十一話:森から観覧車が生えてきた
「まだ『常用魔法①』を受けれていない子のために一応言っておくんですけどぉ~、いまどきの魔法って、特定の呪文を唱えなきゃいけないとかそういうのはなくてぇ~」
『守護魔法①』の先生は、羽に溜まった妖精の粉を振り落とした後、教壇の上に座って膝を組んだ。
小さい体だから声も小さいんじゃないかって思ってたけど、全然そんなことはなかった。一番後ろの列に座ってても余裕で聞こえるもん。
「例えばですねぇ~? 昔は自分の体を大きくしたかった場合、『Amplifica Corpus』って唱えなきゃいけなかったんですけどぉ~」
あ、あんぷ......なんて??
「時代が進むにつれ、ラテン語を覚えたり、発音できたりする子が少なくなっちゃってぇ~。だからすごい魔女さんたちが、この特別な魔導書を生み出したんですよぉ~」
先生は体を浮かせた後、魔導書の上に着地する。
やっぱり妖精って可愛いなぁ! 魔導書よりちっさいんだ~!
「この魔導書の正式名称は『カスタム・グリモワール』って言って————もうすでに『常用魔法①』で習った子が多いと思うんですけど————なんと、自分で決めた呪文をここに登録できるんですぅ~」
うん......似たようなこと昨日の授業で言われたことは覚えてるんだけど、そのぉ、色々あってちゃんと授業聞いてなかったというか、髪の毛抜け落ち事件のせいで授業が頭に入らなかったといいますか......。
とりあえず、今回は大人しく授業聞いとこう。私の『守護魔法①』クラスには、キャベツくんもローリエもミルルンもいないみたいだし。
「皆さん、自分の魔導書を開いてくださぁ~い。見た方がわかりやすいと思うのでぇ~」
私は机に置いてた保管ハットの中から、自分の魔導書と鉛筆を取り出した。初めて本を開けたときは白紙かと思ってたんだけど、よく見たら薄い線で表みたいなのが印刷されてる。
「ページの一枚一枚が、リスト表のようになっているでしょ〜? それでは、表の項目をよく見てくださぁ~い。『元の呪文』と『あなたの呪文』って書いてあるはずですぅ~」
あ~~~、あーーーーー思い出してきた!
そうそう、確か『元の呪文』のところに、わけわかんないラテン語バージョン?の呪文を書いて、で、『あなたの呪文』のところに......
「もう見た方がわかりやすいと思うので、私の魔導書を皆さんに見せちゃいますねぇ~。えっとぉ、プロジェクターを起動して......」
先生は魔法を使うのかと思いきや、普通に講義室にある機材を起動する。
すると、魔導書のページが映った画面が、真っ白なプロジェクター用スクリーンに映し出された。よくよく考えると、テクノロジーも魔法とちょっと似てるところあるよね......。
「見えてますぅ~? わかりますぅ~? ほら、『元の呪文』の項目のところにさっき言ったラテン語が書いてあるでしょ~? それで、『あなたの呪文』のところには先生が勝手に決めた呪文が書いてありますぅ~。こうすることで......」
先生は咳払いをした後、ドヤ顔をしながら杖を自分に向けた。
「『おっきくなれ~』!」
すると、先生の体が光って、みるみるうちに大きくなって、わ、わお......最終的に、人間の女の子と同じくらいの背丈になった。
「どうですぅ~? すごいでしょ! 魔導書さえあれば、わざわざ『Amplifica Corpus』って唱えなくても、自分が決めた好きな呪文で大きくなれるんですよぉ~!」
いやぁ、すごいよねこの仕組み! 魔導書考えた人?魔女?天才すぎ! よっぽどラテン語なんてもう嫌じゃーーー!ってなったんだろうなぁ、わかる、わかるよ......私も覚えられる気しないもん。
「もちろん、一度決めた呪文は後から変えられたりするんですけどぉ~、先生はおすすめしませぇ~ん。うっかり変える前の呪文を唱えちゃって、それで何も起きなくて、『あれぇ?』ってなっちゃったりしますからねぇ~」
そういえば、今思ったんだけど......例えばさ、空飛ぶ魔法を使いたいとするでしょ?
そこでもし魔導書に『あああああ』って書いたら、それが呪文になるってことだよね?
空を飛ぶたびに『あああああ』って唱える変な人にもなれるってこと? おもしろ! これはふざけるしかないかもしれない。
「あとあと、呪文は被らせることはできないので注意してくださぁ~い。呪文を決めるうえでの詳しいルールは、魔導書の裏表紙に書いてあるので、各々で読んでくださいねぇ~」
辺りを見てみると、めちゃくちゃテンションが上がってる子もいれば、『もう前の授業で習った~』って顔してる子もいる。
もう勝手に魔導書になんか書き始めてる子もいれば、先生に拍手してる子もいれば......。
......もし......ミルルンがここにいたら、終始にこにこほわほわしてるんだろうな。
それで、魔導書に変なこと書き始めるんだろうな。呪文を全部口説き文句にしちゃったり......炎魔法を使うたびに『愛してる』って呟くミルルンかぁ、安易に想像できるなぁ。
ローリエは......どうだろ?
真面目に呪文考えるかと思いきや、『この魔法の呪文は「あ」で、こっちの魔法は「い」』とか言い出す可能性もある。
キャベツくんはぜっっっったいふざける。わけわかんない呪文書いてあとから後悔してそう。それ、私もやりかねないから気をつけよう......。
えへへ......みんなの反応想像するの、楽しいなぁ......。
......。
「え~っと、他の注意喚起はぁ......そうそう! 魔導書に呪文を登録したからといって、その魔法が使えるようになるってわけではありませんからねぇ~。魔力が足りなければ、普通に不発に終わるのでぇ~」
授業、つまんないわけじゃないけど......あの三人がいない方が集中できるけど......やっぱり、友達の誰か一人くらいはいたほうが、絶対楽しいだろうな。
そりゃあ、友達のいないクラスもあるよね。仕方ないよねぇ......。
でも、やっぱり一人は寂しいなぁ。
......一人......
......。
......。
正確には、一人ではないんだよね。一応知り合いはいるんだよね。
いるん、だけど......。
「一年生の皆さんはまだ魔力が赤ちゃんなのでぇ、簡単な魔法から——......」
私は顔を上げて、先生の方に顔を向けたまま、チラッと横目で某あいつの方を見た。
あいつは一番左奥の席に座ってて、ずっと窓の外を眺めてて。机の上に置いてある魔導書は開いてすらいないし、先生の話も一切聞いてなさそう。
ルームメイトくんと同じクラスは、これが初めて。
最初に彼を見つけたとき声出そうになっちゃってさ、口覆ってたら近くのクラスメイトに不思議そうな顔で見られちゃったよ。
あいつと目が合うことはなくて、全然私の姿に気づいてないみたいで......流石に隣に座る勇気はなかったから、同じ列に座ってみたけど......今も全然気づいてくれてないっぽい。
『無理してルームメイトと仲良くする必要ないんちゃう?』
......わかってる。ローリエが言ってたことは正しい。ルームメイトと友達にならなきゃいけないルールなんてどこにもないし、友達が一人もいないクラスがあったっていい。
わかって、る......けど......
『そこをどいてください、ウィロー・ガーディナー』
「~~~うぅぅぅう~~~~~~んぐぐぐぐ......!!」
「?? ガーディナーさん大丈夫ですかぁ~?」
気 に な る 。
なんであのときあんなに怪我してたの?? なんで私の名前知ってたの?? 名乗ったことなかったよね?? 私、君の名前知らないよ????
例の悪霊事件のときだって、『あの悪霊のことは忘れろ』とか怪しすぎること言ってきたし、な、何者?? ほんとに何者???? 只者?? 曲者????
「うぅぅぅうううぅぅぅううう~~~~~~~~~~」
うわ~~~ん!! ルームメイトくんの怪しいポイントがどんどん上がってい——
「ガーディナーさぁ~ん?」
「はひっ!?」
あ、え、あ、あ......あ......??
え?? いつの間にめちゃくちゃ見られてる?? みんなに見られてる?? なんで!?
私なんかした?? もしかして今の全部声に出てたりしてっ
「っ......な......なんでもないです......」
「そうですかぁ~?」
やばいやばいやばい恥ずい無理見ないで穴があったら潜りたい穴がなくても潜りたい
毛量が!! 髪の長さが足りない!! 触覚ヘアだけじゃ顔隠せないです先生!!!! 今だけでいいから誰か私をハゲの反対(?)にしてくださいお願いしま——
——————あ。
ルームメイトくん。私の方。見て。やっと、気づいて、
......
......
......~~~~っっっっっっ!!!!!!
「何呆れとるんじゃ貴様ーーーっ!!」
「ガーディナーさん????」
***
「ダッッッはははははハハハハ!! ヒィ~~~~ッッッ!!!!」
キャベツくんは危うく持ってたトロンボーンを机に叩きつけそうになりながら、爆弾のように笑う。
そのままお腹を抱えて、時々人間とは思えない音を喉から出して、
「......ぶち転がしちゃるぞテメー」
「おっっまえ、ほんとネタ尽きねぇな!! 絶対先生に変なやつだって思われたじゃん!!」
「うるせーーーーっ!! 言われなくてもわかってるし!!」
『総合音楽・基礎』の授業でキャベツくんはトロンボーンを、私はフルートをもらったんだけど......何回吹いてもまったく音が鳴らないもんだから、もう速攻諦めちゃって。そのまま二人で雑談する流れになって、
で。『守護魔法①』での出来事を話したらこれよ。
「へっははははははあっ~~~~~はっっっヒッッッ」
「そんなに笑われたら一周回って心配になってくるんですけど」
「ア~~~~~涙出てきたっっっぱ最高だわお前」
「ありがとぉ~~、キレるね?」
は......腹立つ気持ちと笑ってくれて嬉しいって気持ちがぶつかり合って、なんか余計腹立ってきた(?)から、私はそっぽを向いてやった。
キャベツくんが頑張って呼吸を正そうとする声が聞こえるけど、途中で何回も吹き出しちゃってるし......もう知らん! 知らんし!!
そのまま頬杖をつきながら、窓の外を眺める。
思えば、窓際の席に座るのは初めてかもしれないな。
薄い水色の空に浮かぶのは、雫のように小さい雲々と、箒に乗った半獣人。真っ白に見える太陽を、時々ドラゴンの群れが横切っている。
木の葉を運ぶ風が吹いたかと思いきや、よく見たら妖精さんだったり。建物が動いてると思ったら、レンガのゴーレムさんだったり。
そして、ネルソービュー学園全体を囲う森。地平線の先まで続く紅葉。あの中に入ることが掟で禁じられてるのは、迷子になっちゃうからなのかな?
......面白い景色ではあるけど、ずっと眺めてるとやっぱり飽きてきちゃう。人外が当たり前のようにいるこの世界にも慣れてきたってことなのかもしれない。
ルームメイトくんがずっと窓の外を見てたのも、大した意味はないのかな。授業が退屈なだけだったのかな。
だぁぁああああああもうっっ!! ルームメイトくんのこと考えるのやめ!! あいつのせいで変なやつになっちゃうの嫌!! ムカつく!!!!
私は自分から遠ざけてたフルートに手を置いて、窓から目を逸らそうとした。
探すものなんてない。無理して向き合おうとしなくていい。
そう、だから、考えるのはやめてまたキャベツくんと話そうって。で、またフルートも吹こうとしてみようって。
そう思ったのに。
窓から目を逸らそうとした直前、視界になんか入ってきたような気がして。
反射的に二度見しちゃって、
「————~~っ!?」
窓の外には、観覧車があった。
そう。観覧車。
森のド真ん中にそびえ立つ観覧車。
周りの木、どころかこの校舎よりも高いみたいで、三階の窓から見てもてっぺんが見えない。
観覧車はここから結構遠いところに建ってるはずなのに、それなのに窓に貼り付かないと一番上が見えなくて、高いだけじゃなくてデカくて。
直径は少なくとも横に並んだ木、えっと、50......100本分くらい。真昼でも七色に光ってるのがよく見えて、まるで至近距離で眺める花火のよう。
そして、何より真ん中には、何故か大きな砂時計がくっついていて。
観覧車と一緒にゆっくりと回ってて、
え、え、え?? え???? え?????? なにあれ?? なにあれ!? なんで私今まで気づかなかったの!? 嫌でも視界に入るくらいデカいのに!!!!
「キャベツくんキャベツくんキャベツくんキャベツくん」
「お? もう拗ねるの終わ——いてっ、いでででで肩叩くな、た、叩くなって!! 何!?」
「あ、あ、あ、あの観覧車っっ、なにあの観覧車っっっ」
「はぁ? 観覧車ァ?」
キャベツくんは肩をさすりながら目を細めて、窓の外をじっと眺める。
すると、彼は顔をしかめて、首をひねって、
「?? 何言ってんだよお前?」
「......えっ」
「観覧車なんてどこにもねーじゃん!」
次話:良薬は口に苦し
です、出てくるのは良薬じゃないです




