100話:急展開!!
「なぁなぁオメェらァ、なんかさっきからオレん携帯めっちゃ通知来んだけど! しかもネルソービューからだぜ!」
いつものメンバーでグループ通話中、なんだけど。
キャベツくんは不安、というよりは期待に満ちた声で言ってくる。カメラはオフだから見えないけど、多分表情もそんな感じなんだろうな。
「あーしもさっきからずっと来とるで。ピコピコピコピコうっとおしいなぁ」
「マジか! オレだけじゃねぇのかぁ、ほぉ~~~ん??」
「何テンション上がっとんねん!」
とかツッコミつつ、ローリエの声もちょっとだけ弾んでるみたいだった。
私も、来てるよ。ずっと。
さっきからポップアップ通知が出まくりだもん。メールだったり、ネルソービューの公式アプリから届いてたり。
「ね、ねぇ......ぼくもさっきから、いっぱいメール来てて......確認してみたら、『緊急事態管理局』から届いてるらしく、て、」
「な~~~! マジでやべぇよな! なんかあったのかもな!」
「『ロックダウン』って書いてる、けど......そ、それってどういう意味だったっけ......?」
不安そうにしてるのは、オリーブくんだけかなぁ。他のみんなはあれだね、非常事態のときに何故かワクワクしちゃうあの現象になってるね。
「『ロックダウン』はね~、『外出禁止』って意味だよ~~。外で何かあったのかしらぁ~、大変だわぁ~」
「ミルフォイル~? 楽しそうに『大変だわ』って言われても説得力ないで~?」
「チビロリもなんだかんだ楽しそうじゃねぇか!」
「み、みんなすごい、ね......ポジティブだね............」
今も、止まらず通知が来てる。
通話中でも携帯が震えて、メールアプリのアイコンが現れて。
〈 緊急事態管理局 〉〈 緊急事態管理局 〉〈 緊急事態管理局 〉。
〈 ロックダウン 〉〈 脅威を確認済み 〉〈 屋外にいる場合は、直ちに最寄りの建物内に移動してください 〉。
携帯はうるさい。それに対して、寮内は静か。
私は時々、通話に参加してないブレイズくんの方をチラチラ見ながら......スマホを、両手で強く握った。
通知の振動を、ちゃんと感じられるように。でも、画面に手脂が付いてしまわない程度に。
「なぁガーディナー! お前も非常事態だとワクワクするタイプだろ??」
「え!? あぇっ、あ、あ~~......まぁ、どっちかっていうとそうかなぁ~~......?」
「ウィローの場合はあれちゃう? もはや非常事態が日常みたいなもんやから、んなワクワクせんのちゃう? 今まで散々変なことに巻き込まれてきよるし......」
わ、わ~......ローリエったら勘がよろしいことで......。
「そそそそっ、そんなことないよ?? ちゃんとワクワクしてるよ!!」
「『ちゃんと』ってなんやねん、本来は楽しんだらあかんねん」
「うぃ、ウィローさん、も......実は、怖かったり......?」
通話に参加してるみんなの中では、一番声の小さいオリーブくんだけど。
耳には残るというか......まるで、日常に溶け込んだ太陽みたいな。
「ぼ、ぼくも怖い、よ......えへへ......」
「別に怖がってもいいと思うぜ! てか多分怖がんのがフツーだからなっ!」
「..................私は............」
結局、私は何も言わずに。言えず、に。
身に着けた太陽のブレスレットを握りしめた。
......そろそろ、返事してあげなくちゃ、なのかな。
でも、返事するのは......少なくとも、この後。
この。後。
「てかよ~! オレら明日さぁ、三年生に取るクラス決めなきゃなんねぇだろ? 履修登録イベントあんだろ~?? もし今晩やべぇことあったら、ワンチャンあれじゃね? キャンセルじゃね?」
「確かに、延期になる可能性はあるかもなぁ。あーしせっかく早う準備したのに......」
「ぼ、ぼくは、その......まだ決め切れてなかったから、助かるかも......」
「あ~。履修登録のこと忘れてたわ~。わたくしも早く決めないと——」
画面が真っ赤になった。
真っ赤な警告マークが、携帯を埋め尽くす。
スマホケースにまで感染する。
強制的に通話が切れて、ビーーーッ、ビーーーーーッて、火災報知器みたいな音が鳴り響く。
私の携帯からも、ブレイズくんの携帯からも。
多分、全生徒の携帯から今、この音が鳴っている。
〈 緊急警報:
寮または本校舎内にいる生徒は、速やかに脱出してください 〉
画面が、警告画面で固まる。
携帯が操作できなくなっちゃった。
さっきまで静かだった部屋の外もだんだんざわついてくる。
ドアが開く音が聞こえ始める。
き、緊急警報、
やっぱり、
ゾディさんの、言った通りだ............!
「————————!!」
部屋の窓ガラスが割れる。
侵入してきたソレは、私のベッドに着地して、すぐに転げ落ちる。
すると『悪霊』は四足歩行のまま立って、私を睨んで、
蛇の尻尾——いや、頭を、揺らして......っ
「ぎゃーーーーーーーーーっ!?!?!?」
急に突進してきたものだから、私は頭を守りながら机にうずくまった。
悪霊は私の頭上を飛んで、そのまま棚にぶつかってて。
『眠りココア』とか『ゆめもりくん』とか『ストレスメーター』とか、色々床に落っこちる。
私はしゃがんだまま椅子から降りて、すぐにブレイズくんの元まで逃げて、
彼の後ろに隠れながら、改めて『悪霊』の方を見る。
蛇頭の尻尾。ライオンの頭と、羊の頭。
キメラ。キメラの、幽霊。
......人間じゃ、ない。
ってことは......っ、
「......俺たちまで攻撃をしてどうするんですか」
ブレイズくんは寮内でも躊躇なく、手斧をキメラに向かって投げた。
斧はライオンの首に突き刺さる。
悪霊は悲鳴を上げると、羊のひづめを首に伸ばす。
だけど、すぐに目から光がなくなって。そのままドスンと倒れて、振動が私の翼まで伝わってきて。
やがて、真っ白な灰になった。
ブレイズくんの手斧は音を立てずに、灰の上に積もった。
「..................作戦開始、ですね」
彼は斧を拾いながら、私の方を振り返る。
青い炎が、ランプに閉じ込められた松明のように燃えている。
隙間風に揺らぐことも、雨に当たることもない。
ただ、真っ直ぐ光るだけ。
「準備はよろしいですか? ガーディナー」
「っ......うん!」
私は重い翼を広げて、ポケットの中からナイフを取り出した。
銀色に、一本の青い線が張ってるナイフ。細いリボンに巻きつけられたような、蝋燭の模様のようなナイフ。
それ以外は、なんの変哲もない。強いわけでも、特別切れ味が良いわけでもない。
天井の明かりを反射させると、今夜の月に似た色になる。
今夜は、満月。
空は晴れ。
星は澄んで、空気は透明で。
きっと......長い夜になるんだろうなぁ......。
***
『新しい計画ではねぇ~! 人間の悪霊も人外の悪霊も、全員一気に放ってやりたいと思ってるんだぁ~!』
昨日の作戦会議のとき、ゾディさんはそう言っていた。
『ネルソービューの寮にも本校舎にも侵入させてやんの! ブレイズはもう、生徒たちを守ろうとしなくてもいいよ! 悪霊に生徒たち襲わせてもいいヨッ!』
『それでぇ~、ネルソービュー中が混乱に陥ってる隙にぃ~......』
......私とブレイズくんは、急いで寮の外に出る。
廊下はもうギュウギュウ詰めで、多分満員電車よりもひどくて。
みんなめちゃくちゃ押してくるし、耳元で叫んでくる生徒もいるし、誰かの角が私に刺さってきたりするしっっ
「どけぇぇええぇぇぇえぇぇえお前らどけぇぇええぇええぇぇえ」
「やだーーーーっ!! 死にたくないっ、死にたくないぃいいぃいいいい」
「ぽぽぽぺ! ヒャッ」
「早く行け!! 悪霊が来るぞ!?」
もしブレイズくんがいてくれなかったら、普通にペチャンコになってたかもしれない。
彼は私の手を容赦なく引っ張ってくれて、人混みを掻き分けてくれて。
痛かったけど、引っ張られる手も引きずられる翼もめっちゃ痛かったけどっ、なんとか外に抜け出せて。
外も外で、地獄絵図だった。
レンガ道も悪霊だらけ、草むらも悪霊だらけ、湖の中も悪霊だらけ。
悲鳴。怒声。しゃがれ声。
呪文が聞こえたり、聞こえなかったり。途切れたり。
戦ってる生徒も入れば、逃げてる生徒もいれば、け、怪我してうずくまってる生徒もいて。
炎魔法の香りとか、雷魔法の焦げとか、風魔法の冷気とかも残ってたりして。
矢とか、折れた杖とか、鉄の破片とかも落ちてて。
その辺に積もってるのは多分、雪じゃない。
時々、赤色のまだら模様を見かけるのも......きっと......。
......、オリーブくんたち......無事、だよね......?
「ガーディナー! 早く行きますよ!」
手首を引かれて、私は現実から目を逸らした。
森の方へ、走った。
***
「どうです? 見えますか?」
主語がなくても、ブレイズくんがなんの話をしてるのかすぐにわかった。
できるだけ足を止めないようにしながら、私は目をぎゅって瞑る。開ける。
また閉じて、開けて、強めな瞬きを繰り返す。
......見えない。でも絶対にあるはずなの。森の中にあるはずなの。
『集中しなさい。絶対に見えるはずだもの』
『探して。あなたは天使なんだから、見えてなくちゃ駄目なのよ?』
ジャックさんに初めて会ったときのことを思い出す。
そうだ、あのときも転生観覧車を探せって言われて、
あの時は、確か、目に力を入れて——
『集中して』
「——————! あった! あそこ!!」
森から大きな花火が咲く。
七色の鎖に見えなくもないLEDライトが、ゴンドラを繋ぐ骨を飾ってる。
真ん中で時々クルッと回ってるのは、白とも灰色とも捉えられる砂時計。
あの中、に。オートミールの灰が......。
「行こっ、ブレイズくん!」
きっとブレイズくんはついてきてくれてると信じながら、私は落ち葉を踏みしめた。
***
た......たおし、ちゃった。
「、......っ......」
悪霊。私が。
ナイフを持つ手がまだ震える。刺したときの音が、クッキー生地に刺したような感覚がこびりついて離れない。
真っ白な砂になって、消えちゃった。
私が消しちゃった。
だ、だって、襲いかかってきた、から、
私............。
「......だい、じょうぶ......復活する......復活するから......」
ネルソービューが、後でなんとかしてくれる。よね。
大丈夫! そ、それに私、ブレイズくんのこと守れたし!
私一人でも、人間の悪霊さんなら倒せるってわかったし!
少しは......強くなったの、かな。私。
天使に、成ったから......。
「ぶ......ブレイズくん! 多分もうすぐ着くよ! 転生観覧車!」
制服のスカート部分で、ナイフに付いちゃった白い粉を拭いながら、私はブレイズくんに笑いかけた。
すると、ブレイズくんは何故か目を見開く。
でもすぐに、頷いた。
ちょっとだけ......目を伏せながら。
「............はい」
***
通知が、たくさん来てた。
また携帯が動くようになってたらしくて。
不在着信が、10件以上。
メッセージも、みんなから届いてて。
赤色じゃない通知で溢れてて。
〈 無事なんやったら返事しろ!! お願いやから 〉
〈 オレら今校庭に集合しててよ、ここいっぱい先生いるぜ! ここなら安全だから来いよ、待ってるからな 〉
〈 ブレイズくんと一緒にいるの? わたくしもそっちに行きたいんだけど、ローリエちゃんが駄目って言うの~ 〉
〈 ウィローさん...... 〉
よかった。みんな無事なんだ。
走りながら、深呼吸しながら、蛍を避けながら。
私は、携帯を抱きしめた。
......ごめんね。みんな。
また、何かに巻き込まれちゃって。
自ら巻き込まれに行っちゃって。
言えなくて。
言わなくて。
..................ごめん............。
***
転生観覧車の近くには、天使と悪魔が何人かいた。
生徒、は一人もいないっぽいけど......ローブとか、白衣を着てる先生が、観覧車のふもとに集まってる。
全員どこか難しそうな顔をして、携帯をかじりつくように見てるヒトが多くて。
翼をせわしなく開閉して。
でも、空を飛んでる人外はいないみたい......。
「邪魔ですね。流石に、ここの警備をゼロにすることは不可能だったようです」
ブレイズくんは私の後ろに立って、小声で話しかけてくる。
足元の落ち葉や枝を鳴らさないように、指先ですらゆっくりと動かして。
砂時計を、見上げて。
「ガーディナー。その翼はもう使えるのですか?」
「え、えっ? ほとんど成長は終わってるはずだけど、まだ空を飛ぼうとしたことは......」
彼はため息をつくけど、多分私に対してじゃない。
炎の燃え方的に、矛先はおそらく......。
「......困りました。だから言ったんですよ、この作戦はあまりにも——」
視界が、急に虹色に光る。
一瞬、観覧車かなって思ったけど、どうやら違うみたいで。
森の東西南北のどこかから、遠くから、桃色が強い虹色の光が現れていて。
ふやけたワッフルの匂いがして。
私たちも含めて、観覧車付近にいる人外全員が、目を奪われた。
一人一人、観覧車を警備してたヒトたちが消えていく。翼を広げて、光に向かって飛んで行ったり。テレポート魔法でその場から消えたり。
どんどん、静かになっていく。
私たちだけに、なっていく。
「ぶ......ブレイズくん、今のって——」
「はい。恐らく、死神があいつらの気を引いてくださったのでしょう」
緊急事態中でも、転生観覧車は変わらず回る。
周りにヒトがいなくなっても、回り続ける。
観覧車は、世界がどうなっていようと。どうでもいいんだろうな。
「よ、よーーーーっし! さぁブレイズくん、行くのだ! ドッカーーンって!」
「無理です、届きません」
「ほ、ほらっ、銃でバンバンって......」
「銃は死神に取り上げられているので」
「じゃ、じゃあ斧を投げて......」
「本気で言っているのですか?」
蝶型のガラスに閉じ込められた砂は、きっと、外の空気を知らない。
オートミールの灰、以外は。
「うぅ~~ん、うぅ~~~~......あ!! そうだ! ブレイズくんって、ジェットコースターは平気?」
「急になんですか?......乗ったことはないので、わかりません」
「よし! じゃあ斧落とさないように持って、そこでじっとしてて!」
「......?」
私はブレイズくんの後ろに立って、しゃがむ。
彼の背中に、そっと手を添える。
......あのね、ゾディさん。
私、ゾディさんのこと好きだよ。
ゾディさんの助けになれるんだったら......できることなら、なんでもしたいって思うよ。
でもね。それだけじゃないの。
オートミールと、ゾディさんをもう一度会わせてあげたいだけじゃ、ないの。
「この角度かなぁ......? それとももっと下の方......??」
「ガーディナー? 一体何を——」
ゾディさんの記憶の中で見たオートミールは、キラキラしてた。
明るい笑顔で、ゾディさんの手を引いてて。
初めてネルソービューに来た時、彼は本当に楽しそうで。
黄昏時の空よりも明るい、ラベンダー色の瞳に。
どんな色にもなれてしまう、天使の翼のような髪。
暖色が多いわけじゃないのに、あんなに眩しい君に。
オートミールに。
会ってみたいって。
私も、友達になりたいって!
思ったんだ!!
「————————た~~ま~~や~~~~!!!!」
私は息を吸った後、ついつい気にせず大声を出しちゃう。
呪文でもなんでもないそれを叫んでも、ちゃんと空気魔法は成功した。
落ち葉を飛び散らせて、枝を何本か折っちゃって。
衝撃で転んじゃわないように、私は翼を広げる。
背中を押す。
ブレイズくんを、空へ吹っ飛ばす。
翼のない彼は、砂時計を目掛けて飛んでいった。
『ブレイズはもう、生徒たちを守ろうとしなくてもいいよ! 悪霊に生徒たち襲わせてもいいヨッ!』
『それでぇ~、ネルソービュー中が混乱に陥ってる隙にぃ~......——』
「~~~っ、いっけぇーーーー!!!!!!」
私の声はきっと聞こえてない。
でもブレイズくんは、空中でも姿勢を整えて。
青く光り出した手斧を、思いっきり振った。
ガラスは、氷のような音を立てる。
亀裂の一つ一つが、光ったように見えて。
そうして降った、ガラスの破片と砂の雨は......
夜空を流れる、花火のようだった。
次話:はじめまして
です。はじめましてだね




