BARの音楽が示すもの
私は「時の加護者」アカネ。
圧倒的な力を誇示し、私たちを虫のごとく踏み潰そうとした魔神アルデン。しかし、アルデンの力は彼が思い描くほどのものではなかった。頼りの魔法を封じられてしまったアルデン。
もはや彼に勝ち目はなかった、この世界ならば..
魔神アルデンはドルヂェの能力「千手の恕」を発動させ私ごと世界の移動を始めた。
油断大敵とはこの事だ。
でも、きっとそれは魔神アルデンの運命への最後の抵抗だったのかも....
—魔神アルデンとアカネが消えた後のナンパヒ島—
魔神アルデンは「千手の恕」を空間から出現させると、『魔法を使える場所へ』と言い残して、消えた。
未完の白浜に残されたシエラは今までにないほどの焦りを見せていた。
360度を見渡しても、主であるアカネの姿を見つけることができない。
「くそ、あいつ、魔界に行ったに違いない! ツグミ、今すぐ僕を魔界へ連れて行くんだ!」
「ちがうよ、シエラ。あいつの行先は魔界じゃない。魔界はこの世界の一部。やつの魔法は魔界でも封じられてしまうから」
「じゃ、アカネ様はどこへ連れていかれたというんだ!」
取り乱すシエラにクローズが語り始めた。
「シャーレ様は運命に関わる事は避けている。だが、シャーレ様はおっしゃっていた。やるべきことはやらなければならない。その時が来たら、運命の輪を開けと..」
クローズはひとつしかない運命の輪を天高く舞いあげる。すると輪は大きく開き口をあけ、そこに亜空間の出口ができた。
「わぁあ!」
バサッと砂浜に黒い物体が落ちて来た。
「ふにゃにゃ。ぺっ、ぺっ。なぜ空に穴を作るんだ! アホか!」
顔に付いた砂を猫の様に振り払うのは「運命の加護者」シャーレだった。
「申しわけございません。シャーレ様」
「ふん、なんか全然申し訳なさそうではないな」
「はい。私は表情が乏しいものでして」
「まぁ、いい。こんな押し問答をしている場合じゃない。やはり、アルデンは移動したのだな、ふふふ」
シャーレは運命が示す通りに事が運んでいることに含み笑いをしていた。
「シャーレ様、笑っている場合じゃない。アカネ様はいったい何処へ」
「シエラ、焦るな。奴はアカネを憎んでいた。妬んでいた。そんな奴がアカネへの報復をするとしたらどこの世界に行くと思う」
「あっ、アカネ様の世界」
「そうだ。そして、何をすべきか、私たちはもう知っているだろ? シエラよ、またアレをやるぞ。私はそれを実行するために来た。あとはお前たちで未来を切り開くのじゃ」
シャーレは運命の腕輪を2つ重ねると異世界間をつなぐ塵導明の入口を開いた。
—魔神アルデンはどこへ行く? それはひとつしかなかった。 自分が魔法を使える場所。そして、アカネが一ノ瀬茜としてしか生存できない場所、「現世」だ。
現世にはわずかな魔素しか存在しないが、魔神アルデンは膨大な魔素を体内に蓄えていた。それは極大魔法を使う事も可能な量だった。
そして、魔神アルデンは蟻にも等しい『一ノ瀬 茜』をたっぷりと悔しがらせてやろうと思っていた。
「ふはははは! どうだ、茜よ。お前の力は今や虫ほどのものだ。この手でひねりつぶそうが、このまま下に落としたとしてもお前は確実に死ぬ」
空中に浮いている「千手の恕」からは三浦半島から東京湾、そして房総半島が見えた。
「殺すならさっさとしたら?」
「ほう、死を覚悟しているのか? だが、それは本物かな?」
そういうと魔神は横槌を取り出し軽く私の腕を小突いた。
「きゃあああぁぁ..ぁ..あ」
骨が砕かれたのは確かだった。だがもはやどこが痛いのかもわからない。
「んんんん~。これが『時の加護者』の悲鳴か。良い虫の音色だ」
魔神アルデンは憎々しい顔を浮かべて言った。
「お前をこのまま擦り潰して終わりにできるが、それではお前に辛酸をなめさせられた私の気が収まらないのだよ。 そこでだ、目の前でお前の世界を焼いてやることにした」
「え..? やめ..」
「くっ..くくく。焦ったな。それだ、それを期待していた。そして泣き喚くがいい!」
魔神は私の目の前に鋭く黒い爪を付きだすと、その先に「闇炎のつぶて」を作り出した。
「これはルカの爆炎だ。この威力は知っているな。たとえ米粒ほどの大きさでも私の爆炎は街が消し飛ぶほどの爆発をおこす。物も人も魂ですら白い灰と化すのだ。さて、どこへ落とそうか」
魔神アルデンはそんな威力の爆炎を米粒どころか、拳ほどもあるものを作り握っていた。
「そんなことしたら、許さないんだから」
「ほう、涙を浮かべているとはいえ、まだ強気な事が言えるのだな。この爆炎がどれほどの炎かを見て絶望するがいい」
魔神の手から爆炎の球が舞い上がると、天空が一気に闇の炎に消えた。
「どうだ、実感したか? これを地表に落とせばこの星1/4は消し炭になるぞ」
闇だ。この空を覆う闇の炎は魔神アルデンの心の闇そのものなのだ。
だけど、何も見えない闇のはずなのに何故? 両手と両脚が確認できるのは何故なの?
それは月だった。
月の光が私を照らしていたのだ。この月光から闇は逃げていたのだ。
—ガッ..ガガ.. in other words, please be true—
その時、音楽が聞こえてきた。それはポケットに入れたままのアメリカ製小型通信機からだった。
ドリス・デイの「Fly Me To The Moon」。
きっとあのBARのレコードプレイヤーから流れたものが聞こえているのだ。
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