哀れみの涙、怒りの涙
私は「時の加護者」アカネ。
ナンパヒ島に着いた私たちは「未完の浜」にひとり住むルルの正体を知った。彼女は世界を見つめ、そして「星の意思」を伝える者だった。そして彼女は私たちと同じナンパヒ島に住んでいた人類の末裔だというのだ。意味深な言葉を残すルル。そんな時、突然、闇と光が反転した。やはり、あいつが来たんだ。
—ナンパヒ島 未完の白浜—
思ったよりも早い展開だった。いや、敵が都合よく休息に入ってくれていたのだから早いということはない。
最初こそ、光と闇が反転し、魔王アルデンの気配を感じていた。だからこそシエラの気が尖ったのだ。
だが、どういうことだろう。
そこにいる皆が戸惑いを隠せないでいた。
「空間の扉」が開き、今、「未完の白浜」の打ち寄せるさざ波に足元を濡らして立っているのは清らかな魔人ダリだったのだ。
「ダ、ダリ! 無事だったのね。よかった。本当に良かった。でも、どうやってアルデンの所から—」
私は手を広げて無防備にダリの無事を喜んでいた。
『だ、だめ! 逃げて! アカネ様!』
それはダリの口からダリの声でダリの意志のままに叫ぶ声だった。
その声に反応し『無限の守り』を発動したシエラ。ダリとアカネの間に入り、迫り来る刃を振り払った。
しかし、ダリの背中の浮遊腕が振るった剣は『雷の剣』だった。実態を持たない雷はシエラの防御を貫通しそのまま私を貫いた。
(なに.. 体に力が入らな..い。 い、意識が.. 目の前が暗くな..る)
「時の加護者」の生命力が急激に弱り、シエラは岩と化してしまった。
「クフフフフ。こんなにうまく成功するなんて。まずは一番の邪魔者、『時の加護者』を始末できたのは上の上出来よ。おかげで忌々しいシエラという人形もいなくなったわ」
「ダリ..あなたはダリではないのね」
セイレーンが震える口びるに力を籠め質問した。
「私はダリよ。正真正銘の『静謐の魔人ダリ』よ。セイレーン、私の首には清らかな心の証『聖なる耀輪』があるでしょ」
そういうと、わざと下品に舌なめずりをしてみせた。
「汚い。全く汚らわしい。あなたがダリに似ていれば似ているほど汚らわしく感じる。あなたは10日以上も掃除をしないトイレよりも汚く下品よ。もうそれ以上、ダリを冒涜するのはやめなさい」
わなわなと身体を震わせ珍しく怒りをみせたのはルルだった。
「うるっせーな、ばばぁ。おまえみたいなクソばばぁに汚いよばわりされたくねぇな。それにこいつがダリだっていうのは事実だぜ。こいつを喰らって魂の融合を行っても大して理力の上乗せにはなりはしない。だから私なりに有効な使い道を考えたんだ。盾さ。なまじ、ダリのことを知っているからお前らは攻撃できないよなぁ? クククク..ケケケケケ」
ルルは、嫌らしく笑うダリの顔から目を背けた。
その時、ルル診療所から飛び出し、走っていく子供の姿があった。
「いたな! 『法魔の加護者』ツグミ! 貴様に触れさえすれば魔界の魔素は全て私の者だ」
ツグミを追いかけようとする魔王の腕をルルはその細い腕で掴んだ。
「ダリ、やめてちょうだい。魔王をツグミに触れさせてはいけない」
「どけっ、くそばばぁ」
魔王はルルを手加減なく診療所の壁まで吹き飛ばした。
—♪ リュリュリュリュ~ ララララ~ ヒュラララ~ ♪—
どこからか儚く美しい声のハミングが聞こえて来た。
辺り一面が靄に包まれ、その靄が晴れると、この世とも思えない空と境目の見えない海が広がった。
美しい夕日から深い紫の夜になると空と水面に一面の星々が映る。まるで身体が吸い込まれそうになる。
それは美しい自然の瞬間を時の経過ごとに折り重かさねる幻想的な光景だった。
「なるほど美しく心を奪われそうだ..これが有名なセイレーンの歌声か。しかし、こんな幻覚はお前の声を聞かなければよいのだろう?」
魔王は自分の聴覚を閉じた。だが、幻覚はそれでもはれない。
[ 私の幻はそんなに安っぽいものではないわよ。そして私はアカネ様やルルのように甘くはないのよ ]
—バシュッ 魔王の肩が引き裂かれ黒い血が流れた。
鳥獣人に姿を変えたセイレーンの鋭利な趾が何度となく魔王に襲い掛かる。
その爪は肉をそぎ骨を断つ力があった。
[ — ナメル・タ・レズカ — ]魔王が体を硬質化すると、その爪は薄皮に傷をつけることしかできなくなってしまった。
( 思念.. 波長の類か.. )
[ — リン・シ・タクト — ]
続いて魔王アルデンが詠唱を唱えると、空気が集まり圧縮されていく。
やがて魔王の体が歪みはじめた。何かレンズのようなものを通して魔王の姿が見えているようだ。
空気の固まりだ。魔王は圧縮した空気のブロックを周りに積み重ねているのだ。
先ほどまで幻覚の中を彷徨っていた魔王だったが、セイレーンの爪が迫ると素早く脚つかみ、その爪を指ごと引きちぎった!
「 ギャー!」セイレーンは痛みに叫びをあげた。
「セイレーン、さすがにお前の幻はやっかいだったが、もう私には効かない。この圧縮空気の固まりが波長を歪ませてしまうからな。鳥め、汚らわしい爪で余に触れた罪を思い知れ!」
魔王の脚が煌めく金剛石のように変化し、加減なく振り上げられた。
グシャ、バキャと骨が砕ける音。そしてセイレーンは天まで跳ね飛ばされた
「どうれ? これで静かになったかな?」
浜に背中から落ちて来たセイレーンの頭を無造作に鷲掴みにして耳を澄ます。うめき声しか漏らすことのできないセイレーンをバチャリと海へ投げ捨てた。
魔王には慈悲の欠片もなかった。
しかし、次の瞬間、魔王の顔色が変わった。
空気中に漂う生命の樹サイフォージュ養分と回復魔法の混合完治魔法がツグミの両手で錬られ始めたからだ。
その威力が絶大なものである事を魔王は理解していた。
白い砂浜であるにも関わらずツグミの周りには花が咲き乱れていた。
「凄まじい魔法だ..くそっ! させてたまるかぁ」
走る魔王の腕はまるで剣のように変化していた。
その剣がツグミに振り降ろされる瞬間、後ろから本来の姿に戻った伝説の鳥セイレーンが体当たりをする。
「 ええい! 邪魔をするな。下賤な鳥め!」
あばらを砕かれ弱り果てたセイレーンの力は弱い。
魔王に紙を破くがごとく羽を引きちぎられ、浜に投げ捨てられたセイレーンは虫の息となった。
魔王は剣に稲妻を纏わせると雷剣を創りだした。
少し揺れるだけで雷鳴が響き渡るその剣は、ツグミとアカネを貫こうとした!
「 グガ.. ガハッ...... 間に合った..」
間一髪、間に入ったのはルルだった。ルルは自分の生命エネルギーを体に纏わせると体を白色化させていた。
「くっ、くそばばぁ! 抜けない! なんて重さだ」
「アルデン、この重さはあなたが忘れてしまった命の重さよ。 アルデン、可哀そうな子。世界の人々の為にと思い白亜隊を認めたのに、シェクタ国の実権をハクアに奪われ追い払われた王アルデン。邪な心に支配されこのような姿に... せめて私があなたの為に泣いてあげるわ」
「くっ、勝手なことを言うな! お前たち(世界)の為を思ってやったのに、お前たち(世界)は私を必要としなかったではないかぁ! この期に及んで涙などいらぬわぁ!」
魔王の姿はダリの姿から元のアルデンの姿に戻り、その隆々とした腕に握り締められた大槌がルルの頭めがけ振り降ろされた。
だが、その瞬間、音も間に合わないほどの凄まじい蹴りが魔王の横腹にさく裂した。あまりの衝撃に魔王は沖まで水面を跳ねる石の様に弾け飛んだ。
「あなた、絶対に..絶対にゆるさないから!」
そこにはナンパヒ島を揺らすほどの怒りに満ちた「時の加護者」アカネが涙を流して立っていた。
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