110話:主人公補正
どうせ、何も起きないだろうなって思ってたのに。
加湿器とかから出てきそうな煙が、猛スピードで広がるの。
何かがおでこにぶつかってきて、私はそのまま椅子から転げ落ちちゃって。
当然、講義室中が騒がしくなる。
「だぁぁあぁあぁあなんだっ!? 何が起こってっっ」
「誰です!? 授業中に召喚術を使ったのは!?」
クラスメイトたちの姿も、教授の姿もよく見えない。
聞こえるのは甲高い悲鳴と、恐怖に任せて杖で空を切る音だけ。
思わず尻もちをついちゃった私が、恐る恐るテーブルの方を見上げると......。
「——————呼んだ?」
すぐに人影が浮かび上がってくる。
一番最初に目に入ったのは、テーブルの上に立つ足の影。鳥の肢なのは片方だけ。
そして、人工的な風に揺れている、しだれ桜のような翼。
白が薄まると共に、その姿がよりくっきりと現れる。
疑惑が、確信へと色づいていく。
......う......嘘。
「きゃ......ぇ......キャベツ、く......ぇ............」
やがて、白い煙が消え去った。
キャベツくんは、今もなお光り続けてる魔法陣の上に立っていた。
先っぽに黄色のグラデーションがかかってる、葉っぱよりは明るい緑の髪。
ただの白かと思いきや、中に虹色の斑点を閉じ込めている瞳。
制服も、ちゃんと三年生用のやつ。
ちゃんと、鳥人の姿。
髪の隙間から生える羽角も、目つきが若干悪いところも、八重歯も、片方だけに付けてる小さいピアスまでっ、
細かいところまで、ちゃんと......キャベツくん。だ。
これ......ほんとに......私が............??
「召喚術......成功、して............?」
私はそっと立ち上がると、目の前に立つキャベツくんに手を伸ばす。
相手がテーブルの上に立っているからか、いつも以上に身長の差がすごい。
背伸びしないと、肩に触れられないレベル。
近づこうとすると、キャベツくんはしゃがんでくれて。
ヤンキー座りになりながら、ニパ~~~~って笑って——
「オッス! おいら、キャベツだどん!」
————————————え????
「うぅ......『1+1』がわからんのぅ......」
「きゃ、キャベツくん? え??」
「ガンガラガッシャーーーン!! グルグルグルグル~~~! 驚けぇ!! オレは今世紀最大の馬鹿だぜぃ!!」
キャベツくん(?)は作画崩壊しながら、テーブルの上でクルクルクル~~って回る。
あのね。比喩とかじゃなくてね、ほんとに作画崩壊してるの。
目がただの縦線になっちゃってるし、唇が横向きに伸びてるし、顎がめちゃくちゃ鋭利になってるし。なんか鼻消えてるし。
と思ったら、急に作画が戻って、まだ若干鋭利なままの顎に手を当てて......。
「Oh、子猫チャン......Happy Sexy Smile?」
「偽物だーーーーーーっ!!!!!!」
これキャベツくんじゃない!! キャベツくんだけどキャベツくんじゃない!!
偽キャベツくんだこれっっ!!!!
「うっふ~~ん! このオレサマを召喚するとは良い度胸じゃなぁ~~~い?」
「ちっっっっちかっっ、近づいてこないで! どういうキャラなのそれ!?!?」
「照れてるのかい、お嬢さん? エアキッスしてやろう......ンチュッ」
「やだーーーーーっ! なんか腹立つ!!」
もーーーー!! なんでこんなんで顔熱くなってんの私!?
「フッ......おもしれー女」
「やめて!! キャベツくんはそんなこと言わないからーーー!!」
「残像dぁん」
『残像だ』ってカッコよく言おうとしたんだろうけど、偽キャベツくんは普通に私のビンタを食らってた。
キャベツくんはそのままぶっ倒れると、仏のような顔をしながら滝涙を流す。
そして、テーブルの上で仰向けになりながら、片方の親指を立てて(?)
魔法陣の中に沈んで、跡形もなく消え去った。
......き......消えちゃった......。
な。何いまの。夢????
結局、召喚術は成功したの? それとも失敗??
あれかな? どうせ失敗するだろうと思ってたから、適当な解像度で思い浮かべちゃったのがいけなかったのかな? だからあんな——
「ウ ィ ロ ー ・ ガ ー デ ィ ナ ー さ ん ?」
「ひゅぇっっっっっっっっっ」
こんなにビリビリする静寂は、生まれて三回目くらいだった。
教授だけじゃなくて、クラスメイトたちもみんな見てる。『は?』って顔してる子もいれば、すごい哀れみの目を向けてくる子たちもいる。
「......ウィローさん......? 授業中に何をしているのですか......??」
「ち、ちちちちち違うんです先生あの今のはあの勝手に召喚術を使ったとかじゃなくてっっ」
「じゃあなんでテーブルに魔法陣が描いてあんですか?」
先生は私の目の前にテレポートしてくると、限界まで影が落ちたニコニコ顔を向け、て、し、死......っ?
「そそそそそそそそのあのえっとそれはぁ、きゃ、キャベツくんはそのぉ、ふ、降ってきたの!! 天井から!! ま、魔法陣があるのはぁ~~~、なんでだろうねぇ~~??」
「ではそのキャベツくんとやらはどこに行ったんでしょうか? 魔法陣の中へ消えて行ったように見えましたが??」
「やっ......やだなぁ、先生!! キャベツくんならここにいるじゃないですかぁ~~!!」
もうやけくそになったウィローさんは、魔法陣に両手をかざして、先生に聞こえないくらい小声でキャベツくんの名前を言う。
すると、今度は煙が出てくることもなく、偽キャベツくん第二号が召喚された。
「ほ、ほほほほほら先生!! 見て!! キャベツくんここにいる!!!!」
「......」
「きゃ、キャベツくんからもなんか言ってよ!! ね!!!!」
「ホーーーッ、ホケキョッッ」
「キャベツくんそれフクロウじゃなくてウグイスね?」
先生は偽キャベツくん二号を平手打ちした。
偽キャベツくんは再び親指を立てながら、あっけなく消し飛んだ。
「......」
「......」
「......ウィロー・ガーディナーさん......あなたというヒトは......っっ、」
にゃーーーーーっ!!!! 詰んだ詰んだ詰んだ詰んだぁーーーー!!
ロールキャベツにされるぅーーーーー!!!!
「っっっっっひぃぃいぃいいいぃいいごごごごごめんなさ——」
「——~~~~~っっなんと素晴らしいのでしょう!?!?」
手を。
両手で、掴まれた。
..........................................ゑ?
「すごい!! 凄すぎるわ!! あなたみたいなのが、どうして入門クラスにいるの!?」
先生は蝶の羽をパタパタさせながら、恍惚とした表情を浮かべる。だいぶテンションが上がっちゃってるのか、唇から黒い管(舌?)が外に出てきちゃってる。
「召喚術の経験者!? それとも今回が初めて!?!?」
「???? は、初めて......ですけど......?」
「キャーーーーーッ!! 素晴らしい!! 実に素晴らしいです!!!!」
え......????????
先生、怒ってないの......? むしろなんか喜んでる......??
な、なんか......よくわかんないけど......。
ラッキー! 怒られずにすんだ! やったーー!
「あれが初めてだなんて信じられないわ!! 半獣人の召喚は、かなり難易度が高いはずなのですよ!?」
「え、えぇぇえっ......えへ......で、でも、成功って言えるのかな? 性格だいぶ違う感じになっちゃってたし......」
「それでもよ!!!! 確かに耐久力は紙装甲並みでしたけど、あの程度の崩壊で済むなんて上出来です!!」
「そ、それほどでもぉ......えへへ............?」
......??
ほ、褒めすぎじゃない......?
まぁ確かに思ってたよりは成功してたけど、え、え??
確かに先生、召喚術はすごく難しいって言ってたけどっ、
私が......『すごい』......? 私が......????
「やっぱり、大天使科はすごい子が多いわね......こんな逸材がネルソービューにいるだなんて......」
「ちょ、ちょっと先生~~! そんなに褒めても何も出ないですよぉ~~〜? え、へ......」
ほ、褒め上手な先生だなぁ~......こんなに褒められたのいつぶりだろ......?
「あなたは紛れもなく、1000人に一人......いいえ! 1000万人に一人の天才です! 完成度が高いだけではなく、痛覚すらも共有していなかったようですしっ」
「いっせ......!? せ、せんせぇ? つ......『痛覚』......??」
「それどころか、1億人に一人と言っても過言ではありません!!」
「せんせぇ!? 落ち着こっか!? せんせぇ!?!?」
そこまで褒められると流石に......て......照れ......っっ
「も......もういいよ先生......? 授業再開しようよぉ、ほらっ、みんな待って——」
「ウィローさんみたいな天才が入門クラスにいるなんて、あまりにももったいないわ!!」
蝶と人間のハーフらしい先生は、アゲハ模様を羽ばたかせながら、私の手首を握る。
急にすごい勢いで引っ張られて、テーブルでつまずきそうになっちゃって、
か、体、浮......!?!?
「ワタシと一緒に来てください、ウィロー・ガーディナーさん! 今日の授業は中止です!」
????????????????
「せ、せん、せ」
蝶の粉が、優しく私の鼻に降りかかってくる。
私は辛うじて天使の翼を動かすけど、重力は全然軽くならなくて、掴まれた手首がずっと痛くてどんどん痛くなってっ、
でも先生は、離してくれない。
それどころか、オーロラよりも眩しい笑顔を浮かべて——
「今すぐ、ウィローさんの時間割を変えてもらいに行きましょう!」
***
「ハァーーーーー!?!? 『召喚術』だけ飛び級!? 上位クラスに編入!?!?」
シャワールームに、ローリエの声がビリビリとこだまする。
幸い中にいるのは、私とミルルンとローリエだけだから......近所迷惑ではないよ。多分。
「つ、つまり......もう『召喚術①』は取っとらんってこと? いきなり『召喚術②』から始めるってこと??」
「............『②』じゃない......」
「え?」
「『③』........................一番上のやつ............」
彼女はポニーテールをほどく手を止めて、口をパクパクさせた。
結局、重力がゴムをずり下ろして、紫髪をふわっと揺らしてたけど。
「嘘やん......あーしより上のクラスやん......嘘やん......」
「うん......私が一番びっくりしてる......」
「ねぇちょっと! ねぇ! 教えて???? 召喚術教えて????」
ローリエはネクタイを緩めながら、ズイッと私に近づいてくる。ヒトに触れるのは嫌だけど、距離感は実は近い方。それがローリエ。
「あーし召喚術めっちゃ苦手やねん! 人間召喚しよう思ったら未だに化け物量産してまうねん!! なぁコツとか教えてよぉ~、去年成績ボロボロやってんよぉ~」
「え、えぇぇえっ、こ、コツとか言われても......こう......ドーンってやるの! ドーンって!」
「ケッ、役立たずが......」
「理不尽っっ」
私は洗面台の鏡を向きながら、O字型のピアスを外す。
鏡に映る私は、どこか浮かない顔。
......だって。急に『あなたは才能ありますよ』とか言われてもねぇ......。
「やっぱさぁっ、なんかの間違いなんじゃないかなぁ? 詐欺だったんじゃないかなぁ?? だっておかしいもん、はじめましての先生に急にベタ褒めされてさ、時間割も勝手に変えられちゃってさぁ、」
「詐欺やとしたらどういう詐欺になるんやそれ?」
「あれだよあれっ、『召喚術③』は生徒数がすごく少なくて、こう......開講中止の危機が迫ってたとか!! だから私を勧誘して——」
「んふふ~。相変わらず、ウィローちゃんは想像力が豊かねぇ~」
ミルルンは短パンとキャミソールのまま、包み込むように抱きついてくる。
まだお風呂に入る前だよね? なのに、もうシャンプーみたいな匂いがする。
「召喚術って、想像力が必要なんでしょう~? だからウィローちゃんには、本当に才能があるんだって、わたくしは思うわ~」
「そ、......そうかなぁ............?」
「うんうん~。ウィローちゃん、すごいよ~」
......ミルルンって。
最近は、本当にキスして来なくなったよね。ぎゅーしてくるだけになったよね。
約束、ちゃんと守ってるんだなぁ。
ブレイズくん以外とは、もうキスしないって。
『ゾディアックさんにキスしたこと、まだ怒っているの?』
『......わかったわ。わたくし、誰かにキスするのはもうやめる』
......................................................ゾディ、さ
「......? あらら~? ウィローちゃん、甘えたさんなの~?」
「............」
ミルルンは私から少しだけ離れると、その褐色の指先を私に添える。
頬を撫でてくれる。
ほんのりと、冷たい。
つい、体重を委ねたくなる。
今のミルルン。なんだか、お母さんみたい。
家族、みたい。
............。
「でもウィロー、ほんまにすごいと思うで?」
すると、横からローリエも近づいてくる。
私のすぐ隣に立って、背伸びしながら顔を覗き込んでくる。
「召喚術って難しいけど、もし使えたら実質誰でも召喚できるやん? もうそれ無敵やん、戦闘とかでも最強になれるってことやん」
「さ、最強?? え?? 私が????」
「だってそういうことやろ? 『地獄ダンジョン』とか行くときも、歴代最強のドラゴンとか召喚したらすぐ攻略できるで?? 知らんけど」
ローリエは指先で、自分の星型ピアスをクルクル回す。適当なこと言ってるときによくやってる仕草だ。
......でも。
流石にまだ、すごいドラゴンを生み出せるほど才能はないと思うけど。
そっか。
この才能は、実質......主人公補正みたいな能力なんだ。
ブレイズくんとかも召喚できるようになったら、実質ブレイズくんと同じくらい強くなれるってことなんだ。
私も。強く。
誰かの、役に......!
「ぅ、へ......うへへっ......ほ、褒めてくれてありが......とぉ......」
「笑い方きっも」
「ウィローちゃん、もしかして照れてるの~? 顔隠さないでよ~」
「今すごい罵倒してるヒトいなかった??」
こんな才能があるなら......もっと早くから、知りたかったな。
もしそうなら、ゾディさんも——
って、だ、駄目だ。そういうこと考えてもキリないもん、やっと、やっとちょっとずつ元気になってきたんだから私っ
で、でも、やっぱりどうして
も
「せやけどあんた、召喚術を悪いように使ったらあかんで??」
————————————あ、っ
......
......
......
......
........... .
「やりたくない宿題を、召喚した誰かに押し付けるとかすんなよ?? ずるいから」
「そ......それじゃあ今度から、ローリエのクローンにやらせちゃおっかなぁ~......?」
「なんでよりによってあーし召喚すんねん!? パシるならキャベツとかにして!!」
「やだよぉ、キャベツくんに宿題やらせたら全問不正解になっちゃうじゃんっ」
「あんたキャベツのこと馬鹿にしすぎやない??」
そうだ。
そっか。
そう、じゃん。
『召喚術って難しいけど、もし使えたら実質誰でも召喚できるやん?』
......誰、でも。
『召喚術というのは、厳密には召喚術ではありません』
『そんな人権を無視したような魔法は、大昔に廃止されたのです。その代わりに生み出されたのが......』
『想像力から、対象のコピーを作り出す魔法——それが、現代の召喚術です』
それは。
きっと。
召喚する対象の、生死は。問わないってことで。
本当に誰でも召喚できちゃうってことで、
「~~~~~っ、」
「んふふ、ウィローちゃんったら~。そんなにぎゅ~ってしなくても、わたくしはどこにも行かないわよ~?」
......私。
ゾディさんに。
また......会えるって、こと............?
次話:愛執
です。囚われてください




