クリフの森のエルフ
私は「時の加護者」アカネ。
海を渡って来た魔王アルデン。魔将レストと闘う中で、奴はカイト国とフェルナン国にも魔の者を差し向けていると言った。でも、私たちだって、その辺はちゃんと考えているんだから。頼りになる仲間がきっと敵を打ち破ってくれるって信じている。
—シュの山の麓 女王国カイトの境界線—
「このラワン部隊が守る境界線に魔人獣ごときが踏み入れるわけがないだろう」
魔獣、魔人獣は言葉通り1匹たりとも女王国カイトの中には入ることが出来ず、境界線にはその遺体が山積していた。
さすがは最強のラワン部隊だ。
「お前の部隊は全滅してしまったが、どうする? 魔将ジキとやら」
「ふん。あんな、雑魚魔獣、最初からあてに、して、いない。お、俺が、女王国カイトの、クリスティアナを、いたぶり、殺してやれば、いいだけよ」
「なるほど、お前はダル・ボシュン並みにクズな男だな」
「うるせぇ。 —ナメル・タ・レズカ— 」
ジキの黒い筋肉の鎧が金属のような光沢をみせた。ジキは身体を丸めると黒い鉄球となり強引に境界線を越えようとした。
鉄球は森の木々をなぎ倒し勢いを増していく。速度だけでなく質量も増しているようだった。
そしてついに境界線に向かって突っ込んできた。
ラワン部隊のサーシャが短剣を両手に構えて、立ち向かおうとする。
「君は下がっていろ。大丈夫だ」
サーシャを後ろに下げ、魔将ジキの前に立ち塞がったのは「秩序の加護者」トパーズ=バンクだ。
「かっこうつけやがって。茶坊主野郎! 臓物ぶちまけて死にやがれぇ!」
耳をつんざくような回転音は、さらに大きな唸りをあげる。
黒く巨大な鉄球と化したジキはバンクの身体へ突進した。
「バンク!!」リシュルが思わず悲鳴に近い声をあげた。
なぜならバンクはいつも自分の死ぬべき場所を探しながら闘っているようにリシュルには見えていたからだ。
「リシュル様、何か心配事でも? このバンクはあなたとの未来のために闘っているのですよ」
バンクはリシュルの怯えの原因を理解していた。だからこそ闘いの中でそれを証明しようとしていた。
バンクは片足で大地を力強く踏みしめ、もう片方の足で鉄球を止めた。
—ガァーン ——
強い衝撃音が鳴った後は、まるでバンクの脚に張り付いたように鉄球は微動だに出来なかった。
「ギ.. ギギ.. ジギジョウ」
「お前はもうダメだ。これから俺の『審判の脚』がお前の細胞核を破壊する」
バンクの脚が白色に光ると、鉄球に直線的な縦ヒビと横ヒビが交差しながら入っていく。
そしてエッグカッターで細切れにされたような鉄球は—グシャ—と鈍い音をたててバンクの足から崩れ落ちた。
***
—その頃、王都フェルナンでは—
以前のドルジェの襲来で深手を負ったアコウは「アリアの剣」を取り上げられたまま地下牢に閉じ込められていた。
「俺を出してくれ! マジムさん!」
「ダメだ。出せば、お前は魂が擦切れるまで闘うだろう。お前はラヴィエ様を悲しませる気か?」
「でも、それじゃあ、王都が落ちてしまう」
「こらっ! アコウ! お前、我々フェルナンの兵を嘗めているだろ? お前や『アリアの剣』がなくても、俺たちだってやれるんだ。お前はそこで寝ていろ」
だが、それでも戦うと叫び続けるアコウの声を後ろに近衛兵マジムは闘技場の地下牢の階段を登って外へ出た。
階段上の闘技場には刀燕剣を握るラヴィエが待っていた。
「アコウは、納得しなかったでしょ?」
「はい、ラヴィエ様。あいつめ、遠慮なしの悪態つきまくりですよ」
「ふふふ。やっぱり。でも、マジムさんとアコウは親子みたいですもんね。 アコウにはこれ以上傷ついてほしくないのです」
「そうですね」
ラヴィエはマジムの手を握った。
ラヴィエは愛するアコウを守りたい一心で、近衛兵であるマジムに危険な闘いを強いる事を申し訳ないと思っていた。
だから父の剣を持ち出し、自分も戦場に立とうと思っていた。自分の血を一滴も垂らさずに兵たちに闘いを強いるつもりはなかったのだ。
瞬間、マジムはラヴィエに充て身をする。
「私はあなたにも傷ついてほしくはないのですよ、すいません」
「マ、マジム....」
倒れるラヴィエを執事長カルケンが抱きかかえた。
「カルケン殿、もしもの時はアコウとラヴィエ様を頼みます」
「マジムさん、どうかご無事で」
マジムは最後にラヴィエの顔を見ると心の中で思った。
(あなたには勝手に私の娘リオの面影を重ねてしまいましたことをお詫び申し上げます。ですが、どうか生き延びてアコウと添い遂げてください。私にとってあなたもまた大切な娘なのです)
—そして..マジムは戦いの最前線となるオレブランの森へ—
ジイン王率いるフェルナン軍と志願兵からなる「アリアの軍」が魔人獣、魔獣の襲来に備えていた。
「マジム、すまぬな。あいつは自分も戦うと言っていただろう。あいつは一度決めたら曲げぬ性格でな..」
「恐れ入ります、ジイン様。この戦いに勝った後、共にラヴィエ様に文句を言われましょう」
その言葉にジイン王は大きく笑った。
そしてフェルナン軍に向き直して胸いっぱいに息を吸うと、一番後ろの兵にまで響き渡るように声を張った。
「よいか! このフェルナンの民は、皆、誇り高きアリアの子である! 我らアリアの民は逃げることはない! 守るべき者の為に戦うのだ! いくぞぉ!」
ジイン王の檄は大地を震わした。
しかし、その大地の震えを感じて地面からミミズ魔獣ストルムが襲ってきた。
一匹の魔獣ストルムが叫ぶ[ —ブフォオォオオ— ]
その合図に鳥魔獣トリュテスクローやムカデ魔獣マミラの大群がバキバキと森の木々をなぎ倒しながら「アリア軍」の前に現れた。
フェルナン国は何度となく強敵に襲われてきた。そのため闘い慣れしていた。特に直属護衛部隊ゾルネブルはラワン部隊に遜色ないくらいの手練れだ。
ここに魔獣たちの強襲に慌てる者などひとりもいなかった。
「マジム、どれが頭だ? 奴らは考えなしの魔獣だ。指揮を執る奴はどこにいる」
「わかりません。ただブルゲンという魔人獣とだけしか..」
魔将ブルゲンはトリュテスクローの姿に似ていた。狡猾なブルゲンはトリュテスクローの中に紛れる事で狙い撃ちされる事を回避していたのだ。
ブルゲンはある時を待っていた。それはジイン王が護衛ゾルネブルの輪から離れる瞬間だ。
その時こそ、自らの鉤爪でジイン王の首をそぎ落とし、武勲をあげようと考えていたのだ。
ジイン王と護衛ゾルネブルの間にミミズ魔獣ストルムが割って入った。
その時をブルゲンは見逃さなかった。
「ガハハハ! ジインよ、死ぬのだ!!」
その鋭く巨大な鉤爪がジイン王へ振るわれた。
—ガキンッ
王の首に迫る鉤爪を一本の剣が防いだ。
「やはりな。この瞬間に王を狙い撃ちにする奴は知能の高い奴だけだ。お前がブルゲンだな!」
マジムがもう一本の剣でブルゲンの顔を切り裂いた。
「グギャギャギャギィエェェェ!! この雑魚があああぁあ!」
顔を切られても怯まないブルゲンの爪がマジムの後頭部に振り降ろされた。
その大きな鉤爪で上から振り下ろされればマジムの首などスイカの様に潰れて落ちるだろう。
マジムは死を覚悟した。
そしてマジムは思ったのだ。いよいよ愛する娘のもとへ行き、謝ることができると。
なぜかほっとしていた。
—あれは娘が9歳の頃だった。娘リオは近くの川辺に傷ついた水鳥を見つけた。
「お父さん、一緒に行って助けて」とマジムに縋りついた。
マジムは門番中であり、相方は欠病のため警備を抜けるわけにはいかなかった。
「あとで助けてやるから」といい、再び川辺にいく娘の後姿を見ながら正直、しつこい娘が去ってくれて『良かった』と思ってしまったのだ。
だが、次にマジムが再会した娘の体は川の水の様に冷たかった。抱きしめてもリオの体は温まる事はなく、もう縋りついてくれることもなかった。
「俺のせいだ。俺は娘が去って『良かった』って思ったんだ! 神様、リオの代りに俺の魂を持って行ってくれ! リオを生き返らせてくれ!!」
——こんなに鮮明に思い出させるなんて、神様、あんたどこまでも残酷だな....——
マジムは死ぬ間際に神様に毒突きながらも、これであの時の願いが半分叶うと思っていた。せめて魂をリオのもとに..と願った。
— バシュン....
涼しげな森の香りとともにどこまでも突き抜けるような鋭い矢がブルゲンの鉤爪を弾き飛ばした。
「なっ!! このっ.. おっ....」
続いて第2、第3の矢が腕を引きちぎり、口、目、そして眉間に矢が突き刺さる。とどめの翠の矢が胸にさく裂するとブルゲンの体はブルっと震え、粉々に破裂した。
気が付けば他の魔獣もまるで針山の様に地面に転がっていた。
「遅くなってすいません! 私の名はクリルの森のエルフ 部隊長リズです。偉大なる光鳥クリル様の意志により参じました」
マジムは心臓が止まる思いだった。
そこにいる弓を片手に持つ耳の長い者は、まるで我が娘リオの成長した姿であったからだ。
エルフのリズは傷ついたマジムへ近づくと、手を取って立たせてくれた。
「私はあなたを見ていましたよ。あなたはとても勇敢な方です」
その手の温もり、そしてその言葉にマジムは涙した。
「神様、お釣りはいつ返せばいいんだ.. ありがとう。ありがとうございます」
——魔王アルデンのカイト国、フェルナン国への侵攻、蹂躙計画は失敗に終わった。
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