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114話:ご都合主義

「ウィローさんは、キャベツさんのことが好き......なんだよ、ね?」




............オリーブくんは。


私の指先から、そっと手を離して。



眉を下げたまま、へにゃ...と笑った。




「——————————え、」

「大丈夫。ぼく、ちゃんとわかってるよ」

「ちょ、ちょっとま、って、まってよ」

「ウィローさんは、最初から......ずっと.....」


「待ってってば! 私はキャベツくんのこと——」



否定しなきゃ。

......一番最初に思ったことは、それだった。


本能的に口が開いて、オリーブくんを安心させてあげなきゃって、



「————、——っ——————っっ」



なのに。


言葉が出てこなかった。口をパクパクさせることしかできなかった。



心臓が冷たくなる。凍りたくないから、縮んで伸びてを繰り返す。

血管の位置がわかってしまって、気持ち悪い。



......『好き』って。なんなんだろう。


少女漫画の主人公がよく呟く、オーソドックスな台詞。

もうとっくに、この世界が聞き飽きてしまった台詞。



それなのに。私は少女漫画も小説も、たくさん読んできたはずなのに。

未だに答えがわからないの。




「ウィローさん」

「、っ」



私はつい後ずさる。


そんな私を咎めるように、背後に立つ棚の引き手が腰を殴ってくる。


相手はオリーブくんだよ? 怖がることなんて何もない。

向き合わなきゃ。ずっと逃げてきたんだから。



「あ......あのねっ、オリーブくん、私......私も......」

「......」

「キャベツくんのこと、す、す......き、なのかなって思うときある、し、実際オリーブくん以外にも聞かれたことあるしっ」

「......うん」



あの告白を、なかったことにできないとか。応えなきゃ、とか思っておきながら。

結局、オリーブくんに甘えちゃってたんだから。



「でもね、わ、わかんないの! 恋とか私っ、全然したことないし、た、多分、過去の私もしたことないだろうし、」

「......」

「だ、だから、その......なんというか............っ」



『キャベツくんのことが好きなのかどうかもわからないから、オリーブくんと付き合ってもいいよ』?

『私のことが好きなのはオリーブくんだから。私たちが一緒になった方が、全部穏便にすむだろうから』?

『キャベツくんは多分、私のこと好きじゃないから』?



............なんて。


なんで、上から目線の言葉しか、思いつけないんだろう。


なんでこんな、不誠実なことしか言えないの、っ、

こんな気持ちで応えられても、オリーブくんが嬉しいわけっ




「私は、ね......オリーブくんの、こと............」




『オリーブくんのことが好き』


......そう、言えばいいのに。それが一番良いのに。



それを口にしようとするたびに、何故か苦くなるの。

嘘をついてるような気分になるの。


ちがうのに。私は本当にオリーブくんのこと好きなのに。

好き、なのに。

......『好き』......?




「お、りーぶくん、は......私の......た、たいせつ、な......っ」


「——ねぇ、ウィローさん。ぼくの気持ちのことなんて、考えないでほしいな」




オリーブくんはそっと、まるで......迷子の子猫に近づくように。


驚かさないように、怖がらせないように。私の顔を覗き込んできた。



窓から差し込む太陽光が、彼の角に反射する。

短くなった髪を、優しく色づけるの。


インキュバスは、悪魔の仲間なはずなのに。とてもそうには見えない。



......なんで。

なんで。オリーブくんは笑ってるの?




「あのね、ウィローさん。ぼくはあなたのことが好きなんだ」

「う、うん、そう、だよね——」

「だからね。あなたを絶対に傷つけたくない。ぼくのことで色々悩ませちゃうのも、本当に嫌なんだ」


彼はため息を零すように、笑みを落とした。


「ウィローさんが、自分の気持ちを捨ててまで、ぼくと付き合わなきゃいけないなんて......そんなの駄目だよ。絶対ダメ......」



私が口を開く前に、オリーブくんは首を横に振った。

口角を上げたまま、フッと目を細める。


『圧』と言えるほど、重くも冷たくもないのに。有無を言わせない意志だけは、強く感じて。

私を黙らせるには、十分で。



「ご......ごめんね、意地悪なこと聞いちゃって。ちょっと質問を変えよっか......」

「、」

「ウィローさんは、キャベツさんのこと......どういうヒトだと思ってる?」



どういうヒト?


どういうヒト、か。

それくらいなら......普通に答えられる、よね?



「きゃ、キャベツくんは、その......お......おもしれー男だと思ってるよ......?」

「ふふっ、ぼくもそう思う......」

「あとね、け、結構バカ! かと思いきや賢いときもある! でもやっぱりバカ!」

「うん......要領は良いんだけどね、キャベツさんは」



オリーブくんはずっと笑ってる。


......なんだろう。この感じ。

尋問、とは程遠いけど。公開処刑とも違うけど。



「や、優しいところはあるよ。一応」

「......『一応』?」

「ぅ......や、優しい。だいぶ不器用だけど。すごく......優しい............」



か、カウンセリングを受けてる、みたいな?

? なんで?? 冷静に考えたら謎すぎるなこの状況......。



「っあ、あのね! キャベツくんはなんも考えてないと思いきや、結構考えてたりするの! 結構、す、鋭い......ときも......」



『おい、ガーディナー。やっぱお前......最近、なんか悩んでんだろ』

『話せよ!!!! オレたちの仲だろ!?』


......懐かしいな。もうこれ、一年以上前のことなんだ。



「でもそのくせ、やっぱりバカなの! 思わせぶりなこと言ってきたりするの!! わ、私もあんまりヒトのこと言えないかもしれないけどさっ」



『お前は......オレにとって、特別......だからよ......』

『だってお前、ネルソービューでできた最初の友達だしっ』


あのとき私、キャベツくんのこと......ヘタレくそやろうって言っちゃったんだっけ?




「い、いっつもヒトのこと振り回して......変なことに巻き込んで......」




『おーーーい!! そこの悪霊~~~! オレたちになんか用か~~~?』


『と・に・か・く! ガーディナー、後で「笑顔拡散委員会」ンとこに集合な!!』




「でも、い、一緒にいると......た......あ、飽きない!の......」




『全身タイツじゃねぇ!! 宇宙人のコスプレだ!!』


『オレのち〇こが......なくなっちまってたんだ............っっっ』




「その......基本わかりやすくて......でも、時々なに考えてるのかわかんなくて、も、モヤモヤする、けど......」




『お、っっオレ、オレっっっ~~~死゛ぬかと思ってぇえぇぇえ゛え゛ぇぇえぇえ』


『~~っっガーディナーにだけ、はっ、絶対に............言うなよ......っ............!!!!』




「へ、変に回りくどいときもあるんだけど......肝心なときは真っ直ぐだったりして......」




『オレはよォ!! お前が「自分じゃ駄目なのか」って言ってきたとき!! すげぇ嬉しかったんだぞ!?』

『わがまま言ってるオマエも、可愛い、と......思う............ぞ..................』




「............素直だったり......素直じゃなかったりしてさぁ......」




......あれ。


あれ......?


止まんない。



どんどん、おでこが熱くなっていくのに。どんどん小声になっちゃうのに、ごにょごにょしちゃうのに、



ぽつぽつと。涙みたいに、溢れて止まらなくなる。


それなのに、嫌じゃないの。恥ずかしいのに、止めなきゃって、あんまり、ならない。の。



私。キャベツくんのこと喋りだしてから、どれくらい経ったんだっけ。

どれくらいペチャクチャ喋っちゃってるんだっけ。




「~~~そ、それから、ぇ、えっと、キャベツくん、はね、——っ」

「ふ、ふふっ......そこまで答えが出てるのに、まだキャベツさんのこと好きじゃないと思ってるんだ?」




そのとき。


オリーブくんは、いたずらっぽく笑ったの。



目を細めて、首をかしげて。顎に手を当てて。



初めて、かもしれないし。めちゃくちゃ珍しいだけかもしれないし。

わかんない、わかんないけど、こんな表情のオリーブくん、


わ、私、




「!?!?!? だ、わ、わわわ私はだからそのっっ、ち、」

「ウィローさんは、っふふ、す、素直じゃないんだね......!」

「ぅ......あ......う............!!」



彼の笑顔を見て。


安心していいのか、ちょっとはムッとするべきなのか。わからなかった。



「ガーディナーさん。ウィロー、さん......」



オリーブくんは、私の方に手を伸ばす。

だけど、結局下ろす。


手首に身に付けてる、太陽のブレスレットが揺れている。

......そっか。お揃い、だもんね。私と。



「ぼくはね。ウィローさんのことも好き、だけど......キャベツさんのことも大好きなんだ。こんなぼくなんかと仲良くしてくれる、大切な友達なんだ」



知ってる。二人とも、すっごく仲が良いもん。

でもね。優しいのは、キャベツくんの方だけじゃないよ......。



「だ、だから......さ。ウィローさんとキャベツさんのこと、応援したいんだ。......本当だよ?」

「......応援......」



おう、えん。


そうだ。でも、キャベツくんは、



「キャベツくんはでもっ、お、オリーブくんと私を応援するって言って——」

「あはははっ」



オリーブくんは、もはや不自然なくらい笑ってた。

口元に丸めた手を当てて、肩を震わせながら笑ってる。



「そっかぁ、ふふっ、なるほど......そういうことかぁ......ふふふふっ」

「ちょっっっ、わ、笑いすぎじゃ——」

「キャベツさんって、結構その場の勢いで物を言いがちでしょ? ぼくにそう言ったことも、もうとっくに忘れちゃってるんじゃないかな?」



え......えぇ......? そうかなぁ......?



「もしそうだとしたら許せんが?? あんだけ私の気持ちを振り回しておいてさぁ、オリーブくんにも無責任なこと言いよってさぁ、私にもオリーブくんにも今すぐ土下座しろって感じだが????」

「っふ、あははは! は............」



オリーブくんは深呼吸をする。指先に付いたラメを振るい落とすように、少しずつ笑みを柔らかくしていく。


そして。尻尾を、自分自身の足に軽く絡ませて。羽をそっと伸ばして。



「............ウィローさんにも、キャベツさんにも。ぼくは幸せになってほしい」



顎を引きながら、ただ瞳を揺らした。



「だからウィローさんは、キャベツさんと結ばれることに......後ろめたくならないでほしい。それがぼくの、たった一つの願いだよ......」



笑顔を崩すことも、声を震わせることも。

きっと、だいぶ前から用意していた台詞を、噛むことすらもなかった。


まるで、オリーブくんじゃないみたい。


なんて......



「ぼくのことは気にしないで。ぼくは本当に、心の底から......これでいいって、思ってるから」

「ま......って、待ってよオリーブくん、」

「もう二度と、ぼくのことで悩まないでほしい」

「そんなのっっ」



こんなの。私にとって、都合が良すぎるよ。


オリーブくんは私のことが好きで。でもオリーブくんは、見返りを一切求めてなくて。



私とキャベツくんを、応援して。くれる。なんて。



自分を犠牲にしてまで......私のことを......

私の気持ちを............っ




「これは、ぼくの願いでもあるんだ。お願いだよ、ウィローさん」



彼は私と距離を縮める。

初めて。鼻と鼻が触れあってしまうんじゃないかってくらい、近くなる。



「ぼくとは、友達のままでいいから。それだけでも、十分すぎるくらいだから......」



オリーブくんの瞳には、ちゃんと光があった。むしろ、光に満ち溢れてた。

ギラギラと、輝いてるの。夕日みたいに。




「ウィローさんは絶対に幸せになって」


「キャベツさんと、結ばれて」




そして。


オリーブくんは離れると、微笑みながら小指を差し出す。

手が丸まりきってなくて、力が少し抜けている。




「......約束。ね?」





........................彼の目の下には。隈のような何かが、滲んでるような気がした。


おかしい。何かがおかしい。

こんな都合の良いことが、あっていいわけがない。世界はそんなに甘くない。



わかってた。わかってたのに。


私は、彼の小指を掴んだ。人差し指と親指でつまむようにして。




「.....あ......り、がとう............」




あろうことか。



見て見ぬふりをしたことを。


空気の重さのせいに、してしまったの。








* * *


見知らぬ家の窓から、現金が落ちてきた。



......ちょっと待って???? 流石に状況整理させて????



えっと。ここは、夢の中。記憶の中。

私は宇佐川(うさがわ)なのか。


多分これは、前の記憶の続き。



家の窓から、私とあんなちゃんをストーカー......?してたっぽいヒトがいて。こっそり覗き見してたっぽくて。


それで、あんなちゃんが『オンドレェ』ってブチギレながら窓まで走って行ったから、私が追いかけたんだよね。



それで......あんなちゃんが、窓をドンドンドンって叩きまくって。


やっと窓が開いたと思ったら。



カーテンの隙間から、一万ペタル札が落ちてきた。




「......」

「......」



窓がピシャリと閉まる。


私とあんなちゃんは、顔を見合わせた。




「......ギッ......!」



あんなちゃんはワナワナ震えながら、万札に目を落として、



「ギャーーーーーッ!? 現ナマやーーー!! こっっっわぁーーーーー!?!?!?」



そして彼女はすぐに私の手を掴んで、窓から離れようと引っ張ってくる。



「無理無理無理無理怖すぎ!! とっとと逃げるで!!!!」

「ぅえっ、えぇぇえ~~~? 一万ペタルはほっといて大丈夫なの......?」

「ほっとけほっとけっ、ぜっっっったいにさわったらあかんで!? 100パー変な薬塗りたくられとるから!!!!」



なお、なのかさんは一万ペタルに興味津々でした。



「い......一万ペタルあったら、業務用チョコ5kgは買えるよぉ~......?」

「アホか!! なに普通に金に釣られそうなっとんねん!?」

「ほ、ほらっ、あのお金は『ストーカーしちゃってごめんね』のお金かもしれないよ? 家の中にいるヒトが、えっと、なんだっけ......慰謝料?ヨーイクヒ?をくれたのかもしれな——」


「んな都合のええことあってたまるかっ!! 世の中そんな甘くないねん!!!!」



あんなちゃんはドハァーーーってため息を吐いた後、私の頬を思いっきりつねってくる。



「ええか!? 世の中は悪い大人で溢れとんねん! あんたもよう知っとるはずやろ!?」

「いひゃいっ、いたいよぉっっ」

「人間も人外も、欲にまみれとる! 自分になんの得もないのにホイホイ子供に金やるやつなんておらんねん!!!!」

「そ、そんにゃことにゃいよぉ、優しいヒトもいるよぉっ」

「ええから離れるぞ!! あーしについてこい!!」



すると、あんなちゃんは私の胸元を掴んで、セーラー服のリボンを握り潰してくる。

そのまま走って、夕日を浴びた黒三つ編みを揺らして——



「いででででででアイデデデデデデデデ」

「もうしばらくここで遊ぶのはやめよ!! 今日はスーパー行ってとっとと帰ろ!! 孤児院まで送ったるから!!!!」



こうして。私たち二人は、謎のお家から離れまして。



あの窓が見えなくなる直前に、振り返った瞬間を。私は鮮明に覚えてる。


夕日を反射させて、オレンジ色の丸を反射させた窓ガラス。変わった花の刺繍が入った、ベージュ色のカーテン。


そのカーテンが、また少しだけ揺れてたの。


ほんの一瞬だけ、目が合ったの。お家のヒトと。



人外の目なのか、人間の目なのかすらもわからなかったけど。


そのヒトの瞳孔は、水を失ったタピオカくらい小さくなっていて。



「————————っ」



白目部分が、真っ赤に染まっていたの。








あんなちゃんの言いつけ通り......あれ以降、あの家の近くの公園には、しばらく行かなくなったんだよね。




............だけど、結局。



もう一度、あの家を訪れたのは。


いつだったんだっけ............。















次話:ブレイズくんまで奪わないで

です。主人公は苦しむ運命です

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