101話:はじめまして
砂時計が、割れる。
開花するように飛び散る砂が、満月も観覧車も覆い隠してしまう。
宙を舞うブレイズくんの影は、どんどん小さくなっていく。空に弧を描き始める。
そう、だ。
私の役目はまだ終わってない。
むしろ、ここから!
「ぅぉぉおぉぉおぉおぉぉおおーーーっ!!」
私は片方のポケットに手を突っ込みながら、全速力で走る。
木から離れて、開けた野原を駆け抜けて、観覧車のすぐそばへ。
砂の花火が降る場所へ。
早く。
早く。
早く!
『ネルソービュー中が混乱に陥ってる隙にぃ~......ブレイズにはぁ、砂時計を破壊してもらいマァ~~っす!』
ゾディさん。
ブレイズくん。
「っ、あとは私に任せて!!」
『オートミールの灰の回収は、ウィローちんに任せるねぇ!』
観覧車のふもとのところに立って、私は見上げる。
七色を覆い隠す砂は、まるで私に手を伸ばしてきているかのよう。
きっと、私なんて簡単に飲み込んでしまうんだろうな。
あんなに綺麗でも。別の惑星の夜空みたいに、輝いていても。
放っておけば、私も、この森ですらも。窒息させてしまうんだろうな。
でも、大丈夫。
あの量の砂でも、私なら受け止められる。
ゾディさんが、そう......信じてくれたから。
「ほ、保管ハット、準備良ぉ~~っし! 杖も良ぉし!」
ここまで、計画通りなんだ。
絶対失敗できない。
私も、そろそろ......成長しなきゃ。
強くならなきゃ。
だって私は、天使になったんだから!
もう言い訳はできないから!!
「~~~~~~~っ!!」
この計画、絶対成功させるから!!!!
「————『カーーーーーー〇ィィィイイィイイイィイイィイイィイ』!!!!!!」
......なんで過去の自分が、これを呪文にしたのかは一旦置いといて。
私は保管ハットの口を広げながら、杖を光らせた。
すると、保管ハットが掃除機みたいになる。
最初は少しずつ。でも、だんだん強くなって、大地すらも吸い込もうとする。
竜巻のようなものが浮かび上がって、保管ハットを真っ直ぐ持ってるのが難しくなって、
でも、でもっ
「うぉらぁぁぁぁあぁぁああぁぁ!!!! 砂だろうと灰だろうとなんでも飲み込んじゃるわぁぁああぁあ!!!!」
私は無我夢中で、保管ハットの口を空へ向け続けた。
やがて、魔法が砂に届く。
バラバラになっていた粒子が集って、一束の花のようになって——
————気がつけば。もう視界は晴れていた。
「~~~っ、は、はぁっ、はぁ......は......」
ずっと全部の砂を吸い込むことしか考えてなかったせいで、途中から記憶が抜けちゃってる気がする。
手がヒリヒリ、する。杖を強く握りすぎてたせいかな?
それとも、また空気魔法で切れちゃった?
......全部......回収、できた?
風が顔に当たってたことしか覚えてない。
まだ脳がぼーーっとしたまま、私は保管ハットを閉じる。
中は確認するまでもなかった。
周りに砂が落ちてないってことは、空気が澄んでるってことは、
きっと......成功したって、ことで......。
「や......やった......わ、私、やっ——」
ちょうど、再び観覧車を見上げたそのとき。
ブレイズくんが降ってきた。
私の空気魔法に吸い寄せられたのか、普通に重力に引っ張られたのかどっちなのかわかんないけど。
そのまま落っこちて、私に思いっきり激突してくる。
おでことおでこがぶつかって、私たちはほぼ同時に草むらに崩れ落ちた。
「い゛っっっ~~~~~~~ぃいぃいいいぃいいいぃ~~~!!」
「っ......ぐ、............!」
私とブレイズくんは、無事悶絶したのでした。
めでたしめでたし!
......ではなく。
「いったぁ~~~い......! なんでよりによって私の真上に落ちてくるのぉ......っ......!!」
「知り......ませんよ......っ............勝手に......ヒトを空へ打ち上げた罰では......?」
「だ、だってぇ、それが一番良い方法だと......っ......実際うまくいったじゃあん......!」
転生観覧車の砂時計。ほんとに、ぶっ壊しちゃった。
砂、盗っちゃった。
私たちが。
多分もうすぐ、観覧車を見張ってたヒトたちが戻ってくる。
ぶっ壊されたことに気づいて、テレポートしてくるかもしれない。
寝転んでる場合じゃない。早く逃げなきゃ。
逃げなきゃ。なのに......。
「っ......ふ......へへ............!」
「ガーディナー......? とうとう頭がやられてしまいましたか......?」
「へへ、あっはは......!!」
笑っちゃうくらい、月が綺麗だった。
......とんでもないことしちゃったな。私たち。
ほんと......ネルソービューに来てから、ずっと急展開の連続だなぁ......。
なんか記憶喪失で。急に、人外になれますよ~って言われて。
で、実は君たち死んでます~って。
気づいたら二年生になっちゃって。気づいたらポエナに行っちゃって。
なんか半年経ってて。天使になっちゃって。
その次は、転生観覧車の砂時計をぶっ壊しちゃってさ......。
ここに来てから、毎日がハチャメチャ。
毎日飽きなくて......やっぱり、なんだかんだ楽しいって思っちゃう。
......まぁ。ここに来てからって、言っても。
生前の記憶は一つもないんだけどね。
「ふ、ふふっ、ふへへへっ......! やばぁ......! 私たちやばぁ......!!」
「これがアドレナリンの効果、ですか......」
ブレイズくんは先に起き上がって、奇跡的に割れてなかったメガネをクイッて上げる。
笑い転げてる私を見下ろしてくる。
微笑んでるのは、無意識なのかな。それとも......。
「早くここから離れましょう、ガーディナー。立てますか?」
......ふふ。
多分、無意識じゃないな。これ。
「————うんっ!」
私は差し出された手を強く握って、起き上がった。
何かの余韻のように吹いた風が、私たちの髪をそっと揺らした。
***
「ハロ~~っ、君たちぃ! 待ちくたびれるところだったぜぇ!」
観覧車から、遠く、遠く......離れた場所。
それでも、森の中なのは変わらなくて。
木々の隙間から、大きい観覧車も騒がしいネルソービューも見えてしまうようなところが、私たちの集合場所だった。
ゾディさんは絶対に意味のないサングラスを外して、わざわざセッティングしたであろう白のテーブルに置く。
お茶会とかで使う机っぽいな。それに......!
「どぉ? オートミールの灰は無事に回収できた?」
「わぁーーーーっ! ドーナツ! ドーナツがある!!」
「まだ生きていやがりましたか」
「......二人とも僕ちんの質問に答える気ある??」
とりあえず私はゾディさんの隣に座って、いちごチョコのドーナツを頬張ったのでした!
「んん~~~っ! 労働の後のスイーツは美味だねぇ~~!」
「......俺たちが苦労している間に、お前は呑気にティータイムですか」
「ブレイズはオールドファッションが好きなんだ~! 僕ちんと一緒ぉ!」
ゾディさんはブレイズくんとハイタッチしようとした。
ブレイズくんが斧を取り出すと、そ~~っと手を下ろした。
「も~~~ひどいよぉ! 僕ちんだって何もしてなかったわけじゃないんだよ? 観覧車を警備してるやつらの注意を引くために、魔法やらポーションやらバンバーンってやってたしぃ」
「やっぱりあれ、ゾディさんのおかげだったんだ......」
「まぁでもっ、目的は達成されたみたいだしぃ? 多少の無礼は許してやるであります!」
死神さんは一人でケタケタ笑った後、チョコ付きのオールドファッションドーナツを吸い込むように食べた。
そして、私に向かって手を出して、指をクイクイッて上げて......。
「それでぇ~? 例のブツは~~?」
「あ、うん! ちゃんとあるよ!」
私は両腕に抱えてた保管ハットを、そのままゾディさんに渡す。重さは砂を吸い込む前と全然変わらないから、一瞬だけ脳が不安になっちゃうけど。
ゾディさんは三角帽子の中を覗いて、すぐに目を輝かせる。喜んでるのか面白がってるのかわかんない笑みを浮かべながら、私の頭をわしゃわしゃ~~ってしてくれる。
「あっはは、大量じゃ~~ん! この砂だけで城100個は作れそぉ!」
「え、へへ、えへへ......あの砂時計めっちゃデカいからね......へへっ」
「本当にこの中に、お前の友人とやらの遺灰が入っているんですよね?」
ブレイズくんも身を乗り出して、保管ハットの中を覗き込む。......ゾディさんに顔を近づけるのは、意外と躊躇しないんだ。
「それにしても、どうやって灰と砂を分けるつもりなんです? 相当高度な魔法でも使わない限り、不可能に見えますが」
「ふっふふぅ~~ん! それに関してはモーマンタイ! 僕ちん天才だ・か・ら!」
すると、ゾディさんは指パッチンして、テーブルからドーナツの箱を消しちゃった。あともう一個だけ食べようと思ってたのに......。
「蘇生の薬はぁ、ちゃんと砂の比率も考えて作ってまぁっす! だからわざわざ分けなくてもいいのぉ、むしろその砂があるからこそ効果が発揮されるのぉ」
ゾディさんはよくわかるようなわからないような説明をしながら、両手を軽く叩く。
まばたきすると、テーブルの上には魔法陣——が描かれた紙が展開されていて。薄紫に輝いていて、辺りの霧を淡く照らしていて。
「そんじゃあ早速、蘇生の儀式を始めますかぁ~! ウィローちとブレイズは一応周り見張っててネー」
............え??
「い、今!? 今!?!? いま生き返らせるの!?!?」
「ポエナに帰ってからやればいいじゃないですか。その方が安全で......」
私とブレイズくんに同時に詰められた死神さんは、ニカッて笑う。まるで『その反応を待ってましたぁ!』とでも言わんばかりに。
「え~~? でも二人とも見たくなぁ~~いっ?? この計画の結末を!」
「そ......そりゃあ確かに気になるけどっ、」
「ここはまだネルソービューの敷地内です。万が一見つかれば、」
「なひゃひゃっ、二人とも心配性だにゃあ~」
ゾディさんは今まで聞いたことのない笑い声を出す。
いつもよりさらにテンションが高く見えるのは、もうすぐオートミールに会えるからなのかもしれない。
それか......緊張を、勢いで隠そうとしてるのかもしれない。
「で~~じょうぶでぃ! 多分! もし誰か来たらぁ、二人が守ってぇ~~?」
「無茶言うな——」
「そ・れ・にっ!」
死神さんはブレイズくんの鼻をつつく。
向けられた殺意を、ウインクで流して。舌なめずりをして。
少し赤くなった頬に、力を入れる。
水面に映る星空のように、瞳の中身だけを揺らす。
そして。下がった眉を誤魔化すように、首を横に傾けた。
「せっかくなら、二人にも......オートミールに会わせてやりたいし」
......!
「俺一人に迎えられても......なんつーか......あいつ、寂しいかもだし............?」
........................そんなことは、ないと思うけど。
ゾディさんが迎えてくれるだけで、オートミールならすごく喜んでくれると思う、けど。
そ......そんな顔されちゃったら......私............。
「......仕方がないですね」
「えっ」
びっくり、した。
まさか、ブレイズくんに先を越されるとは。
「ここまで来たのですから、最後まで付き合ってやりますよ。......ですが、早急に終わらせてください」
ブレイズくんの瞳の炎が、一瞬だけ勢いを増す。
瞳孔を開くように、圧をかけるように。
でも......瞳に映るゾディさんを、焼き尽くしてしまうほどではない。
死神さんは目をぱちくりさせて。
だけど、すぐにニマ~~って笑って、嬉しそうに、
「へっへへん、任せんしゃい! 僕ちんの蘇生術をとくと見よっ!」
魔法陣が描かれた紙に、手を強くついた。
そして、ゾディさんは保管ハットの口を開けて、早速魔法陣に砂を注ぐ。
全部注いだら溢れるんじゃないかって思ったけど、何故か砂が紙の外に出ることはなく、ケーキのように積み上がっていく。
まるで、壁の見えない砂時計に注がれるかのように。
だんだん魔法陣が見えなくなってくる。砂の山はどんどん大きくなって、ゾディさんの手が届かないところまで行って。
死神さんは杖を取り出して、宙に浮かせた保管ハットを振っていた。
周りの蛍たちも、興味津々。世界が注目しているかのように、霧が少しずつ晴れていく。
満月が差す。星々が目を光らせる。
暗闇で起こる歴史的瞬間を、透明な文字で書き記している。
やがて、すべての砂が積み上がった。
ゾディさんは手をはたいて、ふぅっと息を吐いて、
魔法で呼び出した瓶が、きっと......——
「よぉ~~っし。蘇りの魔法薬、いっきまぁ~~っす」
勢いよくかけられた金色の液体は、血のように砂に染みついた。
少しずつ、沈んでいく。一滴一滴が、砂の山の奥へ。
心臓へ。
そして。
そして。
そして。
そして、
そして、
そして、
......そして..............................
「..................何も起きませんが?」
「だね」
「ちょっとぉ~~、すぐに効果が出るわけないっしょお~? もうちょっと待てば——」
「————おい!! そこに誰かいるのか!?」
聞くだけで背筋を伸ばしたくなるような声。
聞いたことのあるような、ないような、ネルソービューの先生っぽい声。
流石のゾディさんも、口角をキュッてしながら青ざめてた。
だ、誰か、きっ、
や、
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!
「ゾディさん!! ゾディさんやばいよ早くっっ」
「今すぐ移動しましょう、ここにいては見つかってしまいます」
「無理無理無理無理! これ持って移動とか無理だからっ、まだ少し寝かせとかないと——」
「やっぱりそこに誰かいるだろ!!」
私たち三人は口を閉じて、目だけで会話する。
ゾディさんは『なんとかして』って顔してて、ブレイズくんは『ふざけるな』って感じで、
私は多分『あわわわわわわわ』ってなっちゃってて、っ
「悪霊か!? 手を上げろ!!」
すると、死神さんは決心したような顔をして、再び砂の山と向き合う。
残りの『蘇りの薬』を全部かける。
薬はどんどん吸い込まれていって、砂の中に混ざって、
だんだん、色が変わって来た。
「逃げても無駄だぞ! 生徒を脅かす悪霊共めっ、この俺が葬り去ってくれる!!」
足音が近づく。
ブレイズくんはピクッて眉を動かした後、手斧を取り出した。
私も一応、ナイフを握りしめる。
や、やだよ私、先生とは戦いたくないよっ、
「——! そこか!? そこにいるのか!?」
砂の山の形が変わっていく。
やがて、薄い虹色を纏うようになる。
少しずつ砂がまとまって、ヒトの形になって、
ゾディさんの頬から、汗が一滴落ち——
「そぉおおおこぉおぉおおおだぁあぁああぁぁああぁぁ!!!!!!」
————ずっと呼びかけてきていたのは、オレンジ色の翼の天使だった。
炎のようにギラつく翼が、私たちの目の前に現れる。
テレポート、してくる。
目が合う。
武器が振るわれる。
先生、だった。本当に先生だった。
知らない先生だけど、ローブを着てるから間違いない。
私たちが生徒だってことに気づいて、目を見開いたから間違いな————
無数の木が割れる音がした。
翼が抉れる音がした。
遠ざかる悲鳴がした。
助けを求める声だ。
風。頬を切る小枝。
............静かになる。
私は、無意識に閉じてしまっていた目を開ける。
目の前に揺れるのは、長い白髪。
天使の先生はもういない。
ちぎれた羽の残骸だけがあるから、どこかに遠くに飛ばされてしまったのかもしれない。
「......え、............え......?」
私と、ブレイズくんに背を向けているのは。
生き返る姿が想像できない木々のそばに、立つのは。
白髪を揺らして、服は着ていなくて、確かに人肌が見えて、
火傷痕が残っていて。
彼、の髪。見たことのある白髪が、オオカミの毛のように揺れている。
満月が。差す。
光を浴びた白が、浮かび上がるように輝く。
それは。人間には、到底見えない。
人外にも見えない。
それでも。私たちにはない生命力を感じる。
肌に骨が浮かび上がるくらい、細いのに。
「............おー......とみ..................」
彼の名前を最初に呼ぼうとしたのは、ゾディさんだった。
ゾディさんの近くにあったテーブルも、椅子も全部倒れてる。魔法陣の紙も破れてる。
そっ、と。一歩一歩。
ザクザクと、落ち葉を鳴らす。
包帯に覆われた指先を伸ばしながら、死神さんは近づく。
私とブレイズくんの間を通って。
少しだけよろめきながら、彼の前に立つ。
「......ほん......と......に............?」
860年分くらいの長髪に、触れようと、する。
ゾディさんの唇が震えて、うまく声が出ないみたいで。
笑顔とは言えない表情で、オートミールに、
「おーとみー、る、っ、俺——」
『オートミール』は首だけ振り返った。
飛び出した目玉は真っ青で、出てきた舌は真緑。
血を流しながら出した爪で、『オートミール』はゾディさんに斬りかかっ
て、
「————っ、どいてください!!」
ブレイズくんがゾディさんを突き飛ばす。
前に出る。
斧で『オートミール』の爪を受け止め、
「~~~~っっぐ、............!!!!」
受け、止め、
「っっっっぁぁぁあああああああ゛!!!!」
受け、流した。
『オートミール』は後ずさる。
倒れた木の上に乗って、赤い指をゴキゴキ鳴らす。
月が、彼の背後を照らしている。
紫色になることのないその瞳は、私たちを睨みつけていた。
次話:860年
です。




