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最後の遊園地

 放課後になってクラスメイトたちが次々と教室を出て行く中、私は椅子に深く座ったまま下を向いていた。


 私の手の中には、白い紙が一枚ある。

 軽いはずなのに、妙に重みを感じるその紙には“進路希望調査票”と書いてある。

 もちろんこれを貰うのは初めてじゃない。だけど1学期の期末テストが終わった今、それは妙に生々しくリアルに迫ってきる気がした。早く決めろ、時間が無いぞ――そう言って追いかけてくるみたいだ。

 高望みをしなければ、いくつかの高校に進学できそうだ。ただし、それはこのまま学力を維持できれば、の話。


「志望校、決まった? ちょっと見せてよ」

「やだ、やめてよ~! そっちが先に見せるなら私のも見せるけど!」


 クラスメイトたち調査票を手に騒いでいる。

 溜め息を(こら)えて顔を上げると、窓際に座る華月と目が合った。3年生になってようやく同じクラスになれたのだ。華月が口角を上げる。梅雨でじめじめとしているというのに華月の周りはとても静かで、まるで空気が浄化されているようだった。


 やがてクラスメイトたちは皆教室を出て行き、私たち二人だけが残された。人の声が次第に遠のいて行く。微かに吹奏楽部の練習する音が聞こえてくるようになって、ようやく私は立ち上がると鞄を掴んで華月の元へ向かった。

 華月はいつのまにか本を手にして読んでいた。私が来るのを待っていたのだろう。


「華月はどこにするの?」


 受験生には主語が無くても十分に通じる。

 華月なら望めばどこの高校にでも進学できる。女子校を除いて、と言いたいところだけど、背の高い美人な女子校生で、十分に通用しそうだ。

 私たちは今までそういった会話を避けてきたように思う。おそらく華月と私の進路は重なる事は無いからだ。


「さあ。まだ決めてない。真理ちゃんは?」


「うん、私は無理なく行ける所にしようと思ってる」


「真理ちゃんはその気になれば何でも出来るのにもったいないよ」


「無理してレベルの高い学校に行ってもその後苦労するだけじゃん」


 私がそう言うと華月はまた「もったいない」と言って、さりげなく調査票を鞄に入れた。まだ、自分の進路に悩んでいるのかもしれない。




「夏休み、遊園地に行こうよ」


 1学期の終業式を終えた帰り道、そう言いだしたのは華月だった。


「このくそ暑い時期に、遊園地かよ」


 智治が汗を拳で拭いながら文句を言う。受験生なのに、と言わないところが智治らしい。

 部活の推薦を狙っているとの事だけど、取れなかったらどうするつもりなんだろう。能天気なやつだから何も考えてなさそうだ。


 すると智治は歯切れ悪く切り出した。


「えーと、あいつも連れてきていいかな?」


 あいつって? と聞き直そうとして、すぐに彼女の事かと気付く。当然3人で行くものと思っていたので、正直「何で他人が一緒に」という気持ちがあるけれど、まあ仕方がない。私たちが「別にいいけど」と言うと、智治はさっそく彼女にメールをして、週末の遊園地行きが決定した。




 智治の彼女は小林春香(はるか)というそうだ。肩までの黒髪、クリーム色のシフォンブラウスとお尻周りがゆったりしたパンツというカジュアルな装いは彼女によく似合っていた。

 一方の私は、元々髪が茶色っぽく派手顔なせいでそういう服装が恐ろしく似合わない。なので自然とギャル風な衣装を選んでしまう。今日も赤いオフショルのトップスに、ホワイトデニムのサロペットだ。丈が短く、太もも丸出しの私は、彼女とは真逆の雰囲気だ。

 彼女は紹介を受け、小さな声で「……どうも」と頭を下げた。智治は「緊張しなくていーよ」と気遣っていたけれど、あれはどう見ても拒絶だった。きっと二人で来たかったのだろう。


 そんな訳で私たちは、智治と彼女、私と華月、といった具合に2対2に分かれて園内を回る事になった。


「怖くないよ怖くないからね怖くないってばっ」


 定番の絶叫系をはしごした後で、私と華月は同じく夏の定番であるお化け屋敷に入った。こんなの子供だましでしょ、と思って何の心の準備もしないまま入った私は、思った以上に凝った作りの蝋人形やおばけ役の名演技に、絶叫系に乗った時よりも絶叫して華月の腕にしがみついた。


「ま、真理ちゃん。分かったから、ちょっと離れて……」


「何よ、嫌だって言うの!?」


「いや、そうじゃないんだけど……えーっと、その、胸が……」


「胸?」


 そう言われて胸元を見ると、私は自分の胸の谷間に、華月の腕をがっつりと挟んでいた。


「ぎゃー!」


 おばけに出くわした時以上の声を上げ、私は華月をどついた。華月は見事に転んで腰を打っていた。


「真理ちゃん、自分から触らせたくせに、ひどい……。言うんじゃなかった……」


 華月は地に膝を突き、泣き真似をしている。自分から触らせただなんて、私は痴女か、失礼な。


「消せ、今すぐ記憶を消せっ!」


「記憶も感触も絶対忘れないよ」


 私は素直すぎる華月の足を思いっきり踏んだ。歩き回る事を考慮して踵の太いサンダルを選んだけれど、それでもかなり痛かったらしく、華月は声も無く悶絶していた。


 さて、お昼になって私たちは再び合流する事になった。何と小林さんは4人分のお弁当を作ってきているという。大きな籠バッグだと思ったらお弁当が入っていたのか。

 「おお、すげえ!」と嬉しそうに言う智治は、続いて私を見て「誰かさんは弁当を作ろうって気も無かったんだろうなー。まあ作って来てたら来てたで俺たちの命が危ういけど」とニヤニヤしながら言ったので、華月と同様にサンダルの踵をお見舞いしてやった。智治は潰れたカエルみたいな呻き声を上げた。

 確かにお弁当を作るという考えさえ浮かばなかったのは事実だ。炎天下の遊園地にお弁当はどうなんだろうと思い、私は少しつまむだけに留めた。


 食後に男たちはソフトクリームを買いに行き、私は小林さんと二人っきりにされた。食事中、私たちはほとんど会話を交わさなかったので、待っている間も当然のごとく沈黙が続いた。

 あいつら遅いな、と時計を確認していると、向かいに座っていた小林さんが口を開く。


「葛城君に、近付かないで」


「は?」


 聞こえなかった訳じゃない。何を言っているか分からないから、そう聞き返した。だけど小林さんは、怯みながらも同じ言葉を繰り返した。いやいや、聞こえてるっつーの。


「別に近付かなくたって、私達が幼なじみだって事実は変わらないけど」


「でも、葛城くんの彼女は、私だから」


「……は?」


 だから何だと言うのだ。誰と話して、誰と話さないかは、私が決める事だ。

 だが、小林さんはその言葉で私を納得させられると思っていたらしい。思いっきり眉を寄せた私を見て、彼女は狼狽(うろた)えている。


 遠くからソフトクリームを両手に持った男二人が近付いて来るのを発見すると、小林さんは「約束だからね!」と強引に話を結んだ。


 智弘……。あんたの選んだ女、ちっともサバサバしてないんだけど。


 ……やっぱり女はメンドクサイ。


 私は誰はばかる事無く、堂々と溜め息をついた。


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