127話:ホリデーダンスパーティーで、私たちは釣りをする
ステージに上がったヒトたちは、繊細なバイオリンの音に合わせて、花と翼のように舞っていた。
映画とかでよく見る『社交ダンス』ってやつ。クリスマスカラーの金平糖に飾り付けられた空気の中、幸せそうに踊るヒトたちは......まるで、季節外れの織姫と彦星みたい。
そんな優雅な時間が流れる中、私とキャベツくんはというと............。
「うっっっっまぁ~~~~!?!? ねぇキャベツくんこれめっっちゃ美味しいっ、食べてみてよほらっ」
「こっちのティラミスもめちゃくちゃうめぇぜ!!」
......ビュッフェコーナーにあるスイーツを全制覇してました。
「私普段マカロンとかあんまり食べないんだけどさっ、これならパクパク食べれるよ~~! 何味なのかな? いちご? ラズベリー??」
「ここにあるスイーツ、全部クッソ高ぇやつなんだろうな......どうりでパーティーのチケットも1万ペタルするわけだぜ......」
「!? 1万もするの!?!? れ、レベッカ先輩、そんな高いものを私たちに譲って......」
気づけばさ、ムードってなんだっけ??って感じになっちゃって。
高貴な空気にあてられることもなく、子供みたいに......いつも通り、はしゃいじゃってさ。
だ、だって、ダンスパーティーと言われましても、踊りとか全然わかんないし......。
「スイーツも良いけどよォ、どうせなら飯も置いてくれてたらよかったのになー!」
「あわかるぅっ、私今めっちゃお寿司食べたい!」
「牛丼食いてェ~~」
「鉄火巻き~~」
「魚介とんこつラーメン~~~」
「サーモンいくら丼~~~~~~」
私たちはちょっとだけ『しょも...』って顔をしながら、それぞれフルーツタルトとシュークリームを頬張った。
っっっあ、これもめっちゃうまい!!
「そういや、寿司の話で思い出したけどよォ......」
キャベツくんは親指に付いたクリームを舐めた後、体育館の隅の方を指差した。
そこにもたくさん生徒が集まってて、時々ドッと笑い声が聞こえて......よかった! 私たちと同じタイプのヒトたちもいるみたい!
「あそこのクソ混んでるフォトブースの横によぉ、屋台みたいなのも並んでるだろ?」
「んー! ほんほはぁ」
「その屋台の一つにな、マジモンの釣りできるとこあるらしいぞ! 行ってみようぜっ!」
「ふぇ!? うそれしょ!? ここしつにゃいらよ!?」
フルーツタルト口に含みまくりバージョンの『嘘でしょ!? ここ室内だよ!?』がキャベツくんに伝わったのかどうかわかんないけど、とにかく彼は、
私の、手首......を掴んで、ビュッフェコーナーから無理やり私を引き剥がした。
フォトブースの人混みを抜けると、ふわっと水の匂いが漂う。
他にも、ポップコーンが弾けたり、射的の景品が落ちる音が響いたり。
ステージの方からかすかに聞こえる弦楽器と、可愛いおもちゃの音色が手を取り合ってる。
さっきまで色に統一感のあった会場に、鮮やかな七色を足してるの。
なんか、ここだけ世界観が違うというか......急に民衆向けになったというか......。
「っとぉ、釣りできる店はもっと奥にあんのか......?」
「あははっ、なんかここだけお祭りみたいだね! 一応屋台の雰囲気はおしゃれというか、木箱っぽい感じだけど......」
「お前みたいなガキでも、パーティーを楽しめるようにっつう運営の気遣いかもなっ!」
「なるほど......っっって!! キャベツくんだってこっち側の民じゃんっ、さりげなく自分を棚に上げるなぁっ!!」
「へははっ」
スーツを身にまとったところで、所詮キャベツくんはキャベツくんなんだな~。
会場に入りたての頃は、緊張であんまり目合わせられなかったけど......ちょっとずつ慣れてきたかも。多分。
「おっ! ほら、あそこだぜ! あんま混んでねぇじゃんかラッキーーー!」
キャベツくんは私から手を離して、るんるんで向こうまで走って行っちゃった。一瞬競争が始まったと勘違いしちゃって、私もついドレス姿で全力疾走しちゃう。
「ちょちょちょいちょいっ、ウィローさんを置いて行くとは良い度胸——」
「よっ、店員のおっちゃん! 釣りさせろ!」
と、いうわけで。
キャベツくんは店員さんに300ペタル払って、釣り竿を一本もらって。
私たちは、『ホリデー』要素も『ダンス』要素も、『パーティー』要素すらもない釣りを始めたのでした。
「ほら、ガーディナー先やっていいぜ! お手並み拝見っつうやつだ!」
「え、いいの? ふっふふん......ウィローさんの釣りスキル見えちゃうぜぇ~~?」
「ほぉ~? もしかして経験者か?」
「経験者から『経験』を引き算したヒトだよ」
「ただの初心者じゃねぇか」
用意された池はもちろん人工——というか、多分魔法。
パッと見ただの映像なんだけど、本物のウキを投げ入れてみるとね、ほんとにちゃんと浮かぶの! しかも水滴まで飛んでくるの!
この紫ラメ入りスライムみたいな水を覗き込んでみても、魚の影すら見えない。一応水面がピチャピチャなったりはしてるんだけど......。
「ふむ......これがネルソービュー流の金魚すくいだったりするのかな?」
「なんでオレらホリデーパーティーで釣りしてるんだ??」
「急に我に返るのやめて? 元はと言えばキャベツくんが——」
すると、水面のウキが揺れるだけじゃなくて、林檎20個分くらいの重みが腕にのしかかってくる。
こんなに早く掛かるとは思ってなくて、危うく池に落っこちそうになっちゃって。
「あもっっっっ!? ぐ、ぎぎ、ぐぎぎぎっぎぎぎぎぎうぐぐぐぐぐっぐぐ」
「おいおい嘘だろ、掛かったのか!?」
手の力だけじゃ無理そうだったから、私は翼を羽ばたいて、こう、助けになってるのか全然わかんないけどっ、
サンダルを床に叩きつけて、社交パーティーでしちゃいけない表情をして、カチューシャがズレちゃうのは嫌だからなるべく頭は振らないように、
「ぐぉおおぉおおぉおおぉおぉおぉおぉおぉぉぉぉおおおおお!!!!」
踏ん張って踏ん張ってとにかく踏ん張って、
やっと釣り上げたのは——————
「............無————————。」
「あ~、途中で逃げられたんじゃね? 惜しかったなァ」
「くそおぉおおぉぉぉおお!! もう一回じゃーーーーーっ!!!!」
「オイッ、次はオレの番だぞ!!」
三回連続『無』を釣り上げた後、私は泣きながらキャベツくんに釣り竿を渡した。
キャベツくんは自信満々な様子でウキを投げたけど、その表情は時が経つにつれ曇っていった。
「な......なんでだっ......なんでガーディナーんときはあんなにすぐ掛かってたのに、オレんときはビクともしねぇんだ......??」
「私は選ばれし者だからね~~!」
「ケッ、結局なんも釣れてなかったくせによく言うぜ!」
「あ・え・て!! あえて釣らなかったの! ウィローさんは動物愛護主義だから!!」
「そ、う......かよ............」
......あれ? ツッコまれなかった。なんか顔も逸らされた......? なんで??
とりあえず私は、キャベツくんの(鳥の足になってる方の)右足を踏まないようにしながら近づいて、彼と一緒に動かないウキを眺める。
だけど結局飽きちゃって、ふと、背後を見た。
パーティーの会場......体育館は本校舎の一部だけど、本校舎の他の場所とは雰囲気が違う。
レトロな感じではあるんだけど、ゴシック感はあんまりないというか......
下界の学校の体育館っぽい、っていうか......。
......まぁ私、生前は学校行ってなかったから、実物は見たことないんだけど......。
と、とにかく、そんな感じの体育館に、凝った飾り付けが沢山ついてる感じ。
緑のリボンとか、赤色の造花とか、白い光を放つミラーボールとか。
ステージだけじゃなくて、屋台もクリスマス仕様になってるし、フォトブースも——
「..................あれ......?」
目を、凝らしてみる。
......やっぱり見間違いじゃない。
フォトブースの、カメラの前に立ってる二人。
クリーム色の髪に、薔薇のような赤のドレス。普段も身に付けてる白百合の花冠。
頬を赤らめながら微笑む彼女の横に立つのは、どこか窮屈そうに顔を歪めてる......
「——————! ブレイズくんとミルルンじゃん!! やっぱり二人も来てたんだ!!」
ミルルンは瞳に火の粉を散らせながら、おもちゃのサングラスをブレイズくんに掛けようとしてる。
ブレイズくんは首を振って、軽くミルルンの頬を押し返したりして。
それでも、瞳は宝石のようだった。青く揺らぐ一枚の花びらを、風と一緒に閉じ込めたみたいな。
金色と白の風船に囲まれて、おもちゃみたいなクリスマスツリーの横に立って。
シャッターが切れる時間になると、二人は同時にカメラを向いて。
「......ふへ............」
手を振ってみる。だけど目は合わない。......気づいてないのかな。
私は、二人が撮った写真を手にフォトブースから離れるのを待って、
息を深く吸って、
「お~~~い!! ブレ————————っ」
名前を呼ぶ、その前に。
釣り竿が池に落っこちる音がした。
淡いミントの匂いがして、口を押さえられて、
後ろから、強く。
強く、熱く、抱き寄せられて。
振り返ることすらも許されなかった。それでも、痛くはなかったの。
....................................何かを期待していた静寂が止んで、環境音が戻ってくる。
ステージから響くピアノの音色と、恋人たちが弾けるように囁く声。
結局、ブレイズくんとミルルンは私たちに気づかずに、遠くへ行ってしまった。
「............」
「............」
二人の姿が見えなくなると、キャベツくんは私の唇から手を離す。
でも体は離さない。背後から抱き寄せたまま動かない。私も、動けない。
ネクタイにもボタンにもブレザーにも誤魔化せなかった、彼の鼓動が。
私の背中を軽く、重く叩くの。
「....................キャベ」
「だ、だってよっ」
キャベツくんの顔は見えなかった。いくら顔を上げようとしても、無理やり首を横に向けようとしても、動かないの。
それくらい、彼の翼は、私をしっかり包み込んでいた。
「べつに......いいんだけど、よ、」
「もし二人と合流したら、」
「その」
......キャベツくんは私の肩の上に、そっと顎を乗せる。
震えてるのが彼なのか、自分なのかすらわからなくて、
さっき食べたフルーツタルトが乾いて、酸味だけが舌を刺して、
「お、オレらが、ふ、二人だけの時間が減る」
「つーか」
「あいつら邪魔すんのもわりぃし」
「てき、な」
「............」
熱い。
呼吸が荒くなる。苦しいわけじゃない、けど。
この場を漂う、痺れるような生ぬるさが。
とろけるような甘味が、急に牙をむいたの。
......私は。
「. . . . . . ご. .....ごめん... . ..」
謝罪以外の言葉が出てこなくて。すぐに唇が閉じちゃって。
きっと今は何を言っても、窒息してしまうから。
そっと翼を下げて。
目を閉じて。
キャベツくんの腕に、ただ......手を重ねた。
***
「ふぃぃいぃいい疲れたぁっ、あの釣りのやつ詐欺じゃん!! 詐欺詐欺!!」
ステージからも屋台からも離れた場所に設置された、背もたれのないソファーみたいなのに座りながら、私は足で空気を蹴った。
ここはヒトが少ないからか、他と比べてちょっと涼しい。休憩所みたいな感じなのかな?
「結局私もキャベツくんもな~~んも釣れなかったし! あの池さっ、ほんとは魚なんて一匹もいなかったんじゃないの!?」
「でもオレらの隣にいたゴリマッチョ野郎は、イカとか人魚とかバンバン釣ってたぜ?」
「不公平だーーーーーーっ!! 結局世の中は筋肉なんだっ、マッチョじゃない私は人権ないんだーー」
「へっはははっ、キレすぎだろ!」
キャベツくんは両手を叩きながら笑うと、私のすぐ隣にドサッと座った。
私と違って彼の足は、ソファーに座ってても床に届くらしい。もしハイヒールで身長盛ってきてたら、私も届いたのかなー。でもハイヒール歩きにくすぎるんだよなぁ~......。
「オレはケッコー楽しかったぜ? 300ペタルにしちゃあ安いくらいにはなっ!」
「そーなの? あ、あのキャベツくんが珍しく大人だと......!?」
「おいおい、オレはいつだって大人だぜ??」
「よく言うよ、さっきから頬にずっとチョコ付けてるくせに」
「!? マジ!?」
「はい嘘ーーーっ! この前に仕返しですっ、恨むなら過去の自分を恨んでくださーーーい」
「過去っていつの話だよ......」
なんとなく、自分のピアスの中に指を入れて、クルクルする。
ついつい背伸びして買っちゃった、いつもと違うO字型ピアス。カチューシャと同じ、淡い白が溶け込んだ金色。
ローズピンク、っていう名前の色のドレスと、多分合ってる......はず。多分。
キャベツくん......可愛い、って。思ってくれてるかな。
「ね......ねーねー! そういえば、プニ先輩の方もうまくいってるのかな? エルフ科の子を誘うって言ってたけど......」
「あぁ、デボラ先輩のことか? ま~......なんだかんだうまくいってるだろ! 探せばどっかにいるんじゃね?」
「そう、だね......探せば............」
「............」
休憩所には、あんまりヒトはいない。
いるとしても、その......い......イチャイチャしてるヒトたちが多い、というか。
ステージから聞こえてくる音楽は、いつの間にかジャズに変わっていて。
遠いからか、薄っすらとしかここの空気に触れてこない。香水みたいに、ふわっと雰囲気に彩りを足すだけ。
背もたれのないソファーの横にある、ガラスのテーブルを飾るのは......真っ白な薔薇。
造花には見えない。でも、触ってみないとわからない。
「......っ......キャベツくん!!」
「、? ど、うした?」
ガチガチになってるのはお互い様。
だから。
私は背筋を伸ばしながら、彼に手のひらを向けた。
柔らかいハイタッチを待つように。
「て......手を重ねたまえ......」
「お、おう......?」
「ほら、か......乾杯の代わりみたいな? いま私たち飲み物持ってないし!! 祝杯を上げようよっ、く、クリスマス、だし、」
「んじゃオレ、ジュースでも取ってく——」
「ええいっ、いいから手を重ねんかい!! わかってるくせにっっ」
「へはっ、バレたか......」
軽く吹き出すように笑う彼を見て、胃に溜まったクリームが全部炭酸になる。
それでも私は手を下ろさずに、頑張って目で圧をかけた。
..................手が重なる。
私の指先が、キャベツくんの指の関節に来る。
そろそろハイタッチが終わる頃合いになっても、私たちは手を離さない。
さりげなく、キャベツくんの閉じた指の隙間に、指先を当ててみる。彼はほんの少しだけ指を曲げる。
チキンレースに負けたのは、私の方だった。
仕方ないから、指の隙間をこじ開けてやるの。指を糸みたいに通して、絡めてみて。
「......オマエの手、冷てぇな」
「キャベツくんのがあったかすぎるだけ」
「緊張してんのか?」
......恋人じゃないときの、恋人繋ぎは......なんて呼べばいいんだろ。
「..................キャベツくんだって震えてる」
「それは言わねぇ約束だろ」
「へっひひ」
変な笑い方をしちゃった私は、誤魔化すように手をぎゅ~~~~ってする。
繋いだまま、そっと手を下ろすの。上げたままだと疲れちゃうから。ね。
「......ねー」
腰を近づける。多分、もうほとんど当たってる。
「ねーねー」
キャベツくんの肩は、もたれかかるのに丁度良い位置にある。
髪。ちょっと乱れちゃうかもだけど。ピアスが絡まっちゃうかもだけど。
ま。いっか。
「................................................すき」
呟いてみた。
聞こえてたかどうか確認する前に、静寂が流れ終わるのを待ってみる。
体感は、そう......柵を超える羊20匹分くらい。
そしたら、キャベツくんが私の指を撫でだした。
流石に......表情を見る勇気は出なかった。
「............急だな」
「そう?」
「今の......こ......告白ってことでいいのか?」
「そーかもしれないしー......ただの独り言かもしれないねー......」
「困る~~~~~~~~~~~」
「えっへへ............返事はどっちでもいいよ。してもいいし。しなくてもいーよ」
自己防衛なのか、強がりなのか。どっちなのか自分でもわかんない。
返事を聞きたい気持ちも、聞くのが怖い気持ちもあって。
「んじゃ............オレも......言うわ。ずっと言いたかったこと」
キャベツくんの声が小さくなった。
ちゃんと聞こえるように、私は耳を近づける。
......なんて。身を寄せるための、ただの口実でしかないのかな。
「オレは、な............ガーディナー..................その............」
早くも、繋いだ手が汗ばんできた。
原因に心当たりがありすぎて、もはやどれなのかわかんなくて、
彼の唇が、私の耳元に触れそうで——
「——————オレ......ずっと............後悔、してるんだよ」
次話:応援
です。




