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119話:ツギハギが始まる

「〈——そんな死者の魂にも、転生せずに『体』を得る方法があるんだよねっ!〉」



レベッカ先輩は、黒板を這うチョーク虫(命名)を捕まえながら、私たち生徒に向かってあざとい笑みを浮かべた。

頬に片方の指を当てて、首をクイッて傾けさせる。



「〈もちろん、一時的ではあるんだけど......とある魔法薬を特別な方法で接種すれば、生者にそっくりな『体』を手に入れられるんだ!〉」



......『S』なんちゃらの話、だよね。これ。

それか、『眠りココア』......。



「〈どういう仕組みかって言うと~......まぁ要するに、魂を騙すんだ! 魂が『転生』してまで『体』を欲しがる理由は、『欲』を満たすためだって、最初の授業で言ったでしょ?〉」



彼女は自分の髪を手でといて、角に引っかかっていた寝癖を直す。



「〈例の薬で『体』を得れば、たとえその『体』が本物じゃなかったとしても、食欲とか承認欲求は満たすことができる。だから死者の魂は、自分が本当に『体』を手に入れたんだと勘違いして、『転生』を目指そうとしなくなる......〉」



すると、先輩は黒板に描かれてた魂の絵の横に、ニコちゃんマークを描いた。

チョーク虫が、彼女の手の中で暴れてる。




「〈これが、『幽霊』の正体だよ。魔法薬のおかげで偽物の『体』を手に入れた結果、生者とそう変わらない生活を送れてしまうのが、『幽霊』......〉」




......周りの天使や悪魔たちが、難しそうな顔で授業を聞いてる中。

ウィローさんは後方腕組みをしながら、口の中でペパーミントキャンディーを転がしていたのでした。



いや~~~~~~。この授業を受ける前から、すでに色々知っててよかったぁ~~~~。もし初見で『魂がどうの』って言われても、『????』ってなってた自信しかないもん。


ていうか、もうすでに『眠りココア』がなんなのかとか、私たちが幽霊だってことを知ってても普通に「......?」ってなってるもん私。わかってるんだけど、わかってないみたいな?



レベッカ先輩の授業は、多分わかりやすいんだけど......なにぶん、ウィローさんの理解力が終わっているせいで......。


ゾディさんが色々説明してくれたときも、こんな感じだったなぁ。『「透明化」ってなんだっけ?』とか、『Sなんちゃらと眠りココアが同じ薬??』とか、何回も聞いちゃって......。




『「人間の魂を、人外の魂に変えてやりたい!!」とか。願う人外がたくさん現れてねぇ。だから、ネルソービューとポエナが生まれた。だから——』


『「S/Co-3928」が——「眠りココア」が——......「魂に一時的に体を与える薬」が、開発された。天使以外の人外も、死者の魂に干渉できるように』






......


............ゾディ、さんも......ネルソービューの先生とか、向いてたんだろうなぁ......。

本人は、やりたがらないだろうけど.....。



っ、........................。





授業。聞かないと。







「〈『生者の体』と『偽物の体』には、実はそこまで違いがないんだ! 一番わかりやすい違いといえば、『死者が薬で得た体』には、黒い穴が空いたりする〉」


「〈魂が強い精神的ストレスを感じちゃうと、本能的に体から抜け出そうとして......『偽物の体』は本物に比べて薄いから、穴がいくつも空いちゃったりして............〉」




......これはすでに知ってることだし、多分理解できてる。

だって、私自身も......。............。




「〈あと、『偽物の体』では新しい生命を生み出すこともできないよ! 要するに、赤ちゃんは作れないってこと!〉」




あ、それは知りませんでした......。





「〈あとは、そうだなぁ......『偽物の体』を与えられる薬はね、毎日飲んでおけば、長い間効き目が続くんだ!〉」


「〈でも......もちろん、永遠ではない〉」





......先輩は、簡易的に描かれた天使の絵に、バツ印を付けた。


永遠じゃ、ない? それって、つまり、




「〈魂を騙せるのは、せいぜい四年くらいなんだよね。四年も経てば、魂も、自分の体が偽物だってことに気づいちゃう! 魔法薬が効かなくなっちゃうんだ!〉」




効かなく、なる。

薬が効かなくなったら、私は————私たち、は。


死者のまま、存在できなくなる。転生するしかなくなる。



ネルソービューを、卒業。する。



『ネルソービューの教授の中には、元卒業生が一定数います』


『もしかするとネルソービューは、卒業後も幽霊としてここに留まる選択肢を与えてくれるのかもしれない。......もしくは、記憶や姿を保ったまま転生させる技術を持っているのかもしれません』



......これ......ブレイズくんが、だいぶ昔に言ってたことだけど。


つまり。四年間しか魔法薬が効かないってことは、後者......ってことだよね。

『記憶や姿を保ったまま転生させる技術』が、ネルソービューにはあるってことで。



つまり......ネルソービューを卒業したら、私たちは間違いなく転生する。


転生観覧車に乗って......人外として......生者、として......。






「〈でもみんな、見方を変えてみてっ! 例の魔法薬は、四年しか効き目が続かないけど......四年って、冷静に考えてみればだいぶ長くない?〉」



レベッカ先輩はチョーク虫を黒板に放つと、立てた人差し指を天井に向けた。



「〈四年もあれば、人間が人外にもなれちゃうでしょ? ネルソービューに入学して、卒業することだってできちゃうでしょ?〉」

「——————————!!」





四年!


そっか! だから四年なんだ!!



だからネルソービューは、四年生までしかないんだ!!

その四年の間に、人間の魂を人外の魂に変えようとするんだ!!


四年経ったら、もう薬が効かなくなるから......!!!!





......って......とりあえず、衝撃の事実感......出しちゃったけど......。


これって、そこまでびっくりするようなことなのかな......? もしかして『確かに~』で済むような案件だったこれ......?





「〈四年は短いようで、結構長い! 魔法もたくさん学べるし、空を飛ぶ練習だってできちゃう!〉」


「〈一つの物語を、紡げるくらいの長さだよ〉」


「〈......だから............〉」




先輩は、にっこり笑いながら息を吸って、




「〈ネルソービューは、君たちに『眠りココア』をあげて——この四年間、毎日『偽物の体』を与え続けてるんだよ?〉」






——————————それは。


もうすでに、私が知ってたことで。彼女はそれを繰り返しただけで。



それでも、講義室全体が凍り付いた。




「〈『眠りココア』ってすごいよねっ! 毎日飲み続けるだけで、四年間も生者ごっこができちゃうんだもん!〉」




全員が口を閉じていたけど、空気だけは嵐のようで。


世界で一番静かな、ざわめきだった。




「え——————————っ」




レベッカ先輩が、それを口に出しちゃったってことは。


『眠りココア』の正体が、例の魔法薬だって。

偽物の体を与えられる薬だって、みんなの前で言っちゃったってことは。




君たち生徒は、もうすでに死んでるんだよって、公言してるのと。同じ............——









「〈あっっっっは! あはははははっっ!! 顔!! みんなの顔~~~~!!!!〉」



先輩はお腹を抱えながら、口を閉じたまま大爆笑する。

『笑顔拡散委員会』のリーダーらしく、悪意と快楽に満ちた笑顔を浮かべる。



「〈大丈夫だよっ、そんなに青ざめなくても! ここにいるやつらはみんな、どうせ自分が死んでることに気づいてるんでしょ?〉」


「〈だから言っても大丈夫なの! 安心して?〉」



全員、キョロキョロするのをやめる。

天使と悪魔の翼を、震わせるのをやめる。





そう。


もう、知ってた。察してはいた。

私だけじゃなくて、ここにいる全員が。きっと。





『ネルソービューの生徒ってね、全員死んでるんだよ~~??』

『そんなに信じられねぇんだったらぁ、近くの「大天使科」か「大悪魔科」の生徒に聞いてみればーー??』


『「推奨学科リスト」に「大天使科」か「大悪魔科」が載るのって、自分が死んでることに気づいたやつだけだもん!』





......かつて。テオくんが言ってたことは、やっぱり本当だったんだ。


二年生になったばかりのとき、大勢の前で、テオくんがバラしちゃって。結局その場で先生に隠蔽されたというか、誤魔化されてたけど。



あのときに、多分。大天使科と大悪魔科の生徒だけは、全員察した。





で......でも。


でもさ。



でもさぁっっっ





「〈さて、今日の授業はここまでっ! また来週~~〉」




ネルソービューの教授が、そんな堂々と言ってくるとは思わないじゃん!!!!


びっっっっっくりするわぁっっっ!?




***


「ねぇ、ガーディナー。より刺激的なキスの方法とか知らない?」

「びっっくりするわぁ......急にどしたの......?」



『笑顔拡散委員会』の部室なう。


レベッカ先輩以外は全員いて、みんなそれぞれ好きなことしてる感じで。私はキャベツくんの隣で、メンチカツサンドを貪ってたんだけど。



「刺激的な、き、キス......って言った......?」

「うん。ガーディナーなら知ってるかなって思って」

「なんで????」



珍しく、マーキュリー先輩が話しかけて来たと思ったらこれだもん。


他のみんなにも今の聞こえてたんだろうけど、全員当然のように無視してる。

まつ毛先輩はさっきからず~~~っとメイクしてて、一角先輩たちは......しりとり大会で盛り上がってるっぽい。


キャベツくんだけは唯一、プルコギ丼を掻き込む手を止めて、私たちの方をチラチラ見てきてるけど......。



「レベッカに秘密を吐かせたい。いっぱいキスしたら吐いてくれるかも」

「それはいくらなんでも力技すぎじゃ......」



秘密って、あれだよね? レベッカ先輩とトモル先生が付き合ってるのかどうかっていう。

......ない......と思うんだけどなぁ......。でも、前のあれを見たら......。



「で、でも私、キスの方法とか全然知らないし、っていうかそもそもキスに種類とか——」

「五右衛門キス。アクロバティック土下座キス。シューティングスターキッス。他にも色々あるよ」

「全部初めて聞いたけど......????」

「なんかすごいキスをして、レベッカをキャパオーバーにする。頭が馬鹿になったレベッカなら、本当のこと言ってくれるかもしれない」



マーキュリー先輩は青い舌を出しながら、軽く肩をすくめる。

ディスクの上で足——じゃなくて、二股に分かれた魚の尻尾を組みなおす。



「そこで本当のことを打ち明けたレベッカに、『トモルと付き合ってるのに、僕にキスされたらそんな顔しちゃうんだ?』って言って、深いキスでフィニッシュ......」

「......ほ......へぇ......」

「完璧な作戦だと思わない?」

「............」



反応に困ってると、先輩は顔をズイッと近づけてくる。塩の匂いと、砂糖漬けにされたミントの香りがする。



「あと必要なのは、確実にレベッカを仕留められるキスの方法だけ。ガーディナーが考えて」

「な、なんで私?? 絶対人選ミ——」

「お願い。助けて」



こ、こいつっ、私が基本断れないのを知って......っっっ


む、むりむりむりむり思いつかない!! キスなんてしたことないし!! 過去の私も多分したことないっぽいし!!!!



それ、に......キャベツくんが見てるのに、キスの話なんて——




「——————————あっ」

「? 思いついた?」



そ、そうだ。私にはアレがあるじゃん。


あまりにも実感が湧かなさすぎて、なんなら時々忘れちゃう、あの才能が......。



「......先輩。ここに、床があるじゃろ?」

「ほんとだ。床がある」

「そしてここに、魔法陣チョークがあるじゃろ?」

「食べていい?」

「駄目」



私は水色のチョークを強く握りながら、床に魔法陣......の......つもり、のやつを描いた。


そして、目の前にいるマーキュリー先輩をよく観察しながら、魔法陣に両手をかざす。

そのまま、ゆっくりと息を吸って、先輩から目を逸らして——




「............『マーキュリー・なんちゃら』!!!!!!」



どうしてもフルネームが思い出せなかったから、勢いで誤魔化した。



すると、一応成功はする。煙も少ししか出なかった。

魔法陣から新しく生み出された先輩は......見た目は本人によく似てるし、背丈も合ってる。彼をいつも運んでるディスクまで再現されてる。


ただ......。



「ナッ......ナンチャラッラ......ラ......」

「ご、ごめん先輩っ! 名前思い出せなかったせいで『なんちゃら』しか言えない個体になっちゃった......」

「これ、もしかして召喚術? すごいね」



マーキュリー先輩は少しだけ目を見開きながら、召喚された先輩二号に向かってそっと手を伸ばした。


先輩二号は、本物と同じような表情を浮かべて、ゆっくりと首をかしげる。

瞳に巣食う炭酸のような泡が、本物と同じようにぷかぷか浮かんでいる。



「......僕そっくり。でも、なんで急に召喚術?」

「わ、わかんない? ほらあれだよっ、分身と一緒にレベッカ先輩に......き、キスすれば、結構刺激的かなぁ~~って......」

「なるほど」



先輩は、目の前にいる自分のコピーから、目を離そうとしない。

小さく「ナンチャラ...」って言い続けてる分身の頬を、そっと指先でつつく。


透明感溢れる肌に、髪に、瞳に......手を、かざす。


お、思ってた以上に興味を示してくれてるっぽい......? ウィローさんの苦肉&適当な策がまさかの通用した......!?




「..................本当に。喋り方以外は、僕と同じなんだね」

「う、うん......。喋り方なおしてほしかったら、もう一回召喚しなおそっか? 先輩が名前さえ教えてくれれば——」

「ううん、平気。............」



すると先輩は、自身の偽物の頬をつねる。

その後は、おでこにデコピンする。



「チャッ、チャラ......ナンチャ......」

「..................................................................」



そして今度は、顔をしかめた複製体の頭を撫でた。




「............なつかしい」

「え?」




マーキュリー先輩は、あまり焦点の合ってない目を私に向ける。

先輩二号の頭をポンポンしたまま、珍しく微笑んで......。




「まるで、双子の............————っ」




だけど急に、手を離した。

夢から覚めたかのように、息を呑む。複製体から離れる。


自分の手のひらを、目を見開いたまま眺めた。



「————、......あれ............なんだっけ............」

「せ、先輩? 急にどうし——」

「なんでもない。なんでもないよ。ただ——」


「〈!?!?!? マーキュリーが増えてる!?!?〉」




タイミングが良いのか、悪いのか。


レベッカ先輩はドアを開けたまま、その場で青ざめてる。まるで化け物に遭遇したときみたいな表情を浮かべて、プルプル震えてる。


マーキュリー先輩が増えてるって時点で、もうすでに嫌な予感がしてるみたい。




「〈ぼ、ボク......やっぱりまだ用事あるから、ちょっと——〉」


「「ナンチャラッ!!!!」」



マーキュリー先輩のコピー(と、普通に喋れるはずの先輩本人)は、「なんちゃら」って復唱しながら光の早さで平行移動する。


そして、早速レベッカ先輩に......あ、あぁ............。




「「チャラッ! ナンチャララッ、チャラーーーーーッ!!」」

「〈待って待って無理無理怖い怖い何っ、なんなのっ!?〉」



............これって......ウィローさんのせい、なの......?

違うよねぇ......?




「ガーディナー、もっと僕のクローン増やして。1体だけじゃ足りない」

「さ、さーいえっさ~......」

「〈召喚術!? ねぇ待ってガーディナーちゃんやめっ〉」




「「「「「「「ナンチャラッ!」」」」」」」






......と、いうわけでして。


さっき、マーキュリー先輩が何を言おうとしたのか気になるけど。改めて聞けるような雰囲気じゃなくなっちゃって。さっきのことは、私も途中で忘れちゃって。


言われるがままに、『なんちゃら』しか言えないマーキュリー先輩を召喚し続けて。





「「「「「「「「「ナンッ」」」」」」」」」


「〈うるさっっ!?!?〉」





なんか楽しくなっちゃった私が、10体目を生み出そうとした、


その、時。




「————————~~っわ、」



一気に魔力を使いすぎたのかな?


流石に連続で召喚術使うのはあれだったのか、ちょっと視界が霞んじゃって。

足がおぼつかなくて、そのまま後ろに——




「オイオイオイオイオイ!! 大丈夫かよ!?」


「、~~~~~~~~~ぁ」




倒れそうになったんだけど。


キャベツくんに、きゃ......キャッチ、された......というか。

後ろから受け止めてもらった、というか。




「急に倒れたらびっくりするだろ!! いいいい、医務室行くか!? と、トモル先生ンとこ行くか!?」

「だ、大丈夫......ちょっとフラついただけ......」

「それホントに大丈夫なやつかよ????」




本当に、大丈夫だったの。


視界はすぐに戻ったし。目も回らなくなったし、普通に二本足で立てるようになったし。



......でも。


なぜか、『本当に大丈夫だよ』って。言えなかった。

言いたく......なかった。




「............多分、召喚術......連続で使ったから......」

「おいおい、あんま無理すんなって......ホントにほっとけねぇやつだなオマエ......」

「........................」

「なんか言えよっ」




私の翼を折っちゃったりするのが怖いのか、キャベツくんはあんまり腕を動かそうとしない。

抱きしめようとはしない。ただ、後ろから受け止めてるだけ。もたれかかる用の柱になってくれてるだけ。


......だから。キャベツくんの翼に、気づかれないようにそっと触れる。指と指の間で、一本の羽をつまむように。



フクロウは、人間よりもずっと体温が高い。

天使よりも、ずっとずっと温かい。



もうすぐ冬だから。部室の窓からは、隙間風も入ってきてたから。


これくらいの熱が、丁度良いかなって。




思ったん......だけどなぁ............?






「「「「「「「「「チャッ」」」」」」」」」


「〈た、すけてっ、だれかたすけてぇっっ〉」




先輩二人は相変わらず。


他の先輩たちも、しりとり大会がよっぽど白熱してるのか、全く周りが見えてないみたい。キラ目先輩なんて、本気ガッツポーズしてるし。





「......ガーディナー? あれはどうすんだ?? ほっといていいのか?」

「..........................................」

「............?......。............」





............レベッカ先輩の言う通りだな。


私とキャベツくんの体は、魔法薬で作られた、偽物の体だけど。

生者と死者の体って。そこまで違いはないんだ。


だって。


翼に......背中に、ずっと。さっきから。





キャベツくんの、振動が。



伝わってくるんだもん。





..................。










次話:全てには、意味がある

です。笑顔拡散委員会にフォーカスを当てていきます

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