涙の指輪
私は「時の加護者」アカネ。
自分の知らないロッシの記憶を振り払い、無事にラジス峡谷で魔人ジャクの依り代を手に入れることに成功したレスト。これで魔人ドルヂェへの忠義を示すことが出来ると、レストは馬獣にまたがり砂漠を走っていた。だけど、それでもレストの心のざわめきは消すことが出来ないでいた。心のどこかで本当に「大切な者」を求めていたから..
—王国シェクタ—
レストは往路と同じ時間をかけ王国シェクタに帰って来た。王国シェクタへの入国は自由な状態だ。昔あった関所は今や残骸となって残っているだけだった。
シェクタの門番は今や地中にいるミミズ魔獣ストルムの役割となっていた。シェクタの西の塔へ向かい走っていく中、レストは思った。
(この王国に、もはや人などいるのだろうか。この国の人々は、魔獣の餌になってしまったに違いない。いったい何をして国と言えるのだろうか..)
西の塔へ着くとレストはジャクの依り代を背負い、ドルヂェの部屋へ入る。
「ドルヂェ様、ジャクの依り代を見つけ、只今帰りました」
「 ..わかった。 レスト、部屋を出て、扉の外で待て」
ドルヂェは弱々しくそう言うと、その後は沈黙が続いた。
静まる空気の圧迫に耐え切れず、レストは慌てて部屋を出た。
ドアを閉める瞬間、腹を減らした野犬が餌に飛びつくように、ドルヂェが依り代に覆いかぶさるのが見えた。
言われた通り扉を閉めて控えるレストの耳には、バキバキ、ボリボリという生々しい音が漏れ聞こえていた。部屋の中で行われている行為を想像するに難くなかった。
***
その頃、魔人ダリはナンパヒ島に持ち込まれているピアスの気配を探っていた。
ジャクにダリが作り与えたピアス。それは片思いとわかっていても、「せめてダリの魔素を近くに感じていたい」というジャクの願いに応えて創ってあげたピアスなのだ。
自分の魔素を纏ったピアスを探るのは簡単なことだが、ナンパヒ島に張り巡らされる結界がそれを邪魔していた。
気配のする方向に「空間の扉」を創っても、捻じ曲げられた空間の果てにたどり着くことが出来なかった。
だが、何十回と失敗した後、ダリはようやくナンパヒ島に「空間の扉」を作ることに成功した。その作業にダリは5日間も費やしていた。
鉛のように重い扉を身体全体でこじ開け、這い出た場所は桟橋の上だった。
「やっと.. やっと探し当てた」
だが5日間も魔素を使い続けたダリは魔素切れ状態になって気を失った。
・・・・・・
・・
目を覚ましたダリは慌てて跳ね起きようとした。しかし、身体が思うように動かない。
(ここは..船の中か....)
冷やりとするおでこには、濡れタオルが充てられていた。それをおもむろに拭い取ると、女性が話しかけてきた。
「大丈夫? あなた、桟橋で倒れていたのよ。覚えている? 」
驚いたダリは身構えたが、魔素切れの状態に、声すら出すことが出来なかった。
女性はダリが拭った濡れタオルを拾うと、再び水に浸しおでこに充ててくれた。
「まだ、具合は良くないみたいね。私はカレン。このカレン調査団の団長よ。良くなるまで休んでいてね」
そう言いながらダリの手を取るカレンの手からは、彼女が今まで感じたことのない人の温もりが伝わって来た。その温もりの中、ダリは貪るように眠りについた。
そしてダリは夢をみたのだ。
高熱に思うように動けない自分は砂っぽい渓谷の中にいた。そして張り付くように岩の隙間からある光景を見つめていた。後ろ手に縛られた若い男が拷問され、まさに今、処刑されたのだ。
「 ..ロッシ 」
そう呟くダリの眼から大粒の涙が流れた。その涙がダリの瞼からこぼれ落ちると、『銀色の指輪』となって床に落ちた。
ダリが見た夢は、失われたカレンの記憶だった。そして床にこぼれ落ちた指輪こそ、ロッシがプロポーズに用意した婚約指輪だったのだ。
暖かい何かを感じ目が覚ますと、ダリの肩にはピンクサファイアの蝶が止まっていた。蝶は羽ばたくとダリの胸の中に入っていった。
不思議なことにダリの身体に魔素が充実していく。その魔素はドルヂェから与えられるものとは違い、何と穏やかなものであろうかとダリは思っていた。
回復したダリが次に感じたのは、魔人ルカの魔素の気配だった。そして近くにもうひとつの気配を感じると、ダリは母の胸に抱かれる赤子のような気持になった。
(これは、法魔の加護者さまに違いない....私の本当の主)
ダリは船の船員に見つからないように抜け出そうと考えた。だが、ふとカレンの事が頭をよぎった。床に落ちた指輪を拾い、テーブルの上に置いた。
なぜか理由はわからないが、それがカレンへのお礼になるような気がしたからだ。
ダリは船から海の中に入ると、未完の白浜にあるルル診療所へ向かって泳ぎ始めた。
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