126話:鈍いフリ
キャベツくんの指先から、力が抜けていく。
掴んでいた私の両手を離して、我に返ったかのように息を呑む。
『ホリデーダンスパーティー』と印刷されたチケットが二枚、ハラハラと落ちた。
「............」
「きゃ............キャベツくん......あ、あの——」
「わりぃっっっっっっっ!!!!!!!!」
おぅっ............ジャパニーズ土下座......????
「きゅ、急にお前のこと壁に押し付けたりして、い、痛かったよなっ」
「キャベツさん???? え、えっと、痛かったというk」
「オレどうかしてたわマジでっ、な、なんでオレ、ッ」
キャベツくんは廊下に手をついたまま、ゆっくりと起き上がる。
やがてゾンビみたいに立ち上がって、顔を上げて。
彼の瞳は、薄っすらと渦を巻いていた。
「なんで............オレ......こんな......っ......?」
彼の額は赤いのに、顔色は悪い。まるで熱が出たときみたい。
わかりづらいけど、呼吸もいつもより浅いような気がする。
「......パーティー......お前が誰と行こうと......オレには関係ねぇはずなのに............?」
「. . . . . .」
「誰と行こうと........................オレは別に応援して............??」
いやお前ですけど????????
『誰と行こうと』とか言ってますけど、あの、お前ですけど?? お前以外いませんけど??
だって私っ、そもそも君を誘おうとして、
だけどなんか、誘おうとしてる途中で私がチケット落としちゃってさ、
『おまえ..................っ、だ、誰を誘うつもりなんだ............?』
『オリーブか? それとも、他の誰かか............?』
............こんな......顔、しちゃって............。
「キャベツくん......? えっと、ほ、本気で言ってる......??」
「? な、なんだよ......」
「いや『なんだよ』じゃなくて」
「......?」
「『?』じゃなくて!!」
私が一歩近づこうとすると、彼は一歩遠ざかる。
尖ったペンを突きつけられたかのような顔をしながら、両腕も翼も全部背中に隠す。
私のことが怖いというよりは......私に触れることが怖い、みたいな。
キャベツくんの瞳がどんどん曇っていく。
「お、オレ、さっきはマジで気が動転してっ——」
「ねぇホントに言ってるの?? 鈍いフリしてるとかじゃなくて? ちゃんと口から言わせようと、私にいじわるしてるわけでもなくて?」
ようやくキャベツくんは、どこかしらの歯車が嚙み合わなくなってることに気づいたのか、しばらく何も言わずに目を伏せる。
猫みたいにゆっくりと瞬きして、首の後ろに手を当てて、
結局、
「....................................??」
思わずズッコケそうになるけど、私は翼と両足と両腕を広げて耐えた。
も~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
この男は!! この男はーーーーっ!! いつも私を困らせる!!!!
話の流れ的にどう考えてもお前だろ!! むしろお前以外に誰がおんねん!?!?
あーーーーー信じらんないホント信じらんないっ、察しの悪い男は嫌われますよ~~??
そのくせ自分は急に壁ドンとかしてきてさっ、こっちはただでさえ緊張で心臓バーサーカーなのに追い打ちかけるようなことしてきやがってっっ
急に独占欲見せちゃってさ、
独占欲、
そう独占欲っ、
........................。
「ご......ごめんなガーディナー、オレ......ちょっと頭冷やしてく——」
「シャァァァァァァァァァァァァァァァァッ」
「ウワーーーーッ!? ガーディナーが鬼の面みてぇな顔しながらオレの手ぇ掴んだと思ったら急に猫みたいな威嚇して来たーーーっ!?」
逃がさねぇよ????
ここまで来たらもうヤケクソですよウィローさんっ、そっちがその気ならこっちだって意地悪しちゃうもんねべーーーだべーーーーーーーだべーーーーーーーーーっだっっっ!!!!
「..............................きゃ..................べつくん、は..................」
......意気込んでた割には、情けない声出ちゃった............。
「...........嫌............なの?」
「へ??」
どう頑張っても小さい声しか出ないから、私は代わりに指先に力を入れる。
キャベツくんの手を握り潰すような勢いで。
温もりを、全部彼に伝染すように......。
「わ、私、が......他の誰かと一緒に、パーティー、行ったら......ヤ、なの......?」
「...... . . . . . . ... . ... . .. . .. .. . ..... .. . ...... . ........」
目。合わせててよかった。
心臓が燃え上がる代わりに、ちゃんと目に焼き付けられたの。キャベツくんの熱が、首から耳の先まで上がっていくところを。
早くも脳がショートしちゃったのか、眉を逆八の字にしたまま固まっちゃって。
瞳孔を縮めて、赤く染まった下瞼をピクピクさせちゃって。
センター分けの前髪が少し崩れて、鼻先にふりかかっても。
汗が頬を伝っても、彼はしばらく瞬きするだけだった。
「... . .. . . . . . . . . . . . . . . . . っ. . . . . . 」
「ウィローさん、沈黙は『YES』と捉える主義なのよ......?」
「.. . . . .. .は.. .. . . . .ハ゛. . . . . . ..ッッッ」
言い訳が飛んでくる前に、私はキャベツくんの両腕を掴む。
彼の胸元のネクタイに顎を当てるようにして、下を向かせるように袖——じゃなかった、羽をクイッて引っ張ってやって、
ぎゅ~、とまではいかないよ。
それは
まだ............。
「..................教えてあげる。私と一緒に、クリスマスパーティーに行く相手」
「......っ、」
ほんとは耳元で囁くなり、もっとドキドキさせてやれるようなことしたかったんだけど。
あいにく背が足りないものでして。
心臓も足りないもの、でして。
「そのヒトは、ね。私が入学したときに、初めてできた友達なの」
「授業が始まって早々、魔法で先生にロールキャベツにされたり............」
「とにかく愉快なヒト、で。しょっちゅう、私を変なことに巻き込んで。......」
聞こえてる、かな。ちゃんと。
思ったこと。ただ。ぽつぽつと言ってるだけだから。
......だんだん視界がぼやけていく。つい下を向きそうになる。
「で、も......一緒にいると楽しく、て............」
「怖いくらい、優しいときもあって......」
「............鈍いのか......鋭いのか、よくわかんないヒト」
それでも私、顔逸らさなかったよ。
目を離さなかった。......離せなかったの。
だから私は、キャベツくんの頬に手を伸ばしたの。
自分の手が冷たいんじゃないかって思うくらい、熱かった。
「だ......だから、ね」
「キャベツくんが嫌がるような相手じゃない、よ」
「なんて」
「は、ははっ..................」
笑ったつもりだったけど。
ただ、唇を変にキュッッッてしただけになっちゃったかもしれない。
「..............................」
「..............................」
キャベツくんは多分、何か言おうとした。でもほんのちょっとしか口を開けてなかった。
そんな彼を見て、胸がぎゅ~~~~ってなって、
熱くて熱くてたまらないのに、蒸発したくない。
ずっとここにいて、見ていたい。
お腹の中で、白い羽の蛾が一斉に飛び立つの。
「..................ふぅ~ん......?」
キャベツくんは蚊の鳴くような声を出す。
きっとこれも、悩みに悩み抜いた末に出た言葉。
「ほぉ~......? ふぅ~~~~ん? へぇ......」
「............流石に気づいてくれた?」
「う、うぅぅう~ん? なっ......なんのことだァ~......??」
キャベツくんは歯の隙間から息を吸って、頬に添えられたままの私の手を眺める。
唇を噛んで、羽角をへにゃってさせて、
そんな彼の瞳は、月を映す水面のよう。
......しばらくすると、彼は私から離れた。
逃げるつもりはないってわかったから、私も大人しく手を離してやった。
離れてもまだ、お互いの鼓動が耳に残ってる。
「じゃ......じゃあ、オレ......このチケット、一枚もらうな............?」
「............」
「そんで、...................」
キャベツくんは拾ったチケットを一枚渡してきた後、残ったもう一枚を目の前でヒラヒラさせてきた。
へっ......私の視界を塞いでやろうって魂胆が見え見えだねぇ。
「お、お前が言ってた、例の『相手』ってやつ、に......」
「......ん~?」
「と......届けて、やるよ。これ」
「ふ~~~ん? 『届ける』ねぇ?」
「おう! おおおおおオレは、し、親切だから、な!!」
キャベツくんは私に背を向ける。
首やら腕を覆う羽毛がボボボッてなってるのは、多分気のせいじゃない。
耳、赤いね。
..............................かわいいねぇ。
「そんで!! も、もし、と、『届ける』相手が見つかんなかったら......」
「......見つかんなかったら?」
「ち、チケット無駄にすんのもあれだし............オレが行ってやる、よ............」
「なるほど、そーゆう設定ね」
「せせせ設定ってなんだよっっ」
「..................」
「............」
「........................」
「......」
「..........................................」
「....................................」
「........................」
「..................」
「............っふふ」
「何わらってんだよっ」
「き、きまずって思って......ふへっ」
「......んじゃ............鉄火巻きの話でもしながら帰るか」
「ラジャー」
私とキャベツくんは、マグロ派かサーモン派かって話をしながら、その日は寮に帰った。
***
毎年、クリスマスの夜に行われる『ホリデーダンスパーティー』には、ドレスコードっていうのがあるらしい。
制服はギリオッケーだけど、私服とかは駄目らしいの。
普通はドレスとかスーツとか、すごいお洒落して行くようなやつらしいの。
それで......せ......せっかくだから、さ。
マーケットで、その......色々買ってみたり、して。
ヘアバンドはあれだったから......ちょっと高めのカチューシャ買って。ピアスもいつもとは色違いのやつ買っちゃって、あの............そう! シャンパンゴールド?って色のやつ!
ドレスはなんか、店員さんとローリエに流されるまま買っちゃって......。
淡いピンク、なんだけど、え、えと、
とにかく!!!!
メイク、とかも......ちょこっとだけしてもらっちゃって。まつ毛先輩に。
それで............。
「あ、ガーディn............!?」
「キャベツk————!!!!」
会場の前で初めて顔を合わせたとき、私たちはお互いポッカーーンってしちゃった。
......先に口を開いたのは、キャベツくんの方だった。
「お、オマエ......めっちゃ気合入ってんじゃねぇか......!」
「べべべべつ、に......別にぃ......っ......」
何か言ってくれるのは嬉しいのに、言われたら言われたで相手を蹴りたくなる現象に名前を付けよ。
て、ってか、そこまで言うんだったら素直に『可愛い』って............っ
「そ、そっちだってキメキメじゃん!! 未だかつてないくらい気合入ってんじゃん!!」
「おおおおオレ!? だ、だってほ、ほら、ち、チケット『届ける』相手いなかったからッ」
「あそういえばそういう設定だったね......」
「設定って言うなッッ」
キャベツくんもキャベツくんで、スーツとか着ちゃってさぁ。
髪の毛もいつもよりシュッとして............、
「オレはただっ、ば、バターフィールドとチビロリに相談したら、いつの間にこんな感じに」
「えっ、うそ! 私も二人に相談したんだけど!?」
「マジかよ!?!? 考えること一緒だなオレら......」
......会場の前には、知らないヒトたちだらけ。
上級生しか参加できないってのは本当っぽくて、なんていうか............みんなオーラが大人っぽいっていうか......。
わ、私たちの場違い感が際立って......ちょっと、か、かなりムズ痒い、といいます、か。
その。
あの。
「オマエ、チケット失くしたりしてねぇだろうな?」
「してないよ!!!! ちゃんと持ってるもんっっ、馬鹿にしすぎじゃない私のこと!?」
「へははっ、冗談だって!」
「ばーかばーーかばーーーーっか......」
「......」
「......」
「「............」」
せ......先生たちも、結構いるんだ、な。
トモル先生とレベッカ先輩は流石にいないっぽい、けど。
会場も、もうすぐ開く、はず。
夜9時スタートだったはず......だし。
「......パーティーの会場って......体育館だったんだ、ね。私、直前まで知らなくて......」
「おう。......体育館って、オレらが初めて会った場所だよな?」
「ん......」
「へっはは、なんか懐かしいなァ! ここに来る機会あんまねぇからなぁ」
「............」
「だ......ダンスパーティー、っつってもよぉ......オレ、踊りとかマジでわかんねぇけど......」
キャベツくんはそっと、私に手を差し出してくる。
彼と目を合わせようとしてみると、すぐに顔を逸らされる。また耳まで赤くしちゃって、目もガンギマっちゃってさ。
差し出された手は、少しだけ震えてる。
ミントの香りがするのは......多分、彼が背伸びしようとした証。
キャベツくんも、多分。私と同じ。
「......えへ............」
だから私は、彼の手——————
——————————じゃなくて、翼の下の方を掴んだ。
「いやなんでだよ!?!?!?」
「だ、だってぇ......心の準備が............」
そんな私たちに、拍手を送るように。
物語の幕を上げるように。
パーティー会場の両扉が、ゆっくりと開いた。
次話:ホリデーダンスパーティーで、私たちは釣りをする
です。タイトルが間違ってる気がします




