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盾

 東門は、古い木の門だった。

 厚い板を、鉄の帯で留めてあった。門を閉じる閂は、大人の腕くらいの太さの丸太だった。

 その門に、黒鴉が、丸太をぶつけ始めた。

 どん。

 鐘楼のてっぺんまで、響いた。

 どん。

 門の板が、内側に、たわんだ。

 門の内側に、ドッジが立っていた。

 親父さんの盾を、両腕で構えて。門と、自分の間に、ほとんど隙間を空けずに。

 その後ろに、町の人たちがいた。

 子どもたちだった。

 十人くらい。鐘一つで伏せろ、二つで動け、と叫びながら、壁から壁へ走り回っていた子どもたちだった。東門の近くの壁に伝えに来て、戻る前に、門の前の通りで、黒鴉が東に回ってきてしまった。逃げ遅れたのだ。

 ドッジは、振り返らなかった。

「下がってろ」

 ドッジの声が、門の前の通りに響いた。

「門から、十歩、下がれ。それ以上は来るな。俺が止める」


 どん。

 閂が、割れた。

 門が、開いた。

 黒い鎧が、なだれ込んできた。

 ドッジの盾に、ぶつかった。

 ドッジは、一歩も、下がらなかった。


 俺は、数えていた。

 九。十。十一。

 ドッジのいる東門を見ながら、川の向こうの赤い光を見ながら、数えていた。

 目が、二つしかないのが、悔しかった。

 ドッジの盾に、槍が三本、同時に突き出された。盾が、受けた。槍の一本が、盾の縁を滑って、ドッジの肩に刺さった。

 ドッジは、下がらなかった。

 盾ごと、前に出た。

 黒鴉の兵が三人、後ろに押し戻された。門の外に。

 ドッジは、門の真ん中に、立った。

 開いた門の、ちょうど真ん中。

 人間が、一人で、門になった。


 二十五。

 鐘を、一つ鳴らした。

 ドッジは、伏せなかった。

 伏せたら、門が開く。ドッジの後ろには、子どもたちがいる。

 ドッジは、盾を、頭の上に掲げた。

 三十。

 赤い光は、東門には落ちなかった。南の壁の、もう誰もいなくなったところに落ちた。黒鴉の兵がいる東門に、黒鴉は撃てなかった。

 鐘を、二つ鳴らした。


 黒鴉の兵が、また来た。

 今度は、五人だった。

 ドッジは、受けた。剣を受けた。槍を受けた。斧を受けた。

 盾が、鳴った。鳴るたびに、ドッジの体が、後ろに押された。足が、石畳の上を滑った。

 滑って、止まった。

 また来た。

 ドッジが、吹き飛んだ。

 盾ごと、後ろに倒れた。門の内側の石畳に、背中から叩きつけられた。

 黒鴉の兵が、門をくぐろうとした。

 ドッジは、起き上がった。

 起き上がって、盾を構えて、門の真ん中に戻った。

 また、吹き飛ばされた。

 また、起き上がった。

 入団して二日目、木の剣でセイルに転がされるたびに、俺が起き上がっていたのを、ドッジは見ていた。

 なぜ起きる、とセイルが訊いた。

 倒れたままだと、飯抜きだろ、と俺は答えた。

 ドッジは、深くうなずいていた。


 門の脇の、壊れかけた蝶番の陰から、大きな影が、飛び出してきた。

 ドッジを、そのまま年寄りにしたような、大男だった。

 手に、鍛冶場の大槌を、握っていた。

 親父さんだった。

「親父!」

「黙って構えてろ」

 親父さんは、門の内側に倒れかけている、割れた閂の丸太をつかんだ。片手で、持ち上げた。門の脇の、鉄の金具に、叩き込んだ。大槌で、二回、打った。

 丸太が、門の半分を、斜めに支えた。

 門の幅が、半分になった。

「鍛冶屋は、門の蝶番の直し方を、知ってる」

 親父さんは、大槌を肩に担いだ。

「半分なら、お前一人で、ふさげるだろう」

「……ふさげる」

「なら、ふさげ。盾の使い方は、教えたとおりだ」

 ドッジは、門の残りの半分に、盾を立てた。

 親父さんが作った盾だった。

 鉄の板を、三枚重ねて、鋲で打ちつけた盾。


 何度、吹き飛ばされたか、分からない。

 俺は、数えるのをやめていた。三十は数えていた。鐘も鳴らしていた。でも、ドッジが倒れた回数は、もう数えられなかった。

 ドッジは、毎回、起き上がった。

 肩から、血が流れていた。額が、割れていた。左の脛の、熊で折れたところを、引きずっていた。

 それでも、門の半分に、戻った。

 子どもたちは、十歩後ろで、一歩も動かなかった。

 言われたとおりに。


 南の通りから、蹄の音がした。

 ベルントの騎士たちだった。南門から、東へ回ってきたのだ。灰狼団の第一隊も、一緒だった。クルトの白い髭が、見えた。

 騎士たちが、東門の前の黒鴉の兵に、横から突っ込んだ。

 黒鴉の列が、崩れた。

 門の外に、押し戻された。

 ドッジは、門の半分に、盾を立てたまま、立っていた。

 黒鴉の兵が、門の外に引いていくのを、見ていた。

 それから、盾に、額をつけた。

 ゆっくりと、膝をついた。

 横に、倒れた。


「――ドッジ!」

 鐘楼の上から、叫んだ。

 届かなかった。

 ドッジの体の上に、親父さんが、かがみ込んだ。ドッジの顔を、大きな手で、叩いた。

 ドッジの手が、動いた。

 親父さんの手を、握り返した。

 生きていた。

 親父さんが、空を見上げて、何か言った。聞こえなかった。でも、口の形で分かった。

 麦は、減らしてないか。

 ドッジが、笑ったのが見えた。


 息を、吐いた。

 それから、東門の上を見た。

 門の上の、見張り台。門が開いたときに、黒鴉の兵が何人か、壁をよじ登って、そこまで上がっていた。

 その一人が、黒鴉のほかの兵より、立派な鎧を着ていた。兜に、黒い羽根が一本、立っていた。黒鴉の指揮官の、一人だった。

 その男が、手に、弩を構えていた。

 弩の先が、門の下を向いていた。

 倒れたドッジと、かがみ込んだ親父さんに。

お読みいただき、ありがとうございます。

毎日、朝7時と夜21時に更新します。

続きが気になると思っていただけたら、ブックマークと、ページ下の「評価」の★で応援していただけると、第七班の飯が一品増えます。

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