十三話:ぶっ倒れました
金曜日の朝、運よくルームメイトくんと鉢合わせた。
『自然浴』?っていうよくわからない名前の授業に向かおうと部屋を出ると、丁度廊下で彼に会えて、目が合って。
普段ならびびって挙動不審になったり、急いで目をそらしたり走って逃げたりしちゃってたんだろうけど......今回はその衝動を抑えようと足に力を入れて、口をむぎゅってして、彼の方を真っ直ぐ見続けた。
「......」
すると、彼は何も言わずに自分の方から目をそらして、私の横を通り過ぎる。
そのまま私たちの部屋の扉を開けて、中、に、
「——~~ちょっっっっと待てやぁ!!」
私は彼の方に駆け寄って、彼の制服の裾を両手で掴んだ。
振り払われるかもしれないと思ったけど、彼は立ち止まってくれて。
ゆっくりと振り返ってくれて。
「......なんです?」
「アッッえと、そ、そのっ」
私はつい手を離して、一歩、二歩、後ずさってしまう。
下がりそうになる顎を無理やり上げて、目をしっかり開けて、でもうっかり睨んじゃわないようにっっっ
「き、君に渡したいものがあるの! だ、だから手、手! 出して!」
し、心臓が......バレンタインチョコ渡すときくらい緊張する......!
そもそも記憶失う前の私が、渡したことあるのかないのかわかんないけど......っっ
「......」
もうすでに警戒してるのか、彼は手を前に出さずにじっと私を見つめてくる。
まるで、私の目の奥に手を伸ばしてるような、目の模様を燃やそうとしてるような......う、うううぅ......これじゃあ私が尋問されてるみたいだよぉ......!
............ルームメイトくん......まだおでこ怪我してるな。
もう血は出てないけど、引っ掻かれたみたいな傷は残って......って、だめだ目そらしちゃ!
ちゃんとルームメイトくんと目合わせないと逃げられちゃう!!
私は制服のポケットの中から保管ハットを取り出して、例のポーションの感覚を探す。するとすぐにガラスのすべすべが見つかって、帽子の中から出して、
「......」
あ、あれ? 今ルームメイトくん、若干顔しかめてたような......? やっぱりこのポーションの見た目のせい??
「あのね! わ、私これ、『ポーション学①』で作ったんだけど、た、確かに見た目は禍々しいけどさっ、良薬はすごく苦いって言うでしょ? だ、だから......」
「......」
私は瓶の底を両手で包み込むように持って、まるでお辞儀するように彼にポーションを差し出した。
「あげる!!!!」
「いりません」
「ですよね!!!!」
わかってたけど、わかってはいたけど!! ここで退くわけにはっっ
「だ、騙されたと思って飲んでよ!! お願い!!」
「結構です」
「お願い飲んで!! プリティープリーズ!! ハウアーユー!?!?」
「......それはなんの薬なのですか?」
「嘘をつけなくな——ンゴホッ、オホン!! た、たたたっ、大したものじゃないよ~!!」
「どうして俺がお前の作ったポーションを味見しなくてはならないのですか?」
「え、っとぉ......あ、アドバイスもらいたいな~、的な......??」
「他を当たってください」
「待って!!!!」
私は去ろうとする彼の手首、を掴もうとしたのに、ま、間違えて手掴んじゃった!! ど、どうしよう距離の詰め方おかしいと思われるぅぅぅうううぅぅうううう
「離してください」
「ま、待って、あの、あのねっ」
......あれ?
手......無理やり振り払ったりしないんだ。
今度こそ、絶対突き飛ばされたりすると思ったのに......。
い、いやいや、これだけで『案外優しいのかも?』って思うのはチョロすぎでしょ! あんだけ今まで睨まれたり圧かけられたりしてきたんだからっ、わ、私はそんな甘い女じゃないんだからねっ!
「......離してもらえますか」
「あっっっそのっっっっっ」
言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳言い訳
「じゅ、ジュース!! 実はポーションじゃなくてただのジュースだから!!」
「......」
「ぶどうジュースだよ!! だから一口だけでもっ、ねぇお願いっ」
「......」
彼は容赦なく私に冷たい目を向けてくる。
さ、流石にジュースって言うのは無理あったかな......? さっき『ポーション学で作った』って言っちゃったし——
「でしたら、今この場でそれを飲んでみせてください」
「........................へ??」
「それが本当にジュースなのであれば、問題なく飲めますよね?」
え......あ......え......??
......る、ルームメイトくん、目がマジだ。本気で、え、
これを? これを飲めと?? 私が......??
「それとも、証明できないと言うのですか?」
「ひっっっっ」
彼は私の方から掴んだ手に少し力を入れて、顔を近づけ、あ、圧~~~! 圧~~~~!!
こ、ここっ、殺される......?
で......でも、当然といえば当然かもしれない。相手に飲めって言うんだったら、自分も飲む覚悟がないとダメだよね。相手に無理やり飲ませようとするくせに、自分が飲まないっていうのはなんかあれだし、絶対理不尽だし、
これを......飲む......このぶくぶくしてて溝みたいな色で魚みたいな匂いがするこれを......。
「......証明できないのでしたら、俺はここで失礼し——」
「わ......わかった! 飲む!! 飲むよ私!」
「え」
私はポーションの蓋......コルク?を開けて、改めて瓶の中をじっと覗き込む。
『嘘をつけなくなる薬』だからね、私は特に隠し事とかないし大丈夫だよね......? 絶対不味いけど、れ、レシピ通りに作ったから毒とかではない......はず......で......
み、見てるだけで吐き気してくるから目瞑ろう! 勢いよく飲めば案外......
「み、見ててよ? ちゃんと見ててよ? 飲むからね? 飲むからね!?」
「おい馬鹿っ、やめなさ——」
「いざーーーーーっ!!」
私は瓶に口をつけ
........................知らない天井..................。
ううん、やっぱり嘘。知ってる天井。優しい茶色の、木の天井。少しだけ薄暗い。
ベッドの中は熱くて、制服が汗で肌にへばりついてるのがわかる。
えっとぉ......これは......
「おや? どうやら目が覚めたみたいだね」
生徒指導......兼、代理医務室の先生は、寝転んでる私の顔を覗き込みながら微笑んだ。
そのまま、ベッドの横のタンスの上に置いてあるランプを点ける。
「調子はどうだい? どこか痛いところは——」
「先生......私......あのポーション飲んで気絶した感じですか」
「......」
先生は苦笑いを浮かべながら、私から目をそらした。
「......うん」
「ですよねぇ......!!」
私はベッドから体を起こして、両手で顔を覆った。一旦恥ずかしいかもしれない。
一旦どころじゃないくらい恥ずかしいかもしれない。
やだ、やだやだやだやだ恥ずかしすぎる!! アホじゃん!! アホすぎるじゃん!! 自分で作った薬飲んで気絶ってっっっもうっっっっっ
あのポーション、正真正銘の失敗だったんだ......もはや毒だったんだあれ......うわぁ......。
見た目がやばいだけだって自分に言い聞かせてたけどもうあれだね、認めるしかないね。私、ルームメイトくんに毒飲ませようとしてたんだね。
もぉぉぉおおおおお!! 絶対さらに嫌われたじゃん!! さらにやべぇやつだって思われたじゃん最悪!!!! 自業自得すぎる!! もーーーーーーーーっっっ
「せ、先生?? 時を戻す魔法とかありません??」
「残念ながら存在しないね」
「じゃあ記憶を抹消する魔法は????」
「......ふふっ......どうやら元気になったみたいだね。よかったよかった」
先生はその金色の瞳を輝かせて、天使の羽を少しだけ広げた。そのまま自分の、仕事机?のところまで歩いて、魔法で浮かせたカップの中にお茶を注いで......
「覚えているかい? 君のルームメイトが、意識が朦朧としてる君をここまで連れてきてくれたんだよ」
「えっっっ、全然覚えてない......」
そっ......か。ルームメイトくんが私をここまで運んでくれたんだ。流石にぶっ倒れた私を放っておくほど薄情じゃないってことなのかな。
ルームメイトくんからすると迷惑でしかなかっただろうな。いきなりわけわかんないポーション押し付けてきたと思ったら、自分でそれ飲んでぶっ倒れて......うっっっっ恥を超えた先の自己嫌悪がっっっ
「それで、君はこれからどうするんだい? 次の授業には行けそうかな?」
「授業......あ、授業!! そうだっ、『自然浴』の授業行かないと——」
「多分だけど、『自然浴』はとっくに終わってしまってると思うよ。もう昼過ぎだからね」
「嘘ぉ!?!?!?」
制服のポケットに手を入れてみると、ちゃんと保管ハットが中に入ってて、私はその中からスマホを取り出す。
ろ、ろ、6時過ぎ......だとぉ......?? 昼過ぎってレベルじゃないじゃん!!
「わ、私......そんなに長い間寝てたの......??」
「大丈夫だよ。『自然浴』は休んでも大して支障にはならないはずから......」
もしかして......私、結構死にかけてた......り......? 今は全然体調大丈夫だけど、汗かいてるってことはやばかったってことかもしれないし、え? 自分アホ?
それとも、私にはすごい毒を作る才能があるってこと? あ、じゃあある意味天才ってことじゃん! やったー!
......。
「確か一年生は『自然浴』の後、『戦闘技術・基礎①』があるはずだけど......そっちには間に合うんじゃないかな? 僕の記憶が正しければ、このクラスはいつも夕方にやってるからね」
先生はそう言いながら、私にお茶を渡してきてくれる。わっ、良い匂い~! 私が作った激やばポーションと大違い!
「あ、ありがとうございます! えっと、私の『戦闘——......なんちゃらの時間は......」
私はお腹が温まるお茶を飲みながら、保管ハットの中から時間割の紙を取り出した。確かスマホでも見れるはずなんだけど、見る方法忘れちゃったんだよね......。
えっと、金曜の時間割......『戦闘技術・基礎①』......。
「6時半かぁ......って、もうすぐじゃん!! 今から行かないと間に合わないじゃん!!」
えっとどうしようどうしようとりあえずお茶とりあえずお茶全部飲んで——
あったか~い......優しくて飲みやすい味だな~。ちょっと林檎の匂いもするかも......って、だからリラックスしてる場合じゃねーんだってば!!
「おっと、もう行くのかい? まだ体調が万全でないのなら——」
「いえ大丈夫です!! めちゃくちゃ元気です!! お茶ごちそうさまでしたぁ!!!!」
お茶を一気に飲み干して、カップを先生に返して、保管ハットを握りしめたままベッドから飛び降りる。
近くに置いてあった自分のローファーを履いて、代理医務室の扉の方まで走って、えっと、確か戦闘なんちゃらって野外授業だったよね?
外のどこに行けばいいんだったっけえ~~~っとえっと——
「ウィローくん。急いでいるところ悪いけど、一つだけいいかな?」
私はドアの枠を勢いよく掴んで、急ブレーキで転びそうになった体を止めた後、先生の方を振り返った。
彼はお茶のカップをランプの横に置いて、ベッドの横にある窓のカーテンに触れる。
さっとカーテンを開けると、オレンジに変わり始めたばっかりの日が部屋に差し込んで、彼の真っ白な髪も翼も優しく染まる。
「君のルームメイトのことなんだけど......あの子、よく怪我をしてしまっているんだよ。なのに全然僕に頼ってくれなくてね......どうやら信用されてないみたいなんだ」
「......あ......」
そ、そうだ。そういえばこの前ルームメイトくんここにいて、先生と喧嘩?してて......そのまま代理医務室から逃げ出しちゃって......。
『お前の助けはいりません!』
ルームメイトくんってもしかして......私に対してだけじゃなくて、周りの誰に対してもあんな感じなの......?
「だからね、ウィローくん。君にお願いがあるんだ」
「......へ? わ、私に?」
彼は私と目を合わさずに、カーテンを掴んだまま、俯いて。
どんな表情をしてるのかわからないけど、翼が......下がってる、ような——
「どうか僕の代わりに、あの子のことを気にかけてあげてくれないかな?」
***
私はルームメイトくんにナイフを向けた。
ち、違う。違うの、向けたくて向けてるわけじゃないの。ただ、だって、だってぇっ、
「お前たち!! 全員戦闘態勢に入ったか!!」
半人半......蟻?の先生は、監視台の上に座りながら腕を組む。
「先に攻撃を食らうか、武器を落とした方が負けだ!! ズルはするんじゃないぞ!! 俺はいつでも見てるからな!!」
すると、先生は手を振り上げて、燃え盛るような笑みを浮かべて、
「これより!!!! 第一回、クラス トーナメント戦を行う!!!!」
校庭どころか、森の方まで響き渡ってそうな声を上げた。
......いや。いやいや。いやいやいやいやいや。
まさか、『戦闘技術・基礎①』で一番最初にやることが、トーナメント戦だとは思わんて。
しかも。
「......」
「あ、あ、あ、あのぉ、お、お手柔らかにぃ......っ」
一番最初に戦う相手がよりによって、ルームメイトくんだとは思わんてぇ......!!
次話:vs ルームメイトくん
です、戦います




