129話:ナイフ
「らんららんらら~~~ん! ケーキ~~、シュークリーム~~~、イチゴ大福~~~」
「きのこ伯爵~~~、殺人大事件~~~~~」
本を三冊くらい抱えながら、ウィローさんは今考えた適当な歌を歌ってたんだけど......図書館の入り口前に着いたら、流石に口を閉じましたよね。
なんとなく本の山を積み直して、縦長のドアノブをそっと引く。
すると、すぐに紙の匂いと冷房の風が吹いてくる。
テスト期間だからか、今日は結構ヒトが多い。机で一人黙々と勉強してる子もいれば、友達と一緒に勉強会っぽいのを開いてる子たちもいる。
それでも、図書館の天井がすごく高いからか、空っぽに感じちゃうの。こんなにたくさん本で詰まってるのに。
「えと......返却......返却ボックスは......」
誰にも聞こえないように呟きながら、私は無意識に右を向く。
そのまま真っ直ぐ歩いて、古い教科書が並んだ本棚を通り過ぎて、例の『返却ボックス』の中に本を流し入れるの。
ここにはもう何回も来てるから、目を瞑ってても本を返せるようになってそう。
「さってさて~~。今日は何借りよっかな~~~?」
私は翼の後ろで手を組みながら、一応辺りを見渡した。
ネルソービューの本校舎内にある図書館は、教会とちょっとだけ雰囲気が似てる。
静かにしないといけない雰囲気が漂ってて、誰かのプライベート空間にいるような気分になって......でも、不思議と落ち着くの。
色のないステンドグラスから差し込む光は、宙を舞う埃ですら綺麗に魅せる。
数百——いや、数千を超える本たちの中にはきっと、聖書もたくさんあるんだろうな。
他にも古い文献とか、勉強の役に立つ小説とかも。
だけど結局いつも、同じ本棚に行っちゃうんだよね~。ライトノベルとか漫画とか、100%娯楽用の本が並ぶところに。
「......誰もいない......」
テーブルとか、プリンターがある場所には生徒たちが集まってるのに......本棚の近くには、基本的にヒトの気配がない。
やっぱこのご時世、本を借りる子って少ないんだよねーー。そもそも本を読まないっていうのもあるんだろうけど、読みたかったら普通に電子書籍とか買えちゃうし......。
つまり!! ここで本を借りてるウィローさんは凄いってこと!
すごすぎ! 偉すぎ! 超賢い!! さぁ崇めよっ、ウィローさんを讃えよっ、ふっふふんふふ~~~~~んふふふ
「..................」
一人ドヤ顔は虚無でしかなかったから、私は大人しく目の前にある本に手を添えたのでした。
これは......タイトル的に、多分ミステリー小説。
その右の、さらに右にある本を手に取ってみる。
女の子二人が小さく描かれていて、真ん中に大きなクラゲがいる表紙。......こっちは友情物語かな。
新しい本っぽい。表紙に光を当ててみると綺麗に反射するし、シワすらもないもん。
ネルソービューは新しい本いっぱいあるよね~~! 孤児院にあった本は大体破れてるか、表紙が無くなってるかのどっちかで......
..................。
「......そういえば」
私は指先で、そっと本を押し戻した。
カセットテープを入れるみたいに、ちょっとだけ強めに。
「もう長い間、見てないな............過去の記憶の夢」
宇佐川なのかの記憶。
生前の、私の記憶。
あんなちゃんが、新しいお父さんとうまくいってないことを知って。
問い詰めたら、逃げられちゃって。
もう二度と会えなくなっちゃって。
......あんなちゃんを失ったことを思い出してからは、真っ暗闇な夢が続いてる。
つまりは熟睡。悲しい思いも怖い思いも、せずに済んでるの。
「............良いことだよね」
記憶を見なくなった理由はわからない。
そもそも、記憶を取り戻してた理由すらもわからないし。
でも、絶対思い出さない方が良いの。
友達に会えなくなった後なんて、きっと、苦しいことが続いてるだけだから。
下手したら。
私が、死んじゃったときの瞬間。とかも。
そ......そんなこと、思い出しちゃったら......私............。
「み......ミステリー小説は、また今度借りようかなぁ............ミステリーって軽率に殺人事件起こっちゃうし......」
無意識に、首に手を当てていた。
誰に殺されたか、なんて......知らなくていい。
知らない方が幸せなこともある。ちゃんとわかってるよ。
「そうだ! れ、恋愛小説とか借りてみよっ! あんまり読んだことないし、い、今なら......学びになるかも......だ......だし............??」
ネルソービューで、新しい思い出を作る方が。
ずっとずっと、楽しいもん。
「でもどういうのがいいんだろ......? 恋愛小説って、種類が多すぎてどれから手を付ければいいのかわかんないんだよね~」
少しだけ痺れる指先で、本の背中を撫でる。
肌触りは全く似てないのに、キャベツくんが浮かび上がる。
それでまた耳が熱くなっちゃって、心臓を落としそうになって、
ふぅっと息を吐きながら、森の色の表紙に手をつけて——
「ねぇ、静かにしてくれる? レベッカの声が聞こえないでしょ」
「ンギャッッッッぅぅっっ......!?!?!?」
悲鳴を上げそうになった口を押さえてギリ耐えて、
でもびっくりしすぎて後ろの本棚にぶつかっちゃって、
上から本が落っこちて、私の頭に降ってきて、
「い゛っっったぁっ、い、いてっ、いてっっぁ、たす、け、痛」
両手と翼で頭を守りながら、その場でしゃがみ込むけど......なかなか本の雨は止まなかった。止まったと思って翼を開いた瞬間に落ちてきたりするのっ! 思わせぶり!(?)
「......うぅうぅうう......び......びっくりしたぁ......」
「何やってるの?」
今度こそ翼と手を下ろしながら、私は顔を上げる。
本棚の影も窓の光もどっちも浴びてるのは、やっぱりマーキュリー先輩だった。
いつものように、魔法か機械の力で浮いてるディスクの上に座ってる。二股に分かれた魚の尻尾を揺らして、今にも私を蹴ってきそうで。
「ガーディナーは独り言がうるさいね」
「う......ご......ごめんなさい............」
結構小声のつもりだったんだけど......無意識に声デカくなっちゃってたのかなぁ......?
「で、でも意外! 先輩が図書館にいるなんて! もしかして本借りに来たの? 魔法道具作るための資料探してるとか??」
「違う。僕はただの付き添い」
すると、マーキュリー先輩は後ろを振り返って......。
「キューティーがね、急に新聞が欲しいって言い出して。頭でも打ったんじゃないかな」
足元に散らばった本を拾いながら、私は背中を痛めないように立ち上がった。
マーキュリー先輩の後ろには、まつ毛先輩がいて......何も言わずに顔を逸らして......。
あれ......? てっきり、レベッカ先輩と一緒だと思ってた。だってマーキュリー先輩、さっき彼女の名前を呼んで......たよね......?
「やっほー、まつ毛先輩! 新聞紙なら多分、返却ボックスの近くにあったと思うけど......」
「......そこに、アテクシの求めているものはありませんでしたわ」
まつ毛先輩は胸に手を当てながら、マーキュリー先輩の背中から顔を出す。
と思ったら、また彼の背中に隠れるように、後ずさって。
「マスメディア部が作ったものしかなかったんですの。アテクシが探してるのは、そんなものじゃない............」
目はいつも通り、長すぎるまつ毛で埋もれちゃってるけど......表情が曇ってるのは、すぐにわかった。
「......? 先輩、もしかして元気ない......?」
「............」
「まつ毛先輩......?」
「今朝からずっとこんな調子。どうせ首を寝違えたとか、拾い食いしてお腹壊したとかだよ」
マーキュリー先輩は肩をすくめると、自身の真っ白な毛先に触れながら、私と目を合わせてきた。
心なしか......瞳の中の泡と光が、いつもより少ない気がする。
「......今はそっとしといてあげて」
「え? わ、......わかった............」
初めてのことだった。
まつ毛先輩がこんなに静かなのも、マーキュリー先輩が口ごもるのも。
何か......あったのかな......?
い......いやいや、詮索は良くないよっ、そ、そっとしといてって言われたし、
何も知らない方が絶対——
「ねぇガーディナー。そんなことより......見て。あれ」
まるで波のように、海の匂いが押し寄せる。
私の隣に浮かぶ先輩の気配は、それこそ泡のように冷たくて。
それが気になって......彼の指の先にいるヒトに気づくのに、時間がかかっちゃった。
「......え」
淡い水色の指先が示すのは、本棚をいくつか超えた先。
ステンドグラスの光が届かない、仄暗い影に立つのは......二人。
レベッカ先輩と、もう一人は......ゴルゴン、かな。後ろ姿だからわかりづらいけど。
「れ、レベッカ先輩もここにいたの!? 全然気づかなかった......」
「セイレーンは耳が良いから。この距離でも、二人の会話が聞こえてくる」
マーキュリー先輩はディスクを撫でながら、私より少し前に移動した。
レベッカ先輩を見るその目は、愛というよりは......なん......だろう。
「でも......他のやつらの声が邪魔なのと、ガーディナーの独り言が大きすぎるせいでちゃんと聞き取れない」
「うっっ......ごめんなさいぃ............」
「だから、もっと近くに移動するよ。レベッカに気づかれないようにね」
すると、先輩は軽く指先をクイッてやった後、UFOみたいに向こうの本棚まで移動する。
私は反射的に追いかけちゃって、下手な忍者の真似みたいになっちゃって、
まつ毛先輩の方を振り返るのも、遅れちゃって。
だけど彼女はちゃんとついてきてた。何も言わないし、心ここにあらずって感じだけど、体だけは操り人形みたいに......。
......先輩にかける言葉が見つからなくて。私は前かがみになりながら、ただマーキュリー先輩の後を追った。
「〈——って言っても——もできな——〉」
それで......結局、レベッカ先輩の声が私にも聞こえるくらい、近くまで行って。
先輩ともう一人を挟む本棚、の裏側に、隠れる。
暗い七色の本たちに背を預けて、私たち三人は耳を済ます。
途中から、本と本の隙間から覗けることに気づいて。
うっかり物音を立てないように、つま先立ちになって......
「——う限界よ。これ以上は見過ごせない」
レベッカ先輩と話してる女のヒトは、やっぱりゴルゴンみたいだった。
怖さも可愛さも合わせ持った、蛇が数匹生えてる頭。
水晶玉のような瞳と、メイドさんが着けてそうなヘッドドレス。
白衣を着てるってことは、ネルソービューの教授ではなくて......でも間違いなく関係者で。
......まさか、
「あなたたちに動くつもりがないのなら、この私が直々に手を下してやるわ。だって、もう犯人に目星は付いているのでしょう?」
「〈ちょっとシェリーちゃんっ、落ち着いて! 駄目だよそんなことしちゃ!〉」
シェリー先輩!!
ひ......久しぶりだなぁ......最後に見かけたのはいつだったっけ?
私が一年生だった頃にお世話になって......その後は......
そうだ。最後に会ったのは、二年生が終わる頃。
オートミール......を........................
「〈君は一応、ネルソービューの運営チームに所属してるんでしょ? だったら尚更、校長先生の命令に背いちゃ駄目だって! ここは大人しく様子見で......〉」
「だから、それがもう限界だって言ってるの! 生徒たちが苦しんでいるのよ? 犯人は今ものうのうとネルソービューを彷徨っているのよ!?」
シェリー先輩が声を荒げて、体をビクッとさせたのは私だけ。
みんな......真剣なような......何かを考え込んでるような顔、してる。
「ふんっ......! 前々から、アポネのことは信用できないと思っていたのよ。相変わらず何を考えているのかわからないし、取り返しがつかなくなる直前まで動こうとしないしっ」
「〈あっはは! 荒れてるね~っ! 校長先生を呼び捨てなんて......〉」
「あなただって、この間アポネの悪口言ってたじゃない! 忘れたとは言わせないわよ?」
「〈え~~、あれはギリ悪口じゃないでしょ! 『当代の校長先生は若すぎる』って言っただけだよ?〉」
「それも彼女にとっては、立派な悪口だと思うけど?」
......よくわかんないけど......なんか......
ネルソービュー内で、何かが起きてるっぽい......?
『犯人』がどうとか言ってるし。もしかして事件? や......やばいやつ?
少なくとも、レベッカ先輩とトモル先生の話ではない。
このまま聞いてても、二人が付き合ってるか否かなんてわからない。
むしろ、こ、これ......盗み聞きしてたらまずいんじゃ......っ?
「運営チームにいるやつらも、相変わらず害虫ばかりだわ。いっそ全員石化させて、鈍器にしてしまった方が役に立つんじゃないかしら?」
「〈全員石化は可哀想だよー。ちゃんと優秀で優しいヒトもいるんでしょ?〉」
「............そうだけど......」
ネルソービューが隠し事をしてるのはいつものこと、で。
それは良いことではないって。
不公平だって。
この学校はずっと、生徒を薄っすらと蔑ろにしてるってわかってる、けど、
何も知らない方が幸せ。
何も知らなければ、失う痛みなんて知らずに済んだの。
聞かなければ、巻き込まれずに済む。
耳を塞げば、見て見ぬフリすれば、失わずに済む。
だから————————っっ、、、
「ま、マーキュリー先輩、やっぱりもう——」
振り向くと。
マーキュリー先輩は、血を吐いていた。
もう。 遅かったんだ。
「————げほっ......っ......?......、............」
先輩は口を押さえる。
青色の血が、指の隙間から滴り落ちる。
汗が伝って、血が溢れて、涙がじわじわと溜まっていって。
制服にも、青い染みが広がってた。どんな花よりも早く広がった。
彼の背中に刺さるのは、メイク道具よりずっと大きなナイフ。
先輩の血が汚すのは、真っ白で小さな両手。
「..................は......」
「どう————い、う————こ............」
「な..............................ん..................、で」
ナイフが引っこ抜かれる。
先輩はそのまま倒れて、ディスクから落っこちて。
私の足元で、うずくまる。
私のローファーが、広がっていく青に浸かる。
まつ毛先輩は。
呼吸が浅くなっていく、マーキュリー先輩を見下ろして。
パレットナイフのように塗れたそれを、強く握って。
「あ............は......あ、ッハ、っはっはっははははあああはああはあアハハハアアハアアハア」
................................................................................................
「こ......ろした、アテクシ、わ、......私、ちゃんと殺せた......よ」
「お父さん」
「アハ」
祈るように、しゃがみ込んだ。
捧げるように、ナイフを落とした。
「アハッッッッあっはははあははあはああはあああはあはああははああぁあぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あ
あ
.........................ア゛...... . . . 」
まつ毛先輩。
......は、動かなくなった。
肌が少しずつ、灰色に覆われる。
それは、腐ったフェイスパックみたいにへばり付く。
空色の瞳が恐怖に満ちる前に、表情が完全に固まって。
まつ毛先輩は石化した。
石化。メドゥーサの......ゴルゴンの、能力。
「 」
私は息を吐くことすらもできずに、後ろを振り返った。
本棚に手をつきながら......青ざめながらも、目を光らせているのは......シェリー先輩。
「————う......嘘でしょ............!?」
マーキュリー先輩が息をしなくなったのも、ちょうどそのときだった。
次話:嫌だ
です。お寿司が食べたいです




