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106話:鏡の向こうの私

寮に戻って、郵便箱に入ってた段ボールを開けてみると......。


「え......えぇ............?」



と、とりあえず......三年生用の新しい制服。これはまだ普通だね。


赤色のネクタイとか、袖に付ける白のリボンとか。チョコレート色の布と、コーヒー色のフリルにすごく合ってる。全体的にクリスマスっぽくて可愛い!



......で。

本題は......。




「こ、これって......天使の輪っか、だよ......ね......?」



実績解除:明かりが点いてない天使の輪っかが、寮に郵送されてきました。




「いや......ワンチャン、天使の輪っかの形してるだけの、け、蛍光灯の可能性も——」



って思ったけど、触れた瞬間淡い黄色に光る。どこにも繋いでないのに。


もうこれ100%天使の輪っかじゃん。



確かに、天使の輪っかを付けてるヒトと付けてないヒトがいるから、今まで不思議に思ってはいたけど......。


て、天使の輪っかって、体の一部ですらなかったの......? アクセサリー感覚で付けるようなやつだったの......?



な......何はともあれ!

輪っかを手に入れたウィローさんは、これでやっと一人前の天使になれたってことだよね?



わーい! やったー!




「............やった~......」



........................



「は、......は............」



夜中、だから。


ブレイズくん、多分もう寝てるから。

あんまり声出せなかったって。だけだよ。



......。


......、



テーブルのライトを、消してみる。

唯一点いてた部屋の照明だったから、当然暗くなる。


でも、天使の輪っかが淡く光ってくれてるおかげで......


......

..................





思ってたより......光ってないな。

天使の輪っかって、こんなに弱々しく光るものだったっけ?

なんか点滅してない? 気のせい?


......少なくとも。トモル先生が持ってた輪っかは、もっと眩しく輝いてた。




「......」



手に、持ってみる。


冷たいな。ずっと段ボールの中に入ってたせいかな。

にしても、こんなに冷たくなるものなのかな。




..................私、は。

音を立てないように歩いて、クローゼットを開けた。


クローゼットの中にいる私が——等身大の鏡に映る私が、こっちを見てくる。


ドーナツよりもずっと細い輪を握ってて。表情は、あんまり............。



なんとなく、頭の上に置いてみたの。天使の輪っかを。


そしたら、勝手にフワッと浮いてね。頭の上に浮かんでね。


鏡に映る私は、さらに天使っぽく......死者っぽく、なる。





「............あ~......」



なんだろう。


ヘアバンドを付けてるせい?

それとも、へにゃへにゃのアホ毛が輪っかの中に入っちゃってるせい?




「......似合わないなぁ」




似合わないから何?って話なのに。


なんでいちいち、意味があるのかもって。思っちゃうんだろ。





私はすぐに天使の輪っかを外した。



段ボールの中に、戻す。

畳んだままの制服の上に置く。



天使の輪っかの、説明書......っぽいのも入ってるけど。

読むのは今度でいいよね。




「......もう寝なきゃ」




流石に寝なきゃなぁ。


明日はまだ休みとはいえ、もうすぐ学校始まるし。

そろそろ、早起きするのに体を慣れさせないと。


いけないのに。


昨日の夜も同じこと考えて、それで、結局............。





「寝ないと」





段ボールの蓋を閉じた。



ヘアバンドを、外して。

いつもの癖でピアスも外しそうになったけど、そっか。お風呂入る前に外したんだった。



眠りココアは、明日の朝飲もっと。

『透明化』するのは、やっぱり怖いし......ね。





翼を畳みながら、ベッドによじ登ろうとする。

でも、途中でやめる。



柱を掴んだまま、向こう側のベッドの方を見る。

ブレイズくんがいる方を。




......寝てる。よね。


ちょっとくらい、なら......。




「............ん......しょ......、」




私は、ブレイズくんのベッドの上によじ登る。



そっと、そ~~~っと、起こさないように。布団をめくる。

布団の中に入る。



翼を畳む、というか......丸めてね。

自分自身の体をくるんで、サナギみたいな感じになればね。寝る時も翼が邪魔にならないんだよ。最近知ったんだよね。


この翼も。自分の体の一部であることが、当たり前になってきてる。

慣れってすごいね。


......怖いね。





「............ブレイズくん」



試しに、ものすごく小声で名前を呼んでみる。

ブレイズくんは、変わらず目を閉じたまま。



「おやすみ。ブレイズくん」





ブレイズくんの手がどこにあるのかわからない。


でも、起こすのは嫌だから。



私はこのまま、大人しく目を閉じ——




「はい。おやすみなさい、ガーディナー」

「ぴょっっっっっ!?」




サナギ状態のまま、危うくベッドから転げ落ちるところだった。

小っちゃい柵のおかげで平気だったけど。



私は起き上がって、ブレイズくんの顔を至近距離で眺める。

じ~~~~~~~~~~って。覗く。




......目。閉じたままだけど。

今のが幻聴なわけないし。


瞼、若干ピクピクしてるし......。





「......起きてたの......?」

「起きてません」

「起きてるじゃんっ」

「起きてません」

「寝たフリするならちゃんとやって????」




おかしい、な。


私、多分、起こしちゃったのに。



申し訳ない、より。嬉しいが勝っちゃうな。



......駄目だなぁ......っ............。






「............このまま......一緒に寝ててもいいの......?」

「かまいませんよ」

「......なんで目開けないの?」

「俺の目は、暗闇だと少し眩しいので。お前を驚かせてしまうかもしれません」

「ふ、へへっ......その台詞だけ聞くと厨二病みたい」

「目の中の炎の話です」

「わかってるよぉ」



ブレイズくんの灰色の肌は......暗闇の中だと、人間の肌とほとんど変わらないかもしれない。

でも、実際私の手と合わせてみたら......思ってたより違うな。


ブレイズくんの手。あったかい。

あったかいことが多いよね。



......ゾディさんとは、少し違う。

違うけど。やっぱり似てる。

でも、やっぱり違う。



ゾディ、さん......は......もっと............。





「............ブレイズくん。気が早いかもけどさ」

「なんですか?」

「明日も......その次も......い、一緒に寝ていい............?っ、な、なんて——」



私の指の隙間に、少しだけゴツゴツした指先が通ってくる。

手を。握り返してくれた。


彼は目を閉じたまま、ほんの少しだけ口角を......。



「いいですよ。それで少しでも、お前の心が軽くなるのなら」

「————っ、」




ブレイズくんだって辛いのに。

苦しい、はずなのに。


............。





『ごめん』って。『ありがとう』って、言う代わりに。


ブレイズくんに少しだけ、ほんの少しだけ、体を寄せた。

不思議と、すぐに目を閉じたくなる。


家族と、寝るって。こんな感覚なのかな。




「......今度こそ、おやすみなさい」

「............ん..................」





......家族。






私の......家族、は............————











* * *


珍しく、すぐに夢だってわかった。

視界の端が、ちょっとだけ白くなってるというか。ぼやけてるというか。



夢の中の私は、俯いていた。


地面に座って、手もついて。地面、というか......床?


見てるだけでなんだか落ち着く、木のフローリング。

私の手はなんか、いつもより小さいような気がする。


空気が温かい。暖房とは違う何かが、ここにある。


寮とは、違う......何か............。



「......ん......んぅぅううぅう............」



夢の中の私は、小さく唸る。


なんとなく、心が沈んでるような気がする。

なんでなのかは思い出せないし、それに......。



これ......本当に、私......?



だって、床に落ちてる髪の色が、




「っ......、............」



夢の中の私は、ゆっくりと顔を上げた。


私は、等身大の鏡の前に座ってたらしい。



映る姿は、やっぱり......私じゃなかった。




牛乳と紅茶を混ぜたみたいな、明るい茶色の髪。

ボブといえるほど短くはないけど、ロングといえるほど長くもない。


頭には、真っ白なカチューシャを身に付けてる。

......私が持ってるヘアバンドと、少しだけ似てる。


目の色は、チョコレート色。

特に不思議な模様とかもなく、ごく普通の瞳。


そして、なんの変哲もない水色のワンピース。


顔は......若干幼いかな。

唇をムキュ...ってさせてるせいで、そう見えるだけなのかもしれないけど。



「ぅ......ぅぅう......」



鏡の中の『私』は何度も瞬きした後、ゆっくりと深呼吸する。



そして、正座になって。

急に目をキリッてさせて、両頬に手を当てて、



「————————むんっ!!」



指でグイッて、無理やり口角を上げた。


強引に笑顔を作った『私』は、目から力を抜こうとする。


でも、瞳孔が揺れるだけで。

チョコレート色の曲線が少し乱れて。

結局、瞼の下を赤く染めちゃって——




「***ちゃ~~~ん!! あんなちゃんがそろそろ行っちゃうデスよ~~~!」



知らない......はずの、声。

それでも、胸が疼いたような気がした。


聞き取れなかった名前に、『私』は反応する。


鏡に背を向けながら立ち上がって、裸足のままペタペタ床を走って、



「ま、待って! いま行くーーー!!」



......散らばったおもちゃを飛び越える。積み木を踏みそうになる。

ものすごく低いテーブルを、危うくひっくり返しそうになる。


絵本とか、小説とかがいっぱい入った棚とか。

最近調子が悪いらしい、テレビの前とかも。通り過ぎる。


どうして、だろう。

全部、初めて見るものなはずなのに。こんなに手を伸ばしたくなるの。



寮とは全然違う。


でも......家、とも。少しだけ違う。




夢の中の『私』は立ち止まったりせず、一直線に階段を駆け降りた。




下の階の——特に玄関、には。たくさんヒトが集まってたの。




「せんせー! ***ちゃんやっと来たよ!」

「ったく、みんなお前待ちだったんだぞ?」

「よかったデス~、***ちゃん全然来ないから心配したのデス~」



人間だけじゃない。

もちろん人間の子供もたくさんいるんだけど......妖精もいるし、半獣人もいる。


それに、エプロンを付けてる小人さんは......ノーム、っていうんだったっけ?

ノーム科の生徒はあんまり見ないし、ちょっとだけ珍しいものを見たような気分。


に......普段ならなる、はずなんだけど......。

あれ......?



「ほらほらっ、早くあんなちゃんのところに行くのデス! バイバイしてくるのデス!」



ノームさんは魔法で浮かび上がって、私の背中を優しく押した。


周りのみんなも、ジェスチャーで早く行けってしてくる。

夢の中の『私』は何も不思議に思わずに、そのまま玄関の外に出て——





————黄色の、空......?



木の色は普通。雲の色も普通。

玄関の外に広がる、駐車場も普通。


なのに、空だけ。何かに汚染されたような色。

黄昏時よりも、ずっとずっと黄色。



おかしい。


でも、ここは夢の世界だし......こういうこともある、よね。


ただの夢......だし......。




「あ、っ......あんなちゃん!!!!」



『私』は『あんなちゃん』って呼ばれてる子に向かって駆け出した。


彼女は、車のいない駐車場の真ん中に立っていた。

隣にはキューピッド......?っぽいヒトがいたんだけど、顔はぼやけて見えなかった。



あんなちゃんは、私の方を振り返る。

一つの三つ編みにまとめられた、柔らかい黒髪を揺らしながら。


片手には、茶色のスーツケースを。

もう片方には、知らないキューピッドさんの手を。



「あっ、やっと来た!! 相変わらずマイペースなやっちゃなぁ......」



こんな大事な日でも、あんなちゃんは白のTシャツに黒の短パン。

あんなちゃんらしいなぁ......。



......?『らしい』......?


え? 私、いま、





「一体どこで何しとったんよ? 暑い中ずっと待たせやがってさぁ、ホンマあんたはいくつになっても変わらんね!」

「ご、ごめ......っ」



『私』は笑おうとした。鏡の前で練習した顔をしようとした。


でも、全然口角が上がらなくて。

下唇が勝手に震えちゃって、すぐに視界がぼやけてちゃって、



「ぅ、え......ふぇぇええぇぇええぇええぇええ......!!」

「!? 泣!?!? なんで!?」

「いやぁぁあぁぁぁぁあ、あんなちゃん行っちゃヤダぁぁぁぁああぁぁああ」



結局、夢の中の『私』はその場にうずくまった。


勢いよく膝をついちゃったせいで、肌を擦りむいちゃって。

アスファルトが思ってた以上に痛くて、私は余計泣きじゃくる。



「ゔぅぅうっ、ぁぅううぅうぅうぅぅ~~~っっ」

「あ~~~~もうっ、泣くなて! この街から出ていくわけじゃないから! 施設から出るだけやから!! 近所の家に引っ越すだけやから!!」



......施設。


そう、だ。さっきまで私がいたのは、施設。

孤児院、とも呼ばれてる場所。


おもちゃがたくさんあって。

ノームの先生がいて。


『私』はずっと、あんなちゃんと............?




「まだ一緒に遊べるから! 一生会えなくなるわけちゃうから!! も~~~ホンマに泣き虫なんやからぁ」

「ぅぅっ......泣き虫じゃないも゛んっ......!」

「いやどう考えても泣き虫やろ、初めて施設に来たときのあんた——」

「それ3歳のときの話じゃぁああん......!!」



わかってた。笑われるってわかってた。

わかってたから、『私』は笑顔で送ってあげたかったんだ。


あんなちゃんに、新しいお父さんができたのは。良いことだから。


でも、私は結局......。



「ホンマしっかりしてくれよ? あーしが施設からおらんなったら、子供たちの中でもあんたが最年長に——」

「わ゛かってるもぉぉおおんっ、うぇえぇええええぇぇぇえぇええ」

「はぁ......新生活よりも、あんたを置いていくことの方が心配なんやけど......」



あんなちゃんに心配かけたくなかった。


あんなちゃんがいなくても、私は大丈夫だよって。胸を張って言いたかった。

でも、言葉が喉につっかえて。嗚咽ばっかり出てきちゃって。



「ぅえっ、あぅうぅうう、ごめ、ごめんねぇ、」

「謝らんでええけど......」

「わ、わた、し、もう、な、泣かないからっ、もう泣くの最後にするからぁああぁあ」

「......ふっ......」



あんなちゃんは、私の頬をぷにってしてくる。

涙を親指で拭ってくれて。その後はひたすら、もちもちもちってしてくる。



「かわええやつやなぁ......昔っからずっと......」

「うぶっ、あ、あそぶなぁっ」

「あーしら............毎日一緒やったもんなぁ..............................」



あんなちゃんは、私をぎゅって。抱きしめてくれたの。


彼女は私と同い年だけど、私よりも背が高いから。あとサンダルでズルしてるから。

包み込むように抱いて、背中も頭もポンポンってしてくれる。



「............大丈夫。あんたがホンマは強いこと、あーしは誰よりもわかっとるから」

「......っ、ぁ......ぅぁ............」

「あーしはこれからもずっと、あんたのこと大好きやで」



そう。


あんなちゃんは、私にとって。


どんなママよりも、パパよりも、



誰、よりも————家族。だったの。





「それじゃあ、またね」



「......なのか」























***


「..............................ん............?」



一瞬、目が覚めたのかと思ったけど。


私はまだ、夢の中。

真っ白な空間の中。

あんなちゃんも、孤児院のみんなも、もうどこにもいない。



少しだけ遠いところに、等身大の鏡がポツンと置かれてた。



なんとなく。あの鏡のところまで行けば、現実に戻れるような気がした。



歩く。

白の上を歩くと、ちゃんと影もついてくる。




不思議な夢だったな。


......そう。夢。あれはただの夢。



私にとっての、家族の夢。



鏡に近づく。

どういうわけか、鏡には何も映ってない。でもきっと、もうすぐ映るはず。





......良い夢、だったな。


ちょっとだけ苦しくなっちゃったけど。温かい夢だった。



覚めるのが......惜しい。かも。






それでも、鏡に近づく。


現実に戻らないと。

私の現実はここじゃないから。


ここはただの夢。



あんなちゃんは、存在しない。


『私』も。



『なのか』、も。





きっと——













「なのかちゃん」







       え







「ごめん——ごめんね——なのか————ちゃ————」









鏡が真っ黒に染まる。


中からすぐに、真っ黒な何かが出てきて


飛んできて



後ずさったけどもう遅くて、



き




「~~~゛、~~~~~~~!?」



真っ黒な手が、私の首を絞めてくる。

人影が上に乗ってくる。



蹴っても無駄で、動けなくて、

夢の中なのに苦しくて、





そら、が。


チカチカ、する。



黄色、青、黒、白。



息ができない。

息ができない。

息ができない、

息ができない

息ができない

息ができな





「なのかちゃん」




「ごめん」





「ごめ   ん     ね」






違う。私は、なのかちゃんじゃない。


私は、なのかじゃ、ない。



なのか、じゃ、




私、は、




わたし   は、

 ウィロー、  で




***  で




  あ


        れ









なの、か






なのか








「——は、ただ————なのかちゃ——......」








息が。



できなくて。





そう、だ。


そうだった。






誰かに。



首を絞められて。






死んだ、のは——













*


*



  *





     *




 *



         *






  *









        









「ガーディナー! ガーディナーっ、起きてください!!」





暗い。



あ、れ。暗い。

ここは? 現実? まだ夢の中?


記憶、の、



ち、ちがう、私、は、






「だ......大丈夫ですか? だいぶうなされていたようでしたが......」





ブレイズ、くん......?



そう、だ。現実だ。


現実。



私、は。



私はウィロー・ガーディナー。




人外がいる世界で。

人外に成る学校で。

生徒で。



私は『ウィロー・ガーディナー』............





「......? ガーディナー? どこに行かれるのですか......?」




ベッドから降りる。

あんまり......立て、ない。



いつからか開けっぱなしだったらしい、クローゼットまで這う。


床は冷たい。

寮は寒い。



鏡に映る私は、ひどい顔。




「............水色の......髪の毛......」



鏡の枠に、触れた。掴みかかった

きっと手脂がついてしまっている。



「チェリー色の......目......天使の翼............」



ウィロー。


私は、ウィロー。



ちがう。ちがくない。





誰?


私は誰?




ずっと、忘れてた。ずっとわからなかった。

ネルソービューに来て、最初から記憶を奪われてて。



本当の名前も、見た目も、何もかも、



『考えたことなかった?』

『今ここにいる自分とは、見た目も性格も、名前すらも違ったかもしれないって』








私。は。




「な......のか............」




私の名前、は............。










「......宇佐川(うさがわ)......なのか............」




次話:私なのか?

です。三年生が多分一番怒涛です

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