月明りの告白
私は「時の加護者」アカネ。
魔王の残した爪痕はあまりにも大きかった。瀕死のセイレーンが助かったのを見ると、笑顔を残してルルは逝ってしまった。それぞれが悲しみや憤りを感じていた。しかし、私たちはいつか来るであろう魔王の再来に備えなければならなかった..
―ナンパヒ島 未完の白浜—
瀕死のセイレーンを完治させるために全魔素を使いきったツグミは1歳の赤ん坊に戻ると深い眠りについた。ジェラはそんなツグミをそっと抱き上げると、ベッドのあるルル診療所へ向かった。
ツグミを寝かしつけたジェラが浜辺に戻ると再びシエラの詰問が始まった。
「ジェラ。セイレーンが助かったとしても、お前がツグミを放っておいた事実は変わらない。お前はトパーズの使命を放棄したんだ」
シエラが私を守るのはトパーズとしての使命だけが理由ではない。きっと私のことを慕ってのこともある。同じトパーズのジェラが主を守らなかった行為は、シエラの中で、トパーズの存在意義を否定されたような気持なのだろう。
「ねぇ、ジェラ。私は思うの。あなたはツグミを父親のような気持で見守っている。だからあなたが単に使命を捨てたとは思えない。理由があるならちゃんと知りたいの。もしかしたらあなたが抱きかかえていた女性に関係あるの?」
皆の視線が浜辺で気を失っている女性に集まる。年齢的には18歳くらいの女の子だ。今までナンパヒ島では見た事がない。
「これは..ルルさんの願いだったんだ。あれは昨日の夕方だった....」
—— 前日の夕刻 — 未完の白浜 —
外の世界で戦争が起きようが魔王が暴れようが、ここ「未完の白浜」だけは、いつもどおりの平和な日常が続くのだ。その理由は「未完の白浜」が誰にとっても心を癒すことができる特別な場所だからだ。
その日の夕方もジェラは食材となる魚を釣りに出かけようとしていた。ツグミの為に大きな魚を釣り上げようと意気込んでいた。
だが、釣り場に向かう途中で「未完の白浜」で気を失っている漂流者を見つけたのだ。
長い髪を後ろに編み込むその女性を見た時、ジェラはどこかで会ったことがある気がしていた。
ジェラはすぐに女性を抱きあげてルル診療所へ運ぶと、ルルの指示に従いお湯を沸した。ツグミは戸棚に背伸びをして桶と綺麗な手拭いを用意する。
ルルはジェラを部屋から追い払うと女性の身体を拭いて診断を行った。ツグミはルルの助手をした。
しかし、診断を終えた後も、女性が目を覚ます気配は一向になかった。
夜も深まり、ツグミがベッドで寝息を立て始めるのを確認すると、ジェラも自分の部屋へ戻ろうとした。
明りがもれる居間を覗くと、テラスに腰かけるルルさんが夜風にあたりながらお酒を傾けていた。
「ルルさん。まだ起きていらしたんですね」
「あら、ジェラさん。今日はとっても月が綺麗よ。そうだ、今から少しだけ散歩につきあってくれないかしら?」
外に出ると月に照らされた自分の影が白浜にくっきり浮き出ていた。
海の中の白い砂に反射した月明りがまるで海を深く透明な蒼に飾り立てる素晴らしい光景だった。
「ねぇ、綺麗でしょ。何度見てもこの景色は飽きることないわ」
「はい。心を奪われるようですね」
そう返事をしてルルに視線を移すと、ジェラは少し驚いた。
いつも微笑みを絶やすことなかったルルさんが、涙を流していた。
「どうしたんですか?ルルさん」
声をかけるジェラの胸にルルは飛び込むとむせるほどに泣いていた。ジェラは戸惑ったがなるべく優しくその肩に手を置いた。
「ありがとう。ジェラさん。ごめんね、こんなおばあちゃんが突然びっくりしたでしょ」
「え、いえ....」
ルルは海に向き直すと告白を始めた。自分が何者なのか。そしてもう何百年という年月をこの島で過ごしていることを。ルルは自分がどこで生まれ、どんな親の元で育ち、そしてどんな恋をしたかを話した。
そしてどれほど寂しい思いをしながらこの島で過ごしてきたのかも。
「私ね、だからこのルル診療所に来た人たちを大切にしてきたの。みんなが喜ぶ顔みるため料理の腕だって上げたのよ。でも..みんなが自分の場所に帰る時が来ると、本当は寂しかったんだ。心の中で、あ~あ、またひとりきりになっちゃうなって。もちろんセイレーンはお友達だし鳥獣族は家族の様に接してくれるのだけど、やっぱり私は人なんだ....」
おそらくルルはこんなに自分の気持ちを洗いざらい語った事などなかっただろう。
そこには物わかりの良いおばあちゃんではなく、自分の心の迷いを聞いてほしい女の子の姿があった。
そしてなぜルルはそんな事をジェラに言い始めたのか..ルルは真意を語った。
「私ね、ついにお役目を終える時が来たのよ」
「え?」
「ジェラさんが連れて来た女の子はね『継ぐ者』なの。あの子の身体を拭いている時、星が私に教えてくれたわ。」
「そんな、それって俺があの子を連れて来たせいなのか?」
「あはは、そういうのじゃないんだ。これはね、ツグミちゃんやあなた達と同じように宿命なのよ。『星の意志を伝える』という使命なの」
「星の意志? そんな..勝手に選んでおいて、突然、お役目終わりで「さよなら」って、酷いじゃないか!」
「..うん、本当に酷くて勝手よね。だから私、あの女の子にも同情しちゃうよ。だって..だってさ、私たち星の意志を伝える者はこの島から出ることを許されない。この『未完の白浜』でこの先何百年もひとりで過ごすんだよ。あまりにも寂しいよ。孤独だよ」
再びルルは声を震わせた。
「私、ツグミちゃんにある事を聞いたの。ツグミちゃんはあの女の子に会ったことあるんだって。名前まで憶えていたよ。名前はサオさん。昔、リップという街でツグミちゃんのケガを手当てしてくれたらしいわ。きっと失われた6年であなた達と会ったことがあるのね。そしてこんなこと言ってたの。サオさんはあなたに気があったって」
「ええ? 全然、覚えてない」
「ふふふ。でも、あなた何か気配を感じたんじゃない? 失われた6年って言うけど、人の気持ちはそんなんじゃない。どこかでみんな大切な事を忘れないようにしてるのよ。人ってそんなに都合のいいもんじゃないわ」
その言葉はまるで星に対してのルルの反抗だったような気がした。
「ねぇ、ジェラさん。私の最後のお願いを聞いてほしい。明日、あなたはサオさんをつれて迷いの森へ行って。そして何があっても出てきてはいけない。例え、魔王アルデンが襲来したとしても」
「それは出来ないよ、ルルさん。俺はトパーズとしてツグミを守るのが使命だ。命に代えても守る覚悟だってある。ルルさんのお願いでもそれは—」
「わかってる! わかってるよ! ツグミは私が絶対守るから。私だって特別な力があるんだ。ねぇ、お願い! お願いよ! 私を信じて! 」
何百年も隠してきた本心を打ち明け並々ならない覚悟の上に縋りつくようにお願いをするルルの願いをジェラは断り切る事ができなかった。
そしてジェラは最後にひとつルルに質問した。
「でも、サオが使命を継いだ後、ルルさんはどうするの?」
その問いにルルは答えずに月を見上げるだけだった。
***
「つまり、ジェラ。お前はルルの願いに使命を放棄したということだ」
話を聞いた後もシエラの厳しい態度は変わらなかった。
「ねぇ、シエラ、一回だけなんだし、許してあげて」
「アカネ様、ジェラはルルに一杯食わされたんですよ」
その時、白浜が少し光ると、気を失っていたサオの指が動いた。
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