128話:応援
「オレ......ずっと............後悔、してるんだよ」
......私は顔を上げる。
キャベツくんと指を絡めたまま。肩を寄せ合ったまま。
「..................え?」
首を傾げながら、彼の顔を覗き込んでみる。
それでも目は合わなかった。
キャベツくんは壊れたカメラみたいに、私に向くことのない瞬きを繰り返してる。
え......っと。
これが。告白の返事、ってことは......
「こ、後悔って......? 何の話?」
「......」
たった数秒の沈黙が、何時間にも感じて。
パーティー会場から香るクッキーは、今の私には甘すぎて。
喉から心臓が飛び出そうだった。
だけど。彼の頬も、私と同じくらい赤みを帯びてるのを見て。安心しちゃうの。
「オレ......これ............言っていいのかわかんねぇんだけど......」
キャベツくんはやっと口を開くと、空いてる方の手を後頭部に添える。
髪をわしゃわしゃって掻いて、フクロウみたいに目を細めて、
「オレの......知り合い?に、お前のこと好きだっつうやつがいてよォ......」
「え!?!? っぇ——......あ............」
「それ、で......オレ............あんときはよくわかってなかったから......」
ふぅ、っと、息を吐く音がする。
震える羽が一本一本、私の腕をくすぐってくる。
「応援、するって......言っちまったんだよな。オレ」
「だってよっ、友達ンこと応援したいって思うのは当たり前のことだろ?」
「だからオレなんも考えずに、............」
彼は片手を額に当てた。
そして、撫でるように手をずり下ろして、両目を覆って。
鼻筋を伝って、やがて唇を押さえて、顎をなぞって、......首に添える。
耳は熱そうなのに、目元は冷たそうだった。
「......なんか............あいつのこと裏切ってるみたいで、申し訳ねぇなって」
「あいつと気まずくなったりしたら嫌だなって」
「き......嫌われたり.......はしねぇと思うけど、」
私はそっと、彼の肩に触れる。
人間の肩と、獣人の翼の境目を......なんとなく。つついてみるの。
そしたら、やっと目が合った。
シャボン玉のように、今にも割れてしまいそうな。そんな瞳だった。
キャベツくんは苦笑いする。
「それで............後悔、なんて......今更過ぎるよな............」
「............」
「こ、こんなこと言ったって、オマエを困らせるだけだって、......わかっ............」
『キャベツさんって、結構その場の勢いで物を言いがちでしょ?』
『ぼくにそう言ったことも、もうとっくに忘れちゃってるんじゃないかな?』
............ねぇ。そんなこと、なかったよ。
忘れてなかったよ。それどころかキャベツくん、ずっと考えちゃってたみたいだよ。
私と同じように。
やっぱりキャベツくんは昔から、すっごく友達思いだね。
......そうだ。
そう......だった。
そういうところが、私はずっと好きなんだ。
「っふ......」
「いや今笑うとこじゃ——」
「例の『友達』って、オリーブくんのことでしょ?」
キャベツくんは「どぅぇぇぇええぇぇぇええええ!?」って叫びながらひっくり返った。
ソファーに背もたれがないせいで、普通に頭から落ちちゃってたし、手を繋いでた私も道連れにされかけたしっ、
「ちょちょちょちょびっっくりしたぁ!! 急に横転しないでよっ」
「こっちの方がびっくりだわ!!!! なんで知ってんだよテメェ!?」
グルグル暴れ狂う彼の目を見て、慌てるべきか笑うべきかわからなくなる。
なので、とりあえず笑ってやりました。
「ふへっ......だってオリーブくん、この前私に告白して——」
「ドエェェェエエエェェエェエ!?!?!?」
「......ほんとにオリーブくんから何も聞いてないんだ......」
「聞いてねぇよ超初耳だよっ、え、は、えええええぇぇぇえぇぇえぇぇえっ」
オリーブくんの恋愛感情も、キャベツくんが『応援する』って言ってたことも、実はもっと前から知ってたんだけど......今は黙っとこ。
盗み聞きしちゃったことは、また今度謝ろう......。
「あいつ、い、意外と大胆っつうか......えぇぇええ......????」
「オリーブくんはすごいよ、バレンタインにはお揃いのブレスレットくれるし、好きっていっぱい言ってくるし、」
「マジかよなんでアイツなんも言わねぇんだよ!? 言えよっ!!!! オレら友達だろ親友だろっ、オレてっきり————ハッッ!?」
キャベツくんは息を呑むと、ソファーの上に膝を置いて、前のめりで私に......ち、近、っぅ
「そそそそそそそれで、お、お前はなんて答えたんだよ!? 告白されたんだろ!?」
「ぁ、そ、そのこと、なんだけど......その......オリーブくん、私がキャベツくんのこと好きだって気づいてたみたいで——」
「ファ!?!?」
「それで.......後ろめたくならないでほしいって......自分のことは気にしないでって、」
「ェ!?!?!?」
「私とキャベツくんのこと............応援、してるって............」
「??????」
口を長方形にして、飛び出るんじゃないかってくらい目を見開いて、頭を抱えて......天井を仰いだり、謎に屈伸したり......。
キャベツくんの反応が愉快すぎて、つい笑っちゃいそうになる。一応真剣な話?してるのに、や、やめてよもうっ、
「ぇちょ、はっ、情報量ェッ、ぁ......ヘ......??」
流れていた曲にちょうど一区切りついたのか、会場が少し静かになる。
それなのに、キャベツくんはデカめの声でブツブツ呟いて、辺りを行ったり来たりしちゃってさ。周りの視線も集めちゃって。
「......オレ......応援してたつもりが......実はずっと応援される側だったってことか......!?」
「そうなるね......」
「あいつは、ほ、ほんとに良いのかよ......? だってオリーブのやつ、本気でお前のこと......」
「............」
目を逸らす。
ほんの一瞬でも、心臓が痛んじゃって。それを誤魔化せる自信なくて。
こんな私を見たら、キャベツくんだけじゃなくて......オリーブくんも傷ついちゃう。
『もう二度と、ぼくのことで悩まないでほしい』
『これは、ぼくの願いでもあるんだ。お願いだよ、ウィローさん』
「....................................オリーブくん............優しすぎる、から」
わかってるよ。
これは、キャベツくんに言ってるというよりは。自分に言い聞かせてるだけだって。
「多分......私とキャベツくんの思いを踏みにじってまで、結ばれたくはない......んだと思う」
「それだと幸せになれないんだと思う」
「私のことも、キャベツくんのことも............大切に想ってくれてるから」
私は、キャベツくんのことが好き。
月が綺麗だと言われたら、真っ先に照れちゃうくらいには。
......それで。キャベツくん、も。
「ね......ねぇ、」
「オリーブくんを応援したこと......後悔、してるってことは」
「私のこと............少し、は......好きってこと............?」
キャベツくんは答えなかった。
でも......どんな満月よりも眩しい、その虹彩を見て。
頬の赤みが伝染りそうな、綺麗な月を見て。それだけで、私は満ちてしまった。
あ~。
私はずるい人間だなぁ。
「............キャベツくん」
違う。
もう私は人間じゃないんだった。天使に成ったんだった。
だから私は、手に入れた白い翼を広げる。
まだろくに空を飛べない翼で、キャベツくんを抱き寄せる。
包み込む。私のそばから、零れ落ちてしまわないように。
人間らしくない体温を浴びて。ズレたカチューシャを魔法で直して。
「きょ......今日......パーティー......来てくれてありがと」
「......っ..................っっ........................」
「ぎゅって......し......してもいいんだよ......? な、なんて......」
翼と翼が交わると、とろけるように熱くなる。
糖度の濃度でクラクラして、汗がいつも以上に気になって、
気持ち悪いって思われてるかもしれない、けど、っ
「ガーディナー......い......良いのか? 周りめっちゃヒトいるぞ......?」
「い......よ......くない」
「良くねぇのかよっ」
「よくない、恥ずかしい、かっ、から、」
甘い気がする唾を飲み込んで、彼のスーツにしがみついた。
「............ちゃんと......私の顔......隠して、ね............?」
.
.
.
***
「は......はぇ......ほぇぇええ......」
ホリデーダンスパーティーから、何日か経ち。
守護魔法③の授業が終わると、ローリエにガン詰めされまして。『何があったか洗いざらい吐いてもらうでぇ』って。
無事洗礼(?)が終わった後、ローリエは私以上に顔を真っ赤にしてた。
例えるなら、今にも泣き出しそうな赤ちゃんくらい赤い。......って、もし口に出したらぶっ飛ばされそうだなぁ。
「......ちょっ......待って......タンマ......一旦タンマ......」
彼女はプルプル震えながら、私に背を向ける。
そのまま廊下の壁に拳を当てて、その上に自分のおでこを置いて......あ。深呼吸してる。
「思ってたより......の......濃厚......ぇ......頭......追いつかへんて......っ......」
「な、なんでローリエの方が恥ずかしがってるの......?」
「えぇぇえいっ、っせぇわ!! こういうの耐性無いねんあーし!! わかるやろ!?」
しばらくすると、彼女はクソデカ長ため息をついて、肩もガクッと落とす。
やっと振り返ってきたと思ったら、口を若干ぷくって膨らませながらジト~~って見てきた。
「............そんで? つ......付き合ったん?」
「っぅ、いいいいいやいや、それはまだ——」
「なんでぇ!? 告白したんやんな!? 両想いやったんよな!? なのになんでまだ付き合うてないの!?!?」
うわぁぁああああめちゃくちゃ詰めてくるうっ、おやつ禁止にされた反抗期の子供くらい詰めてくるよぉっっ!
「手ぇ繋いだんやんな?? パーティー行ったんやんな?? ハグまでしたんよな????」
「いやそのまだなんというか正式には付き合ってないというかっ、告白はしたけどまだよろしくお願いしますはしてないというかっっ」
「もーーーそこまで行ったら恋人やろ!! 恋人!! あんたらはもう正式に恋人同士やっ、はい決定! あーしが今決めたっ!!」
「ねぇぇええぇええぇえほんとに違うのっっ、お、お互いまだ心の準備が必要というかまだ私たちには早いというか、、、っ、あのそもそも付き合うとかよくわかんないし、」
ローリエは多分クソデカボイスで反論しようとしたんだろうけど、結局言葉を飲み込んで、両手の指をうにょうにょうにょ~~~ってさせた。
顔はグギギギギギッてなってるからギリ隠せてないね。
「......あ......あーしにどうこう言う筋合いはないし......でも......でもぉ......っっっ!!」
「お、落ち着きましょうローリエさんっ、ほら深呼吸、す~~~~は~~~~~す~~~~」
「............................................................あんたら..................パーティーの後はどうしたん?」
彼女は両手で目を覆ったと思ったら、指をパッカーンって開いて、隙間からギラッとした目で私を見てくる。睨んでるか睨んでないかで言ったらギリ睨んでるレベル。
「ぱ、パーティーの後? 普通に寮に帰ったよ? キャベツくんに運んでもらって......」
「そっかそっか寮に帰ったんかぁ、キャベツに送ってもら————え?? 今『運んでもらった』って言った?」
さ、流石ローリエ......さりげない一言も聞き逃さないのね......。
「え、っと......その......か......帰る時間になった頃には私、もう歩ける状態じゃなくて......」
「え待ってどういうことねぇ待っておいおいおいおい」
「い、言っとくけど、お酒飲んだとかじゃないよ? 私一応まだ未成年だからっ、ウィローさんそういうところはわきまえてるから!」
「待てやおいゴラそこはどうでもええねんはよ詳細詳細詳細詳細」
「え、......ちょっと......恥ずかしいんだけど............」
......? なんでローリエ、こんなに目ガンギマってるの? まぁいっか......。
「その............きゃ......キャベツくんとぎゅ~~ってしてたとき......私......そのまま......」
「そ、そのまま......????」
「——......寝ちゃってぇ............」
ローリエはなんかよくわかんないけどズッコケた。
「あーーーーーびっっっっくりしたっっ!! そうやんなっ、んなわけないやんなっっっ」
「えローリエ大丈夫!? めちゃくちゃ頭ぶつけてたけどっ!?」
「いや待てそれでもおかしいわおかしいねん、ちょ、え?? 寝た?? 寝たん????」
ローリエはなんかよくわかんないけど顔をしかめた。
「ど、どゆこと?? むしろその状況でどうやって寝たん????」
「えっとぉ......キャベツくんにぎゅーされてると......あ......あったかくて......」
「うん」
「すごく......ど......ドキドキ......して............」
「おん」
「............寝ちゃったん」
「だからなんでぇ!?」
なんかよくわかんないけど怒られた......。
「だだだだだって、だってーーーっ!! 疲れてたの!! あ、安心しちゃったの!!!! ぎゅ~~~されたら誰だって落ち着くでしょ!? 眠くなるでしょ!?!?」
「ごめんわからんホンマにわからん、えマジで寝たん? そんでキャベツに運ばれたん??」
「だ......だからそう言ってるじゃん......」
両手だけじゃ足りなかったから、私は両翼で顔を覆い隠した。
もーーーーっ! だから言うの嫌だったのに!
絶対赤ちゃんだって思われたじゃん!! 違うから!! こ、今回はたまたまだったのっ!
「..................あんた......いくらキャベツやからって......んな無防備に............」
「キャベツくんに運ばれてるときのこと、ほんの薄っすらと覚えてるんだけど......なんか怒られてた気がするなぁ......お、重かったのかなぁ......?」
「ほんでこれやもん............キャベツも苦労しとるなぁ......」
「ちょちょちょっと、ウィローさんの悪口!? 陰口は私に聞こえないように言——」
チャイムが鳴る。
ネルソービューのチャイム音は、その日の運営側の気分によって変わるらしい。
今日のチャイム音は、鐘って感じ。ほら、結婚式とかでよく聞くようなやつ!
今鳴ったってことは、そろそろ11時かな?
ってことは......——
「あ!!!! やばいあーし早う次の授業行かな遅刻する!!」
ローリエは一瞬その場でワタワタした後、咳払いをして、両腰に手を当てる。
そのまま口を『へ』の字にしながら、何故か私にガン飛ばしてきた。
「ええか? まだ話は終わっとらんからな!? あとでまたじっくり色々聞くからな!?」
「えぇぇええ!? もう十分吐いたじゃん、洗いざらい超えてアライグマじゃんっ!(?)」
「知るかボケ!!!!」
そして。
ローリエは私を指差したまま、ポケットの中から箒を取り出す。
そのままお尻で飛び乗って、箒の端を強く掴んで、
「またなぁーーーーー!! 首洗って待っとれよーーーーーーーーーっ!!!!」
廊下にいる生徒たちをくねくねしながら避けて、雷のように飛び去った。
「............あれ? 室内で箒使うのって、校則違反じゃ......」
と今更呟いたところで、ローリエに届くはずもなく。
しばらく振ってた手を下ろした後、私は翼もそっと下げて、天井に向かって腕を伸ばした。
「そういえば私も、もうすぐ次の授業だなぁ......」
飛行訓練。
キャベツくんとオリーブくんに、会える。
あれから、キャベツくんと授業で会うのは、今日が初めて。
でも、授業以外で会ったときも含めれば......今日で五回目、かな。
なんか。ローリエに色々言われちゃったせいで、ムズ痒いけど。
いつも通り。いつも通り、話せばいいだけ。
それで......もし、時間があれば............。
「........................」
勝手にパタパタなる翼から力を抜く。
ついスキップしそうになる足を押さえる。
......ちょっとくらいは。浮かれちゃってもいいのかな。
なんて。
口に溜まった熱を飲み込みながら、私は次の授業に向かった。
「............?」
振り返る。
気配がした、のは......当たり前かな。周りに生徒いっぱいいるし。
紫色と青色の目をしてる子に、自然と視線が行く。
綺麗な色の目だから、かな。
別に普通。だよね。
「......————って、やばいやばい!! 遅刻しちゃうっ!!」
ネルソービューの廊下を蹴って、違和感とさよならした。
次話:ナイフ
です。ナイフの取り扱いにはご注意ください




