120話:全てには、意味がある
「大変だゑ大変だゑ大変だゑ大変だゑーーーーーっ!!!!」
キラ目先輩は、瞳のハイライトじゃ誤魔化せないくらい目をグルグルさせながら、部室に入ってくる。身長はキャベツくんの半分くらいしかないけど、クロスにした両腕でドアを蹴破れるくらいの力はあるみたい。
「れ、連絡がっ、連絡が来たんだゑっっ」
「連絡? なんの? ジャスパーはいつも言葉が足りない」
「誰もドアがぶっ壊されたことにはツッコまねぇのか??」
マーキュリー先輩を先頭に、私たちはキラ目先輩の元へぞろぞろと寄っていく。
すると、キラ目先輩はその場で飛び跳ねながら、携帯を持つ手をブンブン振った。
「イミスタでメッセージが届いたんだゑ! 『レベッカに秘密を吐かせる方法を知ってる』って!」
「「「「「な、なにぃぃいぃいいいいぃぃぃいいいいいいい!?」」」」」
あっ、出遅れた! 私も一緒に『なにぃー!?』って言いたかったぁ......。
「一体誰から来たんデスノッ!? レベッカの交友関係は狭いはずで......彼女の事情を知っているということハ......」
「わ、わからないゑ......知らない番号から急に連絡が来たんだゑ......」
「なんか怪しい気がするぜぃ、詐欺かもしれないぜぃ!」
「さぎ......あ、その言葉の意味は知ってるゑ! デボラみたいなやつのことゑ?」
「全然違うだにっっっ!! 誰だにっ、またジャスパーに変なこと吹き込んだのは!?」
すると、キャベツくんは前に出て、勝手にキラ目先輩の携帯を覗こうとする。キラ目先輩は首をかしげながら、素直に画面を見せてあげてた。
「ホォ~ン......『レベッカの情報を知りたければ、共有したこの場所に来い』......この場所ってあれだよな? あのよくわかんねぇデッケェ倉庫の近くだよな?」
倉庫って、あれだ。
去年の冬、テオくんと一緒に不法侵入した、宇宙みたいなジャムがいっぱい保管されてる場所のこと......だよね。
そこでトモル先生が、ヒナタくんを............それで、テオくんが............。
「なんかよくわかんねぇけど、面白そうだから行ってみようぜっ! そこで例の助っ人?とやらが待ってるんだろ?」
「えっ」
あ......あそこにはあんまり良い思い出ないから、なるべく近づきたくないんだけど......。
それにもう、変なことに巻き込まれるのは............。
「まぁ、行ってみるのは賛成デシテヨッ。どこの誰だか知らねぇですけどっ、どうせならアテクシの配下にしてやるデスワッ!」
「しゃーねぇだにねぇ......付き合ってやるだに」
「レベッカに不信がられないように、『今から7人でブラジルに行く』って送っとくね」
「わーーい! 遠足だゑ! おやつにカタツムリ持っていくゑっ」
「ジャスパー、多分またカタツムリと焼き芋を間違えてるぜぃ!」
すると、みんなワクワクしたような表情を浮かべながら、軽い身支度を始める。まつ毛先輩はまつ毛をパサッてして、マーキュリー先輩は携帯の待ち受けを見てニッコリして、プニ先輩はあくびして、一角先輩はサイみたいに角で空を切って、キラ目先輩は芋を持ってきて、
あぁっ、ああぁぁあぁっ、なんか行く流れになってるぅっ、ど、どうしよっ、
絶対に行きたくないわけじゃない。ただ......
私......は............、
「————? あ、もしかしてガーディナーは嫌か?」
一歩、近づいてくる。
無意識に下を向いちゃってたから、最初に見えたのは彼の足。
片方だけフクロウの足で、もう片方は人間。左足だけ履いてる学生靴には、少しだけ傷が付いちゃってる。
顔を、上げてみると。
キャベツくんはちょっとだけしゃがんで、目線を近づけてくれた。
「お前が嫌なら、無理に一緒に来なくてもいいぜ?......あでもっ、それだと仲間外れみたいになっちまうなぁっ、~~~~とぉ......」
彼が考えるポーズをすると、羽のような耳がピクピク動く。
正確には、耳ではないらしい。彼の耳は普通に人間の耳で、顔の両側に付いてるもん。
神経は通ってないはずなのに、生き物みたいに動くのは......私の頭の上のアホ毛が動くのと、同じ原理。だったり?
実はお揃い、だったり............。
「あ~~~、どうすっかなァ......ここにバターフィールドがいりゃあ——」
「ううん、私も行く。一緒に行く」
「え? マジ!? 良いのか......?」
......うまく、言葉にできないけど。
キャベツくんに心配されたら......なんか......『別にいいや』ってなっちゃった。
だって、ほら。別に、あの倉庫の中に入るわけじゃないし? 倉庫の近くに行くだけだし?
流石にそれだけで、事件が起こったりは............。
「えへっ......平気だよ。キャベツくんもいるし」
「っ、? そ、そうかよ............。......?」
「そういうことでしたらっ、さっさと行きますワヨーーッ! 善は急げデスワッ!」
まつ毛先輩が先陣を切って、早速部室から出ていく。すでにぶっ壊されてた扉がさらにぶっ壊される。
だから私は、未だに怪訝そうな顔のキャベツくんを押した。
背中を、思いっきり押した。
「お、おいっ! 急に押すなよっ」
「ほれほれ~、早く行きまっせーー」
「だ~~~っっわかった、わかったってのっ、へははっっ」
......あ~~~~......。
こういうところが、『恋愛脳』ってみんなに馬鹿にされちゃうのかなぁ。
ゾディさんに......笑われちゃうな............。
***
「ライケル!! 俺、最近またいっぱい言葉覚えたゑ!」
本校舎から出た後、私たちはいつものレンガ道を歩く。
一歩進むたびに散るネオンブルーの砂埃が、私たちの足元を照らす。
「もう今度こそ忘れないゑ! テストしてほしいゑ!」
「任せろだぜぃ! 今回はどんな言葉を覚えたんだぜぃ?」
一角先輩とキラ目先輩は、互いにニコニコしながら先頭を歩いていた。
キラ目先輩がぴょんと跳ねるたびに、頭上に生えた桃色の毛が揺れる。
「まずはゑ......『67』! これを口に出すだけで、両手を上下に振らないといけない呪いをかけられる魔法の言葉だゑ!」
「正確にはただの数字だぜぃ!......まぁでも、それも正解だぜぃ、残念ながら」
「あとは『ゴミはゴミ箱に』だゑ! オシャレな悪口らしいゑ!」
「シャレてるかどうかはわかんないぜぃ、まぁでも悪口だぜぃ」
「......おい、キューティー?」
すると、私の後ろを歩いてたプニ先輩が、まつ毛先輩を肘で攻撃した。
「ダッッッ!? 何するんデスノ!?」
「とぼけるな! またジャスパーに変な言葉教えたのお前だによね!?」
「ちゃいまスワッ!! マーキュリー!! マーキュリーの仕業デスッ」
なお、責任転嫁されてもマーキュリー先輩は真顔のままだった。
「違うよ、僕じゃない。キャベツのせいだよ」
「は!?!?!? オレぇ!?!? ちげぇよっっ、急に矛先向けてくんなっ」
「ぶふっっっ」
私はつい吹き出しちゃったのを誤魔化すために、唇を噛む。キャベツくんがジト~~って目でこっち見てくるから、多分おそらく100%バレてる。
えっとぉ......は、話を変えよう!
大抵のことは、話を逸らせばなんとかなるっ!!(なりません)
「ね、ねーねー、キラ目先輩ってもしかして幼い? ゴブリンの平均身長がどれくらいなのかわかんないけど、結構背も小さく見えるし......」
「いや? そんなことはねぇだによ? ただ言葉を覚えるのが苦手なだけだに」
プニ先輩は両腕を組みながら、キラ目先輩の背中を眺める。
「よく虫と野菜を間違えるだに。あれはマジで意味がわからんだに......」
「確かにこの前、コオロギとネギを間違えてたもんね~」
「あとヒトの名前を覚えるのも下手くそだに! この前なんて『クローバー』のことを『シェルシェルメン』って呼んでただにっ!」
「あ、私と一緒! 私も名前覚えるの苦手!」
「............でも......」
濃い紫色の瞳に、街灯が反射する。
彼女は鼻で笑うように、フッと息をつく。
「あいつはめちゃくちゃ馬鹿だし、色々危なっかしいだにけど......わたす達の中で一番純粋かもしれないだに」
「オーーーーッホッホヘホッホ! それは同感デスーーッワ!」
まつ毛先輩も、桃色の扇子と背中の翼をパタパタさせながら笑う。
その笑顔は、いつもと少しだけ違った。普段は爆発するミルクレープみたいに笑うけど、今回はミネストローネのような......なんというか......。
「......へぇ~......」
私は改めて、二人の温かい視線の行く先を辿る。
キラ目先輩の隣を歩く、一角先輩も......どこか、優しい顔をしてるような気がする。
時々呆れながらも、視線を逸らすことがない。
そして、キラ目先輩は......——
「ンギャッッッ!?」
——向こうから来た他の生徒にぶつかっちゃって、子供みたいに転んじゃった。
一角先輩と話すのに夢中で、ちゃんと前を見てなかったのかな。
「だにっ!? ほらもぉっ、言ったそばから!」
プニ先輩はため息と笑いを混ぜたような声を出しながら、彼の元へ駆け寄った。
私とキャベツくんは、一旦顔を見合わせる。
多分、お互い考えてることは同じで。
私たちは微笑んで。
同時に目を逸らした後、そのまま彼女の後を追って歩い
「あっは、ごっめぇ~~~ん! アンタ小さすぎて見えなかったからつい~~~」
............足を、止めてしまった。
キラ目先輩にぶつかった生徒は、その場から離れようとしない。
コウモリ型の羽を広げて、舌を出す。尻尾に付いたハート型を彼に向ける。
赤色のネクタイ、ってことは、私と同級生。
彼女の隣には、もう一人サキュバスの生徒がいる。何も言わずに、ニヤニヤこっちを見てる。
一瞬、何が起きてるのかわからなかった。
けど。
キラ目先輩から、笑顔が消えていた。
「でも許してくれるよね? アンタはゴブリンなんだし......」
サキュバス科の生徒たちは、一斉にクスクス笑う。
口元に手を当てたり、お互いに耳打ちしたり。
......わかってる。サキュバスが、みんなこうなわけじゃない。
良いサキュバスも、インキュバスもいる。......オリーブくんみたいに。
だから............っっ
「その肌の色じゃ、痣ができても大して目立たないでしょ?」
「......、............ゑ............」
キラ目先輩は、自身の手のひらを見下ろす。
綺麗なジャスパーグリーンが少し抉れて、よく見ると血が滲んでいて、
「あ............」
再び、サキュバスたちを見上げた先輩の瞳が。
うるっと、水面のように揺れ——
「——————————おい。殺すぞ?」
一瞬で現れた手が、サキュバスたちの一人の顎に掴みかかる。
さっきまで、私たちの後ろにいたはずのマーキュリー先輩は、ただ静かに目を見開く。
彼の頬に、首に、指先に......鱗が現れて。
泡の色だったはずの瞳が、深海へと溺れていく。
「今。お前。ジャスパーを傷つけたな」
「は......? な、何アンタ? ま、待ってっ、やめっっ」
「ジャスパーはゴブリンだから、傷つけてもいいの? へぇ。だったら......」
マーキュリー先輩の声が、荒波のように、何重にも重なった。
同じ声がエコーして、それぞれが別のボイスチェンジャーに掛けられたような声。
すると、掴まれたサキュバスの顎が、どんどん色を失って、
「お前はサキュバスだから、殺してもいいよね?」
「ぁっ、あぁぁああぁがぁが、がががあああッッガ」
サキュバスは口から泡を吹きながら、白目を剥いて——
「こらっ、マーキュリー!! ヤメナサイッッ」
まつ毛先輩は急いで駆けつけると、マーキュリー先輩の頭を強く引っ叩いた。
「気持ちはわかりますケドッ、手を出したら処罰を受けるのはお前デシテヨッ!!」
「............」
「マーキュリー! 手を! 離しなサイッ!!」
「..................」
「マ ー キ ュ リ ー ? アテクシの言うことが聞けないんデスノッ?」
「..............................はぁ............」
彼はサキュバスを捨てるようにして解放する。
サキュバスはそのままレンガ道に尻もちをついて、他の仲間たちと一緒に震えて。
声も出せなくなった彼女たちは、一目散に逃げて行った。
少しずつ......本当に少しずつ、マーキュリー先輩の手から鱗が消える。
瞳から、暗い色が蒸発していく。
あまりに一瞬の出来事だったような気も、それと同時に時が止まっていたような気もして。
私はまた、何も言えなかった。
「............あーあ。殺したかったのに」
マーキュリー先輩は、自身を運ぶディスクと一緒に宙を回りながら、鼻からため息をつく。
彼の声も、いつも通りに戻っていた。
「キューティーはいつも僕の邪魔ばっかりするね」
「いい加減にしろデスワッ!! アテクシはあなたのために——」
「ま、マーキュリー......俺のこと、助けようとしてくれたゑ............?」
その場に座り込んでたキラ目先輩は、膝から砂をはたきおとしながら立ち上がる。
そして、マーキュリー先輩が座るディスクに手を置いて、上目遣いで彼を見る。
「俺を庇って......俺のために、相手をやっつけようとしてくれたんだゑ......?」
「......」
「ひっ......えひひっ......ありがと、だゑ......」
「............」
すると......マーキュリー先輩は、オルゴールと同じくらい、ゆ~~~っくりとそっぽを向く。
魚の尻尾を足みたいに揺らして、遠くを眺めはじめて、
少しずつ、顔中が『かぁぁあ』っと青くなって。
「......別に............僕が......勝手にムカついただけだし............」
「なんでアイツ照れてんだに?」
「ほんとレベッカ以外にはツンデレですワネーーーッ」
「変な奴だぜぃ!」
そしていつも通り、全員が寄ってたかって一人をからかう。
私と、いつメンの五人がみんなで......キャベツくんとか、ブレイズくんをからかうときと同じように。
............す......ごい。
そっか。そう、だよね、このヒトたちはもう、何年も前から一緒なんだもんね。
友達だもんね。親友だもんね。
家族、みたいなものなんだもんね。
「..................ね~ね~、キャベツくん?」
「んぁ? なんだ?」
『笑顔拡散委員会』の元祖メンバーたちが言い争ってる間、私はそっとキャベツくんに耳打ちする。
やっぱり、彼はかがんでくれる。
「このあとさ、ブレイズくんたちに会いに行こ~よ。夕方くらいならみんな暇だろうし」
「? いいけど、あいつらになんか用事でもあんのか?」
「んーん? 別に? ただ......」
私は彼の制服の裾を引っ張って、後ろに下がらせる。
少しだけ離れたところで、二人で他のみんなを眺めるの。
「ゑへへ〜......お前たちになら、別に監禁されてもいいゑ~。みんな優しいゑ~」
「なに急に怖いこと言ってるんだぜぃ??」
「お前たちになら閉じ込められても——......ゑ? なんて言おうとしたか忘れたゑ」
「??????」
......楽しそうなヒトたちを見てると。
血の繋がってない、家族を見ると。
温かくなって、安心して、
私自身は関係ないはずでも。
一人じゃないよって、言われてるような気がするの。
............変。なのか、な。
「ただ......みんなに会いたくなっただけ。それだけだよ」
「............」
私はキャベツくんに笑いかけた。『みんな』の中には、もちろん彼も入ってるから。
それなのに、キャベツくんったらびっくりしたような顔しちゃってさ。と思ったら、口をもごもごさせながら顔逸らしちゃってさ。
「そ......そうかよ」
「やーいやーい、こっち見んかい!」
「......」
「キャベツくんのヘタレクソやろう~~」
「うるせぇな!!」
過去を忘れちゃっても。
あんなちゃんには、もう会えなくても。
私は幸せだよ。
......幸せで、いいんだよね。
* * *
............あ......れ?
おかしい。なんで私、また夢を見てるの?
だって私、まだ現実にいたじゃん。
あの後、例の倉庫の近くに行くはずだったんでしょ?
『レベッカに秘密を吐かせる方法を知ってる』ってヒトに、会いに行くはずだったのに。
なのになんで私、また宇佐川なのかになってるの?
なんで、あの公園にいるの?
なんで、あんなちゃんと一緒にベンチに座ってるの?
なんで、雨が降ってるの?
なんでこんなに寒いのに、なんでこんなに痛いのに、
なんで私は、下を向いてるあんなちゃんに向かって、
手を、伸ばして——
「ねぇ......ねぇ、あんなちゃん......」
......そう............だ。
これは。これ、も。
あんなちゃんが孤児院を出て、数年後の記憶。
あの日は、朝顔の匂いが消えていて。
ただ。湿った土が靴下を刺す感触だけが、残っていた。
「あんなちゃん、もしかして............」
「新しいお父さん、と......あんまり、うまくいってないの............?」
次話:だから全てを疑って
です。ウィローちゃんの本質に触れます




