107話:私なのか?
「皆さんは、一度でも思ったことはありませんか?『空気魔法と風魔法って何が違うの?』『一緒じゃないの?』って......」
超思ったことある。
キャベツくんはこの間『風魔法は空気魔法の上位互換だろ』とかほざいてましたけど、絶対違うもん! 空気魔法も強いもん!
......
「皆さんも上級生になったことですし、そろそろ教えてあげないとですよね......」
新しい先生は薄く笑いながら、指先でそっと空を撫でた。
今にも消えてしまいそうなのに、存在感はある声。光の当たり具合によっては、透明に見えなくもない天使の羽。
空気魔法②の先生だって言われたら、秒で納得できるというか......なんというか......酸素みたいなヒト?なの。
「テストにも出てくるので、よく聞いてくださいね」
彼女は自身の人差し指をつまんで、淡い白に光る指輪に触れる。
それはまるで、小さくなった天使の輪っかのよう。
思わず唾を飲んだのは、私だけじゃなかったみたい。
「空気魔法と風魔法の決定的な違い......それは......」
それは————————!?
「空気魔法は透明ですけど、風魔法は緑色に光ります。それだけですよ~」
「............................................................」
と、いうわけで!
そんな感じで、私たちは正式に三年生となり!
ネルソービューの上級生となり!
ウィローさんの新しい物語が、幕を開けたのでした!
............ウィロー......さんの......。
***
火曜日の授業は、なんかキャンセルされちゃったんだよね。しかも二つとも!
担当の教授が誰なのかはまだわかんないんだけど、二人とも牡蠣にあたっちゃったとかなんとかで。一緒にご飯とか食べたのかな......仲良し......?
キャンセルの連絡もギリギリで来てさ。すでに制服に着替えちゃってたし、校舎にも来ちゃってたし。
だから、食堂でスイーツ食べてから帰ってきたの。
「ぅ、うぇぇえぇ......疲れた......朝からショートケーキはあれだったかな......」
「ガーディナー? 授業はどうしたのですか?」
ブレイズくんはどっかから買ってきたっぽいサンドイッチを口に入れながら、振り返る。
それに、勉強机の方から漂うこの匂いは......、
「ぶ、ブレイズくんが『眠りココア』を飲んでる......だと......ッ!?」
「そんなに驚くことですか?」
「驚くことだよ!! 今までずっと『S』なんちゃらの方しか飲まな——うっ、甘い匂い......うぇぇ......」
普段は甘い匂いとか超ウェルカムなんだけど、今はその......ケーキ戻しそうで......っ......。
おかしいなぁ......一切れしか食べてないんだけどなぁ......?
「S......あぁ、あの溶岩のような液体のことですね。あちらはもうなくなってしまったので、やむを得ず『眠りココア』を接種しておりました」
「......なくなった......」
「不本意ではあるのですが、体を失ってしまうのは困るので......」
『S』なんちゃらがなくなった。
......そっか。だって、今まで死神さんが届けに来てくれてたんだもんね。ブレイズくんに。
、
「ぅ......ぶ、ブレイズくん、私ちょっと横になるね......ケーキ食べすぎて気持ち悪い......」
「? はい。授業を休んで戻ってきたのはそれが理由ですか?」
違う、けど。授業がキャンセルされただけなんだけど。
ほんとは、ケーキも『食べ過ぎた』って言えるほど食べてはないはずなんだけど。
胃の中のクリームが、どんどん冷たくなってく気がするのは、嘘じゃない。から。
私は赤色のネクタイを緩めて、桃色と白のリボンもいくつか取り外しながら、
......扉側のベッドによじ登った。
ブレイズくんは何も言わなかった。
無地のマグカップから漂う、薄い白の湯気を見てると......少しだけ落ち着く。
「.....................やばい.......眠くなってきた..............」
「寝てもいいのではないですか? 昨日の夜もあまり眠れていなかったようですし」
「でもぉ......食べた直後に寝たら牛になるじゃあん......」
「......?? なりませんよ......?」
布団の中はちょっとだけ冷たい。
携帯を開いてみると、時刻は午前10時25分。朝起きてからまだ二時間しか経ってない。
でも、確かに......夜はあんまり寝れなかったし......。
血糖値が......あれして......あれしてるっぽいし......(?)
ちょっとくらい......
目..............瞑っても..............————
* * *
「なのか~~~~? 何読んどんの~~~?」
私。
宇佐川なのかは、二階の部屋の隅に座っていた。
白のペンキが剥がれ始めてる壁にもたれかかって、開いた本を膝の上に置いて......。
「......ん~......」
「なのか? お~~い、なのかってば!」
「......」
「............それ面白いん?」
「ふぁっ!?!?!?」
あんなちゃんが急に覗き込んでくるものだから、私はびっくりしてつい後ずさろうとして。
でももうすでに壁際にいたから、普通に頭ぶつけちゃって。
「い゛っっ、ぅうぅうぅ~~~~......!!」
「ハハハッ、大丈夫かいな? 相変わらずリアクションがオーバーやなぁっ」
人が悶絶してるってのに、あんなちゃんったら大爆笑しちゃってさ。三つ編みが崩れるんじゃないかってくらい頭揺らして、両手もいっぱい叩いて。
......これ......あんなちゃんが、孤児院を出る前の話かな。
前の、記憶。かな。
「ぅぅうぅううっ、ぅぅうぅ゛う゛~~~~!!」
私は頬を膨らませながら、ぷいってそっぽ向いた。下も向いた。
ミルクティー色の髪が、目元に落ちてくる。視界がちょっと霞んでたから、涙目にもなってたのかもしれない。
「ふんっ! あんなちゃんなんて嫌い!」
「あっははっ、ごめんて~~。ぶつけたとこ撫でたるわ」
あんなちゃんはその小さな手で、痛いの痛いの飛んでけーってしてくれる。
その後も、髪に指を通してきて。ちょっとだけくすぐったくて。
私と目が合うと、彼女は黒を優しく輝かせる。
昔から、黒い目が好きだった。あんなちゃんの黒い目は、もっと好きだった。
記憶の中の私は、まだふてくされた顔してたけど。
「む~~......あんなちゃんったら罪な女......でぃーぶいだ、でぃーぶい......」
「んな言葉どこで覚えたんよ」
「いま読んでる本に出てきた!」
私は一生懸命ページをパラパラめくって、『罪な女』って書かれてる場所を嬉々として指差した。
あんなちゃんは顔をしかめた。ひ、引......?
「どんな本読んどんねんアンタ......」
「フツーの本だもん! 主人公たちが力を合わせて研究所から脱出する、王道ファンタジーだもん! ほら!」
水色のかっこいい表紙をあんなちゃんに見せつけたけど、相手は口角をリスみたいにキュッてするだけだった。
「あぁ、そういう感じのやつね......あーしはあんま好きちゃうかな~」
「えぇ~~、なんでぇ......?」
「だってこういうのって、大体人間が悪者やん! なんかムカつく!」
「ん~......私はあんまり気にしないけどなぁ......」
この本に出てくる人間さんは、実際に悪い人だったし。
やばい実験するだけじゃなくて、色んな人外殺したり、お店のもの盗んだり、奥さんにでぃーぶぃしたりして。
とりあえず私は本を閉じて、あんなちゃんに身を寄せた。ずっとなでなでされてたからか、そもそもなんで怒ってたのかも忘れちゃった。
「んぇ~~......んへ~~~......ぅ~~~......」
「あんたって昔から本好きよな。なんで?」
「え? だって面白いもん」
「文字ばっかり見てて飽きへんの? なのかってバチクソ飽き性やん、絵とか最後まで完成させられたことないやん、それやのに......」
記憶の中の私は、口の中で空気をコロコロしながら考える。
文庫本の表紙を撫でて、時々首を傾げたりする。
そして私は、ズレてたカチューシャをついでに直しながら、やっと顔を上げた。
「......なんというか~......わくわくするの! 私が知らない私になれるから!」
「?? どゆこと??」
「むふ~~。あんなちゃんにはまだ早いかな~」
「どつくぞ?」
「なのかさんはね、大人のレディーだからね~~。あんなちゃんはピチピチの赤さんベイビーだからね~~~」
「ほんまにどつくぞ??」
夢の中の私はね。あんなちゃんはよく言葉で脅してくるけど、実際に殴ってきたことはないってわかってたんだ。
だからずっと、にまにま~~ってしてたよ。
なお、あんなちゃんは、なんで私がニヤニヤしてるのかすぐにわかったみたいで。
急に立ち上がったと思ったら、近くからローテーブルを引っ張ってくる。
「なぁ、なのか~~? 腕相撲せぇへん~~~?」
あんなちゃんが突然何かを始めるのは、いつものことだった。
らしい、から。
私は大してびっくりしなかった。
「え?? やだよぉ、私まだ本読んでたいよぉ」
「これは命令や!! あんたに拒否権なんかあらへんねんっ」
「めちゃくちゃだーーー」
私はため息をつきながら、本を元の場所に戻す。ちゃんと棚に戻せたら、せんせーが褒めてくれるから。
ローテーブルの上に肘をついたら、あんなちゃんがすぐに手を握ってくる。
「いくで? 『さんにーいち』でいくからな?? ズルすんなや??」
「『いち』って言ったときにいくの? それとも『いち』って言った後に——」
「さんにーいちぉらぁあぁぁあああぁああぁあ!!!!」
「ひゃーーーーーーー!?!?」
もちろんズルしたあんなちゃんが勝った、
かと、思いきや。
彼女の声に、私の体が思ってたより早く反応してくれてたみたいで。
最初の0.1秒くらいは押されたんだけど、ちょっとグイッてしたらね、すぐに手を元の場所に戻せてね。
真ん中で手をキープしたままの状態で、とりあえず私は固まる。
「うぉらぁぁぁあぁああぁあぁぁあああ」
「......」
少しずつ、左へ傾ける。
「あちょっっまっっっっあっっっ」
「............」
そして。
最終的に、机にペタンってして。
勝っちゃった。
「だぁぁあああぁぁああぁぁぁぁなんでやぁぁああぁぁぁぁあぁああぁぁああ」
「......」
過去の私が超怪力だったわけじゃないよ?
むしろ、どっちかっていうと弱い方だったよ?
ただ......。
「もう一回! もう一回や!! あーしがなのかに負けるとかありえへんから!!」
「あんなちゃん......世の中にはね、抗えないウンメイっていうものもあるんだよ......」
「なんやねんその顔腹立つなぁ!?」
そうだった。
あんなちゃん、びっくりするくらい非力なんだった。
性格とか喋り方は林檎も握り潰せそうな感じなのに、実際はハエと喧嘩しても負けるレベルで弱いんだった。
「あと一回だけ!! さっきは本気出してなかってん、あんたに遠慮しててん!!」
「嘘だぁ、ズルしてまで勝とうとしてたくせにー」
「してへん!! ちゃんと『さんにーいち』って言うたやろがい!!」
「じゃあ、後であんなちゃんのお菓子くれるならいーよ?」
「のった!!」
勝った。
「あーーもーーーっ!!!! あーしは弱くないから!! 誰が霊長類最弱じゃボケ!?」
「言ってないよぉ」
「こうなったら全員で腕相撲大会開催や!! 誰が『ライチビレッジ・ひだまり学園』で最弱か、白黒はっきり付けたるわい!!」
ライチビレッジ・ひだまり学園。
そっか。それが、私たちがいた場所の名前だった。
孤児院の、名前。
家の......名前。
「え、えぇ~~~~~!? 『全員』って......まさか、せんせーたちにも勝負しかけるつもりなの?」
「ったり前やろ!」
「ノーム相手に可哀想だよぉーー、やめようよぉーーーー」
あんなちゃんは、普段は大人っぽいんだけどね。
結構めちゃくちゃなところもあって。どうしても譲れないものがあると、こんな感じで赤ちゃんになっちゃうんだよね。
そう。
そうだ。
彼女は優しくて、面白くて。
ずっとそばにいてくれて、こうして引っ張ってくれる。
楽しい日々へ、手を引いてくれるの。
あんなちゃん。
宇佐川なのかが、大好きだった。あんなちゃん。
そんな、あんなちゃんは............——
* * *
「————————っ!」
携帯が、鳴る音。
ブレイズくんのベッドの上。に、私は。
ウィロー・ガーディナーは寝ていた。
「............また......あの頃の夢............」
もう。自分に嘘はつけなかった。
誤魔化せなかった。
あれはただの夢なんかじゃない。
最近、毎晩見るの。宇佐川なのかの夢を。
なのか、だった頃の。夢を。
あれは私の記憶。
私の過去。
生前の......私。
「..................電話......鳴って............」
過去の記憶を取り戻したわけじゃない。
まだ、思い出せないことがほとんど。
私の記憶なのはわかるんだけど。わかってるんだけど。
それと同時に、別の誰かの人生を覗いてるような感覚から......どうしても抜け出せない。
なのかは私なの。でも、私じゃないの。
「......電話......早く出なきゃ............」
私の現実がここなのは、変わらない。
どうして今更、過去を思い出し始めてるのかわからない。
それでも、私はここにいる。
こんなこと......誰にも相談、できないし。
相談していいのかわかんないし。
記憶取り戻してるってネルソービューにバレたら、なんかヤバいかもしれないし......。
なのかが、本当の本当に、私なのか。確定したわけじゃない、し......でも......、
「で、電話、早く電話、」
私はようやく携帯を開いて、緑を押した。
すぐに、カメラがオンになってないことを確認する。体を横向きにして、耳に携帯を当てる。
そういえば、ピアス付けっぱなしで寝ちゃったな......。
「や......やっほ~......」
「あ、出た! 出ぇへんかと思ったわ!」
......そういえば。誰からの電話なのか、ろくに確認もせずに出ちゃったな。
「あんた火曜日って授業あるっけ? いま忙しい?」
「............寝てた......」
「やろうなぁ。声カッスカスやもん」
「............」
生前、私は誰かに首を絞められて死んだ。
誰に殺されたのか。いつ死んだのか。それはまだわからない。
「ごめんなぁ、起こしてもうて。寝たかったら別に寝とってもええんやで?」
「..................いーよ............それより......なんで電話............」
「ん? 別に? なんとなく掛けただけやけど?」
「そー......なんだ......」
口の中に、まだクリームの甘みが残ってる。
変に乾いてるせいで、ザラザラしてるような気がする。
......不思議だな。食べたのは、苺のショートケーキなはずなのに。
苺の味は見つからない。
「大丈夫か? なんか体調悪そうやけど......」
「あー............へーき............」
この味は。
果実で例えるなら、そう。
熟しすぎた林檎だね。
「水曜は確か、『守護魔法③』で一緒のクラスやんね......? そんなら、明日は二人で一緒に登校せぇへん?」
「..................うん......」
喉なんて、簡単に詰めてしまえるような、
指の隙間から零れ落ちる、林檎のような......声............。
「............」
「..........................................」
「あんな、ウィロー............っ、あーし——」
「ローリエは、あんなちゃん。......なの?」
違う。
この子はローリエ。
ローリエが、あんなちゃんなわけない。
だってあんなちゃんは非力だし、人にさわるのもさわられるのも大丈夫だし、
背だって高い、し、黒髪だし、
今と昔の見た目は違ったとしても、
しても、
でも、
もし。ローリエが、あんなちゃんなら。
あんなちゃんはもう......死んでるってことに、なっちゃうじゃん。
違う。
そんなわけない、そんなはずない、
そんなわけ————————っ、
「ご、ごめん!! 私ちょっと寝ぼけてるみたいで、か、顔洗ってくるね!!!!」
「ちょ——」
..........................................切っちゃった。
起き、上がる。
水滴が、携帯の画面に落っこちる。
頬に触れてみた、けど。瞼を指でなぞってみたけど。
......よかった。涙じゃない。
ただの汗だ。
「............わらわなきゃ..................」
酸素が薄い。
ネルソービューの空は、きっと今日も水色。
私の髪は、今日も水色。
だから、もう。
「楽しく過ごさなきゃ......三年生に......なったんだから......」
ゾディさんのためにも。
ブレイズくんのためにも。
みんなのため、にも。
私は、赤色のネクタイを握り絞めた。
次話:煩悩の数字だね
です。しばらく作品のあらすじを変えておきます




