第2話 清掃係がお城に入りません
翌朝。
魔王城の廊下は、見違えるほどきれいになっていた。
床には塵ひとつ落ちていない。
窓は磨き上げられ、壁の隅にあったクモの巣も消えていた。
魔王ゲンゾウは、廊下を歩きながら満足げにうなずいた。
「……なかなかよいではないか」
そのとき、小さな声が聞こえた。
「ゲンゾウ様〜」
「何だ?」
足元にカスミンがいた。
「お掃除、終わったわよ〜」
「そうか。ご苦労だった」
「次はどこかしら〜」
「では、西の廊下を頼む」
「は〜い。行ってきま〜す」
4体のカスミンが廊下を滑るように進んでいった。
しばらくして。
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
6体のカスミンが帰ってきた。
「……増えていないか?」
「あら〜」
「角に引っかかっちゃったの〜」
「階段でも引っかかったわね〜」
ゲンゾウは3体を見比べた。
「……西の廊下は?」
「きれいになったわよ〜」
「窓も磨いたわ〜」
「壁もぴかぴかよ〜」
ゲンゾウは少し考えた。
「……ならばよい」
掃除が進むなら、多少増えても問題はない。
むしろ、仕事が早く終わる。
翌日。
「カスミン、地下倉庫を頼む」
「は〜い。行ってきま〜す」
しばらくして。
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
5体で帰ってきた。
「……また増えたな」
「そうね〜」
「狭いところがあったのよ〜」
「私、棚に挟まれちゃったわ〜」
「でも、きれいになったわね〜」
「……地下倉庫は?」
「ぴかぴかよ〜」
「……ならばよい」
さらに翌日。
「カスミン、北の塔を頼む」
「は〜い。行ってきま〜す」
しばらくして。
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
返事が続いた。
ゲンゾウは数えるのをやめた。
「……北の塔は?」
「きれいになったわよ〜」
「階段もお掃除したわ〜」
「狭かったわね〜」
「そうね〜」
「いっぱい引っかかっちゃったわ〜」
ゲンゾウは天井を見上げた。
「……ならばよい」
*
数日後。
魔王城は、建設以来もっとも清潔な状態になっていた。
床も壁も窓も、すべてぴかぴかだった。
ゲンゾウは満足していた。
ただし、ひとつ問題があった。
「……バイゾー」
「はい、魔王様!」
「カスミンは今、何体いる?」
「128体です!」
「……そんなに増えたのか」
「はい! 清掃効率も大幅に向上しております!」
博士は記録板を見せた。
『清掃完了率 100%』
「素晴らしい成果です!」
「……確かにな」
そのとき、廊下から声が聞こえた。
「ゲンゾウ様〜」
「何だ?」
「お掃除するところがなくなっちゃったわ〜」
「……そうか」
「どうしましょうか〜」
ゲンゾウは考えた。
「では、城の外壁を磨いてくれ」
「は〜い」
「行ってきま〜す」
「行ってきま〜す」
「行ってきま〜す」
128体のカスミンが、ぞろぞろと城の外へ向かった。
ゲンゾウは満足げにうなずいた。
「これでしばらく静かになるだろう」
*
その日の午後。
ゲンゾウは、魔王軍の前線基地へ向かうことになった。
勇者軍との戦闘状況を確認するためである。
「バイゾー。私が戻るまで城を頼む」
「お任せください、魔王様!」
「特にカスミンだ。これ以上増やすなよ」
「承知しました!」
ゲンゾウが出発すると、博士は記録板を開いた。
「さて……」
そこには、城の防衛に関する研究案が書かれていた。
『魔王様不在時の防衛体制』
博士は考えた。
現在、魔王城には128体のカスミンがいる。
しかし、カスミンには戦闘能力がほとんどない。
そこで博士は、ひとつの案を思いついた。
「魔王様が128人いれば、勇者も恐れて逃げるはずです!」
博士はさっそくカスミンたちを集めた。
「皆さん、少し実験に協力してください!」
「は〜い」
「何をするのかしら〜」
「お掃除〜?」
「今日は皆さんに、魔王様の姿になっていただきます!」
博士は魔法陣を展開した。
紫色の光が、カスミンたちを包み込む。
すると。
そこには、黒い鎧をまとい、立派な角を生やした魔王ゲンゾウが128人並んでいた。
「あら〜」
「大きくなったわね〜」
「角があるわ〜」
「似合うかしら〜」
博士は満足げにうなずいた。
「完璧です!」
見た目だけなら、本物の魔王と区別がつかない。
ただし、声と性格はカスミンのままだった。
「皆さん、魔王様らしく振る舞ってくださいね!」
「は〜い」
「頑張るわね〜」
「お掃除もしていいかしら〜」
「もちろんです!」
博士は記録板に書き込んだ。
『魔王擬態実験 成功』
*
その日の夕方。
勇者一行が魔王城に侵入した。
「ついに見つけたぞ、魔王!」
玉座には、黒い鎧をまとった魔王が座っていた。
「あら〜。お客様かしら〜」
勇者は眉をひそめた。
「……魔王?」
「こんにちは〜」
「ずいぶん余裕だな!」
勇者が聖剣を振り下ろした。
ざしゅっ。
魔王の身体が真っ二つになった。
「やったか!?」
ぷるん。
2人の魔王が立ち上がった。
「あら〜」
「2人になったわね〜」
勇者は固まった。
「……は?」
戦士が剣を構えた。
「分身か! ならば両方斬る!」
ざしゅっ。ざしゅっ。
ぷるん。ぷるん。
4人になった。
「まあ〜」
「増えたわね〜」
「そうね〜」
「にぎやかね〜」
「なんだこれは!?」
魔法使いが杖を掲げた。
「まとめて消し飛ばす!」
鋭い風の刃が4人の魔王を切り裂いた。
ぷるん。
8人。
「あら〜」
「また増えたわね〜」
「みんな元気ね〜」
「そうね〜」
勇者が叫んだ。
「攻撃をやめろ!」
「しかし勇者様!」
「斬るたびに増えている!」
僧侶が震える声で言った。
「では……どうすれば?」
「わからん!」
そのとき、玉座の間の扉が開いた。
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
外壁の掃除を終えたカスミンたちが帰ってきた。
全員が魔王の姿をしていた。
「……まだいるのか!?」
勇者が叫んだ。
「お客様がいっぱいね〜」
「そうね〜」
「お茶でも飲む〜?」
「お菓子あるかしら〜」
勇者は後ずさった。
「……何なんだ、お前たちは」
戦士が小声で言った。
「勇者様。こいつら、攻撃してきません」
「わかっている」
「むしろ、歓迎されているような……」
「言うな」
魔王たちは、楽しそうに話し合っていた。
「お茶を用意しましょうか〜」
「いいわね〜」
「私も行くわ〜」
2人の魔王が歩き出した。
しかし、玉座の段差で足を滑らせた。
ごろん。
鎧の角が床に引っかかり、身体が裂けた。
ぷるん。
「……攻撃していないのに増えたぞ」
勇者がつぶやいた。
魔法使いが杖を下ろした。
「勇者様、帰りませんか」
「……そうだな」
勇者一行は撤退した。
魔王討伐の記録には、こう記された。
『魔王は複数存在する。攻撃によって増殖するため、討伐は極めて困難』
*
翌朝。
魔王ゲンゾウが城へ戻った。
「戻ったぞ!」
「おかえりなさ〜い!」
城門の前に、カスミンたちが並んでいた。
その数、1,024体。
ゲンゾウは立ち止まった。
「……何だ、これは」
城門の内側にも、カスミンがいた。
廊下にもいた。
階段にもいた。
玉座の間にもいた。
そして、城門の外にもいた。
「ゲンゾウ様〜」
「おかえりなさ〜い」
「お掃除終わったわよ〜」
「でもね〜」
「お城に入れなくなっちゃったの〜」
ゲンゾウは城門を見た。
カスミンたちが、ぎっしり詰まっていた。
「……バイゾーォォォ!!」
博士が駆けつけた。
「お帰りなさいませ、魔王様!」
「これは何だ!」
「清掃係です!」
「見ればわかる! なぜこんなに増えている!」
「お掃除と防衛実験の結果です!」
「防衛実験だと!?」
「はい! 勇者一行の撃退に成功しました!」
「勇者が来たのか!?」
「はい! 魔王様の姿をしたカスミンたちが、見事に撃退しました!」
ゲンゾウは、城門の前に並ぶ自分そっくりの集団を見た。
「……なぜ全員、私の姿をしている?」
「魔王様が128人いれば、勇者も恐れて逃げると考えまして!」
「それで!?」
「予想以上の成果でした!」
「何がだ!」
「現在、1,024人の魔王様がおられます!」
「私は1人で十分だ!!」
カスミンたちが声をかけた。
「ゲンゾウ様〜」
「何だ!」
「お城の外もきれいになったわよ〜」
「……そうか」
「でも、もうお掃除するところがないの〜」
「……そうか」
ゲンゾウは深いため息をついた。
「……とにかく、これ以上増やすな」
「承知しました!」
博士は元気よく答えた。
そのとき、食料庫から悲鳴が上がった。
「魔王様! 食料がありません!」
ゲンゾウはゆっくりと振り返った。
「……バイゾー」
博士が胸を張った。
「ご安心ください! 次の研究案がございます!」
魔王は、嫌な予感しかしなかった。




