109話:フクロウは体温が高いらしい
「オリーブくん、じゃなくて」
「私の手、じゃ」
「だめ」
「か......な............」
みんな、見てる。
クラスメイトたちも。
オリーブくんも。
キャベツくん、も。
みんな静まり返って、私を見てる。
当たり前だよね。
だって私、こんな、
変な、こと、言っ
「~~~~~っちがう、ちがうの今の、は、」
無意識に掴んでたキャベツくんの手を離して、急いで離れて、
でも、塔の柵に腰をぶつけちゃって。これ以上後ろに下がれなくなって。
「お、おかしいなぁっ、こんなこと言うつもりなかったのに、」
「ちがう、の、今のは私じゃなくてっ」
「完全に無意識で、」
顔が上がんない。自分の髪の毛を睨むことしかできない。
ヘアバンドを付けてきたことを後悔したのは、今回が初めて。
もし前髪が降りてれば。熱くなっていく目元も、隠せてたかもしれないのに。
「変だよねぇ、っぁ、はは、......」
もう。いっそ、ここから飛び降りちゃおっかな。
これは飛行訓練、だし。塔の下にはちゃんとトランポリンもあるし。
風に当たれば、頭を冷やせるかも。落ち着けるかも。
ワンチャン一発で空飛べるようになるかもだし、そうすればもっと遠くに......っ、
そうだよ。何も変じゃない。
ちゃんと言い訳もできる。
キャベツくんは、オリーブくんと一緒に飛ぶんだから。
私以外の誰かが、彼のそばにいてくれるんだから。
「......わ、たし......どうかしてるね............」
ほんの少しだけ、顔を上げた。
オリーブくんとキャベツくんの手は、まだ繋がっていた。
きっと。びっくりした顔で、私を見てる。
目を合わせることを考えるだけで冷たくて息苦しくなって、心臓、が、
潰れてしまいそう、で、
「ご、......めんっ、ね............っ」
横を、向く。
もう勝手に自分の手が動いたりしないように、掴む。握りしめる。
そのまま、塔の外を向こうと。
キャベツくんに背を向けようと——
「ガーディナー!!」
......後ろを向くより先に。
勝手に顔が上がった。
押し、上げられた。
でも、押されたのは顎の方じゃなくて、頬でもなくて、
......おでこ。
おでこが、キャベツくんの胸に押されるの。
制服のボタンが、私の頬に当たってくるの。
顔を、上げるしかなかった。
だって。
ぎゅっ、て。抱き寄せられたから。
..........................................え?
「きゃ、きゃべつ、く......なに、して——」
「そこまで言うんだったら、信じるぜ?」
両腕にさらに力を入れながら、キャベツくんは一歩前へ踏み出して、
私を強制的に後ずさりさせて、
私の顔......キャベツくんの胸に埋まってる、から、何も見えないけど、
地に足が着かなくなる。
胃が持ち上げられるような感覚がする。
そして、
「行くぜ!! バンジィイイィイイイィイイィィイィィイイィィィイイイ!!!!」
私の腰が。
後ろの柵を、越えた。
......不思議。
今、私たち。頭から落ちてるはずなのに。
『星落としの塔』から、ほんとに落っこちちゃってるのに。
風をほとんど感じない。
風の音だけが、耳を通り過ぎていく。
あったかい。
キャベツくんは、温かい。カイロとはまた少し違った、生身特有の温もりを感じるの。
制服の下にも、フクロウの毛が生えてるからなのかな。
それとも。柔らかい翼が、ずっと私を包んでくれてるから?
「——————————っ!!」
一瞬で着地する。
サンドバッグが殴られるような音がして、体が回る感覚がして、
だんだん、トランポリンに叩きつけられる間隔が狭くなって......やがて......止まる。
そのまま、私たちは芝生の上に転がり落ちる。
しばらくの間、キャベツくんは腕を広げてくれなかった。
動けない間、ずっと......振動が、聞こえていた。
自分の心音が耳に響いてるだけなのか、それともキャベツくんのなのか、わからない。
鼓動の一つ一つが、いつもより重く感じて......
「....................................、」
「ダーーーーーッ!!!! 死ぬかと思ったァ!!!!」
キャベツくんはようやく私から離れると、芝生の上で大の字になる。
若干呼吸を荒くしながら、塔を見上げてる。
でも。笑顔。
「ぜんっっっっっっぜん飛べなかった!! でもほら、お、降りれたぜ!!!! 飛び降りれたぜ!!!!」
私は横向きのまま、芝生に寝転んだまま、目を丸くすることしかできなくて。
風に揺れてる、キャベツくんの羽角を。ただ眺める。
他のヒトたちが降りてくる気配はない。オリーブくんも降りてこない。
ここにいるのは。私たちだけ。
何、から言おう。
『危ないよ』、って? 私を抱きしめたまま、空を飛べるわけないのに。もしかしたら、落ちる途中でトランポリンの位置からズレたりして、大怪我してたかもしれないし。
それか、『なんで?』って聞く? なんで私のこと抱きしめて、なん、で、
それ......とも......まず言うべき、なのは............。
「っ、............ご......ごめ」
「にしても、お前の言う通りだったなぁ〜~~~!」
キャベツくんは起き上がる。
芝生の上に座って、片方の膝だけ少し上げて。
私を見下ろしながら、ニカッて笑いかけてくれた。
太陽が、彼を後ろから照らしていた。
「お前と引っ付いてたら、高ぇとこも余裕だったぜ!!」
「——————————ぁっ、」
嘘、だよ。
『余裕』、なんて。
だってキャベツくんの指、まだ震えて。
呼吸の数も多くて。
自身の親指の付け根に、爪を食い込ませた跡が残ってて。落ちてる間、多分ずっとぎゅーーってしてたってことで。
だから私は失敗して、
だから私はダメで、
ダメだったのにキャベツくんは、
キャベツくん、は、
っ
「あ、ぅ............ぁ......あ............!」
絶対見せられないような顔してたから、咄嗟に両手で覆い隠す。
寝転んだまま、キャベツくんに背を向ける。
熱い。
脳も目も手も鼻も全部熱い、
もうどこが一番熱いのかわかんないっ
「が、ガーディナー!? 泣いてんのか!? わ、わりぃオレ——」
「泣いて......ない............!」
「じゃ、じゃあなんだ? 照れてんのか......?」
「照れてないぃいぃい」
「嘘にしか聞こえねぇぞ!!」
自分でもわかんない。
ただ、キャベツくんの顔見たら、ぜ、全部溢れ出しそうになっちゃって、
その全部がなんなのかもよくわかってなくて、
な......泣いてない、よ。
泣いてないから大丈夫、だよ、
「わた、し............いつも......助けられてばっかだねぇ............」
......?
なんで私、急にこんなこと言って、
「誰も助けられないくせに............だ、だからっ、私はせめて、笑ってなきゃいけないのにっ」
やめてよ。
なんで勝手に言葉が出てくるの?
大丈夫、なはずなのに、あはっ、秒で矛盾してんじゃんっ
「なのに、いっつも中途半端で、っ、結局、わがままばっかり、言って、」
こんなの私じゃない。
私はこんなんじゃ駄目なのっ、
こんなんだから、私は捨てられ——
捨て、られ............?
「、な......いてない............泣いてない......っよ、っ」
なんの、話......?
いつの話?
まさか......宇佐川なのか、は............
私は..................、
「ガーディナー。お、オレはな......」
近づいてくる。
彼の影が、私に落ちてくるのがわかる。
「......こっち見ろよ、ガーディナー」
「や、やだっ」
「大丈夫だって、」
「~~~っ、こないでっっ」
今、喋ってるのは......ウィロー? それとも、なのか?
どっちにしろ。
今の私。すごく、嫌い。
嫌いっ、
だいっきらい............!!
「............、......、............きらいに......ならないで............」
「オレはよォ!! お前が『自分じゃ駄目なのか』って言ってきたとき!! すげぇ嬉しかったんだぞ!?」
————————へ、
「あんなに弱々しく手ぇ握られて!! 珍しくちっせぇ声で呟かれて!! 嫌なわけねぇだろうが!!!!」
頭に、ポスッて。手を置かれる。
キャベツくんの手は大きい。
時々、腕から生えた羽が、私の耳をくすぐってくる。
髪越しでもわかるくらい。温かいの。
くすぐったい、の。
「お、オレは......こういうとき、なんて言ったら良いのかよくわかんねぇけど......その......」
な......撫で............、
え、
み、耳元、に......口を............近——
「わがまま言ってるオマエも、可愛い、と......思う............ぞ..................」
「ふぇあっ????????」
普通に顔上げちゃったよね。
ガン見しちゃったよね。キャベツくんのこと。
自分の目元がどうなってるのか、ちゃんと確認できてなかったのに。
アホみたいな声出しちゃってさ。
キャベツくんも、まさか急に顔を上げられるとは思ってなかったのか。
目が合った瞬間、ポカーーーーーーンってしちゃってさ。
そして、彼は爆発するような勢いで顔を、赤く、しちゃって。
喉から沸騰したヤカンみたいな音出しちゃって。
「って、ててててててててててっっっ、こ、ここここここのっ、この間!! チビロリがそう言ってたぜ------ッ!?!?」
私の頭をわしゃわしゃわしゃわしゃ、
って、
したと思ったら、
急に立ち上がって。
風のごとく走り去って、
私を置いて、『星落としの塔』を爆速で登って行っちゃった。
......考えてたことも。
感じてたことも、たくさんあったのに。
あんなに脳がぐちゃぐちゃだったのに。
今も頭が——というか、髪がぐちゃぐちゃ。なのに。
「............え? え?? ゑ????」
さっきまで、息すらも......ちゃんとできてなかったのに............。
「か、かわ......か......わ......皮? 川????」
***
「......『可愛い』......」
その日の、残りの授業中も。
***
「かわいい............」
晩ご飯にシチュー食べてるときも。
***
「『可愛い』............????」
シャワー浴びてるときも。
***
「か............」
眠りココアで火傷する五秒前も。
***
そして。
「............いやそんなわけなくない????」
次の日の、授業中も。
ここ最近、ずっと脳が重くなってた反動なのかな。
一回吹っ飛んじゃったら......『それ』のこと以外考えられなくなっちゃった......。
「わがまま言ってる私が可愛い......? どこが? めんどくさいだけじゃない??」
口を動かすだけじゃ満足できなくて、私はエアー鉛筆(?)でテーブルの上に絵を描く。
絵っていうか、ただのぐちゃぐちゃのもじゃもじゃなんだけど......。
「ただでさえめんどくさいのに......わがままになっちゃったウィローさんなんてもうあれじゃんっ、めんどくさい越えて高飛車特大ブーストじゃんっ、世界記録じゃん(?)」
自分でも、己のアホ毛がブンブン動いてるのがわかる。テーブルに落ちるアホ毛の影が、時々ハート型になったり崩れたりするもん。
もはや尻尾だね。感覚のない尻尾。
「ハッッッ!? まさか顔!? 顔が可愛いから!? 顔面偏差値に助けられてるだけってこと!?!?!?」
つい翼も羽ばたかせそうになるけど、と、隣にヒトがいるもので......。
「やだぁ~~~~!! キャベツくんも所詮は面食いなんじゃんっ! サイテー!! 女の敵!! ルッキズムの権化!!!!」
ま、まぁ、顔を褒められるのは悪い気しないけど......?
実際ウィローさん顔は良いしね! 顔はね!!
「で、でも、見た目で言ったら絶対ミルルンの方が可愛いし......じゃあなんで私に......??」
キャベツくん優しいし、お、思わせぶりなところありそうだし、誰にでもああいうこと言ってたり......
......は、流石にないかな......? だってあんなに真っ赤になって、
『オレはよォ!! お前が「自分じゃ駄目なのか」って言ってきたとき!! すげぇ嬉しかったんだぞ!?』
「ぅぅうぅぅぅぅダメダメダメっ、相手はキャベツくんだぞぉ......? 期待しすぎても......いやでもっあれは流石にっっってか、そもそも私は——」
「ウィロー・ガーディナーさん?」
はい。
あのね。びっくりすると思うけどね。
ここでようやくウィローさん、全部声に出てたことに気づいたんです。
「............え......声に............ァッ......」
「アオハルですね~。でも授業は聞いてくださいね」
「へ......ぇあ......」
詰んだ終わった詰んだ終わった詰んだ終わった詰んだ終わった詰んだ終わった
うわぁぁああっ、うぁぁああぁぁあぁあぁあああぁぁぁあぁぁあああーーーー!!!! またやっちゃったぁぁああーーーーーー!!!!
わ、笑うなーー!! 笑うな民衆共ぉ!! こっちは必死に悩んでるの!! 余裕が!! ないん!!!! です!!!!
やばいやばいやばいやばい恥ずかしい知り合いがいないだけまだマシかもしれないけど流石にクスクス笑われるのはそのあのすみません普通にや、やめっ、
うぅぅぅぅううぅぅうぅぅうぅぅっ、うぅぅぅぅうぅぅう~~~~~~~~......
......
..................
......流石にそろそろ授業聞くか......。
「————先程も申した通り......召喚術というのは、厳密には召喚術ではありません」
この先生は初っ端から何を言うとるの??
「想像もしてみてください。もし召喚した相手が、お風呂に入っている最中だったら? 気まずいでしょう? 相手からしても堪ったもんじゃないでしょう?」
先生は灰色がかった桃の髪に触れながら、黒板に置いてあるチョークを手に取る。
「よって、そんな人権を無視したような魔法は、大昔に廃止されたのです。その代わりに生み出されたのが......」
......あ、待って? そういえばこの前、ローリエも同じようなこと言って......。
そうだそうだ! 確か——
「想像力から、対象のコピーを作り出す魔法——それが、現代の召喚術です」
そう! それ!!
はぇ~。なんかやばそ~。
............。
「これが、召喚術が魔法の中でも、かなり難しいと言われる理由です。ほぼ錬金術みたいなものですからね~」
「......ふ......ぁ......」
や、やばっ......普通にあくびしちゃったぁ、全然前の方の席に座ってるのに......。
なんかなぁ。
なんのクラス取ればいいかわかんなくて、ローリエが去年取ったって言ってたから選んだ『召喚術①』だけど......。
せ......選択ミスったかもなぁ。なんかめちゃくちゃ難しそうだし、授業も朝早いしぃ......。
周りに座ってる子たちも、魔法使い・魔女科の生徒ばっかだし。
大天使科の私は100パー浮くし......そもそも、魔法よわよわな私に召喚術ができるわけ......。
よ、よし。確か、学年の最初の方は、教授の許可がなくてもクラスから抜けられるんだよね?
寮に帰ったら手続き済ませちゃおう、ちょっとめんどくさいけど。うん。絶対その方がいい。
「ここにいる皆さんのほとんどが、召喚術は初めてだって子が多いと思うので......最初の二週間くらいは、魔法陣の綺麗な描き方や、魔法を使うときの心がけに焦点を当てようと思っています。実際に召喚術を始めるのは、えっと......カリキュラムによれば......——」
......さて。
授業を聞かなくて良くなったウィローさんですが。
どうしよっかなぁ~~? 授業が終わるまでホゲ~~ってしてるのも暇だし。また独り言パーティーが起こりかねないし......。
そうだ! せっかくだし、こっそり召喚術を試してみよう! どうせ失敗するし!
この間、ローリエがやり方だけは教えてくれたんだよね~。
ほ、ほら、こうすれば一応『やってみたけどダメでした』フラグは立つし? 手元に、先生が配布してくれた『魔法陣ペン』があるし!
先生がこっちに羽を向けてる隙に、私はテーブルの上に魔法陣を描いた(水性ペンだから! ちゃんと後で消すから!!)
「......ワァ......」(小声)
なんか......ペチャンコにされた一輪車みたいになっちゃった......。
ウィローさんったら画伯なんだからぁ、はは、はっ......。
まぁ! 魔法陣がぐちゃぐちゃであろうが綺麗であろうが、どうせ失敗するし!!
魔法陣を描いた後は、召喚したい相手を脳に思い浮かべるんだよね? 解像度が高ければ高いほど成功率が上がるって、ローリエが言ってたような。
思い浮かべて......そのあとは、魔法陣に両手をかざして......
名前を、言うんだよね。召喚したいヒトの。
「......」
......どうせ失敗するし。誰の名前を言っても同じだと思う、し。
一番最初に思い浮かんだのがあれ、だったから。
特に深い意味とかはなくて、
だから、
薄い黄緑に輝く魔法陣に、そっと、口づけするように。
唇を近づけて、小さく......本当に小さく、囁いた。
「——『キャベツ・グッドネス』......」
その瞬間、何かがおでこに勢いよくぶつかって、
押し、上げられて、
視界が、真っ白な煙に覆われて............。
「——————呼んだ?」
次話:主人公補正
です。よかったね、ウィローちゃん!




