108話:煩悩の数字だね
『守護魔法③』の後はすぐに次の授業があったから、私は一旦そこでローリエとお別れした。
二年生のときからの癖が抜けなくて、ついつい上の階に行きそうになるけど......そ、そうだった。次は野外授業なんだった。
周りの生徒たちの声を適当に聞き流しながら、食堂前の混んでる廊下を進む。
代理医務室の横を通り過ぎる。
エントランスホールにある、蝋燭百本分くらいのシャンデリアの下を歩く。
そして、校庭に出た瞬間、湿った土の匂いが漂った。
さっきまで雨が降ってたのかな。芝生が水でキラキラしてる。
ローファーで歩くのが下手すぎるせいで、どんどん靴下が冷たくなっていく。
でも、校庭で結構ヒトが集まってるのを見かけて。
思ってたよりも早く集合場所を見つけられたっぽくて。
水滴を容赦なく散らしながら、私は芝生の上を駆け抜けた。
靴下どころか翼の先も濡れちゃったけど、雨は自然の摂理だからね。仕方ないね(?)
「......あ............」
すぐに、よく知っている姿が目に入る。
キャベツ色の髪の毛......って表現するだけで、もう誰かわかっちゃうね。
手を上げようとしたけど、途中で指先が震えて動かなくなる。
口も開いたけど、なんか、喉が詰まっちゃって。
なんて......声、かけよう。
あれ?
別に、超久しぶりってわけでもないのに。同じクラスがあるのは知ってたはずなのに。
普通に声を掛ければいいだけ。普通に話せばいいだけ。
そう。普通に。いつも通りに。
いつも......通りに......。
「あ、れ......私......今まで、キャベツくんとどんな感じで話して——っ」
目が合った。
今更目を逸らすわけにもいかなくて、視線はもうとっくに絡み合っちゃってて、
キャベツくんは、
「ガーディナー!!」
ぱぁぁあっと、顔を輝かせた。
ただでさえ真珠みたいに光ってる瞳に、それぞれ四芒星を宿して。
手をブンブン振りながら、私の方まで走ってくる。
「そういやオメェもこのクラス取ってたなぁーーー! そりゃそうか!!」
おでこより下が熱くなると共に、思わず吹き出しそうになっちゃった。
一瞬でも悩んだ自分が馬鹿だった。
......馬鹿だった!
「っっっぷ、ふふっ......!」
「?? なんで会って早々笑われなきゃなんねぇんだオレ????」
「んー? 別にー? キャベツくんの存在が面白かっただけだよー?」
「アァン!? 喧嘩売ってんのかテメー!?」
自然と笑みが溢れちゃった。
良いことなはずなのに、つい下を向きたくなるの。
両手で、頬を冷やそうとするけど......なんだか逆効果な気がする。
「ったく......この間チビロリのやつにも同じこと言われたんだよオレ!! 存在が面白いってなんだよ!? 馬鹿にしてんのか!?」
「褒めてるんだよぉ、『面白い』って」
「顔が馬鹿にしてるときの顔なんだよ!!」
「はーーいキャベツさん、深呼吸しましょうねー。キレすぎて『コケコッコー』って言っちゃう前に、心落ち着かせないとー」
「ニワトリじゃねぇ、オレはフクロウだ!! あとキレたニワトリは別に——」
「はい、しんこきゅー」
変だな。キャベツくんの前だと、私が私じゃないみたい。
いや、私ではあるんだけど......様子のおかしい私、っていうか。
いつも、新しい自分になるの。暖房が効きすぎて、脱皮しちゃったトカゲみたいな感じ。
ま......まぁ。何はともあれ。
キャベツくんは、なんだかんだ本当に深呼吸してくれたのでした。
「スーハースーハースーハースーハー......これでいいか?」
「ん~......もう一声」
キャベツくんは胸に手を当てながら、今度はゆっくりめに深呼吸をする。
赤色のネクタイが、上がって。下がって。
襟からはみ出る、羽毛、も......彼自身の首をくすぐっている。
胸の近くで畳まれた腕は、さらに大きな羽で覆われてる。
腕というよりは、もはや翼って感じ。
でも......若干羽の中に埋もれちゃってるけど、ちゃんと人間の手もある。
「......キャベツくん」
「ハー......あ? なんだ?」
「キャベツくんって、もう成長は終わってるの? それが正式な人外の姿?」
すると、キャベツくんは嬉しそうに右手の親指を立ててくる。
「おうっ! これが正真正銘、半獣人になったオレの姿だぜっ!」
「へぇ~......よく成長間に合ったね! 二週間前くらいは、まだ翼とか全然育ってなかったのに......」
「そうなんだよ!! やっぱ成長促進剤ってスゲぇな!」
腕自体が翼になったというよりは、腕から大きな羽が生い茂った......って感じっぽい。制服の袖はどこに行っちゃったんだろ? 破り捨てた......??
「結局クチバシとかは生えなかったし、鳥の足になったのも何故か右足だけだけど......とにかく、手と翼が融合しなくてよかったぜ~~! もし手がなくなってたら、慣れんのにぜってぇ時間かかってたからなっ!」
翼とか毛の色はやっぱり、茶色なんだ。キャベツ色になったりはしないんだ......へぇ......。
「成長痛は大丈夫だったの? 私はそのぉ......最初の方は特にひどくて......」
「オレは全然平気だったぜ! 体質とかあんのかもなー」
キャベツくんが、この間泣いてた理由って。
成長するのが——変わるのが怖いから、だったよね。
『オレは、や、夜行性人外になるかもだし、』
『オマエらと一緒にいられることも減るかも、だし』
『どこまで人の形でいられるのかもわかんねぇし』
『オレが変わっちまっても......っ......好きでいて......くれるか............?』
............全然普通に、昼間の授業受けてますやん。
全然みんなと一緒にいるじゃん。
フクロウの獣人になっても、全然変わった感じしないじゃん。面白くて、一緒にいると温かいままで、
......って。色々ツッコんであげたいけど。
「ちぇ〜......私なんて、成長痛が痛すぎて熱出したってのに......羨ましいやつめぇ......」
「へははっ! なんてったって、オレは最強だからな!」
「え?」
「え?」
キャベツくんが悩みを打ち明けた相手は、私じゃないから。
何も......言えないなぁ。
『ガーディナーにだけ、はっ、絶対に............言うなよ......っ............!!!!』
......でも......。
一緒にいるだけで。楽しい、し。
隣にいさせてくれるだけで、私は......満足で——
「ふ、二人とも! おまたせ......っ......!」
————あ、
この声、は。
この控えめな足音は......。
「遅くなってごめん! い、一個前の授業が長引いちゃって......」
「おぉっ! オリーブじゃねぇか!! 先生まだ来てねぇからセーフだぜ!」
「そ、そうなの? よかった......遅刻しちゃうかと思った......」
オリーブくん。走ってきたからか、頬がちょっとだけ紅潮してる。
しっぽの先にも、芝生と水滴が張りついちゃってる。
そう。オリーブくんも、このクラス受けるって。一緒の時間だって言ってた。
だから、そんなに......びっくりすることじゃないはずなのに......私......?
「ガーディナーさんも、こ、こんにちは! 一緒のクラスで嬉しい、な......えへへ......」
「う、うん! 私も嬉しい!」
今回の授業は、友達が二人も一緒。
私の大切な友達が。
......友達............。
「なぁオリーブぅ、一個前の授業ってなんだったんだ? 初日から長引くって、ま、まさか、相当難しい授業なのか......!?」
「あははっ、そんなことないよ! 『リマレンスの惹起』っていうんだけど......」
「超難しそうな名前じゃねぇか!!」
「ほ、ほんとにそんなことはなくて......! インキュバス専用の科目だから、キャベツくんは知らないかも......」
......やめよう。
もうやめよう。色々ぐちゃぐちゃ考えちゃったら、楽しくないもんね。
私らしくないもんね。
同じことばっかりぐるぐるするのは、いい加減飽きちゃった。
「............ふぅ......」
「? ガーディナーさん?」
ずっと、重いのは。疲れるし。
私も。
みんなも、嫌でしょ?
「——......ねぇね、二人ともっ! 心の準備はできてる?」
「あ? なんのだよ?」
「なんのって、今日の授業に決まってるじゃん!」
私は二人の方へ、一歩踏み出しながら、
心の中にいる誰かの真似をして、
ウインク、してみた。
「飛行訓練!! 私は超楽しみっ」
***
「......と、いうわけでデスネー。とりあえず皆さんには、『星落としの塔』からバンジージャンプしてもらいマスネー」
正式な講座名は、『飛行訓練B:翼持ち人外専用』。
その担当教授が、まさかのオクタゴ(またはオクタゴン)ってだけでもびっくりなのに。
「それでは、ワタクシは遠くから皆さんを見守ってますノデー。何回かバンジーしてたらいつかは飛べるようになると思うので、頑張ってくださいネー」
オクタゴは腕も羽も大きく広げて、翼の内側の赤を見せつけてくる。
そして、柵の上に飛び乗ったと思ったら、重力に身を任せて、
背中から、下へ落ちた。
「——あぁ、ソウソウ! 言い忘れてましたガー、」
と思ったら、オクタゴンは再び宙に現れる。
ローブのように広がってる、コウモリの翼で羽ばたいてる。
「一応、塔の下にトランポリンを設置してるのデー。安心してバンジーしてくださいネー」
彼はそう言い残した後、今度こそ私たちに背を——翼を、向けて。
そのまま影の中に沈んで、風と共に消え去った。
「「「......」」」
私たち三人を含む生徒全員が、シーンってしてた。
『星落としの塔』が、その名に恥じないくらい綺麗に静まり返ってる。
だからここは、私らしく......。
「ざ......ざざっ............雑だーーーーーーーーーっ!!!!!!」
って、『つい』大声で叫び散らした。
「雑ーーー!! 全てが雑ーーーー!! 『バンジーしてたら飛べるようになる』なんてそんな、雛鳥じゃあるまいし......」
うっ......み、みんなの視線が......。
ま、まぁ! これくらいなら慣れてるし! ウィローさん、よく注目の的になるし! 大体不本意だけど!!
「そもそも『遠くから見守ってる』ってホントなの!? どこにも見当たらないけど!? 適当に理由付けてサボりに行っただけじゃないのーー!?」
「フッ......ガーディナー......お前まさか、ビビッてんのか?」
キャベツくんは柵に一歩(約1ミリメートル)近づいてドヤる。
「塔から落ちるのが怖くて騒いでんだろ? オメェはまだまだだな......」
「......」
「下にはちゃんとトランポリンがあるんだぜ? だから落ちても死にゃあしねぇんだせ?? んなもんヨユーだろヨユー!」
「............」
「あ、あの......キャベツさん......」
私より先に、オリーブくんが口を開く。
彼はキャベツくんの隣に立って、笑顔から汗のエフェクトみたいなのを出して......
「む、無理しなくてもいいと思う、よ......?」
「むむむむむむむむむ無理なんかしてねぇし!?!?」
そう。ここに、バンジーが一番駄目なヒトがいるんです。
なんなら、飛行訓練自体もアウトなんじゃないかってヒトが。
「高所恐怖症、な、なんでしょ......? ほんとに無理しない方が......」
「こっ、こうちょきょうふちょーじゃねぇ!!!!」
「噛んでる......」
キャベツくんはブルブル震えながら、ゆ~~~~~~っくりと地団駄を踏む。スローモーションで、フクロウの爪を鳴らす。
あ、星のタイルに傷が付いて......。
............。
「まままままっ、マジで平気だから!! だってオレ————っ」
「で、でもキャベツさん昔、無理したせいで塔から落っこちそうになって......」
「っっこ、今回は落ちることが目的だからいいんだよ!!!!」
「良くないよぉ......うぃ、ウィローさんもなんとか言ってあげて......!」
あ。
「そ......そうだよキャベツくん! また大泣k——」
——き、しちゃった話は、公衆の面前で言うのはあんま良くないから、
えっと、えっとぉ、
「せ、せめてキャベツくんは、地面から飛び立つ練習から始めたら......? オクタゴに事情を説明すれば——」
「いやホントに大丈夫なんだって!!!!」
キャベツくんは一歩、
私から、
下がった。
「オレ——、......その......ほら......鳥系の獣人になるってわかってから、ずっと覚悟してたからよォ......」
......また。
「だ......大丈夫なはずなんだよ! こう見えて心の準備はしてきたからよ!! なっ!! だから飛んでみせるから、よ、っ」
............まただ。
「み......っ......見てろよ、ガーディナー!! 今度こそオレは——」
「キャベツさん」
————————オリーブくんは。
オリーブくんが。
手を差し伸べた。
キャベツくんの隣に立って、彼と指を絡ませたの。
「そ、それなら......ぼくと一緒に飛んでくれる、かな?」
絡まりすぎた糸をほぐすように。
胃の中に広がるヨーグルトのように。
オリーブくんはいつも、寄り添うの。
誰に対しても、優しくするの。
「ぼくも、一人で飛ぶのは怖い、けど......一緒に手を繋いでいれば、少しは怖くなくなると思うん、だ......」
キャベツくんの気持ちは踏みにじらずに。
それでも、ちゃんと支えてあげる。一番良い方法。
私が、すぐに思いつけなかった言葉。
「あ、でもっ、キャベツくんの翼って腕と繋がってるし......手を繋いじゃってたら、飛びづらい、かな......?」
「......オリーブ............」
ほら。
キャベツくんの目、揺らいでる。
今まで我慢してた恐怖とか、涙とか、全部溢れ出しそうになってる。
この後はきっと、オリーブくんを思いっきり抱きしめて、『お前ってホント良いヤツだなぁ~~~~~!!!!』って泣くんだ。
いつものやつ、だね。
でも、大丈夫。
これで一件落着だから。
誰も悲しい涙を流さない。オリーブくんもキャベツくんももっと仲良くなる。
周りの生徒たちは、さっきから何故か静まり返ってるけど......きっと、ほっこりした目で二人を見てくれてるよね。きっと。きっと。
ぐちゃぐちゃするのはもうやめ。
誰も、私のモヤモヤなんて見たくないんだから。
もう絶対に終わりにするから。
安心して。
ね。
「お......っ......オリーブぅぅうううぅうぅうぅうぅう!! お前ってホント良いヤツだなぁ~~~~~!!!!」
「わ、わわっ......お、落ちちゃう、落ちちゃうよぉ、あははっ」
「そうと決まりゃあ、早速行くぞ!! オリーブ!!」
「あぇ? え?? い、今から!? ぼ、ぼぼぼぼぼくはそのっ、まだ心の準備が——」
「しゃぁぁああぁぁあぁあぁぁ二人なら無敵じゃぁぁああぁぁぁあ!! バンジィィイィイイイイイイイイ!!!!」
「待って、」
顔を上げられなくなった。
時間だけじゃなくて、空気すらも止まったような感覚がする。
私の唇が、いつの間にか開いている。
......あれ?
なんで私、キャベツくんの手......取って......?
「ね」
「ねぇ」
「オリーブくん、じゃなくて」
「私の手、じゃ」
「だめ」
「か......な............」
え?
私、
何、言って——
次話:フクロウは体温が高いらしい
です。三年生編はたくさん詰め込みますよ




