122話:永遠に続く平和なんてないから、
「お化粧をした人間は地獄行きになって......に、人間を殺したドワーフは転生......??」
トモル先生が教える『裁判倫理学』の宿題は、基本的に簡単だった。
過去にポエナで実際に出された判決をいくつか見て、『公平』か『公平じゃない』のどっちかに丸をつけるだけの、シンプルな課題。
必ずボールペンを使ってって言われたから、私はたまたま近くに置いてた赤ペンを握ってて。
「強盗に入った人間は地獄行き......人間を何人も監禁してた悪魔は転生......なるほど......なるほどねぇ............?」
宿題を進めれば進めるほど、『ポエナの裁判官たちは腐ってる』とか散々言われてた理由がよくわかる。
とにかくね、人間差別がすっっっっごいの。
人間だけじゃなくて、サキュバスとかインキュバスとか、ゴブリンとかも結構ひどい扱い受けてるの。
「違法な物を持ってた人間は地獄行き。でもノームなら転生......。主人のケーキをつまみ食いした使い魔は転生できる。けど、インキュバスだったら駄目............」
とりあえず、三つ目以外は全部『公平じゃない』に丸をつける。いやでも、一つ目はどうなんだろ......そもそも『違法な物』がなんなのかわかんないとなんとも......。
「この人間さんも嫌われてるから地獄行き、この人間さんも地獄行き、嫌われすぎて街から追放された天使は転生......」
......天使。
天使って、そんなに偉いのかな。何か特別な能力があるって、ゾディさんは言ってたような気がするけど。
私が天使になれたのは、自分はもう死んでるって知ったから。ただそれだけ。
たまたま聞いちゃったから、なれただけ。
もし知らないままだったら、私はサキュバスになるしかなかった。例の『推奨学科リスト』には、それしか書いてなかっただろうから。
..................。
『公平じゃない』を、赤で囲った。
「それで、無理やり相手を恋に落としたキューピッドは地獄行き......インフェルッツァ宮殿の第二層に......」
キューピッドの知り合いは、まつ毛先輩くらいしかいない。天使と近い存在かと思いきや、全然そんなことはないみたいでさ。光魔法の授業ですら一人も見かけたことないの。
そういえば......あんなちゃんを引き取った男のヒトも、キューピッド......だったよね。
結局あのキューピッドさんが、あんなちゃんに何をしてたのかはわからないまま。でも、ひどいことをしてたことだけは確か。
「......あのヒトもちゃんと、地獄行きになったのかな............」
後ろにいるブレイズくんたちに聞こえないように呟いた後、私はプリントを裏返した。
赤ペンを使ってるからか、誰かのテストを採点してるような気分。
表と比べて、裏面は問題の数が少ない。
これならすぐ終わりそ——
「——————えっっ」
思わず二度見する。
赤ペンを落としそうになって、甘味が足りてない舌も噛みそうになる。
......見間違いじゃない。
『ネルソービュー行き』って書いてる。『人間』って、書いてる。
しかも。
「..................人外を殺した人間............!?」
誰かを殺した人間が、天国行きになってる。
こんなの初めて。『ネルソービュー行き』ってだけでも珍しいのに。
あ、......あれ......??
人間差別どこ行った????
い、いや、差別がないのはいいことなんだけどさっ、でもなんで、
しかも『人外』を殺した人間だよ??
人間嫌いの裁判官たちなら、問答無用でインフェルッツァ宮殿の第九層にぶち込むかと、
思って、
「......なんで............?」
たまたま、人間のことが嫌いじゃない裁判官が担当した裁判、だったのかな。
殺された『人外』が悪いヒトだったのかな。『天使』とか『死神』って書かずにわざわざ『人外』って記されてるってことは、何か訳アリってことだよね。
これは。
どう、しよう。
公平? それとも公平じゃない?
誰かを殺した人間は、流石に地獄に落ちるべき......?
「......いつの判決、なんだろう。何年前に起きた裁判なんだろ、これ」
もし、たった数年前だとしたら。
今、ここに。
ネルソービューに、いる可能性も............——
「————ガーディナー、見てください」
「ギッッッッッッッ」
ブレイズくんは背後から肩を強めにつついてきた後、私の顔を覗き込んでくる。
ウィローさんのオーバーリアクションについてはノーリアクションのまま、ほんの少しだけ目尻を下げた。
「お前より先に課題を終わらせました。これで俺は、お前より優れていることが証明されましたね」
「ふぁ......ぇ......あっ、マジ!? 課題終わったの!? 『裁判倫理学』の!?」
「はい」
「め、めっっっっずらしっ......あのブレイズくんが、宿題に手をつけるなんて......!!」
ブレイズくんはドヤ顔......とまではいかないけど、普段よりは丸い目で私をじっと見てくる。瞳の中の炎が、火花のように弾けて......るように見えなくもない。
すると、私が褒めてあげるより先に、彼の後ろから何かが擦れる音がした。
足音が弾んで、少しずつ小さくなる影が近づいて——
「んふふ~、ブレイズくん偉いわぁ~~」
ミニ魔女帽子に変身したミルルンが、ブレイズくんの頭の上に乗った。
髪の代わりに、黄色のリボンが風に揺れる。
「偉すぎるから、帽子になってあげるね~~」
「意味がよくわからないのですが」
「よしよ~~し、ブレイズくんったら可愛いわね~」
触手のように伸びたリボンが、彼の頬をくすぐる。まるで炎に焦がされるように、先から少しずつ青色に染まっていく。
表情は見えなくても、ミルルンが満面の笑みを浮かべているのはよくわかった。
「ブレイズくんの肌、やっぱり温かいわね~」
「......」
「焚き火みたいな匂いがするわ~」
「......」
そんなミルルンを、ブレイズくんは普通にはたき落とした。
地面にふわっと落っこちた帽子を、真顔のまま見下ろす。
「離れてください」
「ブレイズくん、わたくしが使い魔の姿だといつも嫌がるわよね~」
「帽子に撫でられても不快なだけですので」
「人間の手の方が好き~?」
「......。............」
ブレイズくんが目を泳がせてる隙に、私は勝手に彼のプリントを奪う。
そのまま勉強机の上に置いて、私のプリントと並べてみる。
————案の定。
「ぜ、全部『公平じゃない』に丸付けとるだけやないかーーーい!!」
「返してください」
奪い返したプリントを片手で振って、ブレイズくんはシワを正そうとする。ちなみにシワができたのは私のせいじゃないよ? シワッシワなのは元からだったからね?
「ポエナで出た判決など、全て不公平に決まっているのですから。考えるまでもありません」
「え、えぇ~............」
「それにトモルは、『この宿題に正解はない』とおっしゃっていました。これでも点はもらえるのですから、真面目にやる必要などないでしょう」
「それはそうかもしれないけどぉっ、」
でも。
案外、ブレイズくんの言う通りなのかな。
ただの宿題なんだし、いちいち考えすぎなくてもいいのかな。
考えすぎない方が、『私』らしい?
「ぅっ、うぅううぅう......でもずるい!! 私はちゃんとやったからブレイズくんもちゃんとやって!! じゃなきゃ『公平じゃない』っ、はい赤丸っ、ブレイズくんに丸付けてやるっ」
「意味がわかりませんっ」
「あらあら、追いかけっこ~? わたくしも混ぜて~」
善悪を判断できるほど、私は賢くないから。
とりあえず赤ペンを持って、ブレイズくんを追いかけまわしたのでした。
***
「え!? じゃあ結局、その『助っ人』ってヒトには会えなかったってこt——」
「ダァァアアァァァア声がデケェッ!!!!」
ペチンッッッて、キャベツくんに口を押さえられる。フクロウの羽が鼻も覆ってきて、ちょっと結構かなり息がしづらい。
彼の見開いた目の先を追ってみると、そこには笑いながら話してるまつ毛先輩とレベッカ先輩が——って、あっ......そっか......。
今は部室にレベッカ先輩もいるから......なるほど、だから口塞がれちゃったんだね。
「ったく......油断も隙もねぇ......」
「んむ。ぶべーぼぶぶぼー」
「なんて????」
解放された後、私は唇を軽く拭う。ちょっとだけ汗かいちゃった......。
「オホンッ......つまり、例の『秘密を吐かせる方法』は聞き出せなかったってこと?」
「そうなんだよっ!! まつ毛野郎と変態魚野郎があの倉庫の近くまで行ったんだけどなっ、結局誰もいなかったらしくてなっ!!」
「声!!!!」
れ、レベッカ先輩が別の話に夢中でよかったぁ......もし私たちのせいで『先輩はトモル先生と付き合ってるのか確かめる作戦』が台無しになったら、申し訳なさすぎるもん......。
「............私が急に倒れたせいで、会いに行くのが間に合わなかったとか......?」
「それはねぇと思うぞ? ってか、帰るんだったら連絡しろって話だよなっ! チビジャスによると、あれからなぁ~~んもメッセージきてねェらしいし——」
「呼んだゑ?」
「「ギャーーーーーーッ!?!?!?」」
『チビジャス』ことキラ目先輩は、相変わらず目をくりくりさせながら、急に私たちの目の前に現れた。
なお、キラ目先輩は両手にエビのおもちゃを持っていた(?)
「俺の話だゑ? わーーい! 俺も混ぜて欲しいのゑ!」
「い、いや、テメェの話っていうか......」
「? 違うのゑ?」
キャベツくんも、キラ目先輩が持ってるエビに気を取られてるみたいだった。
「あ......あれだよ、例の『助っ人』の......」
「あーーーーっ!! あいつ全然連絡してこないゑ! 詐欺だゑ!! レベッカに言いつけてやるゑーーーーっ!!!!」
私とキャベツくんは、二人がかりでキラ目先輩の口を押さえた。
しばらくしてから、私たちは同時に手を下ろす。
すると、キラ目先輩は特に怒ったり拗ねたりもせずに、口を『v』字型にしながら笑った。
「そうそう! そういえば、お前たちに実験体に——じゃなくて、プレイテストしてほしい道具があるんだったゑ!」
「今『実験体』って言わなかったか??」
「ぷれいてす......?」
『ぷれい』なんちゃらの説明はしないまま、キラ目先輩はエビのおもちゃを私たちに近づけてくる。鮮やかな赤の殻はプラスチックで出来てるのか、かなり頑丈そう。
「植物野郎共! 一人はエビの頭を、もう一人は尻尾を手で握ってみろゑ! うまくいったら何かが起こるはずだゑ!!」
「しょ、『植物野郎共』って私たちのこと!? 確かに私は草属性でございますけれどもっ」
と、いうわけで。
まだプレイなんちゃらがなんなのかよくわかんないけど、キャベツくんがエビの頭を掴むのを見て、私もエビの尻尾を同じように握ってみた。
すると、体が少しずつ熱くなる。
最初は気のせいかもって思ったけど、確かに顔が火照ってきて、私は反射で尻尾から手を離しちゃってっ、
あつ、い、
か、体がうずい、て、
何が起こって————っ
「うっ、うぎっ、うぎぎぎぎぎぎ......!?」
「て、メェ......オレらに何......さわらせ......ッッ!!」
最後に、キャベツくんと目が合う。
霞みだす視界の中、彼も必死に抗ってるのがわかる。
だけど、次第に視界が揺れて。
世界が回って、
髪の毛が逆さまになって、
私たちは————
——————ブリッジをした。
もう一度、言います。ブリッジをしました。
あの。
ブリッジって、あれだよ? 仰向けになって、両手両足を地面に付けて、腰を浮かせてアーチ状になるあれだよ?
二人仲良く、ブリッジをしました。
抗えませんでした。
体が勝手に動いてさ、ブリッジした後も動けなくてさ、完全に固まっちゃってさぁっ、
「クソッッッ動けねぇっ、どういうことだよ!?」
「やだやだやだぁっ、頭に血ぃのぼるぅうぅううぅううう」
力を抜こうとしても駄目なの。ブリッジなの。どうしてもブリッジが崩れないの。
世界が反転して、キラ目先輩も天井に立ってて、
「あれ? おかしいゑ......なんでお前たちブリッジしてるんだゑ?」
「こっちのセリフなんですけど!?」
あやばい疲れるっ、ブリッジ疲れるっ、疲れるのにやめられない地獄っっっ
「これは無理やりブリッジさせる道具じゃなくて、無理やりエビ反りさせる道具なんだゑ! 何かがおかしいゑ......」
「エビ反りとブリッジってほぼ同じじゃねェか!!!!」
「全然違うゑ!! ら、ライケル!! 助けろゑーーー!」
そして。
ブリッジ状態から動けなくなった私たちは、そのまま放置されたのでした。
「ライケル! ライケル~~~!! デバック手伝って欲しいのゑ!」
「へい、今行くぜぃ! 今度はどんなバグだぜぃ?」
一角先輩は忍者みたいに走ってくると、キラ目先輩からエビのガジェットを回収する。
しばらくエビの足を撫でた後、どっかにあったらしいスイッチを押して、ホログラムになってるモニターを空中に映し出した。
「エラーメッセージは出なかったのか? だぜぃ?」
「さっき走らせたときはなかったゑ......」
「ちょっと待てだぜぃ、コード確認するぜぃ......」
なんの話してるのか全然わかんないけど、一角先輩は連続で軽く指パッチンしながら、ホログラムをじっと眺める。
キラ目先輩も、背伸びしながら覗き込んでる。
「俺、やっぱこのツール嫌いだゑ! 妙にメモリ食うくせに、エラーメッセージすらまともに出してくれないんだゑ!!」
「我慢しろだぜぃ、このタイプのガジェットと一番相性良いのはやっぱり——あ。バグの原因わかったっぽいぜぃ」
「マジだゑ!?」
急に会話のIQが上がりすぎて、私とキャベツくんは顔を見合わせる。
そんなことよりもブリッジが苦しすぎて、困惑する体力すらあんまり残ってなかった(?)
「ほら、ここ。『x』が二回打ってあるぜぃ! だから向きがおかしくなったんだぜぃ」
「うわぁぁぁぁあまた誤字ってるゑ!!......ゑ? それが原因ならそもそもどうやってこいつ動いたんだゑ?」
「知らんぜぃ」
すると、マーキュリー先輩が何も言わずに、私たちの視界に入ってくる。
何故か紙コップを二つ持って、真顔のまま首をかしげてくる。
そして、キャベツくんに視線をロックオンして、目をフッと細めて——
「............」
「ちょっオイッ、っおま、何する気————」
彼はキャベツくんの胸の上に、水入りの紙コップを二つ置いた。
奇跡のバランスで立ってるそれは、キャベツくんと共に小刻みに震えてる。
「オ レ で 遊 ぶ な !!」
「ふっ......」
私もマーキュリー先輩と一緒に笑いたかったけど、笑ったらさらに腹筋にダメージ行きそうだからやめといた。
「〈あっ、ライケルーー! 今いいかな? ちょうどボクも、デバック頼みたいやつがあってさ!〉」
こっちに来たレベッカ先輩と目が合うけど、ニコッて微笑まれるだけだった。
たすけて————。
あの本当になんの話をしてるのかご存じではないですがあのそんなことよりも優先するべきことがあると思うんですよっっあの、ブリッジ、く、くるしっっっ
「............」
あ、ま、まつ毛先輩!! 来てくれたんだ!!!!
助けてまつ毛先輩!! いま声出したら『ぅぐぇぇえ』しか出ないくらいキッツいんです助けてくださいあの——
「........................」
まつ毛先輩は何も言わずに、私のお腹にウサギのぬいぐるみを置いた。
Kawaii————。
「〈一応動きはするんだけど、フォトセンサの反応がちょっと悪くてね! ハードウェアの問題なのかコードの問題なのかわかんなくて〜〉」
「......ちょっと待てだぜぃ。それよりも先に、やりたいことがあるんだぜぃ」
一角先輩はレベッカ先輩から離れると、ブリッジする私とキャベツくんの近くへやってくる。
水の紙コップやらウサギのぬいぐるみやらを落とさないようにしながら震えてる私たちを、ただ視界に入れる。
ヤンキー座りになって、私とも彼とも目を合わせて。
「お前たちに、一つだけ言いたいことがあるんだぜぃ......」
「んなことより先にオレら解放してくんねェかな!?!?!?!?!?」
「よくぞ言ってくれたキャベツく——ぅぐぇぇえ死ぬっ、喋ったら余計しぬぅっっ」
い、一角先輩は助けてくれるの? それともみんなみたいに見捨てるの??
わかってるよ!! どうせ見捨てるんでしょ!? 助けるような感じ出しといて結局変なこと言ってどっか行っちゃうんでしょ!?
「我......ずっと言いたかったんだけど、だぜぃ............」
ほらもうこの流れ絶対違うじゃんっっ
もうウィローさんは騙されないよっ、君たち急に会話のIQ高くなったりするけどだとしても騙されないからねっ、ウィローさんもう期待しないから——
「————お前たちの友人の、ローリエってやつに......恋しちまったんだぜぃ......」
次話:楽しみにしててね。
です。でもまだです




