狼狽え
私は「時の加護者」アカネ。
ラジス峡谷の景色に幻聴を聞く魔人レストだったが、ついに目的物である魔人ジャクの依り代を見つけた。だが、依代の近くに強大な力を持つ何者かの存在を感じると、容易に近づくことが出来ないレストだった。
—太陽の国 ラジス峡谷―
ジャクの依り代と謎の者がこの大きな岩壁の先にいる。魔人レストは岩壁を駆けあがると上から様子をうかがった。
どうやら洞窟の中に依り代はいるようだった。
洞窟の外に食器を洗う少女がいる。信じられぬことだが強大な気配はあの少女から放たれているものだった。片目を布で覆うのは隻眼のためか? ドルヂェ様のような狂気は感じない。だが、力づくで奪うのも危険だ。
レストは少女の優しさを利用して、計画を実行することに決めた。
丁度よく自分の顔や衣服は埃まみれだ。
「 す.. すいません.. み、水をひとくち.. 水をひとくちだけ..いただけないでしょうか」
そう言いながら、レストは少女の前で朦朧と倒れる演技をする。
「 大丈夫ですか! 」
少女は急いで木の器に水を汲むと、レストのもとに駆け寄る。
「さぁ、これを飲んで」
「あ、ありがとうございます」
レストは慌てるように水を飲み、せき込んで見せた。
「ここは陽射しが強いです。さぁ、どうぞ、あの洞窟で休んでください」
作戦通りレストは洞窟の中に入ることが出来た。そこには思った通りジャクの依り代が横たわっていた。ジャクの依り代に手を駆けた時、洞窟の奥から鋭い閃光とともに今までに感じたことのない衝撃がレストを襲った。
衝撃で洞窟の外まで吹き飛ばされたレストだったがその手には、しっかりと依り代を掴んでいた。
「お前が何の目的で猿芝居をしているのかを観察していたが、やはりその少年が目的か。私の蹴りをわざとくらい、吹き飛ばされたな? 少年を確保しながら、逃走経路をつくるとはしたたかな奴だ。貴様は何者だ? 」
激しく上がった砂煙がおさまるとレストの左手はだらりと下がっていた。いくらダメージを最小限に攻撃を受けたとしても、その蹴りの威力は想像以上だった。
「何事です、バンク? 」
駆け寄ろうとするリシュルの前にバンクは立ちはだかる。
「リシュル様、少し遠くへ。今、こいつの化けの皮を剥がしますのでっ!」
バンクの足は激しく光りレストの顔をかすめる。だが、レストは寸前にふわりと身をひるがえした。
その羽毛のように柔らかな身体裁きにバンクは覚えがあった。バンクは対峙したことがある強敵を忘れることがなかったのだ。
「お、お前は、カレンの.. いや、ロッシ、お前はあの時死んだはず」
バンクが一瞬たじろいだ隙をレストは逃さなかった。
[ —ラクト— ]
レストの第三の眼が開くと空気が急激に冷やされ、その瞬間、辺り一面に白い水蒸気が発生した。
—ヒュッ レストは短く口笛を鳴らす。
視界を塞ぐ水蒸気の中に馬獣ホウカイが現れるとレストはジャクの依り代を抱えて走り去った。
「逃がさないわ! 私はあの巨大な馬の存在を認め—」
リシュルが自然界に存在しない馬獣ホウカイを『審判の瞳』で砂に返そうとしたが、バンクがその前に割って入った。
「なぜ? なぜ邪魔をするのです?」
「すいません。ただ、私はあの魔人を前に混乱してしまいました。リシュル様、あの魔人は間違いなくカレンが愛したロッシです。私はあの男に倒されるべきなのかもしれない....」
カレン調査団を壊滅させ、そのカレンとロッシをこのラジス峡谷で長年に渡り苦しめた上に、ロッシを残酷に殺害したのは紛れもなく白亜がおこなったことなのだ。 元幹部のバンクが罪の意識に苛まれ、このように思うのは不思議なことではなかった。
「ダメ。ダメだよ。バンクは私の家族なんだから。離れちゃいやだ」
リシュルはバンクをその小さな腕でしっかりと抱き締めた。
***
「まただ.. また、あの名前が頭に。 『カレン』とは何なのだ!? 」
暴風の速さで走る馬獣の上でレストの頭の中は混乱していた。
見覚えのあるラジス峡谷、そして幻聴。
「私は、いったい誰なのだ.... いや、私はレストだ。ドルヂェ様の信頼を得る魔人だ」
力任せに砂漠を走る馬獣は、激しく砂埃を舞いあげていた。それはまるでレストの心の内をあらわしているかのようだった。
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