第1話 清掃係が2人になりました
魔王城では、深刻な人手不足が続いていた。
兵士は勇者軍との戦闘に駆り出され、城内の清掃すら満足にできない。
そんなある日、魔王ゲンゾウは玉座の間で報告書を眺めていた。
「……また減ったのか」
昨日の戦闘で、魔王軍の兵士が200人減っていた。
魔王ゲンゾウには、固有スキル《増減》があった。
指定した範囲に存在するものの数や量を減らし、減らした分だけ元に戻す能力である。
例えば、敵兵100人に《減少》を使えば、50人になる。
消えた50人は、《増加》を使えば元に戻せる。
ただし、元の100人を超えて増やすことはできない。
また、範囲内の敵味方を区別することもできなかった。
敵兵100人と味方100人が混在していれば、両方とも50人になる。
そして、対象が1人しかいない場合、人数をそれ以上減らすことはできない。
そのため、通常は何も起こらない。
この能力は、軍勢の数を減らすには強力だった。
しかし、失った兵士を新たに補充することはできなかった。
「……使いどころが難しい」
ゲンゾウは報告書を閉じた。
そこへ、勢いよく扉が開いた。
「魔王様! ついに完成しました!」
魔王軍の研究者、バイゾー博士だった。
「何がだ」
「人手不足を根本から解決する研究です!」
「ほう」
ゲンゾウは顔を上げた。
「何人増やせる?」
「まずは2人です!」
「……2人?」
「そこからさらに増やせる可能性があります!」
「何人までだ?」
「実験次第です!」
バイゾー博士には、固有スキル《倍増付与》があった。
自分より魔力の弱い相手に、倍増する能力を与えることができる。
ただし、付与した能力を自由に制御することはできない。
そして、博士自身の魔力はそれほど強くなかった。
つまり、魔王軍の兵士の大半には使えない。
「実験体をお連れしました!」
博士の足元から、小さなスライムが現れた。
「こんにちは〜。カスミンよ〜」
半透明の丸い身体をした、ごく普通のスライムだった。
ゲンゾウはしばらく眺めた。
「……これが兵士か?」
「いいえ。清掃係です!」
「清掃係?」
「はい! 城内の床掃除を担当しております!」
「なぜ清掃係を増やす」
「この子なら、私より魔力が弱いので!」
「……なるほど」
ゲンゾウは納得した。
「それで、どうやって増やす?」
「ご覧ください!」
博士が短い剣を取り出した。
「カスミン、少し失礼しますよ」
「は〜い」
博士はカスミンを真ん中から切った。
ぷるん。
身体が左右に分かれた。
「あら〜」
「あら、2人になったわね〜」
2体のスライムが並んでいた。
ゲンゾウは目を見開いた。
「……生きているのか?」
「もちろんです!」
「痛くはないのか?」
「大丈夫よ〜」
「私も大丈夫よ〜」
博士が胸を張った。
「分裂した個体は、すべて独立した意識を持ちます!」
「ほう……」
「しかも、どちらも元のカスミンと同じ性格です!」
「それは便利だな」
ゲンゾウは2体のスライムを見た。
「お前の名前は?」
「カスミンよ〜」
「では、お前は?」
「カスミンよ〜」
「……どちらが最初のカスミンだ?」
「私よ〜」
「私よ〜」
ゲンゾウは考え込んだ。
「区別がつかんな」
「そうですね!」
「番号をつければよいのではないか?」
「試してみましょう!」
博士は片方のカスミンを指さした。
「あなたがカスミン1号です!」
「は〜い」
「こちらがカスミン2号です!」
「は〜い」
博士は満足げにうなずいた。
「これで解決です!」
ゲンゾウが尋ねた。
「カスミン1号はどちらだ?」
「私よ〜」
「私よ〜」
2体が同時に答えた。
「……なぜだ」
「どちらも自分が1号だと思っているようです!」
博士は記録板に書き込んだ。
『個体識別に難あり』
ゲンゾウはため息をついた。
「まあよい。清掃係なら問題あるまい」
そのとき、ゲンゾウは思いついた。
「待て。私の《増減》と組み合わせたらどうなる?」
「魔王様のスキルですか?」
「ああ。増えたものを減らし、必要なら元に戻せる」
「それは興味深いですね!」
博士は記録板を構えた。
「では、実験しましょう!」
ゲンゾウは片方のカスミンに手を向けた。
「まずは1体で試そう」
「は〜い」
「《減少》!」
魔法陣が輝いた。
本来なら、何も起こらないはずだった。
1体しかいない相手の人数を、それ以上減らすことはできない。
ところが。
ぷるん。
カスミンの身体が真ん中から分かれた。
「あら〜」
「あら、2人になったわね〜」
ゲンゾウは固まった。
「……なぜ増えた?」
博士が記録板を確認した。
「魔王様! 大発見です!」
「何がだ!」
「どうやら人数ではなく、身体そのものを半分にしてしまったようです!」
「なぜだ!」
「《倍増付与》の影響で、個体そのものに《減少》が作用したのでしょう!」
「……つまり?」
「身体を減らした結果、減らされた部分が新しい個体になりました!」
「私は数を減らそうとしたのだぞ!」
ゲンゾウは3体になったカスミンを見た。
「……元に戻せるのか?」
「試してみましょう!」
ゲンゾウは、分裂した2体に手を向けた。
「《増加》!」
魔法陣が輝いた。
小さくなっていた2体の身体が、元の大きさに戻った。
「あら〜」
「大きくなったわね〜」
「元気になったわ〜」
3体のカスミンが並んでいた。
「……3体のままだな」
「はい!」
「元の1体には戻らないのか?」
「それぞれが独立した個体になっておりますので!」
博士は記録板を確認した。
そして、動きを止めた。
「……魔王様」
「何だ」
「少しおかしなことが起きています」
「何がだ?」
「カスミンのスキルが変化しています」
博士は記録板をゲンゾウに見せた。
そこには、見慣れない文字が表示されていた。
『固有スキル《無限分裂》』
「……無限?」
「はい」
「どういう意味だ?」
「私の《倍増付与》と、魔王様の《増減》が融合したようです!」
「融合?」
「分裂した個体にも増殖能力が引き継がれ、さらに魔王様の復元効果によって、身体が元の大きさに戻る仕組みになっています!」
「……つまり?」
「何度でも分裂できます!」
「何度でも?」
「はい! 理論上、無限です!」
ゲンゾウは3体のカスミンを見た。
「……元に戻す方法は?」
「現在、研究中です!」
「解除できないのか!?」
「まだ確認できておりません!」
カスミンたちは楽しそうに床を磨いていた。
「ここ、きれいになったわね〜」
「そうね〜」
「あっちもお掃除しましょうか〜」
「いいわね〜」
ゲンゾウは深いため息をついた。
「……これ以上増やすなよ」
「承知しました!」
博士は元気よく答えた。
ゲンゾウはカスミンたちを見た。
「では、東の廊下を掃除してくれ」
「は〜い。行ってきま〜す」
「行ってきま〜す」
「行ってきま〜す」
3体のカスミンが、廊下へ滑っていった。
しばらくして。
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
「ただいま〜」
4体のカスミンが帰ってきた。
「……増えていないか?」
「あら〜」
「角に引っかかっちゃったの〜」
「でも、きれいになったわよ〜」
「窓も磨いたわ〜」
ゲンゾウは廊下を見た。
床はぴかぴかだった。
窓もきれいになっていた。
「……ならばよい」
ゲンゾウは満足げにうなずいた。
魔王城の人手不足は、確かに解決へ向かっていた。
ただし、魔王はまだ知らなかった。
清掃係が増えるほど、掃除する場所よりも清掃係の方が多くなる日が来ることを。




