運命を変える指輪
「虫の知らせ」という言葉がある。これは何かの気配によって人が予感する事象だ。もしくは閉ざされた部屋にもかかわらず雨の気配に気づいたり、単に普段から勘が鋭い人もいる。
おそらくは異世界アーリーだけではなく現世の世界でも感覚が研ぎ澄まされた人ならば、この強大な存在感に寒気を覚えた人もいたと思う。
今、世界は魔王が違うモノに生まれ変わった事に気が付いたのだ。その気配はサオ診療所にいるアカネたちにもひしひしと伝わっていた。
ルルさんの死を知ったうえでの「運命の加護者」シャーレの考えをクローズが伝えようとした時のことだ。彼女は話を途中で切り上げた。
その存在の重圧にみんなは息を吞んだ。
やっと口を開いたのはシエラだった。
「僕は今までいるかいないかわからない神など信じなかった。しかし、こいつは神の正反対にいる存在だというのはわかる」
「そうだ。魔界に魔人が戻ったのならば魔素が充実したんじゃないのか?それならばツグミが何か大魔法を使うとかできないのか?」
仮定の話に望みを託すロウゼに私は驚いた。ロウゼは常に現実主義者のはずだったからだ。
しかしジェラとツグミはそろって首を横に振った。魔界に魔素は存在しないのだ。魔素は魔王の身体に全て吸収されていた。ツグミが使える魔素は、異世界アーリーに存在する少量の魔素のみだった。
あらゆる可能性にかけなければならない事は知っていた。私はサオにお願いをした。
「サオさん、『星の意志を聞く者』は、星にお願いは出来ないの?」
「私たち『星の意志を聞く者』はあくまでも伝達者なのです....しかし私たちの声は星に届いていると思っています」
「それなら、リシュルの『禁』を解いてくれるようにお願いして。リシュルの奇跡の暗欄眼が絶対に必要になると思うの」
「わかりました。その事を星にお祈りしてみましょう」
魔王の接近を知らせるようにクローズの運命の輪が低く唸り始めている。その唸りが心を急かしたてるように感じる。
「アカネ様! 魔王は何処へ現れると思いますか?」
「私は魔王にアルデンの執着的な性格が残っていることを願うわ」
なぜならば魔王アルデンは負けを認めることができないからだ。自分の中の劣等感を許すことが出来ないのだ。
きっと奴は私の前に現れる。
クローズの腕輪の唸りはますます大きくなる。そしてシエラは龍と対峙する虎の様に警戒心を強くしていった。
—王国ギプス—
魔王の重々しい気配は魔将レストを目覚めさせた。レストは自分に掛けられた毛布を勢いよく払いのけた。
「ロッシ! 気が付いたのね」
レストは声をかける女性に訝しげな顔をした。今の自分の状況がまったくつかめていないのだ。
ただ、「時の加護者」アカネと闘って敗れた事だけはわかっていた。そしてアカネがゼロの呪縛から魂を解放してくれたことも。
「女! お前は誰だ? 私は.. 私の名は何だ?」
戸惑いながらもレストはベッドから降りようとする。エルフ族の秘薬を飲んだとはいえアカネに上半身の骨を砕かれたのだ。レストはふらついた。
「どこに行くの? まだ動いてはダメよ」
女はレストに縋りついて止める。
「離せ。私は行かなくてはいけないのだ」
「何で? もう何処へも行かないで!」
その悲痛な言葉の響きにレストは考えた。
なぜ行かなくてはいけないのか?
もともと自分を創造したのは魔人ドルヂェ様だ。既にこの魔王は別の何かだ。ドルヂェ様への義理のため私は魔王側につくのか?
いや、私が動く理由は、そうではない。
危ないからだ。
この存在を放置していたら、私の大切な....
その時、女性の涙に心をとらわれた。そして引き留める女性の指輪に気が付いたのだ。
「こ、この指輪は..」
指輪が眩い光を放つとレストの中に記憶が清流のように流れ込んできた。
—そこは太陽の国レオのラジス峡谷——
「くそっ、あいつらロッシを人質に..すまない。俺がロッシを止めなかったからだ。今からロッシを助けに行く」
「だめよ! 絶対にだめ! あなたまで殺されてしまうもの。それにこの場所が知られたら、子供たちが無事では済まない」
「でも、このままじゃロッシが..」
しかしロッシを愛しながらも耐える女性の姿を見て、ファシオはこれ以上何も言えなかった。
毒によって弱りきった女性は隠れ家の隙間から覗く事しかできなかった。
後ろ手に縛られたロッシが長身の男に尋問されている様子を。
「聞こえるか! 僕は白亜の幹部ダル・ボシュンだ! 暗欄眼の子供とこいつを交換しよう! 早くしないとこの男が死んじゃうよ。こいつは確か王家護衛のロッシだよね。反逆者のくせに僕が滞在する町に来るなんてお馬鹿さんだよ」
男は引き続きダル・ボシュンに尋問されている。だが男は首を横に振るだけだ。隠れ家は教えないと答えているのだ。
女性は怯える子供たちを見ると気丈に振る舞った。「大丈夫よ。きっと大丈夫」と優しく抱きしめて慰める。
やがて、ロッシはダル・ボシュンに射殺された。無慈悲で無残な殺され方だった。
しばらくロッシの遺体は回収できなかった。白亜の罠かもしれないからだ。
ようやくロッシの遺体を回収すると、ファシオはロッシの脱げてしまった長靴を拾いあげ履かせようとした。
ファシオはその長靴に隠された解毒剤と指輪を見つけたのだ。
ファシオは指輪をロッシに縋りついて泣く女性に手渡した。女性はその指輪を指にはめた。それはロッシからの婚約指輪だった。
その婚約指輪が白く光ると声が聞こえた。
「レスト、いいえ、ロッシよ。その指輪をはめる女性をよく御覧なさい」
それは清らかな優しい声だ。その声の主は「静謐の魔人ダリ」の声だ。
今見た記憶はダリがカレンの想いを指輪に封じ込めたものなのだ。
指輪をはめて涙する女性の顔が、今、自分に縋りついて泣く女性の顔と重なった。
その時、奇跡が起きた。
「カレン。君はギプス国王女カレン..か」
「そうよ。私はカレン。あなたを誰よりも愛するカレンよ」
カレンの瞳、髪の色、香りが、その凛として意志の強さが伝わる声が、押し寄せる波のように、ロッシ記憶を呼び戻していった。
「俺は....ロッシ..そう、俺はロッシだ! カレン。俺は君に愛を伝えたかった」
「わかってる。もう伝わってる」
指輪が輝き、ロッシとカレンは強く抱きしめ合った。
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