嘘つき魔王
私は「時の加護者」アカネ。
ナンパヒ島に訪れたダリは明らかに以前のダリではなかった。美しかった。その美しさは、そう、多くの生きとし生けるものに愛を注ぐドライアドの内側からあふれる美しさに似ていた。それゆえに今まで行っていた悪行に気づいた彼女の心が心配だった。彼女の立ち去るときの悲痛な表情がそれを物語っていたからだ。
—シェクタ国 西の塔—
ダリは狼狽していた。
それはナンパヒ島で探し求めていた真の主「法魔の加護者」を目の当たりにしたこともあるのだが、それよりも自分自身の心情の変化に動揺していたのだ。
ダリの首に「聖なる耀輪」が現れるほどに心は浄化されていた。それはカレンの悲しいくらい純粋なロッシへの愛の証と言っても良かった。ダリは本来の清く優しい心を取り戻していたのだ。
だが、ダリの穢れが払われたとしても、ドルヂェに憎しみを抱くことはない。むしろ悲しみを抱くのだ。ダリにとってドルヂェは大切な友であり家族だからだ。
そして本来の優しいドルヂェを知っているからこそ、闇に落ちたドルヂェを見捨てることなどできなかったのだ。
ナンパヒ島から逃げるように戻ったダリはシェクタ国、西の塔の広場に空間出口を作った。
「空間の扉」からダリが姿を現すと馬獣ホウカイは激しく鳴いた。それはダリとドルヂェの行く末を暗示しているようでもあった。
ダリはハッと気がついた。
ダリがナンパヒ島へ行く前の弱り切ったドルヂェと違い、今、塔の上から伝わるのは、若々しく力みなぎる気配だった。
塔の上に居るドルヂェを見ずとも、自分がいない間にドルヂェが行ったおぞましい事をダリは理解してしまった。
何故ならば、この向こう見ずな若々しい魔素の気配は、天空の魔人ジャクそのものであり、その魔素がドルヂェの中でより安定しているからだ。
ジャクの依り代をラジス渓谷に隠したのはダリだ。ダリは自分を慕うジャクの依り代までもがドルヂェに喰われてしまうことが不憫に思えたのだ。
けたたましく吠える馬獣ホウカイを後に塔へ入り、暗闇に続くような階段を登る。重々しい扉を開け部屋に入ると、自分がした事にひとしずくも陰る気持ちのない声はダリに言うのだ。
「ダリよ、よくぞ帰った! 見よ、新たな私の姿を。若さとは良いものだな」
その姿は魔人ドルヂェでも魔人ジャクでもない。本来のドルヂェが融合していたブレスの魂に巣食い、穢れの元凶となった王国シェクタの王、アルデンに他ならなかった。
ジャクの依り代を喰らう事で魔人たちの魔素は完璧に融合され、アルデンという新たな魔人を産み出した。
ダリは悲しみと悔しさに震えだした右の拳を、左の手で覆って隠した。
アルデンは自分の傍らに護衛の魔人を従えていた。その魔人を見た時、ダリは以前に会ったことがあるような気がした。
「ダリよ、紹介しよう。お前がいない間に私を守護してくれた魔将レストだ」
「魔将って? 」
「このレストは魔獣や魔人獣を従える将軍だ。魔王、直属の部下ぞ」
アルデンは勝手に魔人に階級を付け始めていた。ダリは反発を覚え、つい棘のある質問をした。
「へぇ。その魔王に私も含まれるって事?」
「ああ、ああ、そうだとも。魔王ダリよ。ははははは」
ダリはその言葉にアルデンの嘘を見た。このアルデンにとって魔王は自分以外にいないのだ。
「ところでダリよ。お前、この数日何処へ行っていたのだ? 」
「前に話したでしょ。私のピアスを手がかりにナンパヒ島を探しまわっていたのよ」
「おお、ではその場所はわかったのだな」
「ざ~んねん。空間が凄くねじ曲がってナンパヒ島に行くことは叶わなかったわ。でも、行ける日は近いから少し待っててね」
「うむ。朗報を楽しみにしている。ところで、ダリよ。お前も一緒にどうだ? 女王国カイトの生意気なクリスティアナを殺しに行かぬか? お前もあいつには苦い目にあわされただろう? 女王国カイトを滅ぼした後に、あの忌々しい王国フェルナンも滅ぼしてやる。『運命の加護者』シャーレに与する者をひとり残らずたたき殺してやる。我らに歯向かう者をひとり残らず惨殺してやるのだ。楽しそうだろ」
その言葉はまさに狂気そのものだった。ダリはこのおぞましい狂気に再び穢されまいと意志を強く保つだけで精いっぱいだった。
「へぇ..そうなんだ。楽しそうね。特にクリスティアナは私自ら殺りたいけど、私はナンパヒ島を探すことにするわ」
「ふん、天邪鬼め」
その言葉とともにアルデンはダリの口を吸った。魔人ダリの中に居場所を求めた迷える魂をわずかでも喰らおうというのだ。その行為に、ドルヂェにあった僅かな機微はなかった。ただ、畜生が餌に貪る卑しい行為だ。
ダリはそんな卑しい行為の為だけに唇を奪われている事に悲しみを覚えた。最後の魂のつぶてがアルデンに飲まれるとダリはアルデンを引き離し、わずかにこぼれた涙を隠すために顔を伏した。
ダリはもう一度ナンパヒ島へ行くことを決断する。唇を奪われる悲しみの中でダリは思い出したのだ。カレンの愛するロッシの面影を。それは今、目を伏せながら脇に控える魔将レストそのものだった。ロッシの魂は転生したのだ。その事実をカレンに伝えてあげなければならない。
そしてもはや魔王アルデンの凶行を止められるのは、この異世界アーリーの4人の加護者だけなのだと悟ったのだ。
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