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102話:860年

『オートミール』は一切声を出さない。


悪霊のように許しを乞うことも、呻くことすらもない。



ただ、ミシミシと肉片を鳴らす。

青い目玉をギョロギョロと回す。長い白髪を、獅子のタテガミのように揺らす。



両腕を、伸ばす。

すると、背中から翼が生えてきて。砂鉄が磁石に集まるように、一瞬で。



彼はそのまま、黒く脆い羽を広げる。


風を起こして、落ち葉を吹き飛ばして、



私たちを————ゾディさんを、置いて。


ネルソービューの方へ飛んで行った。







『オートミール』の。

......オートミール、の。いない森の中は。


残酷なほど、静かだった。









「......あれが。お前の友人なのですか?」



ブレイズくんは斧を握りながら、死神さんを横目で見る。



ゾディさんは応えない。

『オートミール』がいた場所を、ただぼんやりと眺めてる。


口を開くことも。瞬きすることもなく。

まるで......死体の、ように。




「............死神。答えてください」

「      」

「アレが本当に、お前の友人なのですか?」

「      」




ゾディさんの焦点が、ブレイズくんに合うことはなかった。

どこにも、合うことはなかった。


静かに、座り込む。

静かに崩れ落ちる。


冷や汗は、時が止まってしまったかのようで。

呼吸が一切聞こえなくなって、


っ




「ぞ......ゾディさん!!」



私はゾディさんのすぐ隣に、座った、けど、



「オートミールって、ぐ、グール、でしょ......? 変身できるから、さ、見た目が違うのはもしかたら、その......っ......え、っと......、」

「      」

「い、いたずら......オートミールのいたずらかも、なんて............驚かせよう、と......」



届かない。

届くわけない。


ここにいる全員がわかってる。


私も、本当はわかってた。



計画は失敗したんだって。


あれはオートミールじゃないって。



『蘇生の薬』が、作り出したのは............っ








「   そ    っか   」



......ゾディ、さん、



「ネルソービューが  隠蔽したのは   オートミールの死だけじゃなかった」


「砂時計に入ってたのは  オートミールだけじゃ  なかったんだ」


「  だか     ら    」


「     あれは」


「 オートミールは   」




ゾディさん、の声は、飛び交う蛍よりも静か。


地面に落ちた指先には、力が入ってない。

震わせる力すらも、残ってないみたい。


意識がどんどん、朦朧としてきてるみたいだった。




......遠くの方から聞こえる悲鳴が、濃くなる。

爆発音がかすかに鳴っている。


『オートミール』が。ネルソービューを、襲い始めちゃったのかな。

悪霊たちと一緒に。





「......死神............」



ブレイズくんは、死神さんの前にしゃがむ。

片方の膝をついて、まるで......幼い子供の顔を覗き込むように。


そのとき、ゾディさんは初めて視線を動かした。

ブレイズくんから目を逸らした。



「死神」

「    、 」

「これから、どうするんですか」

「  」

「アレを放っておくつもりなんですか」



彼を止めた方がいいのか、私にはわからなくて、

死神さんに触れる勇気すらなくて、



「   そう......だねぇ . ... ..」



......ゾディさんの口の中が、黒く見える。



「あれを  放っておいたら   ネルソービューは滅びちゃうかもね」

「......いいえ、恐らくそうはなりません。ネルソービューはしぶといですから」

「  かな    」

「死神っ」



ブレイズくんは死神さんの両肩を掴む。

その時、ゾディさんはほんの一瞬だけ怯えたような顔をする。でもすぐに表情筋が失われて、壊れた人形のようになって。


ブレイズくんも、それに気づいたみたいで。それでも、動揺してないフリをした。



「本当に......これでいいんですか? ここで諦めるんですか?」



息を呑んだのは、私だけだった。

私、だけに届いても。ブレイズくんにとっては意味ないんだろうけど。


そっか。


ブレイズくんは、まだ諦めてないんだ。



............でも............っ




「友人と再会したかったのでしょう? そのために俺たちまで巻き込んで、なのに、」

「  」

「860年間を無駄にする気ですか? おい死神、答え——」


「ブレイズくんやめてっ、もうやめたげてよぉ......!!」




私は彼の腕を掴んで、ゾディさんから引き離そうと、して、

正しいのかわかんないけどでも、こんな、の、っ

こんなのっっ!!



「こ、これ以上ゾディさんを追い詰めてどうするの!? 可哀想だよっ、もう十分傷ついてるんだから——」

「いいえ! 俺はやめません!!」



ブレイズくんは私を突き放して、

尻もちをつく私を見て、一瞬瞼をピクッとさせて、でも、


満月なんかよりも、ずっと眩しい光を瞳に宿して。


誰よりも熱い炎を、ゾディさんに真っ直ぐ向けた。




「ここで諦めるなんて、俺は許しませんよ。ゾディアック」




......彼が、ちゃんとゾディさんの名前を呼んだのって。初めてじゃないかな。




「確かにアレは、オートミールとは言い難いかもしれません。お前の友人とはかけ離れた存在かもしれません」


「ですが、お前は言いましたよね? 砂時計の中には、オートミール以外の者の遺灰も入っていたと」


「だから、蘇りの薬とやらをかけたとき、あんなことになったのだと」


「つまり、それは......」



ブレイズくんは、ゾディさんから手を離す。

真っ直ぐな目だけを、向け続ける。



「アレの中には、確かにオートミールもいる。蘇ったオートミールがいる。......そういうことでしょう?」

「............っ」



ゾディさんは、もうとっくに彼と視線を合わせていた。

瞬きを、繰り返して。浅い息を吐いて。

少しずつ、意識を取り戻していく。



「......そ......う......だろうけど、だから何? どうしろって——」

「知りませんよ。とりあえずアレを捕まえて、ポエナまで持ち帰って、あの薄気味悪い地下室にでも閉じ込めておけばいいのではないですか?」



『薄気味悪い地下室』って......私が、ゾディさんの過去を見ちゃったあの部屋のこと?

ブレイズくん、なんであの地下室のこと知って......?



「閉じ込めたあとのことは知りません。ですがお前なら、また860年かけてでも、アレを友人の姿に戻すことくらいできるのではありませんか?」

「........................」

「アレを捕まえさえすれば、今までの努力は無駄にはなりません。蘇生の薬とやら自体には、問題はなかったようですから」

「............な............、」



ゾディさんは唇を震わせて、目を泳がせて、

自身の両腕に爪を立てて、


もし、包帯を巻いていなければ。

さらに。赤くなってたんだろうな。



「なん、だよ......お前............っ、なんでそんな......」

「どうしてでしょうね。......自分でもよくわかりません」

「お前っ、俺のこ、と......気持ち悪いって言ってたくせに......っ」

「......? 記憶にございませんが」

「ざっっっけんなっ!! 全部全部簡単に言いやがってっっっ俺、は、ぁ......、!」



「..................ゾディ......さん............」



......私、も。何も言わずにはいられなくて。


頭を抱えるゾディさんの背中に、手を添えた。

振動と温もりを感じて、私は安心しちゃったんだ。



「私は......ゾディさんが、したいことをすればいいと思う」



......なんか......ブレイズくんに乗っかってるだけ、みたいで。

偽善者だって......言われちゃうかなぁ......。



「私たちも、手伝う、から」


「最後まで協力するから、」


「ゾディさんは、一人じゃ......ないから............!」



「——————、っ」




それでも。


ゾディさんは、こんな私の言葉でも。目に光を宿してくれたんだ。


光が瞳の中で、クラゲのように揺らめくと共に。

下瞼に水が溜まっていく。


溢れ出してしまう前に、ゾディさんは両手で瞼を押さえた。



しばらくの間、ずっと動かなかった。

声を出すことも、腕を目元から離すこともせずに。


止まってる。絶望する前の自分に、タイムスリップしようとしているかのように。



......実際に、今のゾディさんは。

一人ぼっちで泣いていた、昔のゾディさんに似てる。



「————————————」



それでも、時は戻らないから。

もう現実は変わらないから。


きっとそれは、ゾディさんが一番よくわかってるから。



初めて、雲が月を隠すと共に。


ゾディさんは立ち上がった。



地面に座ったままの私たちを見下ろして、指先からゆっくりと力を抜く。



「............馬鹿だなぁ......」



それは、私たちに対して言ったのか、自分自身に対して言ったのかわからないけど。



死神さんは、無理やり笑うことはなかった。

湿った包帯も隠さずに。


赤くなった目に、そのまま力を入れて——



「もう......どうなっても知らねぇからな............?」




***


私たちが、ようやく彼に追いついた頃。


『オートミール』はちょうど、生徒の一人に掴みかかろうとしていた。



「......オートミール、」



ゾディさんが呼びかけても、彼が振り返ることはなくて。


『オートミール』はそのまま、一年生の子に爪を振り下ろ


す、前に、

ブレイズくんが斧を振るった。


当たり前のように弾かれても、歯を食いしばりながら何度も彼に斬りかかる。



爪と刃が重なって、火花が散って。

まるで氷の上を滑るように、二人は交わりながら舞う。


ブレイズくんの靴底は、爪痕のような足跡を土に残していた。



襲われそうになっていた子は、泣きながら遠くへ逃げていく。

......よかった。




「っ、ぐ......ぅ......おいっ、ゾディアック!」



ブレイズくんは『オートミール』の攻撃を押し返しながら、また死神さんの名を呼ぶ。



「そろそろ銃を返してください! 斧だけでは無理が——」

「ブレイズ! ちょっとどいて!」



ゾディさんは素早く前に出ると、ガラスの瓶を『オートミール』の足元に投げつけた。


水みたいな液体が飛び散ったと思ったら、芝生が急成長して、『オートミール』の体を縛り付ける。

『オートミール』は表情を変えずに、目玉をゆっくりとゾディさんに向ける。


そして、火傷痕が広がった両腕で、植物の弦をいとも簡単に引き裂いた。

一瞬だけ黒い翼が現れて、また消える。



「............馬鹿力になりやがって」



そう呟くゾディさんの表情は、暗かった。

笑おうとしたんだろうけど、笑えてなかった。




......私たちの目的は、『オートミール』をやっつけることじゃない。

捕まえて、ポエナに連れ帰ること。


それなら............——!




「お、『オートミール』! やーいやーい! こっちだよ!!」



私はできるだけ翼を大きく開いて、ペンライト感覚で杖を振る。

イメージは、威嚇するフクロウ。


できるだけ目立つように、視界に入るように。



「君の相手はこの私だーーーっ! かかってこーーーーい!!」



手の震えを誤魔化すために、指先に力を入れる。

背中に隠していた保管ハットを出して、杖で口を開かせて、


そう。


砂時計の砂を全部吸い込んだときと同じように、空気魔法使って『オートミール』をこの中に閉じ込めちゃえば、

きっと、



「ガーディナー! 避けてくださ——」

「うぉぉおおぉぉぉぉおおーーーっ!!!!」



予想通り、私をめがけて走ってきた『オートミール』に杖を向ける。


心の中で例の呪文を唱えて、空気魔法はまたちゃんと成功して、



『オートミール』の足が宙を浮いて、

よ、よし......!



「帽子の中で大人しくしてなさーーーーーいっ!!」




ぅ、っ......さっきも......この魔法使ったせいかなぁ?

うまく力が入らな......っ......魔力......尽きちゃった......?


だめ、だ、頑張らないと、

こんなとこで倒れてられないっ、



ゾディさんの助けになるって、私、

ずっと、っ




「お願い、オートミール......ゾディさんのために......っ、大人しく捕まってあげ——」






」







『オートミール』は保管ハットを世界が静かになる。

暗くなる

冷たくなる。


真っ青に、なる。



......目。


オートミールじゃない、他の誰かの目。

それでも、『オートミール』の目。




憎しみに満ちた目。









「え」







『オートミール』は私の腕を掴んで、

保管ハットをちぎって





「————————ゔっっっっっぐ、ぁ」


「ガーディナー!!!!」





あ、............れ?








耳、鳴り。


今。何が起こったの?




そう、だ。オートミールが近づいてきて。ちゃんと吸い込めていて。


うまくいってたのに。


急、に。魔法を無視して、目の前に現れて。

拳を握ってて。




わた、し......殴られ......?



「——————、」



芝生から鉄みたいな匂いがする。

ち、がう。これ......草じゃ、ない......?



起き上がれない。息ができ、ない。

お腹、が、熱......い。



そっか、私、殴り飛ばされちゃったんだ、




「ぅ......っ......お゛、ぇ............」





、




大丈夫。私が駄目になっても、ブレイズくんとゾディさんがいる。

二人が『オートミール』の相手をしてくれる。



かい、ふく......回復魔法、




「..................まりょく、が............っ」





「~~~~っは、!?」



ブレイズくんが息を呑む。


斧、が。割れちゃったみたい。

『オートミール』に砕かれちゃったみたい。



破片がそこら中に飛び散って、地面から起き上がれない私の頬をかすりそうになる。




あれ......?



おかしい、な、


私たち、は......大丈夫、なんじゃ............、



大丈夫になった、はずじゃ、





「ブレイズ! 待って、いま銃返すから——」

「平気です!! 俺が注意を引くので、その隙にお前はガーディナーを!」

「はぁ!? 斧ぶっ壊れたのに!?」


「ま゛って、......わたしは......だいじょ......ゔっ」




やっぱり起きなきゃ、

早く、

気を失うほどじゃない、からっ、





諦めない。


『オートミール』、は今もずっと暴れてるけど、



ゾディさんもブレイズくんもいるんだから。

私だって役に立てるんだから。


せめて。光魔法を、あと一発くらい......、




「ゔ、ぅ......っは......ぶれいず、く......ゾディさん......」




目眩まし、くらい......なら......!!




「......私にも............『救わせて』............っ」







二年生の、一番最初に。

魔導書になんとなく書いてしまった呪文を、呟いて。



私は、『オートミール』に指先を向けた。










光魔法は、発動しなかった。






けど、



次話:vs ネルソービュー

です。敵と味方は紙一重です

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