111話:愛執
「......、........................」
ペンを落とす。
床に描いた魔法陣が、仄かに私を照らしてくる。暗闇の中で見るパソコンと、似たような光。
青いアウトラインに囲われた、淡い白色の線。
とても、円には見えない形になっちゃったけど。
これでも......大丈夫、なんだよね。
私なら、成功するんだよね。
だって。私には、才能があるらしいから。
「..................」
寮の部屋には、私しかいない。静寂が容赦なく刺してくる。
咎めるように。讃えるように。私を指差してくるの。
真っ白なキャンバスに落ちる一滴が、目立って見えてしまうように。
息の震えも。沈黙の中だと、どうしても耳に入ってしまう。
「......魔法陣に、両手をかざして......名前を言うだけ............」
そうすれば、私はまたゾディさんに会える。
こんなに簡単に、会えてしまう。
ゾディさんの名前はちゃんと覚えてる。苗字だって覚えてるよ。
「............名前を............」
指先が震える。どうにもうまく声が出せない。
なんで私、こんなに躊躇してるんだろう。
『想像力から、対象のコピーを作り出す魔法——それが、現代の召喚術です』
『せやけどあんた、召喚術を悪いように使ったらあかんで??』
ち、違う。違うよ、ローリエ。ゾディさんを召喚することは、悪いことなんかじゃない。
死んじゃったヒトにもう一度会いたいって思うのは、ごく普通のことでしょ?
もう二度と会えないヒトを生み出したくなるのは、当たり前のことでしょ......?
ゾディさんだって、そうだった。
だからオートミールを蘇らせようとしたんだ。
だから——
『時間を巻き戻そうとしたけど、駄目だった』
『せめてオートミールの魂を見つけようとしたっ、でも駄目だった、』
『探し始めた頃にはもう、オートミールはとっくに転生しちゃってて』
『召喚術にも手を出したよ、でも俺にはその才能はなかった、だからっ』
「..................だから............」
ゾディさんができなかったことを。
860年間、やろうとしていたことを。
私は。名前一つ言うだけで、できてしまうんだから。
「......ゾディさんに。謝らなくちゃ」
あのとき、何もできなくてごめんなさいって。
死なせてごめんなさいって。
もっと早く。この才能に気づけていたら。
死神さんの代わりに、
オートミールを召喚してあげること、
だって——
〈〈〈 でも......召喚したゾディさんは、所詮偽物だよ? 〉〉〉
「————————!?」
声が、聞こえる。
背中に貼り付いてくる。
翼も鳥肌もぶわわわってなって、振り返っても誰もいなくて、
げ......幻聴......?
〈〈〈 所詮は、ただのコピーにすぎない。性格も違うかもしれないし、君のことも覚えてないかもしれないよ? 〉〉〉
「だ、誰っ、ねぇ誰なのっ」
世界がどんどん暗くなっていく。煤のような黒に覆われていく。
目に見える光は、魔法陣だけ。
声が、一歩。一歩ずつ近づいて。
柔らかい。所詮は独り言にすぎないから、いつもより低め。
シャボン玉に少し似ていて、雪よりは温かい。
〈〈〈 もし自分が、偽物のゾディさんで満足してしまったら...... 〉〉〉
これは。素の声。
気がつけば、彼女は私のそばにいて、耳元で囁いてきて、
〈〈〈 ゾディさんの死を、悲しめなくなっちゃうかもしれないよ? 〉〉〉
〈〈〈 どうせ会えるから、別にいいやって......。本物のゾディさんのことが、どうでもよくなっちゃってもいいの? 〉〉〉
「ちっっ、違う!! どうでもよくなったりなんて——」
ミルクと紅茶が混ざったような色の髪が、私の元に落ちる。
彼女は私の両頬を掴んで、目を覗き込んでくる。
その目は、黒ずんでいる。
真っ白なカチューシャを身に着けている彼女は、
〈〈〈 もう遅い。何もかも手遅れなんだよ、『ウィロー・ガーディナー』 〉〉〉
宇佐川なのか、は。
微笑みながら、私の真っ黒なヘアバンドに触れてきた。
「ち、がう......これはただの幻覚っ............」
〈〈〈 今更、偽物を生み出そうったって。才能に気づいたって。許されるわけないって、自分でもわかってるくせに 〉〉〉
「や、め......っっ」
〈〈〈 私たちはね。前にも後ろにも進まずに、一生苦しみ続けなくちゃいけないの 〉〉〉
なのかは、私のピアスにそっと触れる。
両方に、指を入れる。
二つのO字型を引っ張って、穴が広がってしまうほど、息が詰まってしまうほどっ
「痛っっっぃ、~~~~やだ、っっっった、すけ」
〈〈〈 あははっ! 〉〉〉
彼女は私の、
なのかは私の、
私は私の、
手を握った。
真っ黒な口を開けて笑う私は、まるで悪霊のようだった。
〈〈〈 どうして笑ってないの? 〉〉〉
〈〈〈 君って本当、我儘だね 〉〉〉
わが
ま
「うわぁあああぁぁぁなんだコレ!? めっちゃ光ってんじゃねぇか!!」
————宇佐川なのかの幻覚が、一瞬にして消え去る。
部屋を覆っていた煤も、寒気も、懐かしい気配も、全部なくなる。
......ううん。やっぱり、全部は嘘。
「コレは......あれか? 蜘蛛か?? 蜘蛛の絵だろ!! ヘッタクソだな!!」
この声は。幻聴でも、悪い夢でもない。
現実。私の、現実。
私の部屋の中に、キャベツくんが入ってきた。
ただ、それだけ。
......だけ............っ
「ていうかよォ、電気くらい点けろよな! 一瞬お前もブレイズも留守にしてんのかと思ったじゃねぇか!」
「..................なんで............い..................」
「ノックしても全然出ねぇし! でもなんか鍵は開けっぱなしだしよぉ!」
そう、だっけ。開けっぱなしにしてたっけ、私。
あは、あはは......ドジだなぁ......。
「オレさ、ブレイズのこと探してんだけどさァ、どこにいるか知らねぇか?」
「......さぁ............?」
「あの野郎っ、LIFE送っても全然返事しねぇんだよ!! 既読すらもつかねぇし!!!! やってられっかよクソッッ」
キャベツくんはムキーーーッてしながら、フクロウの足で地団駄を踏む。
そして、未だに座り込んでる私に近づいて、魔法陣を覗き込んで......。
「ア!! この蜘蛛の絵、もしかして魔法陣のつもりか!? 見えね~~~~~」
「......」
「わかったぞ! オマエ、召喚術やろうとしてたんだろ? チビロリからテメェの話は色々聞いたぜぇ~? いいなァ~~~~、オレも召喚術使いてぇなぁ~~~」
「......」
「召喚術使えたらよォ、いつでもどこでもポ〇モンバトルし放題じゃねぇか! いいなァ~」
「............」
「てかよ、関係ねぇけどベッドの下散らかりすぎじゃね?? もはやゴミ置き場と化してるじゃねぇかっ、この段ボールとかキャラメルの箱とか——」
掴む。
我慢、できなかった。
私はキャベツくんの腕に、翼にっ、しがみついて、
身を預けて、
魔法陣の上で、
唯一の照明の上で、
星の上、で、
「~~~~きゃ、きゃべつくん、わ、たし............っ」
結局、私。わからないの。
前に進むべきなのか。進まないべきなのか。
ゾディさんの死を悲しみ続けて、ずっと後悔に呑まれる方がいいのか。
それとも、笑わなきゃいけないのか。光にしがみついた方がいいのか。
過去の記憶を思い出してることも、打ち明けた方がいいのか。秘密にしといた方がいいのか。
ぐるぐるして、ぐちゃぐちゃして、感情が先に行ったり来たりして、
ゾディさんを召喚することが、どっちになるのか。光か、闇か。わからない。
怖い。の。
こんなに......会いたいのに............。
「が、......ガーディナー? どうした?? 腹いてぇのか? 医務室行くか!?」
「............」
『君って本当、我儘だね』
......そう、だね。わがままだね。私。
でも。キャベツくんは、わがままな私も......『可愛い』って、言ってくれたよ?
ねぇ。
私、救われた方がいいの?
それとも、救われちゃ、だめ。なの?
こんなことを考えちゃうことすらも、鬱陶しいの?
しつこいの?
もし、これが曲や小説なら。もし私が主人公なら。
無駄に、文字数を使っちゃってるだけなのかな......。
「..................キャベツくん、」
「? どうした?」
目を、合わせてみる。
すると、彼は心配そうに首をかしげてくれる。
魔法陣の光を、軽く反射する宝石の瞳。
私の目はきっと、彼ほど綺麗じゃない。
彼ほど、温かくない。
私の目だって、暖色なはずなのに。
「......ね、ぇ......わがまま............言ってもい......?」
「............」
キャベツくんは、何も言わずに頷いた。
唇を、ほんの少しだけキュッてして。本人なりに、真剣な顔をしようとしてくれてる。
『オレはよォ!! お前が「自分じゃ駄目なのか」って言ってきたとき!! すげぇ嬉しかったんだぞ!?』
......大丈夫。
私の心を、一文字一文字読んでるヒトは、きっといない。
どうせ、飛ばし飛ばしなんだ。
だから、ちょっとくらいは——————っ、
「............私の......そばに......、いて............」
「——————!」
都合とか、テンポとかも気にせずに。
自我に満ちた物語が、少しくらい続いても。いいよね。
「そ、それで......その......」
「まだあるのか? いいぜ、ドンと来い!」
「............ま......魔法陣............消すの手伝って............」
「ここに来てまさかの雑用かよ!?!?」
......決められないから、今日も保留にするの。
今はまだ、ゾディさんは召喚しない。色んな意味で、準備できてないと思うから。
でも、いつか。いつかは召喚するかもしれない。してしまう、かもしれない。
それが良いことなのか、悪いことなのか。わかる日は来ないかもしれないけど。
ごめんね。宇佐川なのか。
ごめんね。私。
私。しばらくは、君が好きな自分になれないかもしれないけど。
「......キャベツく~ん............」
「お、おぅ......?」
「す............き、来てくれて............あ............アクサンテギュ......」
「は?? なんて????」
少しずつしか、息を吸えなくても。
許して。
ね............。
* * *
「. . .————かちゃん? なのかちゃ~~ん? どこにいるデスか~~?」
夢の中の私は、仄暗い茶色に包まれた場所にいた。
両手で口を押さえて、呼吸すらも押し殺して。
背中を優しくくすぐってくる、誰かのフリフリスカートとか、ハンガーからずり落ちかけてるワンピースとかも無視して。
目の前に引かれた、光る縦向きの線に目を近づける。
覗き込む。
隙間から見えるのは......ずっと部屋を行ったり来たりしてる、ノームの『せんせー』。
......そっか。クローゼットの中にいるんだ、私。
せんせーから隠れてるんだ。
「なのかちゃん?? おかしいデスね~~......この部屋に入っていくのを見かけたのに......」
私はニヤける口元をもにゅもにゅして、クスクス笑いそうになるのを堪える。
クローゼットの隙間から目を逸らして、たまたま隣にあった鏡を見る。
やっぱり。宇佐川なのかだ。
特に装飾とかはない、無地の白カチューシャ。ミディアムロングで、ちょっとだけフワッとしてる髪。
今日の記憶の中の私は、セーラー服を着てるらしい。
赤色のリボンに、白の生地に、藍色の襟とスカート。ネルソービューの制服とは、随分雰囲気が違う。
「なのかちゃん~~? いますよね~~?? せんせーの目は誤魔化せないデスよ~?」
「ぷっふふっ......ふ......!」
「あれ? 何か聞こえた気がするデスね~?」
「はぇっ!? い、いないよーーーー? 誰もいないよーーーー??」
なのかさん??
「おやおや~、ノームの耳を舐めないでほしいデスね~~」
「あっっっ」
せんせーは魔法でその小さな体を浮かせて、クローゼットのドアノブに掴みかかる。
そして、体重でドアノブを回して、開けて、
なのかさんは、あっけなく見つかったのでした。そりゃそうだ。
「ふふっ、見つけたデスよ! なんで隠れてるんデスか?」
「う......だ、だってぇ......」
私はノームのせんせーと目線を合わせようと、ゆっくりと膝を折る。
しゃがみながら、両手の人差し指をつんつんする。
「せんせー、どうせ私におつかい頼みにきたんでしょ? また私のことパシリに来たんだっ、じどーギャクタイだっっ」
「おつかいが嫌なんデスか? だから隠れるなんて、大人げないですね~」
せんせーは両腕を組みながら、首をかしげる。赤の三角帽子がズレちゃってることには、まだ気づいてないみたい。
「なのかちゃんはもう、子供たちの中でも最年長なんデスから——」
「あーーーー出た!! 出たーー! お姉ちゃんなんだから我慢しましょうねってやつ!! 前読んだ本で出てきたやつだ、あーーーあ!」
「——なら、こうしましょう。おつかいに行ってきてくれるなら、余ったお金で好きなお菓子を買ってきてもいいデスよ?」
「わーーいヤッター! いってきまーーーっす!」
私はせんせーからお金を受け取った後、風のように子供部屋③を出て、階段を駆け降りる。
その階段は、普通とは少し違ったの。
階段の両端には、溝があって......例えるならあれだね、ボウリングのレーンの端にあるガターみたいな感じ。
その中に、さらに細かく段が掘ってあるの。ノーム用の階段かな......?
「おや~? なのかちゃん、買い物に行くのデスか~?」
せんせーの声がする。でも、さっき話したせんせーとは違うヒト。
同じノームだけど、三角帽子の色が青だもん。下の階でずっとお皿を洗ってたみたい。
「偉いデスね~。でも、お菓子に散財しすぎないようにしてくださいね?」
「えへへっ、わかってるよ~!」
「あらあら! 買い物に行くんデスか?」
せんせーの声だけど、これもまた別のせんせーの声。
三角帽子が緑。ノーム用の包丁を持ってるってことは、さっきまで料理してたってこと。
「それでしたら、ついでにエノキ買ってきてくれませんか? ちょうど切らしちゃったんデスよ~」
「え~~~っ、やだ~~! 私キノコ嫌いだもん!」
「おやおやなのかちゃん、一人で大丈夫デスか~? 防犯ブザー持っていきますか?」
これも別のせんせー。三角帽子が水色。
......ちなみにね。
三角帽子の色以外は、全員まったく同じ見た目だよ。声も一緒だよ。性格は微妙に差があるかもだけど......。
せんせーの数は確か、合計......十人、くらいだったはず。
『ライチビレッジ・ひだまり学園』。十つ子のノームが経営してる孤児院。
「なのかちゃん~~~! 待ってください! これ! 買い物リスト!」
「大変デスデス、カレンちゃんとジョンソンくんが喧嘩してるみたいデス~」
「ホラなのかちゃん、他の子供たちが気づく前にとっとと行くデス! 早くしないと『一緒に行きたい』ラッシュが始まってしまうデス!」
「おつむ何処デスー? あ間違えた、オムツどこデスー?」
「りゅうのすけ君!? パソコンは食べちゃだめデス!!」
............カオス。
だけど、なのかにとって——過去の私にとって、これは日常の一部に過ぎなかった。
「は~いっ! なのかさん、おつかいにいってきまーーっす! キノコは買いませーーん!」
私は玄関でローファーを履いた後、元気よく挙手しながら宣誓(?)する。
そして、扉についたカウベルをあえて鳴らしながら、外へ駆け出して行った。
......思い出した。
この記憶は。
私の親友が......あんなちゃんが、孤児院を出てから。数年後の出来事だ。
***
夢は続く。
空は、絵の具と同じくらい真っ黄色。
朝だからとか、太陽が地平線に近いからとか、そういう理由じゃない。
この世界では、黄色の空が普通だから。
私がいた世界では、青空の方がおかしいから。
ここは、『下界』。だから。
スーパーへ続く道を、私はスキップで進んでいた。
郊外の街ではよく見かける、コンクリートの大きいタイルが連なってできた歩道。タイルとタイルの隙間から、雑草が生えてたりするの。名前の知らない花が咲いてたりするの。
ミミズが土からたくさん出てくる季節だったから、つい踏んじゃったりしないように。干からびそうになってたら、そっと葉っぱを被せてあげたり。
すると、公園が目に入った。
昼間の平日は、あんまりヒトがいない。普通の大人はシゴトしてるし、普通の子供たちはガッコウに行ってるから。
しばらく赤色の滑り台を眺めた後、私はハッと息を呑んだ。
「え!! 今なら公園独り占めできるじゃん! ブランコも順番待ちせずにできるじゃん!」
欲に負けそうになったけど、流石におつかいの途中だったから、ぐぬぬって踏みとどまる。
どうやら私は昔から、気を抜いたら顔芸しちゃう癖があるみたい。
「い......一回だけなら......先っちょだけなら......? でもぉ......!!」
私は唇を尖らせながら、鉄棒に向かって謎にウインクする。何回も星を飛ばす。
まるで『イイヨ~、オイデヨ~』って言われるのを待ってるかのように。
もちろん、鉄棒が喋ったりするはずもなく。
私は肩を落としながら、再び帰路(の反対)に付こうと足を踏み出した。
ん、だけど。
「..............................あれ?」
諦めきれなくて、もう一度公園に目をやったとき、
見えたの。黒の三つ編みが。
黒のフリルブラウスが。
青い自販機の横にある、ボロボロのベンチに座っているのは。
頭上に広がる木々の隙間を、ぼ~~っと眺めてるのは、
「あ!! あんなちゃ——」
私は途中で口を閉じた。
息を呑んだ。
広げそうになった手のひらも閉じた。
手を、下ろして。
つい後ずさりそうになっちゃって。
「........................え、」
公園のベンチでうずくまる、あんなちゃんは。
泣きながら包丁を持っていた。
次話:あんなちゃんは死なないよ
です。ほんとかな




