105話:最低なのかな
ゾディさんとオートミールの物語は、ネルソービュー中に知れ渡った。
今度は、隠蔽されることはなかった。
嘘偽りなく、ゾディさんのことを発信したのは。校長先生の意向だったらしい。
ゾディさんの物語は、悲劇として語られた。
あるいは、英雄譚として語られることもあった。
......敵なんて。いなかったのにな。
二人の。
ゾディさんのお墓と。オートミールのお墓。
ネルソービューの、転生観覧車のすぐそばに建てられたんだって。
砂時計を失った、観覧車のすぐ近く。
お葬式、も。あったらしいんだけど。
ネルソービューの生徒は、参加しちゃだめだって。言われて。
そう言われたとき。なんで私、安心しちゃったんだろうね。
喪服を買いに行く元気すら、出せなかったせいなのかな。
あれから、どれくらい経ったんだろう。
数ヶ月にも感じるし、数時間だけにも感じる。
少なくとも、まだ三年生は始まってなくて。
でも。もうすぐ始まるの。
始まっちゃうの。
時の流れは非情だね。
ゾディさんもこんな気持ちだったのかな。
ずっと。
......ずっと。
「..................ゾディアックの判決が、出たそうです」
とある、更けた夜。
もうずっと、窓のブラインドを開ける気にはなれなくて。月に顔向けできる自信がなくて。
私たちを照らすのは、人工的な灯だけだった。
冷房の、音でさえ。うるさいって思ってしまう。
「どうやら、死神は............地獄行きは免れたとのことです」
「......」
「裁判官共にも、最低限の慈悲はあるということなのでしょうか。それとも......ゾディアックが人外だから、許しただけなのでしょうか」
「......」
私は、ベッドの側面に寄りかかる。
お風呂。まだ入れてないから、制服のままで。
なんか。顔も上がんなくて。
「........................ねぇ......ブレイズくん......」
ブレイズくんは、ね。ずっと、机に座りっぱなしで。
空っぽの机に、銃を置いて、ね。
それをずっと眺めてるの。ずっとそれから目を離さないの。
......そんなわけないって、わかってるのに。
彼の銃が、まだ。濡れてるように見える。
あの日の雨に。あの日の涙に。
「............人外が......死んじゃうと............どうなるの............?」
......変だな。こんなに掠れちゃって。
まるで私の声じゃないみたい。
「人外は......地獄に落ちなかったら............どこに行くの......?」
........................苦しいな。
喋ることも。息を吸うこともできないなら。
この喉は、なんのためにあるんだろう。
なんのために。この体があるんだろう。
なくても、死なないのに。
もう死んでるのに。
「ネルソービューは、人間専用の天国に過ぎません」
ブレイズくんの声。
普通に喋ってるだけなのに。
「人外のための天国は......おそらく、存在しないかと」
なんで......冷たく聞こえちゃうんだろう......。
「地獄に落ちないのであれば............このまま、転生するのでしょうね」
......転生。
「つまり............もう会えなくなるってこと............?」
「............そうなりますね」
「................................................なんで?」
なんで?
なんで。急に会えないとか。言われなきゃいけないの?
なんでゾディさんは死んじゃったの?
なんでゾディさんが死ななきゃいけなかったの?
ねぇ。
「私たち、だって............死んでるのに............」
「それでも............こうして会えてるのに......」
「話せて、......友達になれて............」
私はここにいる。
ブレイズくんも、ミルルンも、ローリエも、オリーブくんも、キャベツくんも。
みんな幽霊。
ネルソービューの生徒は、みんなここにいるのに。
私たちだって、もう人外なのに。
元人間って、だけなのに。
死んだときは人間だったって、だけなのに。
「なのになんで、っっなんでゾディさんにだけ会えないの、」
「なんでもう会えないのっ」
「ねぇっ」
ぼやける。
熱い。
痛い。
成長痛のときよりも、翼がずっと重い。
涙を止めようとすることすら。間違ってるような気がした。
正しいことって何?
私はどうすればよかった?
あのときどうすればよかった?
どうすればゾディさんは死ななかったの?
どうすればまたゾディさんに会えるの?
また、ゾディさんと、
「ガーディナー。..................地獄に落ちなかった人外は、転生するしかないのです」
「......っ、......~~~......わかんない............」
「ゾディアックは死ぬ直前、オートミールと同じ場所に行きたいと願っていました」
「わ、かんない、わかんないよぉっ」
「........................転生することが。死神にとって、一番の救いなのではないですか」
『おはよっ、ウィローちん! 今日はよく眠れたぁ?』
『命令~~~~~。ウィローちんに命令ぃ~~~~。僕ちんと、「真実か挑戦か」ゲームをしろぉぉぉおぉぉお』
『おれ、の......頭を..................なでて............』
『ウィローちんは、僕ちんの大切な助手なんで~~す。渡すわけにはいきませ~~ん』
『言うか迷ったんだけど......一つだけ......お願いがあって......』
『今夜、だけでいいから......』
『......一緒に............寝よぉ~............?』
ゾディさんは。
最初っから、こうするつもりだったの?
オートミールが、『オートミール』になっちゃったときから。
ずっとそうするつもりだったの?
なんで。
なん、で、
私がそばにいるだけじゃ..................だめだった..................?
「ブレイズくん」
「ゾディさんが、地獄に落ちてくれてればよかったのにって思っちゃうのは」
「最低かな」
ヒナタくんとさえ。再会できたのに。
「だって」
「地獄に落ちてくれてれば」
「あの宮殿に閉じ込められてれば」
「また」
「ポエナ行ったとき」
「会えてた」
「かも」
......くるしい。
「それかさぁ」
「地獄ダンジョンとかでもまた会えてたかも」
「............ガーディナー、」
「ブレイズくんは知ってるかわかんないけど」
「地獄ダンジョンにいる幽霊」
「みんなポエナから来たんだよ」
「知ってるか」
「知ってるよね」
「私は最近知ったよ」
「ゾディさんが教えてくれたんだ」
「......ガー、ディナー、」
「あははっ」
「もう」
「やだな」
「全部嫌いになっちゃいそう」
「ガーディナー、」
「この世界はどうしようもないんだね」
「今なら」
「私」
「少しだけ」
「ゾディさんの気持ち」
「わかる」
「気が」
「ガーディナー!!!! 息をしてください!!!!」
気がつけば。
私は、その場にへたり込んでて。
ブレイズくんが目の前にいて。ブレイズくんの手が、私の肩を撫でていて。
息。
別にしなくてもいいはずなのに。
もう死んでるのに。
咳は勝手に出るし、涙も勝手に出るし、
握りすぎた手も赤くなるし。
勝手に息も吸っちゃうんだ。
「........................ね......ぇ、」
「『眠りココア』でも、飲みますか? それを飲めば、空いた穴も少しは塞がるはずで——」
「ブレイズくんは悲しくないの?」
言っちゃいけない。
言っちゃいけないことだったのに。
ブレイズくんはピクッてなって、口をつぐむ。
......全部。
悪い夢なら、よかったのにな。
「..................どう............なんでしょうね」
「悲しくないんだ」
「わかりません」
「死神さんのこと嫌いだから?」
息を吸わなければ、こんな最低なこと言わずにすんだのに。
ねぇ。誰か。
ブレイズくんでもいいから。
誰か。
私を————
「ゾディアックは人外です。俺は......人外の死を、悲しんではいけないのです」
「......なのに..................」
ブレイズくんのメガネが、落ちる。
手も落ちる。
音も立てずに、目から
涙
が
流れ落ちる。
..................彼も、私の前にしゃがみ込んだ。
その手には、あの日の銃を持っていて。
「思わずにはいられないんです」
「あのとき俺が」
「死神から銃を奪われていなければ」
「こんなこと、には、............っ」
ブレイズくんは下を向いて、目元を手で押さえた。
「だめ、ですね」
「こんなの」
「、............ひまりに............顔向けできない............、......っ............」
......泣いちゃってるのに。
私のせいなのに。
彼が涙を流す姿を見て。
初めて。心が軽くなっちゃった気がして。
一人きりじゃないような気がして。
私は。ブレイズくん、に。
目の前の、光に。手を伸ばした。
温かかった。
......その後のことは。もうあんまり覚えてない。
抱き合ったかどうかも覚えてない。
ただ、二人で泣いて。
泣いて。
泣いて。
日が昇るまで。
雲も雨も、全部なくなってしまうまで。
そして、ようやく。
私たちは眠りについたんだ。
***
目が覚めると。
窓から漏れだす光が、オレンジ色になっていた。
いま見てる太陽が、夕日なのか朝日なのかもわからないまま、私は起き上がる。
ちゃんと、ベッドにいて。よじ登った記憶は一切ないのに。
いつもと変わらない水色の髪に、いつも通り寝ぐせがついちゃってる。
......ちょっとだけ、喉が痛い。
部屋の電気は消えていた。
ブレイズくんはいなかった。
私は無意識に翼を広げながら、ゆっくりとベッドから飛び降りる。
携帯を見ると......午後6時41分。
制服のまま、だし。
寝ぐせ直すのめんどくさいし。
私は亡霊らしく、そのまま寮の外に出た。
こんなに風がない日は、珍しいかもしれない。
夕焼けを見るのも、なんか久しぶりな気がする。
空気も、少しずつ冷たくなってきたな。
もう夏も終わっちゃうんだな。
一番星を、見つけることすら。こんなに痛くなる日が来るなんて。
「..................」
なんか。
食堂に行く気も出なかったから、私は森に向かった。
目を凝らせば、すぐに転生観覧車も見つけられた。
砂時計。全部撤去されたのは、いつだったんだろう。
本来、観覧車っていうのは、砂時計なんて付いてない方が普通なのに。
いざ無くなったら、こんなに空っぽに見えてしまう。
森の中を歩く。
寒い、けど。ずっと暗いし、霧に包まれてるけど。
もう怖いとは思わなかった。......思えなかった。
幽霊の影は、一つも見当たらなかった。
もう。悪霊たちに会うことは、なくなるのかな。地獄ダンジョンにでも行かないと、会えないのかな。
......色々ぐちゃぐちゃ考えてたせいで、森が開けたことに気づくのが遅れた。
観覧車のそばには、今日も変わらず人外たちが飛び回っている。
ここの芝生が、こんなに元気に見えるのは......抜け落ちた天使の羽も、肥料になってるからなのかな。
「............確か............ゾディさんとオートミールのお墓は——」
「おい!!!! テメェどういうつもりダ!?!?」
すぐに見つかったよ。
だって、お墓のそばにも、誰かいたから。
知ってる影が、二つ。
「法律さえ使えば、ネルソービューは何してもいいのかよ!?」
「ち......違うっ、誤解だよっ、」
「グールをなんだと思ってんだ!? オレサマたちだって生きて、め、飯食ってっっ」
デニムの短パンと、オフショルダーのニットを身に纏った......ジャックポットさん。
そんな彼女が薄紫の髪を暴れさせながら、掴みかかっているのは。
「許さねぇ......っっろしてやるっ、ころしてやルっっっ!!!!」
「落ち着いてくれ! 本当にっ、僕は、......ただ............」
雪のように柔らかそうな、天使の翼と天使の髪の。
......トモル......先生......?
「じゃあこれは一体誰がやったんだよ!?」
「そ、それは......わからないけど......」
「お前じゃねぇなら一体誰ダ!? どうせネルソービューの連中に決まって——」
「ちょ、ちょ......っと。なんでお墓の前で喧嘩してるのっ」
あんまり声を出せなかった代わりに、私は二人の間に無理やり入った。
その時、お墓も目に入って。
実際に目にするのは初めてで。
私はつい息を吞んじゃって、
ゾディさんは本当に死んじゃってて、
もう本当に会えなくて、
..................二人が喧嘩してた理由も。なんとなく、わかってしまった。
墓石が、二つ。
石板のようなものが、隣同士に並んで、土に埋まってる。
二人の体が眠る土から、紫と青の野花が咲いている。
左には、『ゾディアック・グラノーラ』って彫られてて。右には『オートミール』って。
でも。
「......な......にこれ............」
右側のお墓の土が、無惨に掘り起こされていた。
スコップか何かで掘らない限り、絶対にこうはならない。
誰かが中から這い出てきたんじゃないかってくらい、ぐちゃぐちゃになってしまっている。
この穴が、オートミールの体まで届いてるのかどうかはわからないけど。でも。
「僕は、ね......お墓参りに来て......でも、オートミールのお墓が荒らされてるのを見て......」
トモル先生はジャックさんの手を振り払わずに、口を開く。
本当に、ただただ悲しい表情を浮かべながら。大人しく胸ぐらを掴まれている。
「直さなきゃって、思って......それで土をさわっていて......こんなこと言っても、信じてもらえないかもしれないけどね............」
先生の指先は、よく見ると薄汚れていた。
全ての爪に、土が詰まってた。
オートミールの手を見た後だと......だいぶ小さく見える爪だなぁ......
なんて......。............。
ジャックさんは歯を食いしばりながら、何も言わずに彼を睨みつける。
時々、オートミールとゾディさんのお墓を見ては、瞼を震わせる。
そう、だよね。
だって。ジャックさんにとっても、二人は。
「............ジャックさん。トモル先生は、お墓を荒らしたりなんてしないよ」
私は彼女の隣に座る。肩にそっと手を添える。
本当は、目も合わせてあげたかった。
でも、声の震えを我慢するだけで精一杯で、すぐにでも胸が張り裂けてしまいそうで、
ごめん、ね、ジャックさん。
「お、お墓、いっしょに......なおそ......? トモル先生も手伝ってくれる、だろうし......」
「......魂ちゃん......オレサマ、なぁ、っ」
「ね..................?」
ジャックさんを説得するのは、思ってたより時間が掛からなかった。
力なく頷いてくれた後、彼女は無言で土をかき集め始めたの。
月が昇り始めている中、私たち三人は横に並びながら座る。
空いてしまった穴を、少しずつ塞いでいく。
万が一にも、オートミールを傷つけてしまわないように。指一本失くさないように。
そっと、優しく。慎重に。
トモル先生と、ジャックポットさん。
珍しい組み合わせだねって呟くチャンスは、もうとっくに逃してしまっていた。
「オートミールのやつはなァ......グールの中でも、特に変身がヘタクソな方だったんだゼ?」
ジャックさんは鼻で笑う。
それでも、温かいのがわかる。
「生やした翼は毎回歪で弱っちいし、声も全然変えれてねぇし......まっ! オレサマが変身うますぎるだけかもしれねぇけどナ!!」
「あははっ! 流石、ウィローくんをポエナに連れ去った『大盗賊』なだけあるね?」
「ナッ!? てめぇ何故それをッッッ」
トモル先生はすごいなぁ。
ジャックさんにも、分け隔てなく接してくれるんだ。優しい目を向けてくれるんだ。
「ウィローくんからはもちろん、ゾディアックからも君の話は色々聞いてね......」
「なにィ!? お前あいつと知り合いなのカ!?」
「お互い仕事柄、話す機会が多くてね。ジャックポットくんの話をするときは、いつも決まって楽しそうにしていたよ」
「くそっっあのウンコ死神めッ!!!! 毎度毎度ヒトのこと好き勝手言い、やがっ、っ......て、............」
強がりが崩れそうになると、ジャックさんはすぐに下を向いた。
前髪が目元に落ちる。
息を、吸って。吐いて。
落ち着こうとしてるだけでも、すごく偉いね。
......偉いのかな。
「............ゾディアックのやつ......な。世界を変えたいとは思わねぇ、って。世界なんてどうでもいいって、いっつも言ってたんだよ」
彼女は丸めそうになる手を土から離して、唇を噛みしめる。
「でも。ゾディアックが死んだら、サァ。あいつとオートミールの話が、ポエナ中にも広がったんだよ。ポエナにも、下界にも。世界中によォ」
声が、小さくなっていく。
「そしたら、ポエナから『グール感知器』がなくなった。オレサマもポエナに出入りできるようになったんダ。いつの間に暮らしが楽になって、でももうゾディアックはいなくて」
......私も。手を動かせなくなっちゃった。
「これからも、グール差別を失くすようにって。上のやつらが今更言い出しやがって、」
「でも、こんなこと初めてデ、」
「世界が変わり始めたかもしれなくテ、」
「は、ははっ......最高の皮肉だとは思わねぇか?」
ジャックさんは顔を上げる。
笑顔を必死に貼り付けたまま、歯を見せて、
震わせて、
少しずつ、
少しずつ、
少しずつ、
少しずつ、
口角を、下げ...
...
..
.
「..................畜生......」
や......めて、
私、もう、十分泣いたのに、
そんな顔されちゃったら
私
「やるせねぇナァ......っ............」
........................土を、元に戻した後。
新しいお花を、いくつか添えた後。
トモル先生も、ジャックさんも、目を閉じながら手を合わせた。
でも、私だけ目を開けたまま。
両手を合わせたまま、二つの墓石を眺め続けてた。
もしここで瞬きしたら。涙が、土に染みちゃうかもだから。
二人の体に落ちちゃうかもしれないから。
......でも。もう。
二人とも、転生しちゃってるんだったら。本当は、もうどこにもいないんだったら。
気にしすぎなくてもいいのかな。
なんて。
ねぇ。
私。
このまま。
本当に。
前に。進めるのかな。
進みたくない、って思っちゃうのは......
悪いこと............?
次話:鏡の向こうの私
です。あっという間に三年生ですね




