことが知りたい。
「............今度こそ......私が............」
『かぞくになろうよ』
『いっしょに......いきよ?』
「......救ってあげたい」
あんなちゃんが。してくれたみたいに。
「................................................」
気がつけば、私はあの窓の前にいた。
記憶が抜け落ちてるのかもしれない。無我夢中で歩いてたのかもしれない。
窓に。そっと手を添えた。
「............ねぇ。そこに誰かいるんでしょ?」
あのときみたいに、急に窓が開いたりはしなかった。
カーテンも、ビクともしなかった。
「ずっと私のこと......見守っててくれたんだよ、ね」
「知ってるよ」
「あの」
「ちょ......ちょっとお話、しよう......よ、」
君のことを教えてほしい。
一人ぼっちが、二人になれば。少しは寒くなくなるでしょ?
「私は、ね......! なのか......う、宇佐川なのかって、いって————」
「————うちに何か用かい? 人間のお嬢ちゃん」
窓の方からじゃない。
声が、真横から聞こえてきて。耳元よりは少し遠くて。
私は反射で窓から離れちゃって、腰が抜けそうになっちゃって、
顔を上げる。
脱げそうになったローファーを履き直しながら、声の方を向くの。
「ごごごごごごっごごめめめめんなさいっっっけけけけ決して不審者ではぁぁぁあああっっ」
「ふぉっふぉっふぉ! 面白い子だねぇ!」
笑っ、
......た。
私の前に立つのは。
この家の、玄関から出てきたのは。
「お嬢ちゃん、なのかちゃんって言うのかい? たまたま窓に向かって自己紹介してるところを見ちゃってねぇ」
「......え......あ............」
ゴブリンの、すごく優しそうなおばあさん。
両手で杖をつきながら、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。
とりあえず私は、両手を上げた。銃を向けられた人みたいに。
「お......おばあちゃん......このお家のヒト、だよね......?」
「そうだよ。ここに暮らし始めてから、かれこれ40年くらいかねぇ」
「警察さん呼ばない......? なのかさん捕まらない......??」
「ふぉっふぉ、安心しな! この老いぼれは携帯電話もろくに使えないからねぇ」
おばあちゃんが笑うたびに、一本の歯が姿を露わにする。
欠けちゃってるけど、真っ白で綺麗なの。
「............じゃあ......窓からずっと、私を見てたのは——」
「あ、そうだ! なのかちゃん、よかったらうちに寄ってかないかい?」
「え」
おばあちゃんのお家に。行く。
つまり。
この家の中に。入る......?
「ちょうどアップルパイが焼けたところでねぇ。一人で食べるには多すぎるから、ご近所さんに分けに行こうと思ってたところだったんだよ!」
「......え......っとぉ......」
「あぁやだねぇ、アタシったら勝手に話進めちゃって! 先に親御さんに連絡しなきゃいけないなら——」
「あっそれは大丈夫というか、その............」
知らないヒトの家に入っちゃ駄目だって、せんせーたちは言ってた。
せんせーだけじゃない。あんなちゃんも言ってた。
もしここに、あんなちゃんがいたとしたら......きっと強く手を引っ張られて......孤児院まで走らされて......。
「................................................」
私は笑った。
背中の後ろで手を組んで、おばあちゃんに向かって微笑んだ。
「私......アップルパイ、好きですよ」
「いいよいいよ、敬語じゃなくて! こんな老いぼれに気ぃ使わんでいいよ、ふぉっふぉ!」
「え、えへ......じゃあ......おばあちゃん、名前はなんて言うの?」
「アマンダだよ! アマンダばあちゃんでもババアでも、好きに呼んでくれていいからね」
このおばあちゃんが、本当に......窓から覗き込んでたヒトなのかな?
窓から急に現金落としてきたあのヒト、なのかな?
なんか、想像してたのとはだいぶ雰囲気が違うけど...........。
「好きなだけ食べてくれていいからねぇ。ちょうど成長期だろ?」
「そそっ、そんなにちっちゃくないもん! もう中学生だもん私!!」
「ふぉっふぉ! どっちにしろ、いっぱいお食べ!」
すると、おばあちゃんは片手を杖から離して、腕でクイッと手招きしてくれた。
私はそのまま、アマンダおばあちゃんの後を歩く。玄関に足を踏み入れる。
ドアを押さえるのが大変そうだったから、そっと支えてあげたら、それこそアップルパイみたいな笑顔を向けてくれて。
誰かのお家に入るのは、何気に初めて。
そうだ。こういうとき、言わなくちゃいけない言葉があるんだった。
「お......お邪魔します!」
「ふぉっふぉっふぉ! ようこそ我が家へ!」
「..................家............」
暖房の空気に包まれる前に、私は一度振り返った。
空は暗くなり始めてて。辺り一面曇ってても、太陽が沈んでるのがわかって。
結局、雨が降るのか降らないのか。わからないままで。
「............ごめんね。あんなちゃん」
おばあちゃんに、聞こえないように。そっと呟いた。
そして私......宇佐川なのかは、甘い匂いに引きずられるように。
あんなちゃん以外を、家族と思えない最低な私を。
ちょっとだけ、許してしまったの。
次話:私の死因②




